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第11話 怨恨は燻る



「とんでもねェな。死ぬなよ、くらら」



 巨馬がくららを追いかけたのを見送るサラ。一刻も早く助けに行きたい気持ちはもちろんあるが、骸骨武者は離してくれない。



 筋肉など存在しない骨が、身の丈よりも長い大太刀を軽々と振るう。なんとも奇妙で楽しい光景だ。くららを助けに行きたい……が、骸骨武者との鍔迫り合いは非常に刺激的だ。サラは思わず笑う。



「アンタ、いいヤツだなァ。巨馬に跨ってこねェでよ」



 仮に人馬一体となっていたら、どうなっていただろうか。近づけば刀の届かない位置から骸骨武者の大太刀でバッサリ。遠ざかれば巨馬の大筒咆哮で吹き飛ばされる。まさに一騎当千だったろう。



 しかしそんな真似はしなかった。甦った理由など知るよしもないが、ここにいる理由はきっと、勝ちたいからだ。遥か未来に甦り、己の実力とこの時代の人間と戦いたかったからだ。そう得物が言っている。知らんけど。



「婆娑羅も娑婆が恋しいか……」



 文字にするとややこしい並びだ。そんなコトは置いといて、サラと骸骨武者の戦いは熾烈を極めた。一歩も引かず、譲らず。斬られず、引かず。この三条大橋での戦いは、まさに牛若丸と武蔵坊弁慶もかくやといった死闘だ。



「うれしいねェ、ここまで闘りあえるなんて。だが火急の用があってね、そろそろ土ン中ァ、還ってもらおうか!」



 サラは骸骨武者から距離を置き、刀身に風を集めて横に振る。一文字斬りだ。



凪払(なぎはら)え、嵐蛇帯(らんじゃたい)ッ!」



 一見すると素振りをしただけだが、見えない風の刃が欄干と骸骨武者の鎧ごと斬り、胴と脚を分けた。



「あなやァ、橋壊しちまった。まあちょっぴりだからいいよな」



 宙を舞う擬宝珠と上半身の白骨。なにがともあれ、これで一件落着だろう。と思いきや、手は未だに大太刀を握っている。



 分かたれた上半身は宙を浮き、下半身は何事もなかったように立ち上がり、脛当てで尻を蹴り上げてくる。



「痛ってえなオイ!」



 思わずムッときて横薙ぎする。臀部と足が分かたれると、具足に包まれた股間がひとりでに飛んできて、体当たりしてきた。足は引き続き蹴ってくる。無茶苦茶が過ぎて、ここまで来ると可笑しくなってしまう。



「こりゃたまげた、よもや斬るたびに不利になるたァ! 愉快痛快ッ!」



 まだ余裕をこいていたら、骸骨の股間が膝裏にぶち当たり、仰向けに倒される。立ち上がろうとするも、骸骨足に足首を抑えられてしまった。骨のクセに重くのしかかる。おそらく具足のせいだ。



 残るは宙に浮く骸骨の上半身。待ってましたと言わんばかりに大太刀を振りかぶる。ジッとしていれば斬首刑を待つ気分だ。



「だがよォ、オレの上半身はまだ動くぜ。寝そべりながら鍔迫り合いを楽しもうってワケだな?」



 言ったそばから、股間骨が胸にのしかかってきた。



「あなやァ! 見当違いッ!」



 無慈悲にも振り下ろされた刃を、サラは刀で受け止める。しかしこれが精いっぱい。身動きもとれず、不利な姿勢だ。勝ちは決まったようなものなのに、骸骨武者はゆっくりと大太刀に力を込める。まったく嫌らしい性格だ。



「すぐに全力出してりゃ、オレの首ィ獲れたろうに。後悔させてやんよ」



 サラは口笛を吹いた。すると風が起こり、風は多くの枯れ葉を運ぶ。



「啜り鳴け、千鳥(ちどり)



 骸骨武者の背後に起こる風の渦に、枯れ葉たちは踊り、触れあい、まるで多くの鳥が鳴いているような音を奏でた。やがてその音色は、黒煙を交えてまばらな喝采へと変わった。



「どうするどうする? 斬首の次は火炙りで死ぬか?」



 枯れ葉同士の摩擦により着火し、三条大橋に火の手が回る。さすがの骸骨武者も火は恐ろしいのか、鍔迫り合いを中断して川の中へ飛び込んだ。その身に燃えるものなど、なにもないのに。



「いいや、氷牢の刑だ!」



 サラは立ち上がって骸骨武者が落ちた川面に竜巻を発生させ、水とともに全身の骨を浮かべる。そして計り知れないほどの局地的な暴風を起こし、橋の消火も兼ねて、巻き上げた水と骸骨武者を凍らせる。



 凍てついた竜巻の檻の完成だ。時が止まったように、骸骨武者は動けない。



「あーあ、ちょっと焼けちまったなァ。まあそのうち太閤サマが直してくれるだろ、知らんけど」



 サラはどうでもよさげにつぶやいて、足に風を纏わせ夜空に飛び跳ねる。京を見下すと、町の一画にやけに明るい光を見つけた。炎だ、大きな炎が上がっている。



「無関係なワケねェよな、そうだろ?」



 その炎のそばで、くららは恐怖に震えていた。巨馬を閉じ込めた炎の檻は、消し去りたい幼い記憶を甦えらせる。



「嫌だ、炎なんか……」



「くらら殿、気をたしかに」



 京仮面は困っている人を見逃せない。くららを抱え、すぐさま避難した。幸い、道場は延焼していない。



「おい、だんだんなくなってきたぞ、扉を叩く音! 弱ってるぞ、化け物馬!」



 五右衛門は鼻息荒く喜ぶ。再び京仮面が確認すると、音は鳴り止んでいた。



「力尽きたようじゃの。すまなんだ、小雲雀。……さて、どう鎮火させるか」



 言ったとたん、道場の真上から風が吹いた。まるで見えない板を押し付けるような風は、道場ごと潰して炎を消した。



「これが梟風殿の異能か。敵には回したくないものじゃ」



 京仮面は察しのいい男。すぐにここにいないサラの仕業だと理解するが、そこに誰かがいたらどうするのか? と思わざるを得なかった。



 それはともかく、道場の面影がなくなったガレキの山に赴いた。熱を帯びた真っ黒のガレキの隙間に、巨馬のタテガミが風になびく。静まり返ったこの場所で、立ち上がる気配はなかった。



「うむ、ひとまず討伐完了じゃな」



 くららと五右衛門の下へ戻る。



「くらら殿、安心してくだされ。炎は消えましたぞ」



「えっ……?」



 くららは息を荒げながら、視線を上げる。あれだけ猛っていた炎はウソのように消えていた。



「梟風殿が消してくださったのでしょう。あの火すらも、まるで蝋燭の火を吐息で消すように容易なのでしょう」



「サラが……」



 くららはあのとき、炎が風に煽られて、隣家へ延焼する光景を見た。だけどサラが操るくらいの風ならば、炎は消せる。くららは力なく笑った。



「あなたがいれば、あの火だって簡単に消えたのかもね」



「くらら殿……」



「一件落着、これでお開きってな!」



 五右衛門はこれ見よがしに大きく手を叩く。自分に突っかかってきた京仮面に伝えたいように。



「ほいじゃ、お暇いただくぜい」



「盗人、まだ盗みを続ける気か?」



「その盗品のおかげで助かったろ?」



「耳が痛いのう」



 京仮面を言いくるめられて、五右衛門はデカい顔をする。



「ふうむ。辞めぬというなら、義賊になるというのはどうか? 困った人々のために盗品を分け与えるというのは」



「義賊だあ? けっ、馬鹿馬鹿しい」



「じゃあお堂にいたとき、なんでわたしをかばってくれたの?」



 くららが割り込んできた。



「なんでって、そりゃ身体が勝手に……」



「決まりじゃな。お主は人を助けられる男じゃ。人に施すための盗みならば、拙者は見逃そう」



「そうと決まりゃ、アンタも共犯だぜ。いいのかい、京仮面殿」



「構わん。拙者も罪を背負ってやろう。太閤殿下のお宝を盗むなどしなければ、な」



「まさか。想像するだけで恐ろしい」



 そういう五右衛門の口は、不敵に吊り上がっていた。



「じゃあな、もう二度と会わねえよ!」



「そう願いたいものじゃな」



「ありがとう、泥棒さん!」



 くららと京仮面は、去る五右衛門のうしろ姿を見えなくなるまで見送る。



「では、くらら殿。きっと梟風殿はそばにいるのでしょう。拙者は去りますぞ」



「何度も何度も助けていただきありがとうございました、幽斎さん」



「いえ、よい……拙者、京仮面である!」



 訂正して京仮面は去った。ひとりになったくららは明るんできた空を見上げる。星の光は見えなくなり、月だけが輝いていた。



「わたしもひとりになっちゃった。同じだね、お月様」



 サラを待ちながら月に自分を重ね、ひとりごつ。そのとき、背後で足音がした。



「サラ?」



 素早く振り向く。しかしそれはサラではなかった。



「儂の道場を奪った挙句、よもや焼いてくれるとはな」



 サラが追い出した道場の師範だ。師範は怒りの形相を浮かべ、くららに刀を向けた。暗い殺意を剥き出しにして。




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