62.仲間だから
マリアはもう一度弓を構え、矢をつがえる。
追随する魔力の矢の数は瞬く間に増え、その数は空一帯埋め尽くし、数えるのが無謀と思えるほどの数だった。
「は?」
目の前に広がる圧倒的な光景に、一瞬ウィリアムはあっけにとられる。
固まるウィリアムに向けて、容赦なくマリアは矢を放つ。
千に迫るほどの追撃矢たちが濁流のごとくウィリアムに落ちていき、地面を揺らして轟音を撒き散らす。
だが、それでも――
「ハハハハッッ!! 馬鹿みたいな魔力量だな! さすが夜と炎の一族! 魔力しか見るものがないと思った一族が、こうも化けるとは!」
なおもウィリアムは健在だった。
傷一つなく、汚れ一つない。
ただ楽し気に、その黄金の瞳を光らせるだけ。
歩みはまったく衰えず、マリアとの距離は徐々に縮まっていく。
「……バケモノめ!」
もう一度、マリアは矢を放つ。
また次々と魔力の矢が降り注ぐが、時間稼ぎにもならない。
「どうにか、しなきゃ……」
「マリア……」
手を考えるマリアの足元に、這いずってライルが声を振り絞る。
「ライル! 大丈夫!?」
「俺のことはいい。マリア、もう少し時間を稼いでくれ」
四肢が無くなり苦しそうなライルは目も当てられない状態だった。
なにかあっても、ライルがいればなんとかなる。
そう思わせてくれていたライルが、地に這いつくばっている。
これがどれだけ信じられないことか。
――でも、マリアは未だにライルを信じている。
「わかった。私の命はあなたに預ける」
「それなら、死んでも寂しくないな……頼むよ、相棒」
その一言は、自分を認めてもらえたようで。
絶望的な状況なのに、なぜかマリアは笑った。
「まだ死ぬには早いわ、ライル」
マリアは一度深呼吸をする。
(追撃矢・夜と炎は貫通力と破壊力はあるけど、どういう原理か、あの男には全く効かない。時間を稼ぐには……)
ギリリと、弓を掴む手に力が入る。
(あいつへの直接的な攻撃は諦める! 狙うべきは……足元!)
マリアは弓の狙う先をウィリアムの少し下、足元の地面に狙いを定める。
だが、それだけではまだ足りない。
(足元を狙っても傷を受けないアイツは無視してくる。地面に穴を開けたところで、一息で飛び越えられる)
狙いを変えるだけではまだ足りない。
もう一つ――
「私はライルの相棒なんだから。いつまでもできないままじゃいられない」
使う技を切り替える。
それはずっと教わってきたけど、今までできなかった技。
でも今ならきっとできる。
「【追撃矢・氷雷】」
青と赤に光っていた弓は青い雷を纏いだし、周囲の矢もまた同様に氷雷を纏いだす。
大量の魔力が抜けていくのを感じるが、マリアは無視した。
そして、矢を放つ。
空気中の水分すら凍らせながら、矢はウィリアムの足元に突き刺さるとそこに氷の柱が出来上がった。
そしてそれが、降り注ぐ追撃矢全てで発生する。
大量の矢で降り注がれた氷雷によって、まるで丘のような氷の山が出来上がった。
「うざい」
だがウィリアムが氷を握るだけで、氷全体にひびが入る。
「まだまだ!!」
マリアはなおも止まらない。
もう一度弓を構えると、今度は赤い雷を纏いはじめる。
「【追撃矢・炎雷】!!」
再び放たれた矢の嵐は炎の力を纏い、氷に突き刺さると温度差によって爆発が着弾するたびに巻き起こる。
爆発は離れていても人を吹き飛ばす威力を持ち、砕けた氷のつぶては弾丸となり、周囲に飛び散る。
これなら――
「ハハッ! 悪くない! いいだろう、お前もまとめて俺が試してやる!」
ウィリアムの注意は少しだけだがマリアにうつった。
よし、と目論見通りになった安堵もつかの間――
「来い、もっと見せてみろ」
爆炎の中から見えるウィリアムの黄金の光。
その瞳が自分に向いた途端、マリアの背筋が凍った。
命を確実に屠る力が明確に自分に向いている。
巨大な竜に睨まれているような、そんな恐怖に身も心も固まってしまう。
今まではただ、敵とすら思われていなかったから殺意も威圧もなかっただけなのだ。
(ライルは、こんな奴とずっと……)
わずかに目元に涙がたまり、弓矢を持つ腕が下がりかける。
マリアが戦意を失う直前に――
「うおおおおおおお!!」
大声をあげて、戦いに乱入するものがいた。
それは、ただの木の棒をもったトーリンだった。
「ん? お遊びのつもりか?」
突如ただの木の棒で突っ込んできたトーリンの一撃を、ウィリアムは一瞥もせず回避した。
そして、トーリンの首をすぐにつかむ。
「危ないぞ。怪我したくなかったら引っ込んでろ」
「ぎぃっ!」
ウィリアムはまるで荷物のように、トーリンをそのままマリアに向かって放り投げた。
地面を転がりながらも、すぐにトーリンは受け身を取って立ち上がる。
「どういうつもり? トーリン」
「別に、そいつは俺が倒すって決めてるのに、他の奴に倒されるのが気に入らないだけだ!」
トーリンはちらりとライルを見た。
「おいお前! ライル! 何勝手に負けてるんだよ! お前が負けたら、俺が弱いみたいじゃないか!」
「……へ、へへ、実際弱いだろ?」
「弱くない! 早く立たなきゃ、お前の代わりに俺があいつ倒してやるからな!」
気丈にライルに向かって叫ぶトーリンだったが、その足は震えていた。
彼の震えにマリアは気付く。
(トーリン……怖いのに戦ってくれるのね)
マリアは目に浮かんでいた涙をぬぐい、仄かに笑う。
「さすがね、トーリン。もうライルより強いんじゃないかしら」
「当たり前だろうが。俺はこの村で一番強い男になるんだ!」
勢いを取り戻すマリアとトーリン。
――味方は一人だけじゃない。
「みんな! 撃って!」
「誤射にだけは気を付けて!」
「練習の成果を見せる時よ!」
アリアとレイラが戦える子たちをまとめて弓を構え、ミリアが魔法で敵を射る。
村人ほぼ全員による集中砲火がウィリアムに襲い掛かった。
「みんな!?」
「ライル様とマリア様ばっかりに任せてられないでしょ!」
「あたしらが作った村なんだから!」
「ライル様になんてことするんだー!」
たくさんの矢や魔力の矢が宙を飛び、ウィリアムに殺到していく。
圧倒的な魔力を誇る夜と炎の一族の総攻撃。
常人であれば、数秒も持たずに息絶えるほどの攻撃の密度。
中心にいる人間は、生きられるはずがない――
「めんどくさい奴らだ」
生きられないはずなのに、状況は一切変わらない。
「なんで!?」
「俺とお前らは、次元が違うんだ」
攻撃の嵐の中、マリアの目はたしかに見た。
ウィリアムの黄金の光が周囲一帯に広がるのを――
「権能発現――【存在固定】」
その瞬間、すべてが止まった。
宙を舞う矢も、生成されている魔法の矢も、弓を持った子供たちも。
アリアもレイラもミリアもトーリンもまるで石になったかのように止まっていた。
動けるのは、マリアとライルだけ。
もう敵は目の前、一息ですぐ詰められる位置にいる。
(もう、これ以上は……ッ!)
マリアは死を覚悟した。
そのときだった――
「まだ終わってない」
ライルの力強い声がした。
とっさにマリアはライルに振り返る。
「ライル!? 髪が!?」
まるで老人のように、ライルの髪は白くなっていて、口からは血が漏れていた。
それでも、ライルは笑っていた。
「上を見ろよ、クソ野郎」
視線でウィリアムの頭上を示すと、釣られるようにウィリアムは上を見た。
そして、目を丸くした。
「…………は?」
黒く重たい鉄のレールの間に、ただの鉄塊が挟まるように浮いている。
これはなんだ、とウィリアムが言葉を発するより早く――
「魔法創造……【レールガン】」
鉄塊が光る。
その瞬間、音すらも置き去りにする破壊の嵐が吹き荒れた。




