41.新体制
マリアがまとめた生き残った夜と炎の一族の名前と特技が書かれた木板をずっと見ていた。
名前の欄を何度も上から下へ往復して知っている名前を探す。
「……一番抑えておきたかったNPCはいない、か」
今回の生き残りの中には、何人か覚えのある名前がある。
原作に登場した夜と炎の一族の生き残りは全部で5人。
魔術教授ミリア。
魔法剣士トーリン。
さすらい人レイラとアリア。
そして半端者ルナマリナ。
このうち、この村にいる生き残りは4人だけ。
半端者のルナマリナがこの中にはいなかった。
「世界のことを考えると、原作から外れても彼女は抑えておきたかったのにな」
このルナマリナは、設定では夜と炎の一族に迫害されて追放された少女だ。
昼は太陽の光を吸収する黒に、夜は光を放つ白い髪になる夜と炎の一族に生まれておきながら、ルナマリナの髪は昼夜で変色することがなかった。
昼も夜も変わらず、まるで老人のように黒髪と白髪が混じった髪は、小さな一族の村の中にあって異端とされ、差別、追放された。
その後、彼女はある人物に拾われ、九死に一生を得るのだが、問題は彼女を拾った人物が最悪の人物だったことだ。
「聞くのも野暮か……」
ルナマリナのことを聞いてみたいが、なぜ俺が彼女を知っているのか疑われると面倒だ。
時が来るまで、待つしかない。
とにかく、今できることを考えよう。
「ライル、それでこれから具体的にどうするの?」
マリアとこれからの生活について打ち合わせする。
2人しかいない冷えた家で、机を挟んで向かい合う。
「基本的にみんなの前に出るのはマリアにしようか。族長を決める勝負があるとはいえ、外堀は埋めたほうがいいだろ?」
「それよ。なんであなたはテーリエを説得してくれなかったのよ。あなたが言えば、テーリエだって言い負かせたでしょうに」
言い負かすって、俺そんなに人のこと論破してたっけ?
「買いかぶりすぎだよ。俺はそんなに口が立つ方じゃないし、下手に説得してこじれるより、テーリエの納得のいくような形で決着つけたほうが綺麗じゃないか」
「でも、それであなたがあいつに魔法を教えるなんて、不公平じゃない。私には教えてくれないのに」
「マリアには前に教えたんだから公平じゃないか。それにマリアはもうすでに追撃矢も夜と炎の構えも使えるんだから、十分だろ」
「まだ教わってない魔法があるでしょ」
マリアは眦を釣り上げ、俺の目をまっすぐに見る。
「あなたの青と赤の雷。あれを私に教えてよ」
氷雷と炎雷か。
あれ、要求ステータスが高い上に求められるのが知力だけじゃなくて技量の数値も必要だから、習得するのが難しいんだよな。
転生者である俺は歳の割に知力が高めらしく、この二つは簡単に覚えられたが、この世界の教育水準で言うとかなり厳しい。
まあ、マリアは頭が悪いわけじゃないから教えるのは別に構わない。
でもただ教えるんじゃつまらないな。
「わかった。じゃあテーリエとの勝負に勝ったら教えてあげる。その代わり、俺にも夜と炎の構えを教えてよ」
「むっ……あの構えを教わるっていうことがどういう意味かわかってるの?」
マリアは俺に不審者を見る目を向けてきた。
「どういう意味も何も、俺だけ教えるばっかじゃ不公平だろ」
「…………まあいいわ。教えてもらってばっかりっていうのも確かに気持ち悪いし」
なんか含みがあるのが気になるけど、それより本題に入ろう。
「まず現状の確認をしようか」
俺が狩りに行っている間にマリアが確認した内容について共有する。
「残ってる食料は一日二食で大体三日分ね。ライルが狩ってくれたイノシシや鹿を含めたら五日ってところかしら」
「そうだね。五日間しかないとみるべきか、五日間もあるとみるべきか」
60人いて毎日二食だとすると、鹿一頭でおおよそ1日分だ。
俺一人じゃ一度の狩りでは運搬の都合で二日分しかもたない。
往復しようにも時間がかかりすぎるから、一日にできる狩りは一度だけ。
結果的に、俺がこの村にいない時間は非常に長くなってしまう。
「ここはやっぱり、人手を増やすしかないね」
「人手を増やす?」
「ああ」
俺はマリアからもらった生存者の名前が書かれたリストを広げる。
「基本的に、外に狩りに行く人と村を守る人が必要だ。今、これができるのは誰だと思う?」
「私とライル」
「そうだね。他にできそうな人はいる?」
マリアは難しそうな顔をした。
「大人たちが動けるようになったら増えると思うけど、歩けない今は期待するわけにはいかないわ。かといって子供たちに戦える人なんて1人もいない」
「男子たちは?」
「男たちの中心はあのテーリエよ。期待できると思う?」
難しいか。
でも生き残った男の中には、彼がいる。
「トーリンって子は? 剣が使えるって言ったんでしょ?」
「確かに彼は剣を習ってるって言ってたけど、実践になんて出たことない。あまり期待はできないわ」
まあ、まだ10歳かそこらの子供に狩りなんて普通させない。
実戦に出たことないなんて当たり前だ。
むしろ、初めての実践で何十人も殲滅しているマリアが異常なのだ。
彼女を尺度にするわけにはいかない。
「トーリンは俺が見よう。鍛えれば面白くなるかもしれないし」
「そう。まあ任せるわ。それで、他はどうするの?」
できればNPCとして原作に登場する子たちには個別で当たりたい。
でもそんなことをしたら、残りの子たちは宙ぶらりんのままだし、何も知らないはずの俺がNPCの子ばかり気にかけていたら不自然だ。
なのでやはりここは正攻法で行くしかない。
「全員にまず生活に必要な事を覚えてもらう。とはいえ、全員同じことやっても効率が悪いから、子供たちを4班に分ける」
「4班に?」
「そう。班ごとに喫緊の課題に対処してもらうんだ」
「喫緊の課題、ね」
マリアはため息を吐く。
「課題が多すぎて、どれから手を着けたらいいのかわからないけど」
「優先順位をつけるんだ。例えば今、俺と向かい合ってて、マリアは何か感じない?」
「?」
マリアは片眉をあげて、首を傾げた。
「なに? かっこいいって言って欲しいの?」
「誰もそんなナルシストみたいなこと思ってないって。そうじゃなくてさ、臭いんだよ」
「は? 誰が?」
「俺とマリアが」
「殴るわよ」
怖いて、マリア。
その視線だけで人を殺せそうな冷たい目線はやめていただきたい。
「別に俺とマリアに限った話じゃなくて、生き残った人たち全員まともに水浴びをしてない。これから冬になってますます寒くなるから、水を浴びたいなんて思う子供は余計に減るだろ?」
「確かに冬場はみんな水を浴びたくないわね。でもそれが喫緊の課題なの?」
「不衛生な状態は病気を呼ぶんだよ。冬はなおさらね」
インフルエンザやらマイコプラズマやらと、冬になるとウイルスのせいで体調を崩しやすくなる。
この村で体調不良が出たら一気に感染するし、特効薬なんてないから死人が出る可能性もある。
衛生面は早急に何とかしなければならない。
「というわけで、まず1班にみんなの石鹸をつくってもらおう」
これがやるべきこと4つのうちの一つ目になる。
マリアも理解したようで頷いてくれた。
「確かに風邪でも引いたら大変ね。単純にくさいのは気分が悪いし。でもセッケンってなに?」
「体を綺麗にするやつだよ。作り方教えてあげる」
元の世界では手作り石鹸なんてものもあったくらいだ。
作り方さえ知っていればなんとか作れる。
「それで二つ目は風呂。さっきと同じ理由だね」
衛生的に過ごすために、お風呂も同じ理由で欲しい。
だが、この世界ではお風呂はあまり一般的じゃないどころか、見たこともない人が多い。
一応、大きめの桶にお湯を張って入る家はあるけど、立派な浴槽なんてものはめったにない。
案の定、マリアは微妙な顔をした。
「お風呂? そんな贅沢、いますることじゃないでしょ」
「確かにそうかもしれないけど、じゃあ冷たい水で毎日体洗えって言われて洗いたい?」
「……まあ、そうね。暖かいお湯があればみんな入ると思うけど。でも、この人数が入れるお風呂なんて相当な量の水が必要だし、燃料もない。燃料はみんなが暖を取るのに必要だし、温度調節が難しいお風呂にまわす余裕はないでしょ」
ほう、そこに気づくとは、マリアもなかなか察しが良い。
でも水に関していえば燃料の心配はいらない。
「水は俺がすぐにあっためられるから、気にしなくていいよ」
「ライルが? 燃料使わずに? どうやって?」
「それはもちろんこうやって」
俺は右手に小さく炎雷を発生させた。
「炎雷は炎の力を宿した電気だ。加熱も煮沸もすぐにできるから、溜めた水に俺が手を突っ込めば解決だ。冷えてきたら俺を呼んでくれればいいから」
「なるほどね。確かにそれなら悪くない。……やっぱり、あなたのその魔法便利ね。早く教えてよ」
「テーリエ君との勝負に勝ったらね」
さて、残る課題二つは……
「もう一つは毛布づくりだ。動物の毛皮を使って防寒具を作ろう。それができれば、みんな外でも活動しやすくなるし、夜風邪もひかなくて済む」
「備蓄が多少あるとはいえ、全員が冬を越すにはいくらあっても足りないものね。それにしても、随分と体調を気遣うのね」
「みんなが元気なのが一番だからね」
マリアはあごに手を当てて、考え始める。
「あなた、毛布の作り方知ってるの? 材料とか道具は?」
「あやふやだけど作り方は知ってるし、素材は動物から取ってくるから大丈夫。ただ時間がかかるし、やったことないから、すぐに使えるようにはならないと思う」
「それならニーナを頼るといいわ。服屋の娘で、村ではよく手伝いをしてたみたいだから」
ニーナって子はゲームには出てこなかったな。
ということは、原作開始時点では死んでるはずの子か。
服屋の娘の彼女が生きくれているとは、かなりの幸運だ。
「そんで最後。勉強だ」
「勉強?」
マリアが首をかしげるが、これはある意味で夜と炎の一族には最も重要だと言える。
「子供のうちから勉強しておけば、将来絶対に役に立つ。文字と計算ができるようになれば、外の人と遭遇しても騙されずに済むし、なにより魔法を覚えるのには知識と理解力が必要だ。みんなの魔力を活かすのに、勉強は絶対に必要だ」
「でもそれは今の状況をなんとかしてからでも遅くないんじゃない?」
「そんなことないよ。勉強には時間が必要だ。それに危険が多い今の状況で、魔法を覚えられる人間はできる限り多いほうがいい」
勉強は後回しにしてしまいたくなるが、文字の読み書きは絶対に必要だ。
集団生活をする上で何をどこまでどうやってやったのか、作業の手順とかを文字に起こしておけば、他の人がそれを見たらすぐに作業を続けられる。
そして魔法を覚えるには、知力が必要だ。
勉強で知力を鍛えられれば、いざというときに自衛することができる。
勉強が直接生活を楽にすることはないけれど、作業が格段に楽にできる。
「というわけで今言った4つを4班で行うよ。教えるのは俺がやるから、マリアは1班の面倒を見て欲しい」
全員が同じことをやるのは効率が悪いから、班長とかを決めてまとめてもらうのが妥当だと思う。
ちなみに族長を決める勝負は保留となったが、今はマリアが族長代理として班長をまとめてもらおうと思っている。
「1班の面倒を見るのはいいけど、他3班は? あなたは1班見るの?」
「見れなくはないけど、俺は外に狩りに出ないといけないから、他に比べたら面倒を見れる時間が少ない。できれば、子供たちの中から4人決めたいところだね」
マリアは難しい顔をしながら、自分で作った名簿板を確認した。
「服作りならやっぱりニーナね。彼女にひと班お願いしましょうか。残りふた班だけど、勉強が好きなミリアと、あとはアリアかレイラのどっちかにお願いしようかしら」
アリアとレイラか。確か原作開始時点で生き残っていた数少ないうちの二人で、一緒に旅をしていたさすらい人だった。
活発なアリアと落ち着いたレイラといった組み合わせで、小器用になんでもこなす二人組って印象だ。
あの二人がいるなら班長はまかせて、マリアを抜いてもいいかもしれない。
「なら、あの二人には石鹸と風呂づくりを担当してもらって、マリアは全体のまとめ役って感じで行こうか」
「そうしましょう。これで少しは楽になるといいんだけど」
食料の備蓄は五日分。
班長を任せる4人に教えて、全体をうまくまとめて機能させられるか。
この五日間ですべて準備しなくてはならない。