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第12話 朝焼けが照らす生命



「おおッ、こりゃよく焼けたなァ」



 サラは真っ黒に焼け落ちた道場のそばに寄る。無造作に積み上がったガレキを風で吹き飛ばし、うずくまる巨馬を一瞥したあと、白けてきた空を見つめた。



「まだ生きちゃいるが、あとはお天道様に任せりゃ良さそうだ。首を斬るまでもねェ」



 京を恐怖に陥れた巨馬を、人のチカラで倒してみせたのだ。飛び散っている油の残滓や、達人が刻んだであろう脚の傷跡を見るに、ひとりで戦ったワケではないのがサラはうれしかった。



「そうだ、くらら。真摯に生きてりゃ周りが助けてくれる。……よくやったな」



 笑いつつ辺りを見渡すも、くららの姿がない。



「あァ? どういうこったよ、話が違うじゃねェか。どこ行ったンだ? なあ風よ、もういっぺん教えてくれよ」



 サラは目をつむり両耳に手をあてて、風の便りを聴く。



「道場の師範に? 洛外に連れてかれた? はあ、炎ってヤツはどうしても恨みを買っちまうな」



 サラはため息をついて、再び高く飛び上がる。そして向かい出したその先には、くららが師範とその助っ人たちに囲まれていた。



「こんなとこまで連れ出して、わたしをどうするの?」



「みなまで言わすな。儂の恨みを果たすためよ。今頃、梟風はおまえを血眼で探しているかのう?」



「どうだろうね。もう、わたしなんかに興味ないかも」



 師範はくららに切先を向けるも、くららは不敵に笑った。サラのように強くありたかったからだ。それに巨馬を前にした今、ちっぽけに見える。



「この、助けを乞えッ! 許しを乞えッ! 女如きが儂の道場を焼きおって!」



 師範は怒る。女に、ましてや子供に舐められるのが我慢ならなかった。太刀を握る手に力が入る。



「覚悟しろ、蛆虫ッ!」



「誰に言ってるんだッ、わたしにか!?」



 くららを目がけてまっすぐ振り下ろした刃は、しかし予想を反して弾かれた。ナマクラ脇差で切先を受け止め、逸らしたのだ。師範は目を見開き、歯軋りする。



「サラに道場で教えてもらったんだ、アンタみたいな単純なヤツの扱いかたを。なんなら、わたしがアンタの弟子に教えてあげようか?」



 手の痺れとつんざく音を我慢しながら、それでも強がる。



「女子供になにを苦労しておる。その刀の錆にしてしまえばよかろう」



 師範がカネを撒いて集めた助っ人のひとりが、師範を嘲る。その手には火の灯った松明を持っていた。くららはあえて見ない。呼吸が荒くなるから。



「うるさい黙れッ! どいつもこいつも儂をコケにする!」



 師範は容赦なく太刀を連続して振るう。あまりにも愚直な太刀筋は見切りやすく、弾けるも、握力が限界だった。くららの手からナマクラ脇差がこぼれたとき、師範は笑った。



「儂を嘲った罰じゃ。容易には殺さん。髪を剥ぎ、四肢を斬り落とし、後悔と懺悔の口を聞いたのち殺してやるわ」



 再び切先を向けられ、くららは額から汗を垂らす。それでも戦う意志は失わない。サラのように。



「足が……滑ったァ!」



 くららは草履を履いた足で切先を踏みつけて、師範の横腹目がけて飛び蹴りをかました。



「うごおッ!」



 師範は叫び、太刀は離さないまでも目に見えて痛がる素ぶりを見せる。くららに蹴られた部位は、昼間にサラに蹴られた部位でもあった。



 うずくまる師範を横目に、くららは逃走を試みる。



「に、逃すな!」



「やれやれ、くだらん。色をつけねばその愚行を喧伝してやるぞ」



 助っ人は逃げるくららの袖をつかむ。掴まれまいと手を引き剥がそうとうしろを振り向くと、松明の炎が目に飛び込んだ。



「ひっ……いやだ!」



 驚いて、尻もちをつく。



「なんじゃ? 先ほどの威勢と足癖の悪さがウソのようではないか」



 助っ人はくららにゆっくりと近づく。悪意はない。ただ不思議に思ったからだ。それでも近づくたび、くららの震えが増す。



「近づかないでッ!」



「まさか、火か? まるで獣よ。怯える子猫のようじゃ」



「ほう……、それはよい事を聞いた」



 師範はよろめきながら立ち上がり、くららの下へ向かう。その手には太刀はない。助っ人から松明を無理やり寄せた。



「じわじわと火炙りにしてやろう。儂の道場を燃やしたであろう? 痛み分けというワケじゃ」



「門外漢の儂が言うのもなんじゃが、陰険じゃのう」



其処許(そこもと)、あれの足を斬れ。色をつけて1貫くれてやる」



「1貫とな! よかろうッ」



 助っ人は腰の刀を抜く。怯え涙を流すくららを見下しながら、師範は悦に浸った。



「しかし炎とは。思い出すのう。あのときもそうじゃった。もう6年も前か? 伊賀を焼いたのは」



「……なに?」



 くららは震える声で聞き返す。



「儂はあの戦に参戦してのう、武勲を立てて道場を持ったのじゃ。その道場を、おまえが!」



「アンタが……わたしの故郷を焼いたのか」



 師範を睨むくらら。子猫に思えたその眼光は、さながら怒りに燃える猛虎のようだった。刀を握る助っ人さえ、たじろぐ。



「おまえは伊賀の産まれか。そうか、そうか。では極楽で父母に会ったら伝えてくれぬか? 儂の武勲のために焼け死んでくれてありがとう、とな。いや、地獄におるやもしれんなあ!」



 師範は笑う。その笑い声はくららの胸に火をつけた。恐怖すら焼き尽くす怒りの炎を。



「うあああああッ!」



 くららは抑えられぬ激情を叫んだ。そのとき、不思議なコトが起こった。風だ。突風が吹き、松明の炎が大きくなり、煽られ、師範の顔を焦がす。



「ああッ、熱ゥい!」



 師範は思わず手を離し、地面に転げた。地に落ちた松明の炎は消えず、盛る。



「殺してやるッ、殺してやるッ!」



 くららは立ち上がり、師範が離した太刀を握った。



「ま、待て! あの戦いは儂ひとりがやったのではないッ。わかるか? 悪いのは儂だけではない、時代じゃ。この世の中が悪いのじゃ。戦狂いの世が。わかるか?」



「許せるものか! どうして人を燃やせた? わたしたちがなにをした!?」



「大殿のため、武勲のためである!」



「それが言い訳にはならない!」



「女子供にわかってたまるかッ!」



「死んでしまえええッ!」



 くららは身の丈に合わない太刀の切先を、師範の喉元に突きつける。押し込めば、殺せる。だが叫びは、叶わなかった。止めたのは、自分の理性だった。ふたりの言葉が頭によぎる。



『その空っぽを、殺しで満たすな』



『今の貴女は、穴の空いた茶碗です』



 悪いのは狂った戦乱の世、悪いのは殺しを良しとする仕組み。だけど、だけど――



「どうしてダメなのさ……」



 くららは泣き崩れ、太刀を手放す。その隙を師範は見逃さなかった。



「悪いのは、悪いのは……。おまえが伊賀に住んでいた事。そしておまえが生き残っていた事ッ!」



 師範は躊躇なく太刀を振りかぶり、当然のようにくららの首を刎ねようとする。







 そのとき、一陣の風が吹いた。







「――よう、待たせたなァ」



 くららの脳裏を焼いたサラの声。空耳じゃない。次に響いたのは師範の悲鳴だった。



「サラ……。助けにくるのが遅いよ」



 くららは膝から崩れたまま、目をつむる。その声色には安堵が詰まっていた。



「空から梟風がやってくる……よもやッ」

「錆びついた伝説ではなかったのか!?」

「だがここでやれば名が上がる!」



 助っ人たちも刀を握り一斉にかかるも、威勢の雄叫びを上げては消え、上げては消え。流れた血で松明の炎が消えた。



「骸骨に苦労してよォ。それよりよく巨馬を倒したな」



「ひとりでじゃないよ。幽斎さんと、泥棒さんがいてくれたから……」



「やっぱあの傷は幽斎殿か。見事なモンだ。いっぺん手合わせ願いてェな」



「呑気だなあ。謝ってよ」



 血飛沫の飛び交うの中で、くららは笑った。残るはなにも握れなくなり、痛みで叫び続ける師範だけだ。



「すまねェ、悪かった、許せ」



「ふふ、いいよ」



 サラは師範の喉を掻っ切り、黙らせた。敵は、もういない。



「くらら、よく生き延びた。よく復讐を堪えたな。ちょっと見ねェ間に強くなったな」



 サラはくららの顔を覗き込む。今までにないやさしい声色だった。それでもくららは顔を上げない。



「強くなんてない……。だから、胸貸して。ちょっとだけ、泣くから。わたしは、弱いから」



「好きにしろ。気の済むまでな」



 くららの我慢は決壊した。すごく怖くて、悔しくて、それでもサラが助けにきてくれて、褒められてうれしくて。言葉にならない感情が涙になって流れた。



「やれやれ、雨降りだな」



 燃えるような朝焼けを見つめるサラ。ふたりの頬をそよ風が撫でた。



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