5.秘技
報酬をもらったライルは一路、家へと急ぐ。
その足取りはとても軽かった。
「レオ! ただいま!」
「にいちゃん! おかえり!」
ライルが帰ると、いつも以上に喜びながらレオナルドが出迎えた。
「レオ、今日はとびきりいいことがあるぞ?」
「え? なになに?」
「それはなー」
ドゥルドゥルとドラムの口真似をする。
レオナルドにはさすがにわからないが、なんとなくカウントダウンの雰囲気は察したようでわくわくと目を輝かせた。
そして、
「なんと! 今日はレオの剣を選びに行く日なのです!」
「ホントに!?」
やったーとレオナルドははしゃぎながら、ライルに飛びついた。
それだけでなく、無理やりよじ登るようにしてライルの肩に乗ってみせる。
「こらこら、危ないぞ」
「大丈夫だよ、俺だって鍛えてるんだから!」
確かに、とライルは思う。
一年前は腹くらいの背丈だったのに、今ではレオの頭はライルの肩くらいまでに迫ってきている。
肩にレオナルドを乗せたまま、村唯一の鍛冶屋に向かう。
「おやっさん、どうも!」
「おぉ、ライルじゃねぇか。それにレオまで。今日も仲良くお出かけか? だがここにはままごとのおもちゃなんて置いてねぇぞ?」
「ままごとなんてする年じゃないやい!」
「わぁってるって。ほんの冗談だ。ライルの剣を見に来たんだろ? 存分に見てけ」
肩からレオナルドを降ろすと、我先にレオナルドは店に置いてある剣を物色しだす。
それを見た鍛冶屋の店主は目を丸くした。
「おいおい、レオ、おもちゃじゃねぇって」
「すみません、おやっさん。今日はレオの剣も見に来たんです」
「なんだって?」
またまた目を丸くする店主。
鍛冶屋の店主は、とても顔に出やすいのだ。
「むぅ~……まあライルが言うなら仕方ねぇ。だが好き勝手えらびゃあいいってもんじゃねぇぞ。ここはひとつ、俺がアドバイスしてやろう」
「ほんと? やった、いろいろ教えて!」
「あたぼうよ。んで、レオは何が欲しんだ」
なんだかんだ面倒見のいい店主は、レオナルドの買い物に付き合ってくれるようだ。
ライルとしても、武器がある危険なものが多い鍛冶屋でレオナルドを見てもらえるのはありがたい。
その間に、ライルも自分の剣を物色しだす。
(直剣も慣れてきたからいいけど、この世界は割と力が強くなりやすいから、もっと重い奴の方がいいかな?)
前世では考えられないくらい、年相応の細い腕に見合わない怪力にライルはすっかり慣れてしまった。
(さすがに、固有の秘技つきの武器なんてないか)
ゲーム『ワールドリング』では、武器には秘技がついており、その秘技にはその武具固有の物と汎用的な物がある。
ユニークといわれる特殊武具には固有秘技、そうでない一般的な武具には変更可能な秘技がついている。
(固有の秘技は武具に秘密があって、汎用の秘技は本人の技に分類されるのかな)
店にあるゲームでも見たことあるような剣を手に取ってみても、ライルには秘技なんてものは欠片も感じなかった。
「そういえば秘技を教えてくれるNPCもいたな」
「えぬぴーしー?」
「うわ、レオ!?」
ライルの独り言をいつの間にか戻ってきたレオナルドが拾った。
「どうした、レオ。もう決まったのか?」
「うん! この剣がいい!」
レオが満面の笑顔で見せたのは、幅広でレオにちょうどいいグラディウスと呼ばれる短剣だった。
「これでいいの?」
「おっちゃんに選んでもらったんだ! 振りやすかったしかっこいい!」
「一応短剣に分類されるが、レオにはちょうどいいだろ。大人になっても使える剣だしな」
店主が言うならと、ライルはグラディウスを買うことにした。
(あ、思ったより安い。じゃなくて、エレンさんからもらったお金が多すぎるのかな)
これなら自分の分のも含めてもう2本ほど買えてしまう。
(エレンさん、気持ち込めすぎだって……)
申し訳ない気持ちになりつつ、ライルは自分の武具を探す。
(秘技がないなら、リーチでえらぼっかな)
ライルは剣ではなく、槍や斧、弓も見ることにした。
「にいちゃんは剣以外も使えるんだね」
「使ってみようってだけだよ。重くてリーチがあるのに挑戦してみたくて」
「そうか、それならこれなんてどうだ!」
店主が鼻息荒く紹介したのは、小さな装飾が施された金色の大斧だった。
「……なんすかこれ」
「ふっ、この俺様特製の黄金斧だ! 見た目にこだわった逸品だ!」
「いや、見た目じゃなくて中身重視したいんですけど」
「安心しろ、この金色はただのそれっぽい色の鉱石を混ぜて塗っただけ。その分重くなったが中身はその辺の斧と変わらん」
「見た目だけの欠陥品じゃないですか」
呆れるライルだったが、一応大斧を持ってみる。
(……お?)
持った瞬間、ライルの脳にある動きのイメージが思い浮かんだ。
「おやっさん、ちょっと試し振りしてもいいですか?」
「お? 裏手ならいいぞ?」
「ありがとう」
ライルは店の裏手に出て、大斧を肩に担ぐ。
開けて目標物も何もない庭で、ライルは腰を落とし、両手で斧を構える。
「にいちゃん頑張れー!」
「ライルにはその斧は少し重いだろうからな! あんまアブねぇことするんじゃねぇぞ!」
レオナルドと店主の声に笑顔で答えると、ライルは深呼吸を2回した。
そして――
「秘技、『突進回転切り』」
数メートルの距離を一足飛びで詰め、体を回転させて地面を叩きつけた。
回転の勢いを利用した一撃で、土が舞い上がり、地面にひびが入った。
「お、秘技使えた!」
固有ではないが、汎用的な秘技を使えたことで、ライルは内心かなりテンションが上がっていた。
(秘技はやはり武器に宿る。でも一度使えば俺の体が覚えるから、汎用的な秘技は汎用的な武具なら付け替えができるんだ)
ゲームとはわからない発見に、ライルは胸を躍らせる。
(これなら、もし固有秘技を持つユニーク武器でも、モノによっては汎用と同時に使えるかも!)
いまだ見たことのないユニーク武器のことと、思わぬ発見にライルはこの斧を作った店主を見た。
「……」
「……」
なぜか店主は口を開けて目を丸くし、レオナルドは顔をキラキラと輝かせていた。
「にいちゃんすごい! 達人みたいだった!」
「え、そ、そう?」
「うん、すっげーかっこいい! どうやってやったの!? 俺にも教えて!」
「え……そうだな。レオもこの斧を持ってみるとわかるよ」
「ホント!?」
武器を持てば秘技がわかるかと、ライルは慎重にレオに大斧を持たせた。
「わわっ」
「だ、大丈夫か!?」
慌ててライルが支えながらレオナルドに大斧を持たせるが、レオナルドは首をかしげるだけだった。
「うーん、どうやったらにいちゃんみたいに振れるんだろ」
「え? なんかこう頭に浮かばない?」
「何言ってんだよにいちゃん、浮かぶわけないじゃん」
「……あれぇ?」
首をかしげながら、危なっかしいレオナルドから大斧をもらう。
(あ、そっか。そういえば武器にはステータス条件があったんだった。たぶんレオは条件を満たしてないから秘技が使えないんだな)
なんとなく見当がついたライルはすっきりした顔で店主を見た。
しかし、まだ店主は驚いた顔のまま固まっていた。
「おやっさん? どうかしました?」
「……はっ! ライル! お前斧使ったことあるのか!?」
「ないですけど」
「ないだと!」
顔中に汗をかきながら、慌てふためく店主にライルはまた首をかしげる。
ついていけないライルの肩を店主は分厚い両手でがっしりと掴む。
「ライル、お前選ばれたな」
「なにに?」
「この俺様の黄金の斧にさ!」
斧ごと店主はライルの肩を掴んで持ち上げる。
「ちょっと! 危ないっすって!」
「おお! そうかそうか!」
ライルを降ろした店主は代わりに背中をバンバンと叩く。
「たまにいるんだよ。武器を持ったらまるで別人みたいな動きをするやつ。そういうやつは決まって名のある戦士になる。名のある戦士がその動きをし続けて、その動きには名前がつく。そしてその技がまた別の武器に宿って別の戦士に受け継がれるって話があるんだ」
「へぇ~……」
「もしかしたら、ライルのその動きもどこかの達人の動きなのかもしれないな」
秘技はそういう風に言われているのかと、ライルは少し興味を引かれた。
(さっきの動きを自分の物にしたいけど、この斧高そうだよなぁ)
店主が見た目にこだわったというあたり、その辺りにある武器よりも高そうだった。
見た目だけこだわったなら同じもので安い奴が無いものかと、ライルは他の物を探そうとした。
しかし、店主はそれよりも先にライルから黄金斧を取り上げた。
「よし! これはライルにやる! 特別価格で格安でやるぜ!」
「え!? いいんですか!?」
「当然よ! こんな見た目だ。置いといても売れないしな!」
「……不良品押し付けられただけか?」
たまたまライルが秘技を使えたからいいものの、そうでなかったらどうするつもりだったのか。
恐らく何も考えていなかったのだろうと、ライルは呆れを込めたため息を吐いた。
だが、そのおかげで安く秘技付きの武器が買えたのだから感謝するべきだろう。
「ありがとうおやっさん。大事にするよ」
「当たり前だ! これでライルが名のある戦士になれば、自然と俺の名も挙がるってもんだ! いいかライル、この斧で敵を仕留めたら必ず名乗りを上げるんだぞ! 『我こそは黄金斧の使い手、その名も黄金のライルである』ってな!」
「誰が言うか!!」
「にいちゃん! 名乗るなら俺のあにってことも言ってよ!」
「だから言わないって!」
◆
武具を買った日の夜、ライルとレオナルドは狭い家で隣り合って寝ころんでいた。
新しい武器をもらって、レオナルドは片時も剣を手放すことなく、笑顔のまま抱きしめていた。
「レオ、さすがに寝る時くらいは剣を置こうな」
「え、でも取られるかもしれないし」
「こんな狭い家に強盗する人なんていないさ。寝てる間も持ってたらうっかり刃が出てケガしちゃうぞ?」
「それはいやだなぁ……わかった。置くよ」
眠気が限界に来たのか、剣を置くとほぼ同時にレオナルドは意識を手放し、寝息を立て始める。
「おやすみ、レオ」
ライルはレオの額にキスをして、同じく眠りについた。