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57.逃げられない



 眼底を焼く強烈な閃光と、木々が薙ぎ払われる轟音が冬の山に鳴り響く。


「は、ははっ!」


 顔中に汗をかきながらも、俺は感動していた。

 この世界はゲーム、だけど現実だ。

 ゲームでは微妙だった新しく得たスキル【魔法創造】は、現実となったこの世界では、まさしく無限の可能性を秘めたスキルだった。


「氷雷と炎雷を極めたら、もっといろんなことができるはずだ」


 目の前では、見る人が見たら卒倒しそうな惨状が広がっている。

 木々は木端微塵に砕け散り、地面は子供が砂場遊びをしたあとのように荒れ果てていた。

 俺は大きく息を吐いて、空を見上げる。


「ああ、ちょっと試しすぎたな。魔力ももうないし、帰るか」


 夢中になりすぎたみたいだ。森に来てもう3時間は経ってしまってる。


「そろそろ帰――」


 村の方へ、振り返ったとき。


「こんにちは、いい日和ね」


 目の前に、銀髪の魔女がいた。

 その顔を、その声を、その姿を見た瞬間に、俺は心臓が止まった気がした。


「あ、あ、あなた、は……」


 喉が震えて、うまく声がでない。

 逃げろ、逃げろ、逃げろーー!

 こいつには、絶対に勝てない。

 これは、この少女は――


「初めまして、あたしはウィルベル。より大きな力を求めて世界中をさすらってるの。あんたは?」

「俺は……」


 名乗るべきか、名乗らぬべきか。

 この少女にこんなところで、会うとは思わなかった。

 だって彼女は、会ってはいけない存在だ。


「な、名乗るほどのもんじゃありませんので!」

「あ! ちょっと!?」


 俺はすぐに少女の前から逃げ出した。

 森の中を走り続け、村へと急ぐ。


「まずいまずいまずい!!」


 なんであいつがここにいる!?

 こんなところにいちゃいけないキャラだろ、あいつは!

 さっき目の前にいたのが、本当に本物なのか自信はないけど、もし本物だったら、俺は今すぐここから逃げなきゃいけない。

 マリアたちには本当に申し訳ないけど、そうしないと世界が大変なことになる。

 しばらく走り続けて、森をようやく出た。

 一度息を整えて、周囲を見渡すけど、ウィルベルと名乗った少女はいない。


「逃げられたのか?」


 いくら全力で走ったからって、ウィルベルから逃げられるとは思えない。

 もしくは、さほど俺に興味を持っていなかったとか。


「興味がないなら、簡単に逃げられそうだけど……気を付けるに越したことはないか」


 俺は目立たないように、氷雷による高速移動はやめて徒歩で村に帰る。

 村に戻ったらすぐに荷造りだ。

 大騒ぎになったら嫌だから、マリアにだけいなくなることを伝えてさっさと先に進もう。

 頭の中で大きく変わったこの先の予定を組み立て直していると、あっという間に村に着いた。

 一見しただけでは、特に変わった様子はない。

 俺はほっと胸をなでおろす。


「これなら、急がなくても大丈夫か?」

「何を急ぐんですか?」

「うわぁっ!?」


 急に声をかけられ、心臓が飛び出しそうになった。

 勢いよく飛び退き、声をかけた方を見ると、そこにはミリアがいた。


「なんだ、ミリアか。おどかすなよ」

「そちらこそ、急に大きな声を出すので驚きました。……どうかしましたか? すごく怖い顔してましたよ?」


 ミリアにいわれてようやく、自分の顔がずっと強張っていたことに気づく。

 眉間をおさえて、一度深呼吸をする。


「ごめん、ちょっと考え事しててさ。ミリア、俺がいない間に変わったことはなかった?」

「変わったこと? ああ、ありました。ついにこの村にお客様が来たんです」

「なんだって?」


 来客が来た?

 その情報は、俺の嫌な予感を確信に近づける。

 森の中でウィルベルを見た。

 となれば、一緒にいるのは――


「見つけた」


 その声は、初めて聞くはずなのに、心臓が掴まれた気がした。

 耳から一切の音が聞こえなくなり、心臓の鼓動だけがうるさく響く。

 声がしたのは、真正面、広場の方向。

 離れた場所に、マリアとルナマリナ、そして黒髪と黄金の瞳を持つ男が立っていた。

 嘘だ。

 信じたくない。

 幻覚を見てるに違いない。

 俺は一度、目をこすってから、もう一度広場を見た――


「お前が余所者か」

「ッ!?」


 なぜか、すぐ目の前に男がいた。

 さっきまで百メートル近く離れていたはずなのに、何の音もなく顔が触れそうなほどの近くにいた。


「っ、……ぁ、ぅ」

「余所者かって聞き方は失礼だったか。まあ俺も余所者だから同じか。よう、俺はウィリアム。同じ余所者同士仲良くしようぜ」


 至って普通の旅人のように名乗り、手を差し出してくるウィリアム。

 俺は流されるまま握手をし、会話をする。


「僕は、ライル、です」

「ライルか、歳はいくつだ」

「13になりました」

「へぇ、若いな。家族は?」

「いません」

「ここへはどうやって?」

「歩いてきました。狩人の先輩にいろいろ教わっていましたので」

「教わっていた? その先輩ってのはどこにいる?」

「……さあ、もうどこにいるかもわかりません」

「……ふぅん」


 まるで蛇のように、ウィリアムは俺の目をまっすぐに覗き込んだ。

 ウィリアムはもう成人していて背が高い。

 13になったばかりの俺とはかなりの身長差があるが、丁寧に腰を折って俺の目を覗き込んでくる。

 俺は耐えられなくて、顔を逸らした。


「そ、それで! あなたはこの村に何をしに?」

「俺か? 近くを歩いてたらテーリエってやつに助けを求められてな。かの夜と炎の一族の村が余所者のせいで暴徒化して追い出されたっつうから、一肌脱いでやろうと思って来た」

「暴徒化? 余所者のせいで?」


 つまり、俺を捕まえに――


「ああ、そう警戒するな。この村に来る前からうさんくさかったし、実際に来て確信したよ。悪いのは全部テーリエだ。この村をどうこうするつもりはないから安心しろ」


 不安をやわらげるかのように、ウィリアムは俺の頭に手を置いた。

 ぐしゃぐしゃと撫でてくるので、甘んじて受け入れながら話を続ける。


「では、この村での予定は?」

「ああ、観光かな。さっきそこの嬢ちゃんに案内してもらってな。いや、感動したよ。大人たちは全員怪我で療養中。動けるのが10歳前後の子供だけとなってヤバいなと思ったんだが、見てびっくり、他の村顔負けの裕福な生活を送ってるじゃねぇか」


 ウィリアムは俺の頭から手をのけて、大仰に両手を広げて称賛する。


「感動したのが風呂! 木が濡れたら腐るからって、粘土と石で固めて保護するとか、天才か? 湯温も下がりにくくなるし、滑りにくくて頑丈だ。他にも石鹸! 将棋、囲碁、あとは勉強! いやはや、こんなものを子供だけで作り上げるとか、さすが噂に聞くあの夜と炎の一族! 知能が高いことこの上ない」


 それとも――


「外から来た誰かさんのおかげかな?」


 過度な称賛、そして明らかに俺を疑う目。まるで演者のようだ。

 俺はウィリアムの視線から逃れるように、頭を下げた。


「まさか、この村のみんなが優秀だからできたんです。僕はただ狩人として、動物を狩っていただけですから」

「動物を狩っていた、か。まあ、それもいいだろう」


 ウィリアムは俺の左腕に視線をやった。

 前に骨折して、ようやく添え木が外れたくらいの腕だったが、まだ完全回復とは言い難い腕。


「お前、怪我したのか?」

「ええ、ちょっと前に襲われまして」

「治してやろうか?」


 俺が返事するよりも早く、ウィリアムは後ろを振り返り、ルナマリナを呼んだ。


「マリナ、治してやってくれ」

「わかった」


 ルナマリナはこくりと頷くと、懐から石を取り出した。

 その石は宝石のようにキラキラと黄金の色に輝いていて、一目見ただけで目を奪われるほどの美しさを持っていた。

 何より、その力。

 なんとも言えない、神聖な力が宿っている。

 ルナマリナは石を胸に抱いて、祈り始める。


「治して……【存在復元】」


 彼女が祈ったと同時、村一帯を包むかのような巨大な光の輪が地面に描かれ、空に向かって黄金の粒子がゆっくりと立ち上っていく。


「きれい……」


 後ろでミリアが思わずこぼした。

 俺もさっきまでの恐れを忘れて、魅入ってしまった。


「これが……祈祷」


 暖かな光。

 数秒続いたその幻想的な光は、ゆっくりと消えていく。


「どうだ、腕は治ったか?」


 ウィリアムに言われ、自分の腕を確認する。


「え? マジ?」


 驚愕した。

 てっきり、治ったのは骨だけで、骨折したことでずっと使わずにいた左腕の筋肉は細いままだと思ったのに、なんと腕の太さが骨折する前まで戻っているのだ。


「すげぇ、か、完全に治りました」

「それはよかった。どうだ、ルナマリナの祈祷は凄いだろ?」


 ウィリアムはまるで自分のことのようにルナマリナを自慢した。

 これには素直にうなずいた。


「凄いです。ありがとうございます」

「ああ、礼はいらん。お前に頼みたいこともあるしな」

「……僕に頼みたいこと?」


 浮かれかけていた心が一気に冷える。

 俺はわずかな期待を込めて、ウィリアムを見た。

 ウィリアムは、今日一番の笑顔を浮かべて――……


「俺と手合わせをしろ。拒否権はない」


 それは、絶望の要求だった。

 どうにか断れないかと、俺は引きつりながら笑顔を浮かべて頭を下げた。


「あ、あいにくですが、僕は人と戦ったことはないので遠慮させて……」

「拒否権はないと言っただろ。腕を治した対価とでも思え。俺を満足させられたら、無上の褒美をお前にやろう」

「……満足させられなかったら?」

「説明がいるのか?」


 ウィリアムは腰に下げた剣に手を置いた。

 それだけで、何がいいたいのかは歴然だった。



 ――選択肢は一つしかなかった。



 


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