27.重たい魔力
結論、10分で覚えられました。
スクロール、文字デカい。紙の長さの割に文字少ない。
スクロール、内容薄い。紙の厚さに反して内容無い。
よってすぐ覚えられました。
いや、前の世界の文庫本と比較するのはよくないかもしれないが、文字が大きいし、製紙技術も発展していないから紙が分厚くてかさばっている。
スクロールの大きさの割に、内容がさほど無かったのだ。
他にもこれを書いた夜と炎の一族は神事を大事にしているらしく、やたら宗教的な言い回しや祝詞を混ぜていて、そこを読み飛ばしたらあっさりと読破できた。
おかげさまでこの通り。
「ほっ」
短剣を振ると、小さな魔法の矢が5つ俺の周囲に生成され、剣を振った方角へ飛んでいった。
問題なく、高火力レア魔法の追撃矢が使えるようになりました。
ただ、消費魔力がキツいな。
たった一回使っただけなのに、もう短距離全力で一本走ったような疲労感がある。
まだ走れるが、連続は厳しい。
追撃矢の威力は始動となる初撃の攻撃に依存する。
短剣を鋭く振ると鋭い一撃に、大剣のような鈍く重い一撃には遅く大きな矢になる。
自由度が高く、使う武器を選ぶ魔法だが、いい武器があればその分化ける可能性がある魔法だ。
良い魔法を手に入れられたな。
実戦で1人で複数人を相手にできる可能性を秘めてるから、一人で活動するしかない俺にはぴったりだ。
さて、マリアのほうは……
「…………」
またすげぇ睨まれてる……
なんで?
「ど、どした?」
「……なんでもうできるの?」
「なんでといわれても」
書いてあることをそのままやったとしか。
「わからないところでもあった? あ、字が読めないなら――」
「読めるわよ、馬鹿にしてるの?」
わりとしてる。
「じゃあなんでできないのさ。読んだ通りに魔法式組めばできるじゃん」
「……それができないから困ってるんでしょ」
不機嫌になっていくマリア。
うーん、言い方が悪かったか? といっても本当に躓くところがあったのかわからないから、教えようがないな……。
1たす1がなんで2になるの、って聞かれてるようなものだ。
上手く教えるには……あ、そうだ。
「マリア、手を貸して」
「手?」
彼女に手のひらを差し出すと、マリアも手を出してくる。
俺は彼女の手を握り、もう反対の手に持っていた短剣を手渡した。
「今からマリアの中にある魔力を使って魔法を使うよ。そのときの感覚を覚えれば、スクロールに書いてあることもわかりやすくなると思うよ」
「そういうものかしら。あなたが触りたいだけじゃないわよね」
「手をつなぐなんて大したことじゃないでしょ」
こないだなんて同じ毛布にくるまったんだし、手をつなぐなんてそんなにドキドキすることでもない。
あ、でもマリアの手ちっこくてやわらかい。かわいい。
レオとは違うふっくらとしてすべすべな……あれ?
「ちょっと、変な触り方しないでよ」
「あ、ごめん、つい」
マリアは手を引っ込めて胸の前に隠してしまった。
「変態」
侮蔑の眼差しで見てくるマリア。
うーん、普段から目つきが鋭いだけあって、本気の軽蔑の目はマジでこわい。
将来、女王様とか呼ばれそう。
いや、そうじゃなくて、俺は別に彼女と手をつなぐことによこしまな感情は抱いてない。
……まったくないわけじゃないけど。
それよりも、彼女の手には違和感があった。
「マリア、お前の手って……」
「なに? 変なこと言ったらひっぱたくから」
「……」
そんなこといったら何も言えないじゃないか。
あの目、俺が口開こうとした途端にその小さな手が顔に飛んでくるに違いない。
俺は空気を変えるために咳ばらいをする。
「オホンッ、そうじゃなくてちゃんと魔法練習しよう。ほら、もっかい手出して」
「変態」
うーん、その目、ぞくぞくする。
「じゃあもう手じゃなくてもどこでもいいから。魔法使いたくないのかよ」
「……しょうがないわね」
しぶしぶ、おっかなびっくり手を出してくる。
俺は手を握ると、さっき使った追撃矢のときの魔力の流れをマリアの魔力で再現する。
「ご、重っ……」
俺の魔力でマリアの魔力を操ろうとしたとき、彼女のあまりの魔力の重さに声が漏れた。
いうなれば、水一杯満たされたコップを箸で持つような感覚。
気を張り、力を目いっぱい込め続けないととても保持していられない。
それでも、俺はマリアの中の魔力を操り、追撃矢の魔法式を作ってみせる。
俺の魔力では、まるで大海の水をスプーン一杯だけ掬って利用するようなものだったけど、それでも効果ははっきり出た。
「あ」
マリアから驚きの声が漏れた。
彼女の周囲に、一本だけ透明な魔力矢が現れた。
「一本だけしかないけど?」
「重たいんだよ、お前の魔力……。一本出しただけでもありがたく思ってくれ」
もう、限界!
「あ! 私の魔法!」
俺が気を抜いた瞬間、魔力矢はあらぬ方向へ飛んでいった。
マリアは名残惜しそうに魔力矢を見つめ続けていた。
「おもてぇ……。俺の魔力すっからかんだよ」
まるで無酸素運動を何十秒もしていたかのように、息切れと激しい動悸がする。
胸が苦しく、気持ち悪い。
魔力、いわゆるMPは体力と同じで、一気に使い切ると酸欠のような症状が出る。
他人の魔力を操るのは、自分の魔力や周囲にある自然の魔力を操るのとはわけが違う。
消費する魔力はけた違いで、それは相手の魔力の質と量が離れているほどに大きくなる。
マリアの魔力と俺の魔力は、あらゆる意味で正反対だった。
「マリア……お前、魔法使ったことないのか?」
マリアの魔力はひどく重い。
これは、ほとんど魔力を使ったことがない証拠だ。
運動していない人間の体が重くなるように、魔力もまた重くなる。
そういう人間は大抵たいした魔力は持っていないのに、マリアは非常に膨大な魔力を持っているからとんでもなく重いのだ。
一方で俺は魔法を覚えたときから、ひたすら使い方を模索し続けているから、結構魔力の使い方が板についてきた自負がある。
ま、魔力が少ないから、練習できる回数に限度があるけど。
マリアは魔法の経験を聞かれると、露骨に眉をひそめた。
「ないわ。言ったでしょ。私が見た魔法は一つだけ。……教わってはいたけど、一度も使えたことない」
「夜と炎の構えか」
【夜と炎の構え】は、正確には魔法じゃない。いや、そう区分されていない。
あくまでゲームでの話だが、あれは秘技扱いだった。
もっと言えば、あれは――
「ねぇ、もう一回やってよ。今の、もう何回かやればできる気がするの」
「悪い、もうちょっと休憩させてくれ。魔力がもうない」
「もう? 早くない?」
「俺、あんまり魔力ないんだ。夜と炎の一族に比べないでくれ」
「ふっ」
俺に魔力が少ないと知ると、マリアは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「貧弱ね。せっかく魔法が使えても魔力がないんじゃ宝の持ち腐れじゃない」
「うっせえ。魔力あっても使える頭がないのはもっと持ち腐れだろ」
「なんですって? 練習すれば使えるようになるわよ」
「じゃあ頑張って練習してくれ。その方が俺も安心だ」
「あなたを安心させるために練習するつもりはないし」
あいかわらずツンケンしてる。
少しは打ち解けてくれてもいいのに。
聞いたところレオと同い年らしいけど、違いすぎて兄ちゃん悲しい。
今もまたわざわざ俺に背中を向けてスクロールを読み込み始めた。
スクロール読んでるときも眉間にしわが寄ってる。
可愛い顔が台無しだ。
それはそうと、俺も魔法の練習をしないと。
魔力がないなら、魔力を増やす鍛錬をしよう。
と、そのとき――
ガサッ。
遠くで、不自然な物音がした。
視線だけで音がしたほうを見るが、暗くて森の奥まで見通せない。
……何かが来ている。
何者かはわからない。
だけど、ずっと俺たちは、いや、マリアは付けられている。
ちらりとマリアを見るが、彼女は音がしたほうへ背中を向けていたし、スクロールに夢中になっていたから気づいていない。
相手の目的がわからないから、むやみに一人で探しに行けない。
もし相手の目的がマリアなら、一人にしたとたんに彼女が危険だ。
手出しをしてこないのは、俺を警戒しているのかもしれないが、子供一人増えた程度でそこまで警戒するだろうか。
……不気味だ。
マリアを守りながら仕掛けるのは不利。
今、俺にできる自衛は一つ。
「うーん、これどういう意味かしら……」
スクロール相手ににらめっこしているマリアに魔法を覚えてもらう。
魔力が豊富な彼女が魔法を使えれば、とても大きな戦力になる。
「マリア、もっかい追撃矢やってみよう」
魔力は空だが、やるしかない。
このしかめっ面お嬢様を死なせたくない。
なにより死ぬ運命にある俺自身が生き残るために。
【信仰】
その名の通り、信じる力。
MP、祈祷攻撃力、魔力回復速度、状態異常耐性が増加する。
祈祷や神の御業を使用するために必要なステータス。
また一定の値に達すると、権能スキルが開放される。
意思こそが生きる力である。
神を信じ、己を信じよ。
さすれば神へと至る道が開こう。