21.死に仲間
【夜と炎の一族】
それは、ゲームに登場するいくつかの民族の中でも、特に魔力に秀でた一族だ。
大きな特徴は時間帯によって変化する髪だ。
昼は太陽の光を吸収する漆黒の色に、夜は吸収した光を放つ白銀の色に。
他を圧倒する莫大な魔力量とその特徴から、夜と炎の一族と呼ばれ恐れられていた。
だが、その圧倒的すぎる魔力量ゆえに他種族から危険視され、四面楚歌に遭い迫害された。
迫害から逃げ延びた結果、この人のいない辺境である無法地帯に隠れ住んでいるんだろう。
しかし、なぜか彼らは突然滅んだ。
「それが、この時期だったのか」
目の前に広がる惨状に、俺は心臓が掴まれる気分だった。
ダンジョン化した【夜と炎の一族】の廃墟は、レオナルドが来たときにはアンデッドだらけになっていて、死角の多い廃墟でゾンビが弓矢と魔法で襲ってくる厄介なダンジョンだった。
そのダンジョンの最奥に――
「リッチになったボスがいる。そのボスが、夜と炎のタリスマン】を持っている」
ファンタジーなんかじゃ定番の怨霊の王リッチは、強い恨みを持ったまま強力な魔術師や高い魔力を持った人間が死ぬとなると言われている。
つまり、今、目の前にいる彼女こそがこのダンジョンのボスになる存在だ。
突然訪れた一族を殺されるという理不尽な悲劇に嘆き、怒り、復讐したくても、何もできない。
何もできないまま時間だけが経ち、異形の姿になってただ悪者として討伐される。
……彼女はそんな悲しい末路を辿る運命にある。
俺より悲惨かもしれない。
出会い頭に襲われたが、だからといって彼女を縛り付ける気にはならなかった。
俺は彼女が気を失っている間に、村人たちの埋葬を進める。
しっかり弔えば、きっとこの村の人たちはアンデッド化しないだろう。
埋葬をしながら、俺はこの村で使えそうなものがないか探すことにした。
「火事場泥棒みたいで気が引けるけど、遺品も一緒に集めるから、許してください」
状態のいいものは手を合わせてから、旅で使えそうなものと分別して遺体と一緒に埋葬する。
「5年後とはいえ、ここはダンジョンになるんだよな。っていうことは……」
俺はゲームにおけるこのダンジョンの記憶を掘り起こし、ドロップ品がある場所を探す。
すると――
「あっ! 本当にあった!」
壊れた家の中から、あるスクロールを見つけた。
そのスクロールは、記憶の通りであるならば――
「【追撃矢】! 超レアな魔法見っけ!」
本当なら厄介なエネミーを退けなければ手に入らない強力な魔法が簡単に手に入って、うっかり舞い上がってしまった。
ちゃんと手を合わせて祈って、心の中で謝罪する。
すみません、これは一時お借りします。
またすぐに、返しに来ますから。
心の中で祈り、俺は再び使えそうなものを探す。
【夜と炎の廃墟】で手に入る有用なアイテムは3つある。
【夜と炎のタリスマン】【追撃矢】、そしてもう一つ。
「あった。【黒夜弓】」
夜を思わせる深い青色の弓が丁寧な箱に入れられて地面に埋まっていた。
箱は若干焼けているが、魔法的な防護が施されていたのか中は無傷で、手入れすれば十分に使えそうだ。
「よし、念願だったユニーク武器。これで秘技がもう一つ使える!」
秘技はこれ以上ないほど強力な必殺技になりえる。
以前覚えた【突進回転切り】は、この秘技に適した武器を持っていないから今は使えない。
だけどこの弓があれば、使える秘技が増えるのだ。
試しに構えてみる。
「あれ?」
秘技の出し方がわからなかった。
「おかしいな。前は持っただけで出し方がわかったのに」
黄金斧をもったときは、もっただけでよかったのに、【黒夜弓】は構えても何も起こらない。
一応射ってみたが何もなし。
「まあ、普通に弓矢として使えるからいいか」
切り替えて他を探すと、矢が少しと煤けたナイフ2本を見つけた。
「よし、武器がそろった。これで当分は何とかしのげるだろ」
懸念していたことの一つが解決して、安堵の息を吐く。
この村の人たちの埋葬が終わって、気を失っている少女の元へ戻る。
夜通し動いているが、不思議と眠気は感じない。
さすがにこんな場所で堂々と眠れるほど、俺の神経は図太くない。
眠れないし、気を失っている少女がいつ目を覚ますかわからないから、【追撃矢】のスクロールを読むことにした。
さて、スクロールだがこれは魔法を使うために必要なアイテムだ。
読んで理解すれば使えるようになる、ていうよくある設定だ。
前に【擬人竜】を倒して魔石から魔法を使えるようになったが、スクロールは理解しなければ使えないから、使えるようになるまで時間がかかるかもしれない。
「ゲームじゃ知力のステータスさえ満たしてれば使えたけど、現実だとどうなるんだろ」
知力が足りないから使えません、てリアルで言われたら結構ショックだな。
追撃矢よりも氷雷炎雷のほうが要求ステータスが高いから、使えないなんてことはないはずだけど、時間はかかるかもしれない。
肝心の【追撃矢】の内容だけど、ゲームではこの魔法単体ではたいした威力はない。
だがこれはその名の通り、他の攻撃と組み合わせることで自動的に魔法の矢が現れて追撃してくれる優れものだ。
追撃矢の威力は本人の魔力と付与する属性、そして追撃の元になる攻撃の威力に依存する。
追撃矢の起動元になる攻撃も物理攻撃力を含んでいればなんでもいいというガバガバ設定。
簡単に瞬間火力を上げることができる魔法だから、ゲームでは結構猛威を振るった魔法だ。
「これは是が非でもモノにしたい」
焚火を使って、読んでみたいところだけど、もうだいぶ夜も深まっている。
今何時頃だろうか。
時間を知りたくて顔を上げる。
すると、ある変化に気が付いた。
「髪が……」
隣で寝ていた少女の髪の毛先の一部が黒へ変化していた。
「不思議だなぁ」
夜と炎の一族は、とても不思議な一族だ。
昼は黒、夜は白、今は白の中にわずかに黒が混じっているといったところ。
時間的には、もうすぐ朝ってところだろうか。
ゲームではあまり実感することはできなかったが、こうして実物を見てみると神秘的で興味を惹かれる。
もしかしたら、だから彼女たちは襲われたのかもしれない。
だけど、強大な魔力を持つ一族がそう簡単に滅びるだろうか。
「どうして滅んだのかも、原作じゃ明かされてないし。一族の生き残りは語りたがらなかったんだよな」
ゲームには夜と炎の一族の生き残りが登場していた。
「襲われて逃げたのが二人、捕まって売られたのが三人。そして村八分にあって村が襲われる前に出て行ったのが一人の合計6人」
白夜の一族の生き残りは例外なくレオナルドの仲間になるか、もしくはストーリーの重要なポジションにいる。
村ごと狙われるほどに強力な魔力を持つ一族は、当然強くなる素養を秘めているため、味方になれば非常に強力だったから、俺含む多くのプレイヤーは世話になったはずだ。
……でも生き残りは、本当にその6人だけなのだろうか。
目の前で死ぬはずだった彼女が生きているように、襲われた直後の今なら、もっと多くの人が生きているかもしれない。
「……探してみるか?」
もし生きていたら、この村から出た痕跡があるはずだ。
俺は探してみようと腰を浮かす。
そのとき――
「……んっ」
眠っていた少女が目を覚ました。
目をこすり、一度大きく伸びしてからゆっくりと体を起こす。
少女はぼーっとした顔で、漫然と周囲を見渡した。
周囲は焼け野原になっており、目も当てられないひどい惨状が広がっている。
その惨状を認識した途端に、少女の脳は一気に目覚め、恐慌に陥った。
「い、いやぁああああ!!!!」
少女は立ち上がろうとして、バランスを崩して転んでしまう。
尻もちをついたまま、むごい光景から少しでも離れようと距離を取った。
「な、なんで、なんで!」
……パニックを起こしてる。
仕方ない、10歳かそこらの女の子に、こんな惨状を目にして普通でいろなんて無理だ。
「大丈夫か?」
声をかけると、少女はびくりと体を震わせる。
恐る恐る俺を見た少女は、途端に転がるようにして距離を取って唸り始めた。
俺は敵意のないことを両手をあげてアピールする。
「落ち着いてくれ。危害を加えるつもりはないから」
「信じられるもんか!」
少女は甲高い声で吠えた。
気が立っているからか、彼女の長い髪が逆立っているように見える。
「落ち着いてってば。いったいここで何があったんだ?」
「とぼけるな! あなたの仲間のせいでこんなことになったんだ! あなたのせいで私の家族が!」
少女は泣きながら、焚火から一本火のついた木を取り出して俺に向けた。
「殺されるくらいなら、最後まで戦って死ぬんだから!」
「違うって! 俺は何も知らない! 俺がここに来たときには、すでにこんなことになってたんだ!」
「嘘をつくな! 私たちの村に人なんて来たことない! なのに、襲われた昨日の今日で関係ない人がくるもんか!」
……ダメだ、目の前にいる少女には、何を言っても届かない。
状況を理解していない俺では彼女の誤解を解くことは難しいだろう。
でも、彼女を放っておくと、それこそ本当に死にかねない。
……自分と同じ、死ぬ運命にあるからか。
無関係の人間だけど、彼女には生きて欲しかった。
「本当に違う。俺は敵じゃない。本当にただ通りかかっただけだ」
「嘘なのはわかってる。昨日、あんなことしておいて」
「あんなこと?」
少女はぎりりと歯を食いしばり、吠えた。
「昨日、みんなの体を燃やして埋めたくせに! 私の家族の体を燃やしたくせに!」
彼女の言葉に、俺は一瞬理解できなかった。
燃やして埋めるなんて、ただ弔っただけじゃないか。
「あれは墓を作って弔ったんだ。ここの人たちの遺体を燃やして埋葬した。あのままじゃあまりにも哀れだったから」
少しずつ少女の目から涙が滲み始めた。
「なんで、燃やした。私の、大切な、家族たちを」
「ならあの場で腐らせるのがよかったか。原型もわからなくなるほど獣に貪られて、虫にたかられて、生きたことも人として眠ることもできない終わり方がお望みだった?」
「だからって、燃やしたら同じでしょう!」
何も知らない文化も違う人から見たら、そうなのかもしれない。
でもあれは、俺にできる精一杯の弔いだった。
「同じじゃないよ。ここにいる人たちは人として生まれたんだ。だから、最後は人の姿のまま終わらせたかった」
昨日建てた墓標は焚火の明かりでゆらゆらと照らされている。
「ここで彼らは眠る。人として眠れるんだ。放って置いたら誰も何も覚えない。人がいたことも生きていたことも、なにも。アンデッド化したら、もはや化け物扱いだ。……そんなの、悲しすぎるじゃないか」
「……」
少女はなおも睨み続ける。
俺もまっすぐ少女の瞳を見つめ続ける。
やがて彼女は俯き、俺に突き付けていた火を地面に落とした。
……そして、いくつもの涙が地面に落ちる。
「……ぅ、うぅ、うううう!」
堪えきれず、少女はその場で座り込んで涙を流し始めた。
俺は何をすることもできず、ただ立ち尽くしていた。




