7.緊急事態
1話飛ばしておりました...
怪我で療養していたライルは緊急で村役場に呼び出された。
役場にはライルの他にも、門番のヘイズルやライルに狩りを教えたヘンリクスといった熟練の戦士も揃っている。
あきらかにいつもと違う大人たちの雰囲気にライルは生唾を飲んだ。
「ライル坊、大丈夫か?」
「ヘイズルさん」
村に緊急事態を伝えたヘイズルがライルの肩にそっと手を置いた。
「ライル坊、一人前になっておめでとうって言いたいところなんだが、このタイミングじゃ手放しでよろこんでいいのかわかんねぇな」
恐らく事態を一番よく理解しているヘイズルがいうと、余計に良くないことが起きているのだと、ライルは感じた。
ライルが気を引き締めると、タイミングよく奥からエレンと白髭を蓄えた猫背気味の村長が現れた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今回の騒動について、村長からお話があります」
エレンはそう言って村長に話を譲る。
役場の中心に立った村長は猫背だった背筋を伸ばし、重たい声でゆっくりと告げた。
「今朝、【巨影の調査】の依頼で先遣隊として派遣したパーティの一つ、『アルセイタ』の全滅を発見しました」
ぶわっと一気に役場がざわついた。
「アルセイタの連中がやられただと!?」
「あの連中が逃げることもできなかったのか!?」
「ということは、魔物は最低でもCランクってことか!」
うろたえだす戦士たち。
アルセイタとはライルでも知っている老練のパーティで、若くはないが経験豊富な戦士4人で構成されたパーティだ。
全員が影の軍勢と戦えるDランク。
経験豊富かつ長年で阿吽の呼吸で連携が取れるアルセイタは、パーティ単位ならCランクの魔物とも戦える実力者といわれていた。
村周辺は比較的のどかで、Cランク以上に類する魔物はいないものの、そもそも一人前とみなされるDランクの戦士が少ないこの村にとって、アルセイタがやられたという事実は非常に重い意味を持つ。
「魔物は恐らくこの辺りにいると思われる」
村長が役場の大きな机の上に、村周辺の地図を広げて赤い印をつけた。
「……ここは1週間以上前に一度調査したはずだ」
「ということは、奴は村に近付いてきているということか」
「この距離でなぜ今まで見つからなかった?」
一様に戦士たちの眉間にしわが寄る。
「ならば打って出るしかない」
「打って出るだと!? アルセイタが勝てなかった魔物に勝てるものか!」
「なら黙って見てるのか!? 奴がこの村にくるのも時間の問題なんだ!」
「情報のない中で打って出たところで、俺たちが全滅したら意味ないだろ!」
「副都はこの件について何と言ってる!?」
騒がしかった役場はもはや怒鳴り合いのような騒ぎになった。
場を治めなければいけない村長は額に脂汗をかきながら、副都から届いた手紙を読み上げた。
「『至急応援を送る。ギルド員は早急に防備を整えられたし』……と」
「応援っていつだ!? 奴はもう目前に迫っているんだぞ!」
唾を飛ばして声を荒げる戦士。
そうだそうだと周囲の者たちも同調する。
(さすがにまずい。応援が来る前に打って出るなんて言わなきゃいいけど)
ライルは隣にいたヘンリクスに、小声で話しかける。
「ヘンリクスさん、この村を放棄するって選択肢はないんですか?」
「ライル。村を守る戦士がそれを言っちゃいけない。村を捨てるのは最終手段だ。この村は小さいとはいえ、百人を超える。そんな数の人が何日もかけてあてもなくさまよい続けるなんて無理だ。副都に行くにしても先立つものがない家もある」
かつて、影の軍勢に村を焼かれ、生きのこった人だけで当てもなくさまよい続けたことのあるライルにとって、村を捨てるという選択のハードルは低い。
村を捨てる難しさを知っているが、それ以上に命の方が大事だと思っていたからだ。
先立つものがない? そんなものは今を生き延びてから考えることだと。
だがさすがにそれを言う勇気はライルにはなかった。
「副都からの応援がくるのはおよそ三日後だ。それまでなら、なんとかなるだろう」
「本当に三日か? 三日後にくるんだな!?」
幸いに、村長が副都の応援がくる具体的な日時を提示できたことで、周囲の戦士たちは落ち着きを取り戻した。
平行線だった会議が少しずつ前に進んでいく。
「三日後なら、奴がここに到達するかは微妙なところだ。今打って出るのは避けるべきだ」
「だが村の近くにきたら、村民の避難と守りで人手が足りなくなる」
「でも森の中はなおさら危険だ。巨大な敵相手に視界の悪い森の中は何があるかわからない」
あーだこーだ言い合う戦士たち。
すると、村長の横にいたエレンがふとライルを見た。
「ライル君はどう思いますか?」
「え゛」
戦士たちの視線が一斉にライルに向くが、突然話を振られたライルは変な声が出た。
(なんで急に半人前同然の俺に振るの!?)
自分の考えなんて誰も聞かないだろうと油断していたライルは、とりあえず地図が広げられている机の前に出る。
(まあ、間違ってもいいか。経験豊富な人たちばっかりだし、何かあったら指摘してくれるだろ)
ライルは考えていた作戦を話すことにした
「敵の位置は微妙ですが、今までの情報だと、敵はまだこの村のことを知らないと思われます」
「ほう、それはなぜかな?」
「敵の動きが遅すぎるからです」
他の戦士は黙ったままで、村長がライルの話の相手をする。
「以前にここを調査したのが一週間以上前ですよね。もっと奥地にいたにしても、巨影が見える範囲ならそう遠くはないはずです。それが今になってようやくここなら、残り三日で村まで到達するのは考えにくいです」
「ふむ……」
人の視線が届く距離は、通常であれば5㎞ほど。
山とか高い位置なら話は別だが、さすがに山から見下ろして魔物を見つけたなら正確な位置はもっと早く見つかってもおかしくない。
それが今まで見つからなかったということは、恐らく見つけた人がいたのは村か近辺の森だろうとライルは当たりを付けた。
そして、それは村長が頷いたことで確信へと変わる。
「であれば、最終防衛ラインを決めて、そこに敵が迫るまで応援を待つのが得策と思います」
「最終防衛ライン?」
はい、とライルは頷き、地図のある場所を指さした。
「魔物が村にギリギリ気づかない位置。森の最縁部なら敵に気づかれずに罠も張れるでしょう。戦士もすぐに撤退して村人の避難誘導ができます」
「一ついいか」
名前も知らない戦士の一人が手を挙げた。
「どうして魔物が村に気づいていないと言えるんだ? 今示されたラインは奴がまっすぐにここに向かえば一日で来れる距離だ。そんな距離じゃ俺たちが罠を張る時間がないかもしれない」
「敵は目が悪いんですよ」
「なんだって?」
ライルの一言に戦士たちはざわついた。
なにかまずいことを言ったかとライルは一瞬慌てるが、気丈にふるまう。
「村長、アルセイタがやられたのを見つけたのは朝だったんですよね」
「ああ、そうだが……」
「巨影が現れたのは夜、アルセイタがやられたのも恐らく夜。つまり敵は夜行性、これだけ調査を続けても見つからないのは、僕たちが活動する昼間は光を嫌って隠れているから。夜は見えるかもしれませんが、人が活動していない夜間じゃこの村と森の違いなんてわかりません」
一転して役場内が静かになるが、ライルは続ける。
「防備を整えるのは昼間に徹底しましょう。夜間の活動を抑えるよう村の人たちに伝えれば、三日待つのはそう難しくないと思います」
話を終えたライルが一息吐いて顔を上げる。
すると、周囲の人たち全員が目を丸くして驚いていた。
「あ、あの~?」
「っあ、いや、なんでもない。ライル君の意見に何か質問があるものはいるかね?」
我に返った村長が聞くが、周囲の戦士たちは唖然としたまま首を横に振るだけだった。
ただ一人、エレンだけが胸を張っているのだけがライルには見えていた。