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第14話 一難去って…?

── 摂津国・堺




 京を発ち、宿屋を挟んで三日ほど。サラとくららのふたりは休憩しながら、そして修行をしながら街道を歩き、たどり着いた堺の町。



「やっぱり人が多いね、サラ」



「昔のほうがもうちょい賑わってたし、平和だったんだかなァ」



 堺は異人との貿易によって栄えた町だ。かつて富と権力を持った豪商たちが自治組織を設立し、町を支配。戦国大名から独立するために堀で町を囲い込み、用心棒を雇うなど防衛にあたっていた。



 戦乱の世で、水の都は平和が保たれていた。しかしそれも今は昔。上洛を果たした信長の支配下に置かれたのち、信長の死後引き続ぐように太閤・豊臣秀吉が支配し、堀や港が埋め立てられてしまったのだ――



「西に海があって、町中には堀があって。まさに水の町ってな具合でいい雰囲気だったのになァ」



「サラでも、こんなにがっかりするんだね。なんか意外」



「わかるか? オレは山ン中の国で育ってな。海とか見るとこう、湧くんだろうな。憧憬が」



「へえ、たまには帰らないの?」



「こちとら梟風だぜ、おちおち帰れねェや」



「じゃあ、その……家族とかは?」



 くららはほんの少しの願いを込めて、遠慮がちに訊いてみる。



「ああ、いるぜ。孫がなァ」



「もう、すぐ冗談言う!」



「そんなに怒るなよォ。なんかヘンなコト言ったか?」



 一本の白髪もない総髪頭、きょとんとした顔にシワだってない。それでもサラには、いつものからかうような態度はない。くららは怪訝な表情を浮かべて、サラの顔を覗き込む。



「へえー、そうやってからかうときもあるんだねえ」



「なーに怒ってンだ。腹でも減ったか? 仕方ねェな、茶ァしばこうぜ」



「えっ? お茶?」



 サラはジロジロと見られる人の目を無視し、茶屋の暖簾を潜った。くららもまたお茶が飲めるのかと、目を輝かせてサラのうしろにぴったり着いていく。



「いらっしゃいま……せ」



「おう、お姉ちゃん。みたらし2本ちょうだい。あと茶も頼むぜ」



 驚いた様子の看板娘に注文してから、代金代わりの脇差を手渡す。看板娘は目を丸くしてから、首を傾げ目をつむる。しばし考えたのち、頷いて裏へ下がっていった。



「お姉さんの着物、きれいだね。顔もだけどさ」



「あこがれるか?」



 店内は旅人や商人たち、いろんな身分の人々で混んでいる。その中で空いている長椅子に座り、くららはつぶやく。



「着飾るための旅じゃないもんっ」



「にしたってよ、くららァ。改めて見ると着物、色褪せてンなあ。返り血もこびりついてまあ」



「サラだってそうじゃん……」



「オレァ別にいいよ。紺の単衣が真っ赤に染まるくらいが梟風(オレ)らしいぜ」



「だからジロジロ見られるんでしょ!」



「わからねェと思うがな、小綺麗なカッコしてりゃヘンな因縁つけられンだよ、毎度毎度!」



「そのほうが怪しいよ! イヤだよ、隣にいて!」



「な……なんだその言い草! 師匠に吐き捨てる言葉か、それが!?」



 サラとくららはいつものように喧々と騒ぐ。ゆっくりと団子と茶を楽しもうとしていた客たちは、迷惑顔だ。



「そこの御仁。邪魔じゃ、斬る――」



「あァン?」



 痺れに切らした客がサラに凄むも、目が合うと言いかけた言葉を飲み込み、すぐに外へ出た。そんな異様な光景を目撃し、気づいた客のひとりは、大声を上げる。



「赤い目!? あの男、梟風だ!」



 その一言で商人が真っ先に逃げ出し、続いて旅人がふたりを目に焼き付けてから外に出た。残ったのは長椅子に刀を置く男と、頭を丸めた僧だけだ。



「ホントに有名なんだね、サラ」



「最近はなんもしてねェけどな。日々の行いってヤツは大事だぞ。こうなっちまうからな」



「すごい説得力」



 そう言いつつヘラヘラと笑うサラに、人影が被る。残っていた客のそのひとり、刀を置いていた男だ。



「貴殿があの梟風か。お会いできて光栄だ」



「そう思ってンなら、刀持って見下さねェだろ」



「気にいらんのならば、自ら同じ目線になればよいのでは」



「やれやれ……。どっこいしょ」



 サラは気怠そうに立ち上がり、茶屋の表に出て男と立ち並ぶ。



「口車に乗ってやったぜ。これでオレと肩を並べたつもりか?」



「儂は各地を巡っている剣客でね。あらゆる地で貴殿の名を聞くのよ。だがなぜか、誰も出会ったコトがない」



 剣客はゆっくりと太刀を鞘から引き抜き、サラに切先を向ける。



「しかも、じゃ。言うてるのは老人ばかり。梟風など古ぼけた伝説ばかりと思うた。のう、確かめさせてくれぬか。そしてあわよくば、その血を流させてくれぬか。妖怪変化の類いでないならば、斬られて死ぬ筈であろう?」



「みたらし食いに来ただけなのに、妖怪呼ばわりされるたァな。どういう風の吹き回しだよ」



 サラは気怠そうに剣客から目線を外し、手を横に振った。



「とっとと帰れ。オレにゃみたらししか眼中にねェよ」



「ならば覚悟ッ!」



 剣客は向けた切先を返し、突く。サラはわかっていたかのように避け、手の甲に蹴りを入れた。



「くららァ、ナマクラ貸してくれや」



「は、はいはい!」



 怯んだ隙をついてくららを呼び、ナマクラ脇差を抜く。



「なるべくそばにいろよ、おまえさんの目指す戦いかたを見せるぜ」



「ええい、おのれッ!」



 剣客は縦横斜めに太刀を振るうも、切先にナマクラの刀身を打ち当てて弾く。



「そんなナマクラでなんの真似だ、梟風めッ!」



「これは教えたよな?」



「手が痺れるんだよね、コレ」



 次は再び突いてくる。サラはくららの身長くらいに膝を落とした。



「くららはちっこいからな、突きにはこう対処だ!」



「動いてる剣を踏みつけるの……?」



 切先が胴を掠めるその紙一重で飛び越し、太刀を踏みつける。手も足も出ない剣客に、サラはナマクラ脇差の切先を手の甲に向けるに留めるだけだ。



「舐めおって!」



 踏みつけられた太刀から離れると、師範はすぐに足元目がけて横薙ぎする。が、その攻撃を一暼するコトなく避けて反撃。



「これも跳んで避けつつ、顔面に蹴りを入れるといい攻撃になる」



「うーん……。あんまり参考にならないよ。あんなに飛ばせないし」



「それじゃ、アゴに思いっきり蹴りを入れて気絶を狙うか」



「うん、わかった」



 そんな会話をよそに、蹴り飛ばされた剣客は起き上がる。マトモに相手されないにも関わらず、まったく手足もでない。ましてや、女子供のための教材にされているという侮辱。怒りは募る。



「梟風め、やはり不老の妖か――」



 罵ろうとすると、サラは石を投げた。見事、顔面に命中。



「あとは得物だけに頼らず、周りのものは全部使え。自尊心だけやたら高い自称剣客や武士崩れみてェによ、バカのひとつ覚えで刀だけ使うのは愚策だ」



「ねえ、あの人怒ってる……」



「投げるだけって侮るなかれ、投擲ってのも意外と難しいンだぜ。的に当てるのを何遍も繰り返して、修行するしかねェ」



「わっ! きたよ!」



 剣客は太刀を大きく振りかぶって突進してくる。



「さあ実践だ。やってみな」



「ええっ!?」



 くららはナマクラ脇差を返され、構える。緊張はしなかった。それよりもここでうしろに引いたら、あの剣客はずっと走りっぱなしなのかなと興味がわいた。



 なので実行してみた。足音は遠ざかるも、まだ走ってくる。振り向くと、まだ刀を振りかぶったまま追いかけてきた。絵面のマヌケさに笑いを堪えつつ、石を投げる。



「いたっ、この! 見せ物ではないぞ!」



 通りがかった町人たちにすら笑われている。恥じているのか怒りなのか、顔が真っ赤だ。そんな剣客にサラが近づく。



「あっはっは! こりゃいいや。あー面白ェけど、もういいや。弱すぎ。修行になんねェ」



 剣客の足をかけて転ばせ、頭を踏みつけて気絶させた。



「にしてもくらら、面白かったぜ。まさか人目まで利用するとはなァ。剣客として再起不能じゃねェか?」



「サラには絶対にできないね」



「まったくだ。さて、お待ちかね団子の時間だぜ。はー、みたらしみたらし」



 茶屋のほうへ振り返ると、看板娘がふたりをジッと見つめていた。



「客を逃しちゃって悪りィね」



「いえ……、むしろ好都合かも」



「というと?」



「あなたがたの実力を見込んで、頼みがあります。この町の怪を、解決していただきたいのです」



 看板娘は頭を下げる。またまた起こる波乱の予感に、サラは口角を上げた。



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