23.野良猫
重複してたので修正しました。
地面に足跡が残っている。
少女のではなく、大勢の大人の足跡。
動物のような蹄や爪の痕はない、まばらな大きさの靴の形が残っていた。
その中には、いくつか小さいはだしの痕もあった。
俺と少女以外に、他に誰かいる。
すぐに俺は姿勢を低くして、近くの茂みに身を隠す。
しばらく周囲を警戒し続けるが、今は近くに誰もいないらしい。
「……こんなところで、こんな大勢の人が何をやってるんだ?」
それも、歩きやすい街道から少し外れたこんな雑木林を、だ。
商人にしては不自然だし、旅人にしては足跡が多すぎる。
ましてや、結構な数の子供混じっているなら、普通の集団じゃない。
だけど、こんな集団を俺は見たことがある。
「……あれは、そうだ。俺がレオといたとき。住んでいた村が焼かれたときだ」
この世界に転生した直後に、俺がいた村は影の軍勢に焼かれた。
住んでいた村は壊滅して、僅かな生き残りと一緒にアテもなく歩き続けたことがある。
あのときは余裕がなかったが、もし足跡が残っていたとしたら、こんな感じだろう。
もしかしたら、夜と炎の一族の何人かが逃げ出したのかもしれない。
それなら大小さまざまの足跡が残っていることにも納得がいく。
「そこまで日は経ってない。数日ってところか」
夜と炎の廃墟から南に行く道にこれほどの集団。
可能性はもう一つある。
「夜と炎を滅ぼした連中か? だとしたらこの小さいのは攫われた子たちか」
この足跡が、少女を襲った連中でもおかしくない。
それなら、人目につかないこの林の中を進んでいることも納得できる。
「注意していくか」
俺は念入りに周囲を警戒しながら進むことにした。
「魔物や影の軍勢がいるなかで、人まで信じられなくなるなんて嫌な世界だな」
こんな危険な世界なんだから、協力して生きていけばいいのに。
全員が全員そんなことができないというのもわかってるつもりだけど、どうしたって思ってしまう。
今までも魔物や動物、影の軍勢を倒したことはあるけど、人を殺したことはまだない。
そんな未来は来ないで欲しいとも思う。
だがもし、そんな未来が来たら。
自分の命と相手の命を天秤にかけることがあれば、俺は間違いなく自分の命を取る。
俺は死にたくないからここまで来たのだ。
最愛の弟を見捨ててまでここにきた。
その俺が、他人の命をおもんばかって命を落としたら、それこそ本末転倒だ。
俺が殺しちゃいけない人間は、俺を殺していい人間は弟のレオだけだ。
「ま、今のままじゃ大人数人に囲まれただけで死ぬんだけどな」
生きるためには、もっと強くならきゃいけない。
でないと、何かあれば俺はすぐに死んでしまう。
弱い今は、とにかく警戒を怠らないように気を付けるしかない。
つまり、この足元に残っている足跡の主が何かわかるまでは……ん?
大勢の見慣れない足跡を追っていると、いつの間にか最近よく見る足跡が少し離れた場所にあった。
その足跡は、先にある茂みの中に向かっている。
あんなところで何をしてるんだろう。茂みの中に隠れたって、こんな足跡を残していたらすぐに見つかる。
俺はすぐに少女がいる茂みに駆け寄った。
「う……ぅぅ」
茂みからうめき声が聞こえた。
まずい、何かにやられたのか?
嫌な汗をかきながら、茂みを覗き込む。
「大丈夫か!?」
「……ぅッ」
黒髪の少女は胎児のように体を丸めて、お腹を押さえて倒れていた。
彼女は俺だとわかると、わずかに敵意を見せるがすぐに苦しそうな顔をする。
「腹か? 腹が痛いのか?」
少女のお腹を触ろうとすると、わずかに抵抗されるが、よほど辛いのか簡単に触れた。
触診した感じ、特に張りや腫れはみられない。
「触ったら痛いのか?」
聞くと、彼女は首を横に振る。
首を振った拍子に、彼女の額から汗が垂れた。
「凄い汗だな。って、あつ! 熱があるのか!」
「……う、……ぅぅ」
まずい、きっと体が弱ってるんだ。
ここは衛生的な前世じゃない。
病気やちょっとした怪我で命を落とすこともある。
急いで安静にできる場所へ運ばなくては。
「悪いが少し移動するぞ」
「…………」
少女は何も言わなかった。
俺は彼女の真っ青な顔に浮いた汗を拭こうと手を伸ばす――と、何かが少女の顔の近くに落ちているのに気づいた。
「これ、キノコか」
それは、ピンク色で水玉模様の見るからに毒々しいキノコ。
軽く嗅げば、刺激臭がする。
そういえば以前、前の村にいたとき、指導してくれたヘンリクスさんが言っていたな。
『いいか、ライル。派手な色をした生き物には気を付けろ。そいつらには大抵毒があるからな』
『色で判断できるんですか?』
『ああ。そういうやつらは色で自分には毒があるって周囲に伝えてるんだ。毒を持ってても、食われちまえばおしまいだから、見た目で食われないようにな』
どや顔で対処法と一緒に教えてくれたな。
ヘンリクスはその後、普通の色をした毒キノコを食って苦しんでたけど。
「お前、これ食ったのか?」
「……」
顔を逸らしたが、これは食ったな。綺麗に小さな歯型残ってるし。
なんにしろ、この少女も毒キノコを食ったなら、やることは一つだ。
「吐けええええ!!!」
「あっふ!?!?」
俺は少女の腹に拳を落とした。




