43.影の穴
打ち合わせが終わったあと、すぐに子供たちを集めて作業に取り掛かることにした。
基本的な作り方や計画は全員に俺から教えて、その後に各班に別れて作業に取り掛かる。
余所者の俺が全員に説明すると文句の一つでも上がるかと思ったが、案外みんなすんなりと聞き入れてくれた。
ただ、男子の姿が見えないことだけが気がかりだったけれど。
少しの懸念を残しつつ、作業に移り始めた各班の様子を見ることにした。
まずは石鹸づくりのアリア班から。
「燃やすときは根っこごと燃やしていいよ。そう、灰は飛んでいかないように気を付けてね」
「ねえアリアお姉ちゃん。どうして灰と油を混ぜたら綺麗になるの?」
「え? えっと~~」
幼い少女からの素朴な疑問にアリアは答えられず、たまたま様子を見に来た俺を見た。
しまった、できるだけ彼女たちに立ってもらおうと思ったが、理屈まで説明する時間はなかったから仕方ない。
俺は訪ねて来た女の子の隣に座って笑顔を意識して答えた。
「灰にはね、汚れを落とす成分が含まれてるんだよ。でもそのままじゃその成分よりも変なゴミが多すぎるから汚れが落ちないんだ。だから、この工程でその成分を抽出して、脂と混ぜて固めるんだ」
「うーん、よくわかんないや」
「作りながら考えてみようか。この中に汚れを落としてくれる小さな小人がいると想像してみて?」
小さな子供にもなんとなくでもいいから伝わるように教える。
なんだか、レオにいろいろ教えていた時のことを思い出すな。
子供にいろいろ教えるのは楽しい。
みんなリアクションがいいし、教えたことをすぐに覚えてくれるから、教えがいがとてもある。
「ライル様、ずっとこの班にいてくれません?」
おっと、子供たちに細かいことを教えていると、アリアが近くに来ていた。
っていうか、近すぎじゃない? 顔触れそうなんだけど。
「ここにいたら、他の班を見れないでしょ?」
「でもあたし、石鹸がなんで汚れ落とすのか、どうしてこうすればいいのかとかわかんないですよ」
「それは今後わかっていけばいいさ。今必要なのはまず作ることだから、それを第一にね。困ったら呼んでくれればいいから」
「……はーい」
アリアは頬を膨らませて口を尖らせた。
うーむ、ふてくされ顔も可愛い。
アリアは原作イラストでも可愛かったが、その5年前の今はちっちゃくてかわいい。
うっかり頭を撫でてしまいそう。
いけないいけない、こんなこと考えてる暇があったら次のレイラのところに行かなくては。
◆
「おっふろ♪ おっふろ♪ おっふろ♪」
「あったか~いお風呂だぁ!」
「レイラお姉ちゃん! これでいいの!?」
共用浴場にする予定の建屋に入ると、陽気な声が聞こえてきた。
中には、木板に書かれた図面を見ながら指示を出すレイラと、ご機嫌に家を解体していく子供たち。
この班には比較的年長者を固めて入れている。
理由としては、家の一部を解体したり改装したりと力仕事がいるし、少しばかり危ない作業が多いので、年長者を多めに入れたのだ。
建屋に入ると、俺に気づいたレイラがパッと笑顔を向けてくれた。
「あ、ライル様!」
「様はやめてよ。どう、順調?」
「まだ始まったところだからなんともです。でもみんなここがどういう場所になるか言ったら、すごい喜んでくれたんですよ! さすがライル様ですね!」
だから様はやめてくれってば。
浴場は俺も入りたいからっていう私情が多分に入っているので、あんまり持ち上げられてもむず痒い。
「ところでライル様。この絵でわからないところがあるんですけど」
「え? って近い近い!」
「え、でも遠いとみれないですよ?」
ナチュラルにレイラは俺と肩がぶつかるくらいの距離まで詰めて図面を見せてきた。
「この床板ひっぺがして穴を掘るのはお湯をためるからわかるんですけど、この端っこにある溝? はなんのためにあるんです? あと粘土とか石とかも必要っていうのは?」
「ほほう、いい質問だね」
「え? そうですか?」
調子に乗って褒めると、レイラは気恥ずかしそうにはにかんだ。
うむ、かわいい。可愛いしか言えない。
「溝は溜まった水を外に出すための水路だね。石とか粘土は、木だけだと水で腐っちゃうから、補強で入れるんだ。まあ、それは大体の形ができたあとだね」
「な~るほどです。で、肝心の水はどっから持ってくるです?」
「それは今、外でマリアが作ってくれてるんじゃないかな」
「マリア様が?」
ドドーンと、外から音が聞こえてきた。
「お、やってるやってる」
俺はレイラを連れて外に出る。
すると外では、黒弓を持ったマリアが地面に向かって次々と矢を放っていた。
「マリア様? なんで何もない地面を打ってるんです?」
「ああやって地面を掘ってるんだよ。ほら」
俺がマリアの近くの地面を指さすと、そこは穴が連続して続いて溝ができていた。
マリアの追撃矢によって、突貫工事で水路を作っているのだ。
「あれで近くの湖から水を引っ張ってくるんだ。湖は徒歩2時間くらいの近くにあるから、数日もあれば水路ができるんじゃないかな」
「そんな早く!?」
「マリアならできるでしょ。整備は必要だろうけど、レイラの頑張りしだいでお風呂に入れる時期が決まるから、頑張ってね」
「責任重大です?!」
レイラは自分の仕事の重大さを理解したのか、慌てて家の中に戻って班のみんなを手伝いだした。
それにしてもこの班に男子たちを配員したはずなのに、やっぱり誰もいなかったな。
「ライル、来てたのね」
男子の姿を探していると、俺に気づいたマリアが弓を下げてやってきた。
俺は片手をあげる。
「よ、お疲れ」
「お疲れ様。レイラは順調みたいね。あなたはどう?」
「俺? 俺はとりあえず全員の様子を見て回ろうかと。男子たちの姿が見えないけど、どこにいるの?」
「あぁ、テーリエたち? あいつらなら碌に手伝わずにどこか行ったわ。余所者のライルのいうことなんか聞けるかってさ」
「えぇ?」
がっくりと肩が落ちた。
確かに俺は余所者だけど、一応マリアたちの顔を立てて活動してるつもりだった。
みんなにお願いするときは、基本的にマリアを通して言っている。
なにより、マリアの次に魔力の多いテーリエを遊ばせておくのはもったいなさすぎる。
「この調子なら、ライルに魔法を教わるって約束も反故にしてきそうね」
「マジか……」
魔法を教えてと彼から言ってくれた時は、結構嬉しかったのに……
「テーリエたちの説得は、俺から少し考えてみるよ。マリアは引き続き女子たちを頼むよ」
「ええ、任されたわ。あ、その代わり、ライルも夜はちゃんと寝なさい。いいわね」
「え~」
お母さんみたいなこと言うマリアだが、それは難しい。
「夜の見張りはどうするんだよ。マリアには昼間みんなをまとめてほしいのに、夜まで任せたら倒れちゃうぞ」
「それはライルも一緒でしょ。みんなを指導してる上に狩りもしてる。それなのに夜は見張りなんて、近いうちに倒れるわよ」
確かに狩りはやろうとすると丸一日かかる。
今は食料の備蓄があるから、その備蓄を使って狩りをせずに村の立て直しに時間を使ってるが、備蓄が無くなれば俺は村にいられなくなる。
だがしかし、この狩りの時間について考えていることがある。
うまくいけば、狩りの時間を大きく減らせるはずだ。
「俺の方は大丈夫だよ。夜の見張りはちゃんとしてるし、日中間を見て休んでるから」
「まとまって寝ないと意味ないでしょ。そもそも夜の見張りいるの?」
「魔物とか影の軍勢が出てきたらどうするんだよ」
「冬のこの時期は魔物もそんなに活動しないし、周囲に鈴でも仕込んでおけば大丈夫でしょ」
「影の軍勢は?」
「いらないでしょ」
「え?」
夜に見張りをする一番の理由は、影の軍勢だ。
連中は影に忍び込み、影がつながっていれば地上に姿を現すことなく侵入できる。
足元から常に命を狩られる危険があるから、侵入されれば間違いなく誰かが死ぬ。
だからこそ、影の軍勢が入ってこないように、暗闇の夜には明かりをつけて誰かが見張りをして影の軍勢が村の中の影に潜まないように見張らなければいけない。
こんなのは、子供でも知っていることだ。
「影の軍勢が入ってきたらどうするんだよ」
「そもそもこのあたりには影の軍勢なんて現れないもの。いないものの警戒なんてするだけ損でしょ」
「影の軍勢がいない?」
「? ええ、そう。知らなかったの?」
驚いた様子のマリアだが、驚いたのは俺の方だ。
影の軍勢は、大陸のいたるところに現れる。
本拠地は大陸の西側の失われた元聖王国王都だから西側がもっとも苛烈な地域だが、東にも北にも影の軍勢は現れる。
それは当然、南側も同じだと思っていたが……
「私たちの村は、今まで一度も影の軍勢を見たことないわ。私だけじゃなくて、お父さんもお母さんも、長老ですら存在は知っていてもみたことなかったくらいだし」
「……どういうことだ?」
「さあ。魔物と同じで生息圏があるんじゃないの? あなたと会ってから、一度も遭遇してないじゃない」
確かにそうだが、そんなはずはない。
影の軍勢は普通の生命とは違う。あれは別次元に根源を持ち、その根源からこの世界にやってきている。
至る所に現れ、生態系を食い散らかし、大地に穴をあけていく。
それはこの大陸に限らず、外の大陸でも同じはずだった。
なのに、ここだけ現れないなんてありえない。
「とにかく、俺は夜も続けるよ。影の軍勢が現れない地域があるなんて初耳だ。もしあるなら、大陸中が大騒ぎになってるよ」
「そういうものかしら」
しぶしぶだが納得してくれた。
……このあたりには影の軍勢が現れない、か。
そういえば、ゲームではここあたりはマップになくてこれなかったんだよな。
これも何か関係があるのだろうか。
申し訳ない、都合により22時頃更新に変更します。
ブクマ、評価大変励みになっております! 今後ともよしなに!




