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32.希望の火を見つけたよ



 ライルはマリアと一緒に、まだ燃えていない家の屋根上に登る。

 家の中にいた敵は既に外に出ているようで、無人だった。

 警戒しつつ屋根上に登り、村の様子を見渡した。


「敵はまだ混乱してるけど、もうすでに俺たちの仕業だって気づいて探し始めてる。まだ暗い今がチャンスだ。マリア」

「う、うん」


 頷くマリアだったが、その声は震えていた。


「大丈夫、ダメでもなんとかするから。落ち着いて、練習通りにすればいい」

「……あなた、私の練習見たことないでしょ」

「確かに見たことないな」


 睨んでくるマリアだったが、それが強がりなのをわかっているライルはおどけて肩をすくめてみせた。

 固くなっている気持ちをほぐそうとするが、マリアはずっと弓を抱きしめて固まっている。

 ライルはマリアの手を引いて、教えるように構えさせた。


「しっかり背筋を伸ばして弓を打ちたい方へ構える。顎を引いて、顔に弦がつくまで引っ張るんだ」

「う、うるさい……わかってる、そんなの」


 マリアは構えるが、彼女の緊張は糸にまで伝わり、矢はぶるぶると震えている。

 自分が震えていることもわからないのか、マリアは言った。


「ちょっと、この弓、雑に扱ったんじゃないでしょうね。全然、震えが止まらないんだけど。矢も短いし」

「悪いな、矢は敵から奪ったものだからこの弓用じゃないんだ。震えの方は……」


 ライルは困った顔をした。

 マリアは自分が震えていることくらいわかっている。

 でも自覚したら、もう収まらなくなりそうなのだ。


(体の力を抜いたほうがいいけど……しょうがない)


 ライルは小さく息を吐いてから、マリアの耳に口を近づけた。


「マリア……超かわいい」

「はっ!?」


 低い声で囁くと、マリアは驚き、へなへなと矢を落とした。


「な、な、なに急に!? 変なこと考えないで! 変態! ケダモノ! 撃ち殺すわよ!」

「ちょいちょいちょい!?」


 さっきまでの震えが嘘のように、マリアは一瞬で構え、ライルに向かって矢を放った。


「死ねぇ!」

「あっぶっ!?」


 頭を下げて、寸前で矢を避ける。

 空気を切り裂くヒュンという音を残して、はるか後方の地面に矢は突き刺さった。


「待て! お前が俺を殺す気か!?」

「男はみんなケダモノだ!」

「気を紛らわすための冗談! 嘘だよ!」

「嘘ですって!? 余計に死ねェ!」


 続けて矢を放とうとするマリアに、ライルは慌てて飛びついた。

 顔を真っ赤にしたマリアは抵抗するが、やがて荒い息を吐いて動きを止める。


「こんなときに、何を馬鹿なこと言ってるのよ。生きるか死ぬかの瀬戸際なのよ。みんなの命が私たちにかかってる。……遊んでる余裕も時間もない」

「だからだよ。まともじゃない状態で撃ったって、敵に位置を晒すだけだ。最高の一矢を初撃でたたきこむには、力を抜いてくれないと」

「……」


 ライルはマリアから手を離し、落とした弓を再び渡す。

 マリアは眉を寄せ、鋭い目つきで睨む。

 でもすぐに、その目は俯いた。


「……あなたはどうしてここまでするの? あなたは夜と炎の一族じゃない。私たちに何の義理もない。どっちが勝っても何の得もないのに、どうして腕を折ってまで戦おうとするの?」

「……」


 この質問に、ライルは困ったように眉をひそめた。


「なんで、か。……実は俺にもよくわからないんだ」

「え?」


 ライルはマリアに背を向けて、屋根の下にいる敵を見下ろした。

 敵は百人を超えている。

 家屋で見えない敵もいるはずだから、もっと数はいるだろう。


「俺は死にたくない。何を犠牲にしても死にたくないんだ。本当ならこんな危険なことに首を突っ込むなんて死んでもごめんだ」

「ならなんで……」

「自分が死にたくないのと同じくらい、俺は君に死んでほしくない」

「え……?」


 ライルは肩越しに笑って見せる。


「君は俺の希望なんだ。大丈夫、言っただろ。俺は誰も死なせない。俺がこんなところまで来たのは、勝てるからだ」

「……ッ!」


 その言葉に、マリアは驚いたように目を見開いた。

 ライルの背中が記憶の中のある人に重なった――


『マリアはお父さんの希望なんだ』


 それはもういない父と過ごした記憶。

 在りし日に父は言った。


『きぼー?』

『そう。お父さんにとって、マリアはとっても大きな炎なんだ』

『ほのー?』

『そう、炎。暖かくて力強い、お父さんたち夜と炎の一族を導く一つの光』


 よく冷える冬の夜、寝室で頭を撫でてくる父の言葉。

 言っている意味がわからなくて、マリアは首を傾げた。


『わたしは光でも炎でもないよ』

『そうでもないよ。お父さんにとって、マリアは特別なんだ』

『ほんと?』

『ああ』


 父は窓の外、暗い夜空に光る欠けた月を見上げた。

 マリアも釣られて外を見る。


『夜と炎の一族は、すごい力を秘めてるからね。その力を恐れた他民族に襲われる毎日を送っていたことがあるんだ。だからお父さんたち夜と炎の一族は、この小さな村でひっそりと暮らしてる』

『すごい力? その力のせいで私たちはいじめられたの?』

『そう。この髪はその証拠。どこにいてもお父さんたちが何者かすぐにわかっちゃうんだ』


 だから、夜と炎の一族狩りは凄惨を極めた。

 夜と炎の一族はその力ゆえに隠れられない。

 昼夜ともにすれば、黒と白に変化する髪ですぐに見破られる。

 どれだけ強力な魔力を持っていても、数の差には勝てず、すりつぶされ押し切られ、夜と炎の一族は大きく数を減らすことになった。


『この隠れ村は、お父さんのお父さん、そのまたさらにお父さんがまだ子供だった頃にようやく作り上げた村なんだ。険しくて危険な森を抜けた先にあるこの村で、お父さんたちは同族だけで暮らすことにした』


 少ない同族しかいない、寂しく冷たい村。

 変化を恐れ、自ら世界を閉ざすしかなかった村は、時間が経つにつれて余計に変化と外を恐れるようになる。


『やがて怯えてばかりの大人たちは神にすがるようなった。いつか一族の繁栄の時が来る、その日まで耐えるんだって。神が我らを救うのだと』

『知ってる! だからお父さんは毎日空に向かって炎の矢を放つんだよね! あれ、綺麗で好き!』

『はは、ありがとう。あれをマリアが好きになってくれて嬉しいな』


 父はマリアのひときわ輝く白い髪を優しくなでた。

 彼女の母よりも、そして父よりもなお輝く白い髪は、誰よりも強い魔力を持つ証拠。

 ――マリアは稀代の大魔力持ちだった。


『お父さんは信じてるんだ。……いつか、夜と炎の一族が変わらなきゃいけない時が来る。お父さんはその先頭に立つのは、マリアだって信じてる』

『私が?』

『そうだよ。いつか、外の世界の人と出会って多くのことを知ってほしいんだ。滅びの時が目前に迫っている夜と炎の一族には、新たな風が必要なんだ』


 心地よい父の手に、徐々にマリアは眠気に誘われる。

 眠りに落ちる直前に――


『マリアはお父さんの希望なんだ』


 これが、父と過ごした最後の夜の記憶。


(お父さん……私は見つけたよ)


 弓を構えながら、マリアは前に立つライルを見た。

 夜と炎の一族とは違う、夜でも黒いままの髪。

 夜と炎の一族と知っていても、恐れることなく、ただ手を差し伸べてくれる人。

 どれだけ自分が傷ついても、見捨てることも逃げることもなく、共に戦ってくれる人。


(村の外で見つけたよ。誰よりも優しい人を見つけたよ。……私は希望を見つけたよ)


 マリアは目を閉じる。

 暗い暗いまぶたの裏。

 冷たい夜を思い出させるその暗闇に、確かに見た。

 ――暖かな炎を。


「――【夜と炎の構え】」


 目を開けたとき。

 マリアの弓には、二つの光が宿っていた。

 弓には濃紺の夜の光。

 矢には深紅の炎の光。

 マリアの白い髪はさらに強く輝き、周囲を明るく照らし出す。


「お父さんの……仇!」


 マリアは矢を放った。

 炎の矢は目にもとまらぬ速さで駆け抜け、敵の一人を貫き、吹き飛ばした。


「な、なんだ!?」


 すぐそばにいた敵の一人は何が起きたのか理解できずにうろたえた。

 だが、それを見ていた者のうち、冷静なものがいた。


「野郎……夜と炎のガキだ! あの男の技か!」


 トラジェディは憎々し気な顔を浮かべ、すぐに矢が飛んできた方向を見た。

 そこには、ひときわ輝く髪と弓を構えたマリアがいる。


「全員! 弓と石を持て! ぶん投げろ!」


 この村は、全員がAレート犯罪者のトラジェディの部下。

 女子供も全員、暴力的で躊躇がない。

 百を超える矢や石が一斉にマリアに降り注ぐ。


「あ――」


 一つでも受ければ、致命傷になる。

 だけど、防ぐ手はない。

 例え防げても、この人数が相手では、夜と炎の構えがあったとしても――


「まだだ」


 視界一杯に青い光が迸った。

 次の瞬間には、目の前に氷の壁ができていた。


「え?」

「言っただろ? 君は俺が守るよ」


 氷の壁はマリアを守る。

 降り注ぐ矢や石を一切寄せ付けず、冷たい空気が当たりを冷やす。


「まだだよ、マリア。もう一つ、できることがある」


 氷の壁の中で、ライルはマリアを見た。


「【夜と炎の構え】だけじゃまだ足りない。もう一つ、一族の魔力を存分に活かすための魔法がある」


 マリアの背中に手を当てる。


「さあ、一緒に戦おう」


 ドクンとマリアの心臓が大きく脈打った。


「え?」


 ライルの魔力がマリアの魔力に染みわたる。

 その瞬間に、脳裏に何かがひらめいた。

 それは、ずっと使えなかったもう一つの魔法。


「いけ、マリア」

「いくわ、ライル」


 マリアはもう一度、弓矢を構える。

 弓は青く、矢は赤く。

 そして――


「【追撃矢・夜と炎】」


 マリアの周囲、村全体を覆いつくさんばかりに巨大な炎の矢が出来上がった。

 夜空にたたずむ三日月の弓矢を彩るように、星々のごとき魔法の矢が空を覆いつくす。

 指を離し、矢を放った途端に、流星のごとく、数十にも及ぶ大量の炎の魔法矢が村中に降り注いだ。


「は、はははっ! マジか! すげぇな!」


 マリアの背中に手を当てて魔法の補助をしていたライルは、驚きで目を見開き、そしてそのまま笑った。


「確かにこれは化け物だ! そりゃみんな怖くなるって!」


 もはや爆笑、腹を抱えて笑い出しそうなライルに、マリアは胡乱な目を向ける。


「誰が化け物よ。やらせたのあなたでしょ」

「ああ、ごめん。予想以上過ぎたんだ。ああ、すごいな、マリアは」


 ライルはマリアから離れ、氷の壁から外に出る。


「このまま頼むよ。もう一人でできそう?」

「余裕よ。このまま敵を倒していけばいいんでしょ?」

「雑魚ならそれでいい。だけど……」


 ライルは屋根の下の、大勢がやられてうろたえる敵集団の中で大声で怒鳴り散らす男を見た。


「トラジェディ。あいつは魔法じゃ倒せない」

「そんなわけない。これだけの魔法が使えれば、どんな相手にだって……」

「マリアが使ってる魔法はどっちも夜と炎の一族伝来のものだ。つまり、大人たちは使えたはずのもの。そんな村をどうやってあいつらは滅ぼしたんだと思う?」

「……」


 マリアは口をつぐんだ。


「トラジェディは一騎当千の実力者だ。そんなあいつが魔法対策をしたら、まともに相手をできる人間は限られる。……あいつは敵の実力を見誤らない。夜と炎の一族相手の戦い方なんて、お手の物だろ」

「じゃ、じゃあこのままじゃ私たちは――」

「だから言っただろ、大丈夫だって」


 ライルは安心させるように満面の笑みを浮かべた。


「ここには俺がいる。ただの通りすがりの子供相手なら、あいつも対策できないはずだ」

「待ってよ……あいつに一人で挑む気!? あいつにその腕を折られたんでしょ? 片腕で勝てる相手じゃない! 体が違いすぎるわ!」


 本気で心配してくれるマリアの気持ちが嬉しくて、ライルは彼女の頭をそっと撫でた。


「何度も言わせるなって。大丈夫だから。上から俺が勝つのを見てろ」


 そう言って、マリアが止める間もなくライルは屋根から飛び降りる。

 氷の壁から出て行くライルに手を伸ばしかけて、でもやめた。


「あのバカ……戻ってきたら絶対に文句言ってやる」


 マリアは怒りながら、再び矢を構え、無数の魔力矢を生み出した。

 その口元にわずかな笑みを浮かべながら――



 


【夜と炎の構え】

魔力と炎属性を纏う貫通力のある一撃を放つ秘技。


弓矢は夜と炎の一族の魔除けを願う神事であった。

炎を灯した一矢は邪を払い、夜闇に光をもたらすと。

だがそれは、神事から軍事となった。

全て奪われ、失ったあの日から。


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