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8.巨影

 

 緊急会議を終えたライルは、待合室にある椅子で休憩していた。

 そこにエレンがお茶を持ってやってきた。


「お疲れ様ライル君、大活躍だったわね」

「ありがとうございます。大活躍って、状況整理してそれっぽく言っただけです。エレンさんが急に振るからですよ」

「だってライル君ならあの会議すぐにまとめてくれるかと思って」

「俺を何だと思ってるんですか」


 わざとらしくため息を吐くライルに、エレンは小さくごめんと手を挙げながら横に座る。


「にしても本当に想像以上で凄かったわ、ライル君」

「何がです?」

「あの分析。一度も調査に出てないのに、村長や他の戦士たちより状況を理解してたんだもの」


 それは原作知識があったから、とライルは言い訳しそうになるのをぐっとこらえた。

 実は今回の魔物について、ライルは当たりを付けていた。

 Cランクの魔物である『樹需土竜(じゅじゅもぐら)』。

 山や森の生息する魔物で、地中からの奇襲を得意とし、目が見えず夜に出現する。

 頑丈で大柄だが移動速度が遅いため、奇襲にさえ気を付ければたいした敵ではない。


「理解といっても推論をそれっぽく自信満々に言っただけですよ。敵の速度と目撃情報からそうなんだろうと思っただけです」

「だとしてもすごいわよ。あの場にいた誰も夜行性とか目が悪いとかわからなかったんだもの。対策もよく考えられてて、誰も何も言えなかったくらいだし」


 諸手を挙げて褒められて、ライルは頬を掻く。

 最近、こんなことばかりだとライルは嬉しくもむず痒くなった。


「ね、ライル君は今回の魔物との戦い、どう思う?」

「どうって、もし俺の予想通りだとしたら、問題なく勝てると思います」

「本当に!?」


 エレンはよっしゃとガッツポーズをした。

 そして彼女はちらちらと、ライルの方を見る。


「? どうかしました?」

「いえ、なんでも……ないこともないわ」

「?」


 エレンは一度を深呼吸した。

 いつも余裕な態度をとるエレンにしては珍しく落ち着いていない様子に、ライルはいぶかしむ。

 すると、エレンがライルの肩に頭を預けた。


「ね、ライル君」

「は、はい」


 急な距離感にライルは驚いた。それでもエレンは続ける。


「ライル君は大きな町に行きたいと思う?」

「どうしたんです、急に」

「だってライル君、本当にすごいんだもの。気づいてないかもしれないけど、12歳で影の軍勢を倒すなんて普通じゃありえないのよ? その上賢くて優しくて弟想い。どこかの絵本から出てきたのかしら」

「い、言いすぎですって」


 顔が真っ赤になりそうなくらいに照れ臭くなってくるライル。

 エレンが肩に頭を乗せているおかげで、顔が見られなくて済むことに感謝する。


「ねぇ、ライル君はずっとここにいてくれる? この村にいてくれる?」

「……」


 ライルはここで考えさせられる。

 この村でこれからどうするか、ライルは考えてこなかった。いや、考える暇がなかったと言える。

 生きるために強くなることに集中していたから、弱いまま村の外に出ることなんて考えるまでもなかったことだから。

 だがもし今、副都から応援がきて一緒にもっと安全な副都に行けるとしたら?

 ライルはきっと行こうとするだろう。

 ライルにとって最優先なのは、なにより自分の命なのだから。

 エレンが危惧しているのはそれだ。ライルがこの町からいなくならないで欲しいのだ。

 でも同時にライルは思う。

 弟であるレオナルドが世界を救うのなら、そのレオナルドと一緒にいるのが一番安全なのではないかと。

 今は原作が始まる5年前であり、まだレオナルドのことを自分が守るのだとしても、その後はレオナルドに任せれば安全で確実だ。

 ならこの村から出る必要はないのかもしれない。


「心配しなくても、俺はどこにも行きません。レオもいますし、エレンさんもヘンリクスさんもヘイズルさんもいます。みんながいるこの村を捨てるなんてできませんよ」

「もう、そこは嘘でも私がいるからって言ってほしかったな」

「は、はは」


 距離が近いエレンに戸惑うライル。

 エレンは顔をあげてライルの顔に唇を寄せる。


「ライル君が無事でいられるおまじない」


 そしてエレンはライルの頬にキスをした。


「ぇっ」


 ライルは頭が追い付かず、咄嗟に頬を抑えてエレンを見た。

 しかしエレンは立ち上がり、そそくさと歩き出す。

 でも途中で止まり――


「こ、このことは内緒だからね!」


 耳まで真っ赤にしたエレンが走るようにして奥の部屋へと引っ込んだ。

 残されたライルは一人呆然と赤い顔をにやけさせた。


「……まじでこの村に一生いよ」




 ◆


 役場から飛び出したエレンは真っ赤になった顔を抑えながら、誰もいない路地裏に駆け込んだ。


「やっちゃった、やっちゃったよう」


 先ほど自分がしたことを思い出して恥ずかしくなり、へたり込んでしまう。

 何回思い返しても恥ずかしい、なんであんなことしたんだろうとわかり切った疑問が溢れ出してくる。


(でも仕方ない、そう仕方ない! ライル君が頼りになるのが悪い!)


 口をとがらせて文句をライルにぶつけるエレン。


(あ~あ、なんでライル君より5年も早く生まれたんだろ。もうちょっと遅く生まれたかったな)


 この村にエレンと同世代の男は少ないがいないわけではない。

 3,4歳年上の男が何人かおり、彼らは一様にエレンに何度もアプローチをしている。

 だがエレンは、彼らには一切興味を示さなかった。

 それはエレンに対する男たちの視線がみんな多かれ少なかれ性的なものを含んでいたからだ。

 エレンは自分の胸を抑える。


(私よりも年上の人がそういう目で見てくるのが本当に無理。鼻息荒くして子供みたいで、生理的に本当に無理)


 考えただけでも気分が滅入る。

 でもライルは違った。

 同年代どころか大人と比べても落ち着いていて、聡明だった。

 なによりエレンに対して、妙な視線を向けないことが何より大きかった。


(最初はまだそういうのに興味がないのかと思ったけど、試しにからかってみたら顔を赤くするから、そういうわけじゃないみたいだし)


 自分からからかうことなど滅多にしないエレンだったが、このときのことをよく覚えている。

 落ち着いているライルがわかりやすく慌てるのが面白く、からかい続ければエレンに対して下卑た視線を向けそうなのにいつまでも向けない。


(ライル君は他の人とは違う。そう思ってからはもうほっとけなくなっちゃった)


 あぶない依頼を受ける時は心配で仕事が手につかないし、すごい結果を出せたときは一緒になって喜んだ。

 そして今、ライルは影の軍勢を倒し、最年少でDランク討伐実績を立て、村の未曽有の危機に対して適切な対処法を提唱してみせた。


「ホント、大物になる子よね。外に出てもきっと彼は生きていけるに違いない」


 エレンは不安だった。

 もし副都のギルド員がライルを知れば、絶対に副都に勧誘する。それほどの才能だ。

 強さに貪欲なライルなら、行ってしまうだろうとエレンは思っていた。

 しかし、ライルは行かないといった。


「弟のために戦うとか、優しすぎでしょ。もう」


 自分のためと言ってくれなかったのは少し残念だが、それはそれで女に溺れることがなさそうで安心した。

 ライルが想像以上にかっこよかったこと、そしてこの村にいてくれること。

 それを知ってしまったら、もう駄目だった。


「ライル君……すき」


 エレンはそのまま、しばらく路地裏に座り込んでいた。


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