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第10話 消えない炎



「巨馬よ、これ以上の狼藉は見逃せんッ。正義の刃、覚悟せよ!」



 死を覚悟したくららと五右衛門と、そして巨馬の前に現れたのは黒い着物と天狗の面を被った、その名も京仮面。ふたりの危機を救い、京の平和を守る英雄だ!



 しかしこの侍、どう見ても細川幽斎である。



「ゆ、幽斎さん……?」



 安堵とともに戸惑いつつも、くららは声をかけてみる。



「幽斎ではない。拙者、京仮面である!」



「えっ、でもその声……」



「拙者、京仮面であるッ!」



「はいわかりました! 助けてくれてありがとう、京仮面さん!」



「わかればよろしい!」



 京仮面は頑なであった。うんうんと頷きながら、五右衛門に長い鼻を向ける。



「して、その方は盗人か?」



「あ、いやー……」



「寺に盗みに入るとは不届千万よの。いずれ仏罰が下るぞ、仏罰が! いやむしろ拙者がこの行平(ゆきひら)の太刀で裁いてくれようか、魚のように!」



 早口で捲し立てる京仮面に、五右衛門は脅されているハズなのに首を傾げて困惑するしかなかった。それにしてもこの京仮面、ノリノリである。



「ただまあ、拙者も経験があるのでこの場は丸く収めるが」



「いや正義の味方!」



「拙者が若い頃の話じゃ、バカモノ!」



「面倒くさいな!」



 改めて京仮面は巨馬に向き直り、太刀を構える。



「久方ぶりよの、小雲雀(こひばり)。放っておいてすまなんだな」



「小雲雀!? こんな馬がそんなにかわいらしい名前なんですか!?」



「こやつは元々は御館様の駿馬じゃ。あれほど馬を好いていた方が、この惨状を見ては……」



「信長の?」



 巨馬こと小雲雀は京仮面に向かって突進する。しかし迫り来る巨体に怯むコトなく、音もなく刀を振るう。



「さぞ、悲しまれるであろうなあ」



 脚を斬られ、転げる小雲雀を見ながらつぶやいた。大技を連発していた小雲雀の体力は雀の涙だ。



「もしかしたら、その信長がこんな馬に変えたのかもしれません」



「梟風殿もそう言っておった。しかし……信じられぬ。御館様が甦るなど。人智を超える存在が跋扈しては、天下泰平など夢のまた夢ではないか」



 そう言いつつ、やるべきコトはわかっている。京仮面は太刀を立てる。八相の構えだ。



「じゃが、泰平の世のために刀を振るう。それは人相手にも怪物相手にも、変わりはせん!」



 もがく小雲雀の首めがけて太刀を振り下ろすも、小雲雀は残った力を振り絞り、地面に咆哮を放つ。寺の境内は立っていられないほどに揺れた。



「オアーッ!」



 くららと京仮面が尻もちをついている間、五右衛門の悲鳴が響く。すぐに立ち上がるも、そこには異様な光景が広がっていた。小雲雀の舌が伸びに伸びて、五右衛門の傷口から滴る血を啜っている。



「なんと面妖な!」



 驚いている間にも、血を摂取して回復した小雲雀は立ち上がり、境内から出る。逃げるつもりだ。



「泥棒さん大丈夫!?」



「なんとか……」



 五右衛門はこの世のものとは思えぬ体験に、思わずへたり込んだ。



「血を飲んだというコトは、弱っているのじゃな。ここで仕留めておきたいのう」



「走っても追いつけないですし……」



「そこの盗人をどこかへ閉じ込めて、血のにおいで誘い出せばよい」



「待てよ待て待てよ侍よ!」



 五右衛門は必死に顔を横に振る。



「わかりましたなんて言えるワケあるか、てやんでい!」



「盗人風情が拒否する権利などない。拙者としては、おまえの首を今すぐ縄で縛ってもよいのじゃが」



「わかったよ! アンタ、ロクな死に方しねえぞ!」



「その言葉、そのままお返ししよう。大義などない盗人殿よ」



「もう、今だけは協力しましょうよ!」



「うむ。くらら殿の言う通りじゃな」



「名指し……。京仮面さんには名前教えてないのになあ」



 くららには、もはや幽斎が京仮面と名乗る意味があるのか、いよいよわからなくなる。



「閉じ込めるとは言ったものの、どこがよいかのう」



「うってつけの場所があるんですけど、ここからじゃ道がわからないなあ」



「ほほう。それはどこじゃ?」



「幽斎さんが紹介してくれた道場です。サラが武器も使わず道場破りしちゃって」



「ふふ、なんとも豪胆な男か。僥倖じゃ。ここより近い場所にある」



「やった!」



 まるで親子よりも和やかな雰囲気だ。そんなふたりを五右衛門は血を垂らしながら見つめる。



「はよそこに行こうや」



「言われずともわかっておる。そのまま血を流しながらおびき寄せるのじゃ」



「おれ死ぞ?」



 そんな懸念を京仮面は無情にも無視し、道場へと向かう。言った通り近く、走って5分程度で到着した。京仮面は道場内に入り、誰もいないのを確認した。



「うむ。盗人よ、ここに入り弱ったふりをするのじゃ」



「へいへい、わかりやした……」



 五右衛門は抵抗をあきらめ、道場の真ん中で大の字になり、瀕死の演技をする。



「なかなかどうして迫真の演技じゃぞ。これならば、すぐ小雲雀を誘い出せる」



「演技なもんか阿呆!」



「これで来たら、どうすれば……?」



「拙者に任せなさい。くらら殿、身を隠してくだされ」



 もう巨馬は逃げたのではないか、サラがいたらすぐに追いつけたのに。くららはそんなコトを思っていると、聞こえた。地鳴りのような足音が。くららは隠れる。



「ホントに来た!」



「うおおおッ、喰われちまう!」



 小雲雀は道場の入口を破壊し、五右衛門を目掛けて一直線。すぐさま起き上がり道場の隅に逃げるも、苦し紛れに過ぎない。



「辞世の句、考えるべきだった!」



 目の前には飢えた巨馬、抗う術はない。死を覚悟した五右衛門。しかし彼はそばにいる。京を救と誓った、あの男が。



「待てい!」



 京仮面、盗人の危機に馳せ参ずる。隙を見せたら敗北する、それほどの実力者だ。気配を察知した小雲雀は振り向く。



「一撃じゃ。弱ったおまえには、それだけで充分」



 小雲雀は考えた。立ちはだかる侍は強いが、体躯では勝る。駆け抜け、ぶつかれば、それだけでよい。これまでのように、駆け続ける。そしてこれから先も。



 頭を垂れ、走り出す。どこに触れても致命傷は免れない。道場内を鳴らす爪音は京仮面の面を振るわせる。面だけではない、身体もだ。ただし恐怖ではなく、武者震いである。



「この太刀とともに、数多くの修羅場を超えてきたのだ。今も、そしてこれから先も……」



 京仮面は上段の構えにて、小雲雀を待つ。存分に引きつけ、引きつけ、そして斬る。



「師よ、感謝しますぞ。この戦いを超えられる技を授けてくださって! 鹿島新当流が奥義、一之太刀(ひとつのたち)ッ!」



 残心、納刀。宣言通り、たった一撃で小雲雀は力なく倒れた。血を啜るような存在にも関わらず、血は流れなかった。



「た、助かった……」



 五右衛門は安堵する。



「この程度で死ぬとは思えぬ。盗人、すぐに出ろ。道場を焼くぞ」



「焼く!? 正気かよ!?」



「見よ、小雲雀の斬り傷が塞がっていく。血など流れてないのに」



「ああもう、だったら寺で盗んできた油がある。これを使え!」



「寺で油を盗む、か。どこかで聞いたような話じゃのう。よし、撒け!」



 五右衛門は盗んだ荏の油の小壺を取り出し、蓋を開けて、道場から出つつこぼしていく。



「ふたりとも、無事でよかったです!」



 くららは道場から出たふたりを迎え喜んだが、くららとは裏腹に京仮面は気が乗らない声色だ。



「うむ。しかしまだ危険じゃ、離れていなさい。特にくらら殿は……」



「心配しすぎだと思うがねえ、ってアイツ立ち上がりそうだ!」



「そんな!」



「まったく、げに恐ろしき巨馬よ。くらら殿、脇差を借りますぞ」



 京仮面は道場内に再び入り、ナマクラ脇差と石を擦り合わせ、着火。すぐさま道場の扉を閉める。ほどなく視界の先は炎の海と化した。



「これでよかろう」



 燃え盛る家屋、夜闇に溶け込む黒煙、炎の海から逃れんと道場の扉を破ろうとするも、力を失った小雲雀。忘れられない熱と光、過去の光景がくららの身魂を震わせた。



「いやだ……、いやだああああッ!」



 叫び、頭を抱えるコトしかできなかった。あの時のように。涙を流しても、あの日の炎は消えるべくもないのだけれど。




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