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第9話 勇気の火種



 望月が暗き闇を照らし出し、京の怪奇な一騎討ちを暴く。



 ひとりは嵐を巻き起こす男・サラ。ひとりは鬼神の如き腕力ながらも、たったひとつの過ちで死を遂げた200余年も昔に生きた猛将・土岐頼遠――の骸骨。



 時を越えて、人智を超えたふたりの婆娑羅は刀を向ける。サラはもう喋らない。叩き、擦れ合い、打ちつけ合う刀はなによりも雄弁だから。



「……で、あの巨馬は?」



 一方、蚊帳の外に追いやられたくららは緊張を保ちながら巨馬を見つめる。サラに刀身をボロボロにされた脇差を握りしめ、こっちに来るなと願うも、その願いは届かなかった。巨馬は頭を垂れながら、三条大橋を爆進する。



「うわあッ、来ちゃった!」



 右へ左へ逃げるコトもできず、苦し紛れに屈む。巨馬の歩幅の大きさと背の高さで偶然すり抜けられたが、通用するのは一回きりに違いない。すぐ横にある地面を穿った馬蹄が恐怖を誘う。



「馬相手になにができるかな……。サラ、わたしどうしよう!?」



「こっち来い!」



 サラは骸骨武者と鍔迫り合いの最中だった。構わずくららはサラの下へ寄るも、巨馬は追ってこなかった。きっと勝負の邪魔はしないのだろう。



「コレを使え」



 サラは打刀を手放せないので、口笛を吹いて風を吹かせてそれをくららの手元へ運んだ。導線が伸びた赤い竹のようだ。



「爆竹だ、でっけェ音でたぶん怯む」



「……この紐に火をつけるんだよね?」



「そう。火種はおまえさんの脇差で出せる。摩擦だ。石かなんかで擦ってみろ。刃がボロボロだから火花が飛び散るハズだ」



「火、火か……」



 くららは火を見るのが怖かった。故郷を、両親を焼いた炎が未だ網膜に焼きついている。たとえ焚き火程度の炎にも、近づくのが怖いほどだ。ましてや大きな音まで。



 胸が大きく鳴り、緊張する気持ちが口の中きら出そうな気分になる。しかしサラに着いてきたからには、覚悟を決める。火を怖がるな、死を恐れるな。わたしには捨てるモノなんてないのだから。



「よし、やるぞ!」



「その意気だッ。簡単に死ぬなよッ!」



「サラこそ!」



「ったく、どの口が言ってンだ!」



 骸骨武者の大太刀を弾いてみせ、サラに笑顔が溢れる。こんな最中でも笑えるのだから、サラには到底届かない。



「オレが負けるように見えるか?」



「油断しちゃダメだよ」



「大きなお世話だよ。っておい、馬来た! 見ろ、前!」



「ええっ!?」



 斬り合っていたときは大人しかったが、仕切り直した瞬間に巨馬は強烈な蹄を鳴らしてやってきた。



 くららは焦りつつ石とナマクラ脇差を擦り合わせると、光とともに散った火花は橋桁に置いた爆竹の導火線を徐々に短くする。



 まるで蛇のように小さな火が這うのを、眉間にシワを寄せて見つめる。だが、見るだけではいけないコトはわかっている。くららは意を決して、走ってくる巨馬に向けて爆竹を蹴り飛ばした。



「もうどうにでもなれー!」



 ふわりと浮く爆竹は巨馬の顔面にコツンと当たった瞬間、炸裂音が響く。くららは思わず背中を丸めて耳を塞ぐと、なぜか手の甲に水がかかった。



「よォし、よくやった!」



 それでも、サラの褒め言葉はよく聞こえた。安心感を覚えて恐る恐る顔を上げると、巨馬がいない。



「橋の下!」



 再び骸骨武者との鍔迫り合いを始めたサラが言う。欄干に手をかけて視線を下ろすと、そこには巨馬が鴨川に落ちてもがいていた。驚いて、飛び降りたのだ。



「やった! やったよ!」



「まだ喜ぶのは早ェぞ。こいつらに当たり前は通じねェからなァ。今のうちに走り出せ、オレァ骸骨で手いっぱいだ」



「まさか……。馬が泳げるワケが」



「脱出するに泳ぐ必要はねェ」



 巨馬がもがくのをやめると、おとなしく沈んでいく。この川から出られるのかと、くららは半信半疑だったが確信した。出られる術を持っていると。なにせ、泡が多量に浮かんでくる。それがなにより不気味だった。



「じゃ、じゃあ行くねっ。死なないでね! ひとりにしないでね!」



「とっとと勝って、助けてやるよ」



 くららは一目散に走りだす。巨馬が川から上がる前になるべく遠く、遠く。



 一方、沈んだ巨馬は川底に足をつけ、全力の咆哮を放った。爆竹など比にもならないほどの爆音、そして爆発。爆ぜた水が沸き立ち、月を反射していた川面は巨馬を露わにした。その刹那を巨馬は見逃さない。四脚を折り曲げて跳び、悠々と脱出してみせた。



「とんでもねェな。死ぬなよ、くらら」



 月にいななく巨馬を横目に、サラは独りごつ。まさに今日、京を恐怖に陥れた災厄の象徴だ。侮辱するなと言わんばかりに、見えなくなったくららを探すため駆け出す。



「なんかッ、すごい音したけど!?」



 くららは息を切らしながら逃げる、逃げる。道という道を、とにかく走る。



「ふう、ふう。ちょっと休憩……」



 膝に手をついて息を整えようとするも、ドドドッという音がする。早くなった心臓の音ではないのには、すぐに気づいた。



「そんなッ、もう追いつかれた!?」



 走って逃げるのはあきらめ、一旦どこかへ隠れるコトにした。建物はたくさんある。その中で、くららは目についた小さな寺の境内へ逃げ込み、一直線に本堂へ向かう。中へ入りたくても、お坊さんを巻き込むワケにはいなかい。



「どうしよう……」



 庇の下で丸まるくらら。唸りながら悩んでいると、足音がする。巨馬のものではなく、木の軋む音だ。人が来た。きっとお坊さんだ。出くわしたら謝らなきゃ。



 そう考えると、開いた襖から見覚えのある顔が出てきた。



「いやはや、人のいない京なんて盗んでください言うてるモンよな」



「泥棒さん!」



「ォァーッ」



 またも小さく叫んで驚くこの男は石川五右衛門。泥棒だ。風呂敷に盗品を包んで、性懲りもなく巨馬に怯える京に盗みに入っていたのだ。



「おめえ、あの性悪の馬鹿侍といた小娘じゃねえか! ってコトはあの爆発音と関係あるっちゅうワケか!?」



「けなされたの、根に持ってるんだ……」



 残念ながらサラがいないのを説明して、くららは立ち向かう。



「ねえ、爆竹とかないの?」



「ああ、ほらよ。あの化け物馬を追い払うなら使えや、いくらでも!」



 五右衛門は着流しの胸元から爆竹を取り出しくららに手渡すと、同じように火花を起こして導火線に火を点ける。



「もう点けるのか!?」



「すぐそこに近づいてきてんの!」



「イタズラじゃ済まねえぞ……ってオアーッ! ホントにきやがった!」



 巨馬はくららのにおいを頼りに執拗に追いかけて、ふたりの前に出る。その瞬間を見計らい、くららは爆竹を投げた。狙いは完璧だった。爆竹は巨馬の鼻先に舞い、そのまま炸裂する――コトはなかった。



 激しい鼻息で、導火線の火を消されてしまったのだ。



「ぜ……絶望かな、絶望かな!」



 四脚をどっしり構えた巨馬に、五右衛門は大慌てだ。



「本堂の中に入れッ。運よくここにゃ誰もいねえから!」



 くららは本堂の引き戸を開き、中のすぐそばで屈んだ。その瞬間、爆竹など比にもならないほどの轟音が鳴り響き、頭上に月明かりが漏れた。優雅に舞う木々の欠片、破壊される支柱。中央に安置されていた御本尊は、無惨に粉々と化した。



「……やれやれ。仏様の助けも期待できねえってこった」



 くららに覆い被さった五右衛門は身体の所々に、木の欠片が刺さっていた。



「泥棒さん!」



「構うな、構うな。それよりも化け物馬は近づいてきてるな?」



 五右衛門の言う通りだ。勝利を噛み締めるように、ゆっくりと近づいてきている。



「あの侍の助けは期待できねえか?」



「ダメ。風が吹いてない」



 再び巨馬は大筒のような咆哮を放とうとする。徐々に迫る、確実な死。しかしくららは目を背けない。



「怖がるもんか……。怖がるもんかッ!」



 涙目ながらも、仁王立ち。覚悟を見せたくららに、その少女を助けた五右衛門に、救いの手が差し伸べられた。



「待ていッ!」



 歪む視界に人影が現れた。見たコトのあるうしろ姿と声だった。サラではない。でも、たしかに知っている。



「あ、あなたは……?」



 くららが声をかけると、男は振り向いた。



「京の平和を乱すモノは許さない! 京仮面(きょうかめん)、ただいま推参ッ!」



 鼻の長い天狗の面を被ってはいるが、間違いようがない。その男は細川幽斎だった。



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