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第13話 堺の町へ行こう



 激動の夜は明け、朝を迎える。京の夜を陥れた異変を解決したふたりの次に向かう先は――



「落ち着いたか、くらら。次ァ堺に向かうぜ」



「堺……?」



 泣くだけ泣いて、やっと泣き終えたくららは首を傾げる。



「そこも賑わってるところだよね。わたしたちには似つかわしくないよ」



「まあな。理由はいろいろある。もう京にはいられねェってのがひとつ。道場潰したのも結果的にオレだし、橋も焼いちまったしな。ついでにこの有り様」



 サラは無造作に転がる人の羅列に、雑に指で円を描く。それを見たくららは、眉ひとつ動かさない。



「でも偉い人に馬と骸骨を倒したって言えば、納得してもらえないかなあ?」



「残念だが、それが口実にゃならねェ。なんたって陽が昇った。お天道様に当たるとアイツらは死ぬ。そして死ぬと、人の記憶から抜け落ちる。死ぬとなにも残せねェんだ。そういう生き物だ、あいつらは」



「そんなコト信じられ……あれ、前にも言ってたね。吸血鬼がどうって」



「おう、よく覚えてたな」



「「……って、あれ?」」



 ふたりは同時に首を傾げた。



「なんで覚えてンだよ、馬も骸骨も」



「わたしが聞きたいわよ!」



「おいおいおいどうなってンだッ、あいつらまだ死んでねェのか!?」



 サラは今までにないほどの焦りを見せ、両耳に手を当てて風の便りを聞く。そよ風は京の今をささやいてくれた。サラは安堵したあと、わざとらしく苦い顔をした。



「――やれやれ、決まりは破られてねェようだな。サムタイ級に焦ったぜ。まっ、新たな例外は出たみてェだけどなァ」



「だから流行らないってば、サムタイ級」



「もう後にゃ引けねェぞ。大変だぜ、今後のおまえの生命、空妖(くうよう)に振り回されンだからな」



「空妖、っていうの? あの化け物は」



「妖怪とか物の怪とも言うがな。まあ、覚悟しろよ」



「覚悟なら、あなたと出会ったときからしてるつもりだよ、サラ」



「ふっ、そりゃ心強い。余裕があるならよ、オレから頼むぜ。空妖に……、いずれ忘れ去られる生命に寄り添ってくれ」



 そう言うサラは、おだやかにつぶやく。くららを見つめる片方だけの赤い瞳は、太陽のように暖かかった。



「サラ……?」



「それじゃ、面倒事になる前にズラかるぜ」



 サラはゆっくり立ち上がり、持ち主の手放した太刀を吟味して拾い上げる。さすが道場の師範の得物なだけあって、いい業物だ。まとまったカネになりそうなものだから、思わずニヤつく。



「くららも持ってったらどうだァ? 扱いやすそうな脇差もあるぜ」



「わたしはナマクラでいいよ」



「それ気に入ったのか。ずいぶんな言いようだったのに」



「この剣にすごく守られたからね」



「へえ」



 サラは微笑みながら、それでもくららに脇差を持たせた。



「だけど持ってろよなァ、いいカネになるのは間違いねェんだからな」



「はいはい」



 くららは手渡された脇差を両手に抱え、サラの隣に歩く。



「それで、他の理由って?」



「堺行きのか? 人に会うためだ。信長の手掛かりを得るためにな」



「人に? 誰の紹介で?」



「幽斎殿だよ。くららが寝てる間に情報交換してたンだ」



「な、仲間外れにされてるっ。どういう話だったの!?」



「たしか……、茶がうまかったってコトしか覚えてねェや。ワハハ!」



「ウソつけ!」



「そう怒るなよ。えっと――」



 サラは幽斎との会話を思いだした。





 *  *  *





「では、本能寺にて信長様の御遺体が見つからなかったのは、吸血鬼と化して生きていると?」



「いやァ、うまい。茶がうまい。けっこうなお手前で」



「そして小雲雀が人喰い馬と化して暴れているのは、信長様の仕業であると? いやはや、発言者が貴殿でなければ今すぐに斬り捨てる所存ですぞ」



「いや申し訳ない。しかし、やけにすんなりと受け入れてもらえますなァ。幽斎殿、もしかして見たコトが?」



「一度たりとも。ただ宣教師のフロイス殿が面会したとき、信長様に吸血鬼がどうとか仰っていましたが」



「異人サンが告げ口ねェ……。吸血鬼って言葉、信長の口から出たコトはあったかい?」



「……ありますな。たしか、そう。信長にお招きいただいた、元旦の安土城での茶会のときでした。どんな会話だったかまでは、覚えておりませぬ。なにせ十年前近くの出来事ゆえ」



「ホント不躾だし質問ばっかで悪いけども、他に呼ばれた家臣は覚えているかな?」



「もちろんでございます。拙者の他には信忠様、太閤様、長秀殿、夕庵殿、秀貞殿、一益殿、長利殿、荒木村重、宗仁殿、与次殿、そして……光秀殿」



「10年近くも経ちゃあ、生死も関係も変わるな。しかし明智光秀、か。幽斎殿にとっちゃ、万感の思いはあるでしょう」



「拙者は悔やんでいます。あのとき助太刀も出さなかったというのに、拙者は未だに光秀殿を信じている。光秀殿ほどの方が主への裏切りなど、ありえぬ。あってはならぬのです」



「だからオレの話を聞いてくれたんだな。信長に追いつけば、光秀の真意もわかるハズ。細川殿が負い目を感じる必要はねェですよ」



「お心遣い、ありがとうございます。話が逸れてしまいましたな。存命の方は太閤様、長谷川宗仁(はせがわそうにん)殿、長谷川与次(はせがわよじ)殿の御三方です」



「太閤サマは無理として、宗仁や与次には会えるかな?」



「宗仁殿は拙者などより多忙であるうえ、巨馬騒動で気が立っておられるようで……。与次殿は摂津国の堺にてお会いできます」



「堺か。今となっちゃ、太閤サマのお膝元だな」



「与次殿は出家なさったようで。西能寺(さいのうじ)というお寺にいらっしゃいますぞ」



「出家ェ? へえ……。まあいいや。西能寺、覚えましたぜ。巨馬を倒した暁にゃ足を伸ばしますわ」



「ええ、よろしくお願いします」





 * * *





「――ってなカンジだ」



 くららはまだ頬を膨らませて、むすっとした表情をしている。仲間外れだったのを根に持っているのだ。



「馬やっつけたの、結局はわたしと幽斎さんじゃん。あと泥棒さんもだ。サラなにもしてないじゃん」



「そりゃまあ……。アレだ、弟子に任せるのも師匠の役目だろ?」



「弟子? わたし、弟子になれるの?」



「空妖のコトを覚えてるワケだしな。誤魔化しが効かねェや」



「よしッ!」



 くららの目に光が灯り、拳を握りしめる。サラにとっては苦し紛れだったが、思いの外うれしいようだ。無垢な瞳を向けられ、くすぐったい気分になる。



「あの戦いに生き残ったんだからな。立派だよ、おまえさんは」



「えへへ……。そう?」



 その言葉には偽りはない。くららは恥ずかしそうに、そしてうれしそうに顔を赤くした。



「オレが教えた技、役に立ったか?」



「うん! こうやって切先をね、弾いてね。それでね、刀を踏みつけてからアイツを蹴ったんだ!」



「弾きは教えたが、実戦でそんな身のこなしができたのか? さすがは伊賀の産まれだな。天賦の才があンのかもな」



「どういうコト?」



「そりゃ忍びの技だぜ。忍者だよ、忍者。伊賀の忍びといえば、精鋭揃いで有名だったからなァ。もしかしたら父ちゃんが忍者だったのかもしれねェぞ」



「まさかあ。百姓仕事しかしてなかったと思うけど……。でも夜にいないときはあったなあ」



「まあ、ともかくだ。くららにゃいろんな技を教えてやるよ。武士の技よりも適正がありそうだしな」



「ええ? 教えられるのお?」



「舐めるなよ、こちとら梟風だぜ。弟子認定してやったんだから、つらくてもピーピー泣くなよ?」



「望むところだよ、サラ」



 くららは思う。剣の師範にひと泡吹かせてやれたのは少し自信がついたけれど、それでもサラが助けてくれなかったら今頃は……。



 縁もゆかりもないわたしを、サラはずっと助けてくれる。復讐心なんかよりも、まずはサラのために強くなりたい。サラの旅の目的の役に立てるように。そしていずれかは、火を怖がらないように――



「わたしは強くなるから!」



「ふっ、オレの弟子は元気なこった。だがまずは休憩だ。適当な宿に泊まるぜ」



「まだまだ平気よ!」



「まだイケるはもうしんどいと同義。それに風が言ってンぜ、堺でもお好みの怪奇騒動があるってなァ」



「えっ、それって……」



 サラは歯を見せて笑った。



「しっかり休んで備えようぜ、くらら」



「の、望むところ!」



 ふたりの旅路は堺へ。そこでも新たな怪奇現象に巻き込まれるコトは、覚悟の上だ、



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