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22.同胞を探しに

 


 夜と炎の少女は泣きつかれて眠ってしまった。

 夜中だったこともあり、俺も焚火の番をしていたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 気付いたら、すでに空は明るく、太陽が東の空から顔を出していた。


「う、うぅん……もう朝か」


 両手をあげて軽く伸びをする。

 固まった体に伸びは気持ちいい。


「……まあ、朝になってよく見えるようになった村は最悪の一言だけど」


 夜でも陰惨だった夜と炎の村は、朝になってよく見えるようになった分、鮮やかに赤い土やピンク色の何かがそこら中に飛び散っていて、吐きそうになる光景だ。

 テレビだったら、間違いなく全画面モザイクになってるレベル。

 よくこんなところで寝てたな、俺。

 ていうか、全身血だらけで服にはなんか柔らかい何かがついてる。

 また腹のそこから出てきそうになった胃液をなんとか堪え、立ち上がった。


「ここにいても仕方ない。必要以上のものがそろったし、さっさと出よう」


 荷物をさっさとまとめて、寝ている少女を起こす――


「おーい、起き……あれ?」


 俺の言葉は途中で止まる。

 ――少女はいつの間にか消えていたのだ。


「あ、あれ? マジかよ!」


 どこかに隠れたのか?

 そう思い、俺はひん曲がりそうな匂いに鼻をつまみながら、村中を探した。

 でもやっぱり、どこにも少女はいない。


「まさかと思うが……あんな状態で1人で村の外に出たのか?」


 いやな予感がする。

 彼女にとっては、俺みたいなどこの馬の骨とも知れない男と一緒にいたくないだろうが、だからって一人じゃ自殺行為だ。

 彼女には、碌に戦う術がないんだから。


「……それに、ほっとけないよ」


 初めて会えた、同じ境遇の人。

 原作では死んでいる、つまりこの先死ぬべき運命にある少女。

 生きていながら、いないものとされる自分と同じ存在に、仲間意識が芽生えなかったと言えば嘘だ。

 俺はこの先ちゃんと生きられる、世界に修正力なんてものはないと信じるためにも、彼女に死んでほしくない。


「まったくもう!」


 俺は荷物をまとめて、すぐに村を出た。

 少女がどこに行ったかはわからないが、調べればすぐにわかった。


「足跡がっつり残ってんじゃん」


 村から南に向かう方向へ、赤い足跡が続いていた。

 徐々に赤い色は薄れているが、女の子の小さいはだしの足跡がはっきり残っている。

 残り方からして、そんなに時間は経ってなさそうだ。


「どこに向かっているのやら」


 彼女が向かっている方向は、運よく俺が行こうとしている南だ。

 まさか、知ってて向かってるわけじゃないだろうが……。




 ◆




 夜と炎の一族の少女を追って村を出てから、約2時間くらいが経った頃。


「足跡の間隔が狭くなってきてる……疲れてきてるのか?」


 地面に残っている足跡が多くなっている。

 ところどころで横にふらついているし、このペースならもう近いはずだ。

 俺は地面から顔をあげて、周囲を見渡す。


「あ、いた」


 遠くに誰かが倒れている。

 まだよく見えないが、十中八九彼女だろう。


「おーい、生きてるか?」


 近づきながら声をかけるが、反応がない。


「おーい……って、あれ?」


 近づくと、ちょっとびっくりした。

 倒れていたのは白髪ではなく、黒髪の女の子だったのだ。

 昨日見たのは白髪の子だったから、全然違う人に話しかけたのかと思ってしまった。

 だがよく見てみると、間違いなくこの黒髪の子は昨日会った夜と炎の一族の子だ。


「昼と夜で髪色が変わるって聞いてはいたけど、実際に見るとマジでびっくりするな」


 夜は光ってるのかと思うくらい綺麗だった白髪が、今は濡れているみたいに艶のある黒になっている。

 太陽の魔力を吸収する黒髪と月の魔力を放つ白髪。

 これは、何も知らなければ別人だと思っても仕方ない。


「いや、驚いてる場合じゃないな」


 俺は少女のすぐ隣に座り、声をかける。


「おい、生きてるか?」


 肩に手をかけて軽く揺らすが、返事がない。

 ただの屍だろうか。


「んー……息はしてるな」


 気を失ってるだけか。


「ほら、起きろ。こんなところで寝てたら襲われるぞ」


 この世界、結構物騒で野盗とかがいたら平然と襲われる。

 相手が悪ければ、捕まってたった一晩で人格を擦り曲げられるなんてザラだ。

 そう考えたら、俺ってすっごい優しいよね。

 なんて、弟を捨てておきながら何を言っているのやら。

 少しだけ憂鬱になりながらも、何度も少女の肩をゆすぶると、うっすらと彼女は目を開けた。


「うっ……」


 生気のない顔でゆっくりと、彼女と俺の目が合った。

 数秒ぼーっとした様子だった少女は俺に気づくと、すぐに立ち上がって距離を取った。


「あ、あなたは、また……ッ!」

「何もしてないよ」


 警戒する少女にまた敵意がないことをアピールする。

 それでも少女は猫みたいに爪を立てて威嚇してくる。

 だが突然、全身から力が抜けたように膝から崩れ落ちた。


「おいっ!」


 反射的にとっさに駆け寄ろうとした。

 だけどその前に、腹の虫が豪快に鳴く音がした。


「……」

「……うるさい」

「なにも言ってねぇよ」


 少女の悪かった顔色は少しだけ赤くなる。

 ……ちょっとだけ可愛いと思ったのは秘密だ。

 そんな可愛い彼女は俺から顔を隠すように背中を向け、ふらつきながら立ち上がって歩き出した。

 でもすぐに倒れるように膝をついてしまう。


「……まったくもう」


 最近すっかり癖になりそうなため息を堪えて、俺は鞄から保存食の干し肉を取り出した。


「ほら、腹減ってるなら食え」

「……」


 少女の目は干し肉にくぎ付けになり、喉を鳴らす。

 だが、彼女は苦い顔で言った。


「……いらない」

「はぁ? 本当に死にたいなら放っていくぞ」

「だって……毒」

「ほっといても死ぬやつに毒なんて盛るかよ」


 あんなひどいことがあって人間不信なのかもしれないけど、こんなんじゃこれから先何もできないぞ。

 見捨てるのも目覚めが悪いし、仕方ない。

 俺は干し肉を少しかじって飲み込む。

 よし、これで毒がないことはわかっただろう。

 再び少女の口に干し肉を運ぶ。


「ほら、おたべ」


 できるだけ優しく、人のいい笑顔を浮かべる。

 よーし、渾身の笑顔と優しい声のかけ方だ。

 これならたとえ警戒心の強い野良猫だろうと食いつかずには――


「……ふん」

「……あ?」


 彼女はまた干し肉から逃げるように口を背けた。


「……今度はなんだよ」

「……別のがいい」


 今、頭の中で血管が蠢いた気がした。

 なんてわがままな奴なんだ。

 人間不信に加えて年頃だと?

 あんなことがあったから仕方ない、ていうのとはちょっと違うぞコレ。

 いや、やっぱり辛くて大変なんだろう、そう思うことにした。

 俺はさっきかじった干し肉をくわえながら鞄を漁り、乾パンを少女の口に押し付けた。


「ほらっ、食べな」


 少女は眉根をくっつけんばかりに寄せながら、渋々加えて咀嚼した。


「ヴッ……ゲホゲホッ!」


 少女はせき込み、吐き出した。


「あっ、どした!? だいじょぶか?」

「ゲホッ! ……み、水……」

「あ、ごめん、喉乾いてたのか」


 少女の体を起こして水を飲ませようと革袋を取り出す。

 取り出した瞬間、少女は俺の手から革袋をひったくり、背中を向けて隠れるように乾パンと水を流し込み始めた。

 野良猫みたいなやつだな。

 あ、こいつ貴重な水をがぶ飲みしてる!


「ふん……助かった」

「それはよかったですねぇ」

「でも、もういい。あとは勝手にやる」

「そうですか」


 いらつきながら答える。

 少女は立ち上がってそそくさと歩き始めた。

 愛想のないやつだな。


「ったくもう」


 こりゃ強引について行ったら余計に距離を取られそうだ。

 気にはなるが、本人が嫌がっているのに無理やり同行するつもりはない。まあ、本当にヤバかったら手を貸すけど、ストーカーみたいなことをするのは気が引ける。

 嫌われてるし、体調もよさそうだから、しばらくほっとこう。

 一緒に歩くことにならないように、適当に時間を潰してから再び移動を開始した。

 ストーカーみたいにならないように、ところどころ寄り道しながら。

 方角は同じだろうから、よほど離れない限りはさっきの子にすぐ会える。

 この辺りは土が柔らかいから、彼女の足跡がはっきり残っていて、見失うことはない。


「狩人経験のせいか、俺はつい足跡消しちゃうんだよな」


 自分が歩いてきた道のりを振り返ると、綺麗に地面は俺が歩く前と同じ、目立つくぼみもへこみも全くない。


「こういうときは軽い子供の体に感謝するよ」


 俺の体はまだ幼い子供だ。

 体重が軽いから、柔らかくてもさほど地面は沈まないし、たった12の男子だから、背格好は同年齢の女子より低くて、隠れやすい。

 しかもこの世界は前の世界より食糧事情が悪い。

 日本でも平安時代以降で食事がよくないから平均身長が低い時代があったように、争いが多いこの世界では満足に食べられずに背が低い人は多い。

 もっとも俺は鍛えているし、食事もたんぱく質を意識して食べてるから、その例からは外れているが。

 だけど、飛び抜けて大きいって程ではない。

 なんなら、さっきの同い年くらいの少女とほとんど変わらないくらいだ。


「ん? まてよ……成長が早いとはいっても、この世界の女子で俺と同じ背って、結構いいもの食べてるのか?」


 介抱した感じだと、やせぎすって程ではなかった。

 ボロボロの服からわずかに覗ける体も太っているわけではないが、年相応の体つきだった気がする。


「次会ったとき聞いてみるか」


 だいぶ歩いたことで景色も変わり、平野だった道は木々が茂る雑木林になっていた。

 だが雑木林に入ってすぐに、ライルは足を止めた。


「……足跡?」


 地面に数多くの足跡が残っていた。

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