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9.誤算

 


 村に迫った未知の魔物対策はライルが提案した方針で進められた。

 村へ続く森の入り口付近で罠を張り、敵の侵入を知らせる警報網を張り巡らせる。それらの対策は全て昼間に行うことを徹底し、空が赤く染まりだしたらすぐに森の中に入った戦士含めて引き上げる。

 対策を徹底した結果、二日間は無事に乗り切ることができた。

 アルセイタがやられ、一時は混乱するかと思われた戦士たちだったが、無事に三日間を乗り切れそうなことに徐々に元の村の雰囲気に戻りつつあった。

 明日を迎えられれば、副都の応援と一緒に敵の魔物を安全に狩れる。

 そう思った戦士たちは、今日までの無事と明日の到来を祈って、酒場で盛り上がっていた。


「この調子なら、明日副都の応援が来るまで大丈夫そうだな!」

「これもライル坊のおかげだな!」


 既に酒が入り上機嫌になったヘイズルとヘンリクスがライルの両脇を固め、お酒が飲めないライルにダルがらみをしていた。


「にしても坊はすげぇなぁ、その歳で腕も立つし頭もいい」

「ついでに顔もいいと来た! 大人になったらきっと何人も女を泣かせるに違いねぇ」

「ちょ、2人とも飲みすぎだよ。まだ今日の晩の番が残ってるんだからね?」

「晩の番! はははは! 坊はユーモアもあるんだな!」

「う、うっぜぇ……」


 酔っ払い特有の笑いの沸点の低さに、さすがにライルはうんざりしていた。

 といっても、ライル自身、明日が無事に来ることを信じて疑っていないため、強く二人を止めることもなかった。


(ま、酔ってても【樹需土竜】なら大丈夫だろう)


【樹需土竜】は最初の奇襲さえ避けてしまえば、そう脅威ではない。

 巨体と爪は鎧を纏っていても危険だが、動きは緩慢なため熟練の戦士が数人いれば十分に対処できる。


(Cに分類されてるけど、実際はDランクと大して変わらない魔物なんだよな。正直、影の軍勢の方がよっぽど怖い)


 ライルとしては、【樹需土竜】よりも影の軍勢対策を日頃からやってほしいと思うのだった。


(ま、なんにしろ明日副都の応援が来れば、【樹需土竜】程度――……)

「それにしても、アルセイタの連中が焼け焦げるレベルの魔物っていったいどんな奴なんだろうな」

(……え?)


 ヘンリクスが放った言葉に、ライルのジュースを飲む手が止まる。


「そうそう! アルセイタの連中、なんでも凍ったり燃えたりしてたそうだ。相当やべえ魔物かもしれないな」

「村長は混乱するからって隠してたが、たぶんBランクくらいあるんじゃねぇかな」

「ちょ、ちょっと待って!」


 ヘンリクスとヘイズルの話に、ライルは椅子を蹴って立ち上がった。

 さっきまでの余裕は消え、嫌な汗を背中に感じながら二人に確認をした。


「アルセイタの人たちは燃えたり凍ったりしてたの!? どんな状態の傷!?」

「お、落ち着けライル坊。心配しなくても今晩乗り切れば副都の連中が何とかしてくれるって」

「ライルがこうなるってことは、やっぱ村長の判断は正しかったな。アルセイタのことは言わないほうが村の連中のためだ」

「待ってよ、俺だって聞いてない! これでも一人前なんでしょ!? どうして教えてくれなかったの!?」


 ヘンリクスとヘイズルは目を合わせて取り乱したライルを椅子に無理やり座らせる。


「だから落ち着けってライル。一人前って言ってもライルはまだ子供だ。アルセイタの連中の件は、お前にはまだ早い」

「早いって、俺だって人の死んでるところくらい見たことある! 影の軍勢に村を焼かれた! その時に比べれば――」

「あれはそんな生易しいもんじゃなかった」


 ヘイズルが赤かった顔を青くしながら言った。


「大人の俺たちでもきつい。あまり言いふらすもんじゃねぇ」


 ヘイズルは諭してくるが、ライルの内心はそれどころではなかった。


(凍ったり燃えたりだって? それは【樹需土竜】じゃない! 氷と炎を操るなんて俺の知らない魔物だ。今日まで張った罠は【樹需土竜】用に僕が提案したものばかりなのに、もし今日、奴が現れたら――……)


 ライルの心に湧いた嫌な予感は、残念ながら的中することになった。

 突如、空から鳴った雷のような轟音によって、それは知らされた。


「な、なんだ?」

「今日雷雲なんてなかったぞ?」


 ヘイズルとヘンリクスが驚いて窓の外を見るが、変わらず夜空は晴れて星が見えている。

 同じ酒場にいた客たちも一様に驚いていた。


「晴れなのに雷が鳴るなんて、豪雨の前触れかもな」

「念のため、家に帰るか。マスター、お会計!」


 晴れの雷はゲリラ豪雨の前触れである可能性が高いのは、ライルも知っている。

 だが、ゲリラ豪雨なんかよりもよほどの脅威が迫っているのだと、ライルは直感的に感じた。

 会計も忘れて、ライルは店を飛び出して夜の山を見た。

 そして戦慄する。

 山には、巨人の上半身に翼が生えたような巨大な影が、空に慟哭していたのだ。

 巨大な影が慟哭するたびに、空から青と赤の雷が落ちる。


「あれは違う……【樹需土竜】なんかじゃない! あれは――」

「にいちゃん!」

「ライル君!」


 ライルのもとに慌てたレオナルドとエレンがやってきた。


「二人とも、どうしたの?」

「村長が戦士を呼べって! 防衛線が突破された! すぐに対処をって!」

「だからほら、にいちゃんの武器持ってきたんだ!」


 レオナルドが重いだろうにライルの大斧を持ってきていた。

 それだけでなく、レオナルドの物である剣も一緒に。


「俺の剣も持っていってよ! 俺は戦えないけど、この剣ならきっとにいちゃんの役に立つから!」

「ありがとう、レオ。大事に使うよ」


 健気な可愛い弟をライルは力いっぱい抱きしめる。

 抱きしめたとき、レオナルドの体は震えていた。


(レオも怖いんだな。そりゃそうだ。あんな化け物が近くに居るとわかったら、誰だって怖いに決まってる)


 かくいうライルも震えていた。

 雷と魔物の声で家の外にでた村民たちも、魔物の巨大な影を見て恐怖に陥っていく。

 混乱に気づいた戦士たちもまた外に出て、敵の強大さを知る。


「あれが、巨影の正体だって?」

「デカすぎる……」

「勝てるわけねぇ!」


 ベテランの戦士たちですら、遠目で恐れるほどの威圧感。

 だがこの距離で、敵は翼を持っている。あの巨体だから飛べるかは不明だが、今から準備して村を放棄しても夜行性の相手を前に逃げ切れる可能性よりも気づかれる可能性のほうが高い。

 逃げたくても逃げられない。


「ライル君、行くの?」


 エレンが泣きそうな顔で聞いて来た。

 ライルは困った顔を浮かべた。


「……誰かが行かないといけないでしょ? 俺の見通しが甘かった」


 村長が情報を共有してくれていれば。そう思ってしまいそうになるのをライルは堪えた。

 もっと自分がアルセイタのことを確認していれば、こんなことにはならなかった。

 そう思ったライルは、レオナルドが持ってきた武具を装備していく。


「ライル君、これ」


 一通り装備し終えると、エレンがあるものをライルの首にかけた。

 それは、見覚えのある金色の円盤に赤い宝石が埋め込まれたネックレス。

 一度だけ死を回避してくれる効果のある【助命】のタリスマンだった。


「いいの? 高かったんじゃ?」

「私とレオ君で一緒に買ったの」

「にいちゃんに絶対に帰ってきてほしくて」


 二人の思いがこもったタリスマンを握りしめる。


「ありがとう、じゃあ行ってきます!」


 ライルは精一杯の笑顔で応え、村の出入り口へと向かった。


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