51.這いよる影
女子たちと争った後、テーリエは焦っていた。
「クソクソクソ! 生意気な女どもめ!」
根城にしている空き家の一室で、暖炉の火に当たりながら、テーリエは爪を噛んでいた。
今はいつも一緒にいる男子たちは誰もいない。
女子たちと争ってもう一週間が経ち、最近になって一人の時間が増えてきた。
「ゴーリーもダールもネフェリも何やってる! トーリンなんか夜以外帰って来やしない!」
ライルがひそかにトーリンたちに接触していると気づかないテーリエは、貧乏ゆすりをしながら、ひたすら家で仕返しの方法を考えていた。
「女どもはなんであのよそ者が裏切り者だって気づかないんだ! 死んだ族長と同じだ。あいつらはよそ者にやられて全員死んだんだぞ! 同じよそ者を信用するとか、全員馬鹿なのか!」
最近は満足に食事もとれず、水浴びをしていないテーリエはひどくみすぼらしくなってきている。
前までは何もしなくても食料があったのに、今では自由にできる食料は一切ない。
女は言うことを聞かないし、腹は減るし、体はかゆいしで、ストレスがたまる。
「なんでだ、なんでこうなった。僕は族長になる男だぞ! なんで誰もそれを理解しようとしない!」
いまだにいうことを聞いてくれている男子たちだけが頼みの綱だった。
今も時折4人が持って帰ってきてくれる食料だけが、テーリエの心を慰めた。
「そうだよ、あいつらは僕が何を言わなくても食事もとってきてくれる。それに比べて女子たちは、あれがないこれがない、あれはいやこれはいやと、わがままばかり! そんな程度なのにこの僕に族長になる資格がないだ? お前らは生きる資格がねぇよ!」
近くにあった物を手に取って、乱雑に放り投げる。
ガシャンと大きな音が鳴るが、テーリエは気にも留めなかった。
「クソクソクソが! いつか絶対に見返してやる! あのよそ者さえいなければ、今頃僕がマリアの上に立ってたのに!」
思い出すほどにむかつく。
『あなたは族長にふさわしくない。私たちの長になりえない』
あのマリアの冷たい目。
思い出せば背筋が凍る。背筋が冷たくなることにまた腹が立つ。
「愚鈍なマリアめ! あのよそ者にうつつを抜かして、やっぱりあいつも所詮女か! 少しは見どころがあると思ってやったのに!」
テーリエはマリアが欲しかった。
凛とした佇まいに、誰にも屈さない強い姿勢、そして美しい体。
高嶺の花だと、誰もが思う。
でもテーリエは、村で族長家の次に魔力の多い彼は、自分こそがマリアにふさわしいと思い込んでいた。
「僕が族長になったら、マリアは僕のものだ」
それなのに、突然現れたよそ者に、マリアの隣を奪われた。
「絶対に許さない。絶対に復讐してやる」
火を見つめながら何か手立てはないか考えているとき。
「ただいま戻りました、テーリエ様」
「聞いてくださいテーリエ様! 今日はごちそうですよ!」
男子4人が機嫌よく帰って来た。
その声がしたとたんに――
「遅いぞお前ら! 何やってた!」
「ひっ!?」
「え!?」
自分はこんなに悩んでいるのに、能天気にしている4人がむかついた。
だからテーリエは声を荒げた。
「こんな非常事態にのんきに外で遊んでるんじゃない!」
「で、でもテーリエ様、食事の調達のためにみんなで頑張ってきたんです」
「このくらいの食事をとるのに一日もかけるな! もっとほかにもやることがあるんだからな!」
4人が両手いっぱいに抱えてきた料理も、テーリエにはなんの気休めにもならなかった。
窓から見える景色の中には、楽しそうに笑って食事や娯楽にふける女子たちが見える。
それに対し、家の中で閉じこもるしかできない自分のなんとみじめなことか。
「今日はごちそうだと? その程度の御馳走なんか、女たちは当たり前のように食べてるんだぞ! そんな底辺で喜ぶんじゃない!」
テーリエは立ち上がって、トーリンが持つ食事を床にぶちまけた。
「お前らは僕の家臣だって自覚を持て! 僕は族長になる男だ! お前らがその程度だから、あいつらが僕を舐めてくるんだろうが!」
自分は悪くない。
最も魔力の多い男子である自分が族長にふさわしいのは誰が見ても明らかなのに、周囲がついて来ない理由は何か。
テーリエはその理由を、自分ではなく外に求めた。
だから必然的に、その矛先は自分を慕ってくれている彼らに向いた。
「……もう嫌だ」
――否。
慕っていたはずの彼ら。
「もうついていけないよ、テーリエ様」
「……なんだと?」
テーリエのために持ってきた地面に散らばる料理を見て、4人の目は冷たく変わる。
「もういやだよ。テーリエ様についていったって惨めなだけだもん」
「えらそうにいうだけで自分は何もやらないし、文句ばっかり言っちゃってさ」
「向こうの方が毎日楽しいし、料理だって美味しい」
「あいつも優しかったしな」
4人は口々に本音を吐露する。
それは全て、ライルたちとテーリエの比較。
テーリエは足元が崩れて落ちていく錯覚に陥った。
「あいつは、ライルは俺が強くなりたいってことわかってくれて、真剣に稽古つけてくれたんだ」
「あ、俺もだ。美味しいもの食べたいって言ったら、食べさせてくれたし、あったかいお湯に浸からせてもくれた!」
「字が読めなくて諦めてた本も、読めるようになるってレイラが誘ってくれた」
「みんなとちゃんと話し合って、協力するって、すごい楽しいことだってわかったんだ」
それは明確なテーリエの能力に対する批判。
「テーリエ様。俺たちはあっちにいくよ」
トーリンがはっきりと、テーリエに言った。
最初、テーリエは何を言っているのかわからなかった。
「は? お、お前ら、冗談だよな?」
「冗談じゃないです。俺は向こうに行ってもっと強くなりたい。ここじゃ何をすればいいのかわからなかったけど、向こうなら何をするべきか、はっきりわかったんだ」
まるで別人のようになったトーリンを見て、テーリエは察した。
「お前ら……あいつに懐柔されたのか!」
テーリエはトーリンに食って掛かった。
「ふざけるなあ! 俺を裏切ってあいつの元へ行くだと! お前らは一族がどうなってもいいのか!」
「どうなってもいいと思ってないから、向こうに行くんだ! この飯は全部あいつらがくれたもんだ! 狩りの仕方も文字も計算も寒さの凌ぎ方も全部! あんたが何一つ教えてくれなかったこと全部向こうで教われた!」
「なんだとっ!?」
テーリエは振りかぶり、トーリンの顔を殴りつけた。
「この恩知らずが!!」
拳をもろに受け、トーリンは後ろに吹っ飛び、後ろにいた3人が慌てて支える。
なおもテーリエはトーリンに罵声を浴びせ続けた。
「なにが教えてもらっただ! それが懐柔するためだってことになんで気づかない! お前らは今、俺を裏切って敵に寝返ろうとしてるんだぞ! 何をしようとしているのか、わかってるのか!」
「一体どこに敵がいんだよ!」
次の瞬間、今度はテーリエが吹っ飛び、壁にぶち当たった。
「うわああッ!?」
「あんたのいう敵って誰だよ! 確かに最初は俺たちもライルが敵だと思ってたよ! でも違う! あいつは俺たちを助けてくれて、今も俺たち全員のために食料とってきてくれてんだ! ここにいる全員が狩りに行ったとしても取れない量の食料を、あいつはとってきてくれてんだよ! 俺たちが今生きられてんのは、全部あいつのおかげなんだよ!」
殴られた痛みでそれどころではないテーリエは、頬を抑えてうずくまっているが、それでもトーリンは止まらなかった。
「女子たちがあんたを嫌う理由がよくわかったよ! 口バッカで邪魔しかしない! 族長としての仕事を果たそうともしないくせに偉そうにするあんたこそ、俺たちの敵だ!」
なおも殴りかかろうとするトーリンを、今度は3人が羽交い絞めにして止める。
一気に形勢が逆転し、トーリンは荒い息を吐いて吐き捨てた。
「俺たちはもうあんたにはついていかない。俺たちはもうあいつらに謝って受け入れてもらった。あんたはこれから食事も何もかも全部自力でやるんだな!」
その言葉を最後に、4人は部屋を後にした。
残されたテーリエは、真っ赤にはれ上がった頬を抑えて4人が出て行った扉を鬼のようににらみつける。
「絶対に許さない。復讐してやる!」
膨れ上がった憎悪は歯止めが利かなくなっていく。
―――テーリエの背後では、赤黒いモヤが彼をずっと見つめていた。




