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44.無自覚




 マリアと別れ、毛布を作っているニーナのところへ向かう。


「み、みなさん。えと、毛皮を毛布として使うには、腐らないように処理する必要があります」


 ニーナがみんなの前でしゃべっていた……が、自信がないのか、声が小さくて後ろにいる方の子どもたちに聞こえておらず、勝手におしゃべりをしている。

 それが余計にニーナをおどおどさせていて、聞こえるはずの前にいる子たちもつまらなそうにしていた。


「ニーナ、なんであんたが仕切ってんの?」

「どうかーん、家で手伝いしかしてこなかったニーナに何ができるの?」


 例えればクラスの一軍的な女子が、教室の隅っこにいるニーナが仕切ることに不満を漏らしているような感じだった。

 それに対し、ニーナがさらに委縮してしまう。


「そ、それは、この班の今日の役割が毛布づくりだからで……」

「だったらさ~」


 文句を言う一軍女子(仮)は、隅っこにいた俺を指さした。


「ライル様がアタシたちに直接教えてほしいじゃん。絶対ニーナより頼りになるしさ」

「どうかーん」


 なんでここで余所者の俺。

 毛布づくりなんだから絶対服屋の娘のニーナの方がいいじゃん。

 どうかーんって言ってくれない? 言ってくれないか。


「え、えっと……ライル様」


 ニーナでさえ俺がやった方がいいと思っているのか、縋るように見てくる。

 ……仕方ない。


「俺は夜と炎の一族じゃない。余所者だ。そんな余所者に、みんなは従ってくれるのかな?」

「ライル様なら従いますよー。だってアタシら助けてくれたし、ニーナとかテーリエよりもよっぽど頼りになりそうだし」

「どうかーんです。めっちゃ頭いいですし、この毛皮を取ってきたのも提案したのもライル様なんでしょ?」

「ライル様から直接教わりたいなー!」


 褒められて悪い気はしないけど、ニーナを軽んじるのはいただけないな。


「俺のことを評価してくれるのは嬉しいけど、ニーナは評価しないのかな。彼女はずっと服屋の手伝いをしてくれて、ここにいる誰よりも服作りに詳しい。もちろん俺よりも」


 実績でいえば、彼女は服作りに関して俺より圧倒的に上なのだ。


「俺の実績なんか剣を振るのと提案をしただけだ。でもニーナは今までずっと服作りの手伝いをしてきたんだよ。戦ってばかりの俺の服作りと直接の実績があるニーナ。それでもやっぱりニーナより俺の方がいいのかな」

「だって、ライル様の方が頭いいし、何かあったときすぐに助けてくれそうだし……」

「なるほど、確かに何かがあったらすぐに対応するね。でもそれはニーナも同じだよ」


 俺はニーナの後ろに回って彼女を前に押し出した。


「きゃっ!?」

「ほら、ニーナも自信持って! いいか、みんな!」


 俺はニーナの背中を強くたたいて、大きな声で言う。


「今ここで敵が来てみんなに危険なことがあったら俺はすぐに駆け付ける! でも俺はみんなを冬の寒さから守れない。だけど、今作ろうとしている毛布はみんなの命を守れる! その毛布をニーナなら作れる! ニーナはみんなを守れるんだ!」


 これは大事なことだ。

 ニーナが自信をもつために、ニーナを信じられない彼女たちにもっと広い視野を持ってもらうために。

 そのためなら、俺はいくらでも頭を下げる。


「お願いだ。ここにいる全員に手を貸してほしいんだ。ニーナには十分な実績がある。だけど彼女一人じゃ君たち全員を守れない。だからみんなを守るためにニーナに協力してほしいんだ。その代わりに俺は君たちを守る。約束だ」

「あっ……」


 小さく、ニーナが声を漏らした。

 他の人たちも不満を漏らさず、静かにただ聞いてくれた。

 文句を言っていた少女たちも、なにも言わずにただじっと見つめてくる。

 何かを感じてくれただろうか。

 俺はもう一度、文句を言ってきた少女たちに笑顔で頼んだ。


「よろしくね。みんなが頼りなんだ」

「は……はい!」

「が、頑張ります!」


 元気のいい返事だ。

 これなら心配いらなそうだ。


「じゃあ、俺はもう行くよ。ニーナ、頑張って。何かあったら俺かマリアを呼んでね」

「はいっ! 精いっぱい頑張ります!」


 お、ニーナも自信がついたのか声が大きくなった。

 毛布づくりはみんなの命にかかわるから、頑張ってもらいたい。

 俺がニーナに寄せる期待は、それだけ大きいのだから。




 ◆



 最後に勉強を教えるミリアのところに向かう。

 そこでは、家の中に持ってきた砂に木の枝で字を書いているミリアたちがいた。


「この文字がアー、これがベー、順番に、ツェー、デー、イー……」


 子どもたちみんなに見えるように、大きく文字を書きながら声に出して読んでいる。

 ここは比較的幼い子供たちが多い。

 他の作業では危なかったり、力が足りなかったりと配員に困った子たちは優先的にミリアがいる場所に行くようにしている。

 だからできるだけ均等に分けようとしたグループだけど、ここ勉強部屋が一番人数が多い。

 ミリアにかかる負担が大きいから心配していたけど、さすが未来の魔術教授、まったく心配なさそうだ。


「じゃあみんな、この感じで声に出しながら書いてみようか。覚えたと思ったら、近くにいる子に見てもらってね」

『はーい』


 なんというか、幼稚園の先生みたいだ。

 原作で教授をしていただけあって、人の面倒を見るのは得意らしい。


「あ、ライル様」

「誰がライル様や」


 俺に気付いたミリアが木板を抱えて駆け寄ってきた。


「ライル様が書いてくれた指南書、とても評判がいいです。お歌にして覚えるとか、子供たちも気に入ってくれてよく歌ってくれるんですよ」

「ミリアの教え方がいいんだよ。ここまで子供たちに受け入れられるのは、ミリアだからだよ」

「そ、そうでしょうか……」


 褒められ慣れていないのか、ミリアは恥ずかしそうに髪を手で巻きだした。


「そ、それはそうと、ライル様、私に魔法を教えてくれるんですよね」

「え、うん。今日の仕事が終わって夕方くらいにね。寝るまでの時間に教えるよ」

「わかりました。楽しみにしてますね」


 ミリアはにこっと笑った。

 うーん、ミリアは図書館の司書みたいで可愛いというより綺麗だ。

 ゲームでは理知的な印象だったけど、実際の人として接すると大分違う印象を受ける。

 マリアみたいな野良猫感もアリアやレイラのようなギャルっぽさもなく大人びていて、ちょっと落ち着く。


「俺もミリアと魔法の話ができるのを楽しみにしてるね」

「へ……はゃい!」


 びくりと体を震わして裏返った声を出すミリア。

 何か変なこと言っただろうか。


「あー、ミリア姉ちゃんがライルさまといちゃいちゃしてるー」

「ほんとだーいちゃいちゃー」

「こらそこっ! 勝手なこというんじゃありません!」


 囃し立ててくる子供たちをミリアは叱りに行く。

 ここは特に問題なさそうだ。

 ……と思っていると――


「ねえねえライル様」

「ん? なんだい?」


 俺の服の裾を女の子が引っ張った。


「どうして文字とか計算がひつようなの? いままでつかったことないよ?」

「今は無くても、これから使うことが出てくるんだよ」

「でもおとうさんもおかあさんも使ってるとこみたことないよ?」


 うーむ、子供の素朴な疑問。

 俺もよく小中学生のときは、なんで勉強するのかわからなかったりした。

 今となっては、よくわかる。


「じゃあそうだね。ここに一個の木の棒があります」


 俺は女の子が持っていた文字を書く用の木の枝を借りる。


「この棒って、いろんな使い道ができるんだ。どんな使い道があると思う?」

「え? 文字を書くじゃないの?」

「もちろん、それもある。でも他にもあるんだ。みんなも一回考えてみようか」


 他の子どもたちも巻き込んで、考えさせる。

 どうして勉強が必要なのか理解することは、今後の勉強生活に役に立つはずだ。


「えっと、木の棒でしょ? できることなんてないと思うけどなぁ」

「あ、でも男子たちがよく木の棒振り回して遊んでるよ」

「そういえば弓の材料も木だよね」

「でも木の棒で弓は作れないでしょ」


 口々に意見を述べていく。

 でもなかなか有意義な使い方はあがらなかった。


「木の棒の一番の使い方といえば、みんなも知ってる火種だね」

「「「あ~」」」


 思い出したかのように子供たちは頷いた。


「確かにそうだね。火があれば燃えるよね」

「でもそれだけじゃない?」

「これがそんなことないんだなぁ」


 ちっちっちと俺は指を横に振る。


「木の棒はご存じの通り燃えます。ではどうやって火を起こすと思う?」

「え? 他の火から移してくるんじゃないの?」

「他に火がなかったら?」

「え~……無理でしょ」

「ムリか、そうかなあ」


 俺は意味深な笑みを浮かべながら、木の棒を二つに折り、一つを床に、もう一つを床に置いた木の棒に押し付けて素早く回す。

 原始的な火おこしだ。

 高速で回った木の棒から黒い木くずが出てくる。俺はそれを燃えやすい布にくるんで大きく振った。

 すると――


「うわっ!? 火が付いた!」

「え!? なんでなんで!?」


 木くずを包んだ布が一気に発火し、子供たちは驚きの声を上げた。


「なんでなんで!? ライルさまなんで!?」

「どうどう。どうしてこんなことができるのかは、勉強をしたからさ」


 前世では摩擦で火が起こるなんて当たり前だが、この世界では一般的ではない。

 この世界の火付けの仕方は、魔力で発火か、火打石で火種に火をつけるくらいしかない。

 手間のかかる枝での火おこしは、野宿の多い小さな村の狩人くらいだ。


「俺がこれをできるのは、本を読んだから。本を読めるのは、文字を勉強したからだ。こんな風に、勉強をするとできることが格段に増える。今学んでいる文字と計算は基本だよ。これができれば、格段にみんなはできることが増える。火おこしどころか魔法だってね」


 ほら、と俺は残っていた木の棒に炎雷で火をつけた。

 とたんにまた子供たちから驚きの声があがる。


「勉強すれば火を起こせる。もっと勉強すれば、もっと手軽に火を起こせる。他にも火を止めたり凍らせたり、鉄を操ったりもできる。勉強は力になる。だから頑張ろう」


 話しながら氷雷を見せたり、雷の応用の磁力で近くにあったスコップを浮かしたりもして見せる。

 そのたびに、子供たちは素直なリアクションを見せてくれた。


「それじゃあ俺はもう行くよ。みんなミリア先生の言うことちゃんと聞くんだよ」

『はーい!』


 締めくくると、子供たちは意気揚々と再び文字の勉強を再開した。

 思ったよりも長居してしまった。邪魔になってなきゃいいんだけど。


「それじゃミリア、あとよろしくね」

「はい! また私にも勉強を教えてくださいね、ライル様」


 ミリアは心なしか鼻息荒く詰め寄ってきた。

 勉強を教えてなんて、さすが未来の教授、熱心だこと。


「喜んで。あと様はいらないよ。ミリアのおかげで助かってる。ありがとう。それじゃ」

「あ、ま、また来てくださいね!」


 家を出る際に小さく手を振ってくれる彼女に、俺も手を振り返す。

 なんだか家族みたいでいいな。

 こんな感じは久しぶりだ。

 ……レオは元気にしているだろうか。


 


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