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24.孤独を埋めて

 


「あいつマジなんなんだよ!」


 俺はイライラしていた。

 何故か。

 毒キノコ食って当たった少女の介抱をしたら、治ったと同時に彼女は姿をくらましたからだ。

 礼も言わずに、そそくさとどこかに消えた。

 しかもそれは、一度や二度だけではなく、毒キノコの介抱をした後も何度も遭遇し、何度も手当てして、そのたびに何度も消える。

 治しては消えてまた倒れているのを見つける。それを何度も繰り返してると、だんだんとイラついてきた。


「口だけの礼を言って、言うこと聞かずに死にかける! どんだけ毒の処置が大変だと思ってんだ!」


 ぶつくさぼやきながら、近くに生えていた草を千切る。

 今むしったのは、下剤の効能がある薬草だ。

 なんでそんなのむしったのかって?

 そりゃもちろん――


「またかよ……」

「……」


 目の前で倒れている馬鹿から毒を出すためだ。

 例にもれず、また毒入りキノコを食ったらしい。

 一応学んでいるのか、色は変わってる。

 初日はピンク色だったが、今日は紫色だ。

 ちなみに今朝は水色で、昨日の夜は青色だ。

 逆によく見つけるな、そんな色のキノコ。俺見たことない。

 俺は無言で彼女の顔のそばに腰を下ろす。


「……」

「……」


 真っ青な顔でよだれを垂らした少女が、それでも気丈に俺を睨んだ。


「……うるさい」

「だからなにもいってないって」


 さすがに気まずかったらしい。

 俺は無言で、彼女の前に下剤草を差し出した。

 やはり彼女は俺を睨む。


「……いらない」

「そうか、じゃあまた腹を殴るぞ」

「…………」


 少女は心底恨めしそうに苦渋に満ちた顔をした。

 そりゃ腹を殴るっていわれて嫌な気分になったのかもしれないが、それ以外に体内から迅速に毒の元を出す方法がない。

 要は上から出すか下から出すかの違いだ。

 嘔吐する痛みか下痢の羞恥のどちらかといえば、羞恥の方がマシだろう。

 そもそも、俺は彼女が用をするときは席を外している。

 まあ、外したから毎回逃げられてるが。

 俺は彼女の口元に草を持っていくと、少女は嫌な顔をしながらモサモサ食べ始めた。


「……まずい」

「毒キノコよりマシだろ」




 ◆




 毒キノコを出して手当てをした。

 いつも通りに一人にするとまた毒キノコを食いかねないので、彼女が花を摘んでいる間、俺は鼻をつまんで逃げないように近くで待機していた。


「変態」


 まったく見てなかったが、彼女にとって恥ずかしくて仕方なかったらしい。


「その変態がいなかったら、お前とっくに死んでるぞ。言うこと守ってくれてたら、こんなことせずに済んだんだけどな」

「そうじゃなくて、この縄。こんなことするのは変態だけでしょ」


 首に繋がれた縄を引っ張りながら、少女は言った。

 確かに少女の首に縄をつけて歩くなんて、何も知らない人が見たら通報されても文句は言えない。

 俺だってやりたくなかったけど、これをやらせたのは彼女だ。


「俺からすれば、毎回毒キノコ食って苦しんで男の世話になってるお前の方がよほど変態だ。いい加減学んでくれよ」

「学んでる。だから同じ色のキノコは食べてない」

「どれもやべー色だったろ」

「やべー色がなにかわからないわ」


 棘のある少女だが、これからどうしよう。

 このまま連れて行ってもいいけど、ここから先の無法地帯は毒キノコ以上に危険すぎる。

 俺一人の安全も保障できないのに、彼女を連れて行くのは無責任だろう。

 そもそも、この子は一体どこを目指して……ん?


「お前、顔赤くないか?」

「……別に、平気」


 汚れていてわかりづらいが、彼女の青かった顔全体が赤く、いつもはきりりと睨んでくる彼女の目がトロンとしている気がする。

 まさか――


「あっつ! めっちゃ熱あるじゃんか!」


 彼女の額に無遠慮に触れると、夏のアスファルトみたいに熱かった。

 よくこんなので普通に歩いてるな!


「いつからきつかった?」

「別に、きつくない。このくらい、平気」


 足を止めて彼女の顔を覗き込むと、いつも通り顔を逸らされる。

 でもやっぱり少し歩いただけで息は切れて苦しそうだ。

 明らかに体調が悪い。

 これは、縄でつないでおいて正解だったかもしれないな。

 弱った状態で何か変な物食べたら、それこそ命に関わる。

 俺は空を見上げて、もうすぐ日が傾きかけているのを確認した。




 ◆




 夜になって冷えてくると、いよいよ少女の体調は目に見えて悪くなっていた。


「大丈夫か?」

「……っさい、心配なんかいらない」


 がたがたと体を震わせ、青くなった唇で強がる少女。

 ぼそぼそとしゃべるだけでも荒い息を吐く。

 そんな状態でも大丈夫だと言えることに、逆に感心してしまった。

 たった10歳ちょっとの女の子が、風邪をひいても強がってられるのは凄いことだと思う。

 もっとも、それがいいこととは思わない。


「ほら、ご飯だよ。あったかいから温まるぞ」


 消化にいい野菜とたっぷり煮込んで柔らかくなった鹿肉の煮込み料理。

 キノコ大好きな彼女のために、キノコもちゃんと入れてある。

 ちゃんと自然色の毒のないやつだ。

 よい香りを湯気と共に漂わせる皿を見て、少女は僅かに喉を鳴らした。


「……た、たのんで、ない」


 だけど、それでも彼女は強情だった。


「野良猫じゃないんだから、黙って食べろって。もう冬も近いんだ。こんな時期にまともな食事もしなかったら、それこそ死んじゃうぞ」


 俺は皿からスプーンですくい、彼女の口元に料理を持っていく。

 だがまだ少女は、顔を背けて拒否した。

 こめかみがピクリと震えた気がした。


「ほら、食べろ」

「……ん」

「食べろこら」

「…………んん」

「食えってこの野郎!」

「んんんッ!」


 風邪を引いているにも関わらず、なぜか食事を拒否する少女に半ばキレ気味になる。

 俺は強引に彼女の口を掴んで、顔を固定した。


「食えやオラァ!」

「ん~~~~ッ!!」


 両頬を挟まれてひょっとこのような口になったところへ、熱い汁を注ぎ込む。

 大丈夫、ちゃんとふーふーして冷やしたから。

 味見もしたし、食えないなんてことはない。これを吐き出したら、つぎは鍋の具材を全部ピンク色にして食わせてやる。


「あ、熱い! あっつぃ!」


 どうやら彼女は猫舌らしい。

 強引に口に流し込んだことで、彼女は頬を上気させていた。


「ようやく食ったか。強情な奴め」

「……くっ!」


 食事と屈辱を呑み込んだ少女は、恨みのこもった目で見てきた。

 この目つきにも随分と慣れてきたな。

 むしろ悪代官みたいな気分になってもっとやってやろうって気になる。


「安心しろ、そして喜べ。おかわりはたくさんあるからな?」

「……い、いらない!」

「お前に拒否権はない! さあ、たらふく食え!」

「~~~~~~ッ!!」


 少女は抵抗らしきものをするが、弱りすぎて体を軽く揺らすことしかできてない。


「いいから、黙って大人しくしてろ。こんな冬の中で2,3日歩いてたら、風邪ひいて当たり前だ。どうせ夜、火も起こさずに寝てたんだろ」

「……」


 図星を突かれた少女は抵抗を止める。

 彼女はきっとヤケになってるんだろう。

 突然、村も家族も失って、明日どうなるかもわからない。

 大きすぎる問題のせいで、目の前のやるべきことなんてどうでもいいと思ってしまう。

 あまりの悲劇に耐えられなくなり、生きていても仕方ないと、自分の命すらどうでもいいと思ってしまう。

 生きていても仕方ないと思ったことは俺にもある。でもそれ以上に、死にたくない気持ちが強かった。

 俺は変わらず、ずっと死にたくない。

 できれば彼女にも、同じように死にたくないと思い続けて欲しい。


「……せっかく死ぬ運命から逃げられたんだから、大事に生きろ」

「?」


 少女は口を開こうとしたのか、体調が悪くて辛いのか、声を出さずに諦めた。




 ◆




 強引とはいえ、一通り食事を終えた少女はほどなくして眠りについた。

 風邪ひいて疲れてたんだろうな。

 腹一杯食うのも数日ぶりだろうし。

 浅い寝息を立てる少女は、時折悪夢でも見ているかのようにうなされている。

 辛いだろうな。村人を皆殺しにされたんだから。

 俺も村が滅ぼされたとき、一か月くらいはまともに寝れなかった。


 ……それでも、俺にはまだレオナルドがいてくれた。

 大事な家族がいたから、苦しい日々も乗り越えられた。

 だけど彼女には、誰もいない。


 誰もいなくなり、おぞましい姿に変わってしまった故郷で、ただ一人。

 原形もとどめないただのモノを家族と呼んだ彼女の気持ちは、到底推し量れるのものじゃない。

 ――いっそあのまま死ねれば楽だったのか?

 一瞬よぎった思考を、首を横に振って追い出した。

 そんなわけあるか。彼女だって本当は死にたくないんだ。

 だから、あの廃墟を出た。俺を疑うのも、彼女自身死にたくないからだ。


 夜風が強く吹き込んで、体がぶるりと震える。

 一人分しか用意してなかった毛布は、風邪を引いた少女に渡している。

 もう冬も近い。

 火にあたっているとはいっても、吹き付ける冷たい風はいかんともしがたいのだ。

 両腕をさすりながら、なんとか寒さに耐える。

 すると、突如顔に布が当たって視界が塞がれた。


「わぷっ、なんだ!? 敵襲か!?」


 飛んできたのは毛布だった。

 俺はすぐに毛布を取り払い、周囲を警戒するが、何もない。


「なんだ、風か……風邪?」


 飛んできた毛布は俺が持ってきた奴だ。

 でもそれは風邪を引いた少女に渡しているはず。

 少女を見ると、彼女はいつの間にか体を起こして、俺を睨みつけていた。

 彼女は、風邪のせいで顔を赤くしておきながら、俺に毛布を投げつけたのだ。


「い、いらない。自分で、使え」


 しんどいのだろう、息も絶え絶えに言うと、少女は倒れるように横になった。

 寒いのを隠そうともせず、腹の中の赤ん坊のように体を丸めて抱きしめている。


「おい、寒いなら――」

「さむく、ない。黙って、使え」


 いや、見るからに寒いだろ。

 鳥肌立てて震えまくりだ。

 強がれる元気があるのはいいことだけど、ここまで信用されないと悲しくなってくる。


「……しょうがないな、ならこうしよう」


 俺はうずくまっている彼女の体を持ち上げた。


「……っ! な、なにを!?」


 あぐらをかいて座り、少女を自分の膝の上に座らせる。

 そして俺ごと毛布をかぶって少女を包んだ。

 突然の行動に彼女は驚き、なすがまますっぽりと収まった。

 弱弱しい力で抵抗するが、抵抗にもなっていない。


「な、なにして……」

「これならお互い寒くないだろ」

「私は、あなたの力なんか――」

「昔、似たようなことがあったんだ」


 こんなふうに一つの毛布にくるまるのは、2度目だ。

 1度目は、弟のレオと一緒のときだった。


「昔、俺も村を焼かれたんだ。昨日まで笑ってた人が、今日には黒く腐ってた。焼け崩れた体の一部を、家族と呼ぶしかなかったんだ」


 いつの間にか、少女は抵抗を止めていた。


「俺には弟がいた。弟と一緒に、俺は村から逃げ出した。行くあてもなく、ただ歩いていたよ。その日も、今日みたいな寒い冬の日だった」


 ゆらゆらと揺らめく炎が俺たちの体を温める。


「あのとき、俺は辛かったよ。今もそうだ。村を焼かれて、大切な人と故郷を失って、どうしようもなく辛くて、悲しかった。でも、俺には弟がいてくれたから、乗り越えられた。自分も辛いくせに、悲しいくせに、寒いくせに、弟のくせに。兄の俺に気を使って毛布をくれた」


 記憶の中のレオは、いつも笑っていた。

 難しい顔をしていた俺を元気づけようと、いつも自分をかえりみなかった。


『にいちゃん、寒いなら毛布使っていいよ。俺平気だし!』

『何言ってんだ、お前もさむいんだろ。震えてるじゃん』

『寒くない!』

『いいや寒い!』

『寒くないったら寒くない!』

『いいや寒いったら寒いね!』


 寒い夜のなか、今日のように限られた毛布を譲り合う兄弟。

 お互い寒いのはわかり切ってるのに、二人とも意地になって押し付けあった。

 やがて疲れて、諦めたように笑って言ったのだ。


『じゃあこうすれば解決だな!』


 俺はレオを後ろから抱きしめて、その上から毛布をかぶった。

 毛布と互いの体温が、寒さと孤独を和らげた。


『……にいちゃん、俺たちずっと一緒だよな』

『……ああ、レオ。お前が無事でいてくれれば、俺は大丈夫だ』

『俺もにいちゃんがいれば大丈夫! 二人なら、最強だ!』


 なんのわだかまりもなく、兄弟は笑った。

 あの日は、2人ともうなされることなく、心から安心して眠れたのだ。

 あのときはまだ、別れなきゃいけなくなるなんて、思いもしなかった。

 ――かつて弟と過ごした寒い夜のように、少女を抱きしめる。


「一人じゃ無理でも、二人なら乗り越えられる。今だけでいい。少しだけ、こうさせてくれ」


 ああ、そうか。

 寂しがっているのは、彼女よりも俺の方か。

 転生者である俺の境遇を理解できる人は誰もいない。

 なぜレオナルドを見捨てるしかなかったのか、俺がこれからすることの理解を誰もできない。

 その孤独が辛いんだ。

 その孤独を、俺と同じ死ぬ運命にある彼女で埋めようとしてるんだ。


「俺にはもう、家族も友達もいないんだ。一人は……寂しいよ」


 少女は何も言わない。

 ただ、感じる重さが増えた。

 それだけで十分だった。


 ――ああ、夜の空は綺麗だな。


 満天の星空の真ん中で、まん丸の月が輝いていた。




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