19.夜の廃墟
レオナルドと別れてから早1か月が過ぎた。
たまたま出くわした馬車に相乗りさせてもらったり、川を流れる丸太に乗ったりしながら順調に南に進んでいるが、まだゲームでいけたマップの範囲外まではあと少しある。
時折、ゲームで見たことのある風景が並んでいるから、地図と感覚は正しいとわかるのは助かった。
道中は氷雷と炎雷でできることを模索しつつ、イノシシや鳥を狩って食料を確保している。
その辺に落ちている石を割って鋭くしたものをナイフ替わりにして、ツタとか木の枝を罠にしてなんとかかんとか捕らえているのだ。
一頭一羽狩るのにまず道具の準備から入らなければいけないから、かなりめんどくさい。
投石紐の存在を思い出してからはなかなか楽になったが、命中率は低いから効率はさほどよくない。
「どっかに剣とか弓が売っていれば、すごい助かるんだけど」
ここは既に聖王国の力の及ばない無法地帯。
そんな都合のいいことがあるわけないか。
また小さく息を吐いて、下に向いていた視界を上に向ける。
すると、
「あれ?」
遠くに何か煙のようなものがあがっている。
「もしかして炊煙かな? でもこのあたりになにかあったっけか」
俺は急いでマップを取り出して、ゲームでは何があった場所か確認する。
ここはマップのほぼ下端、端っこだ。
「こんなところに村なんてないぞ?」
記憶と転生直後に地図に書き殴ったゲーム知識を記した地図を何度も確認しても、あの煙がある場所に村なんてものはない。
それらしいものを探してみる。
「ここら辺にあるものといえば、【夜と炎の廃墟】。あと確か、【大賊村】イベントもこの辺りだったけか」
【夜と炎の廃墟】は小型のダンジョンだ。
首なしのゾンビや骸骨といったアンデッドが蔓延った廃墟で、地下には不死の王リッチがいたはずだ。
リッチは超火力でゴリ押してくる強力なボスで、終盤のステータスになってもかなり苦戦した覚えがある。
でもその分かなり貴重な遺物や装備が手に入るダンジョンで、ゲームではお世話になった。
一方で大賊村イベントというのもこの辺りで発生するイベントだ。
大賊村なんて言っているが、実態はただの村に擬態した盗賊の一味たちを狩猟するイベントだ。
その大賊村はかなりの広範囲を転々としていて、この辺りにいる期間はごく短かったはずだし、あれはストーリーが進んでからじゃないと現れなかったはずだ。
つまり、今見える場所は、煙が上がっているから【夜と炎の廃墟】ではなく、次期的には【大賊村】でもない。
「もし村だったらすごく助かるけど、大賊村なら危険だ」
思案した結果、一度寄って様子を見ることにした。
例え大賊村だったとしても、こんな見るからに何も持っていない子供にいきなり襲い掛かってくるほど追い込まれた連中ではないはずだ。
危険なことには変わりないけど、この世界は影の軍勢にあふれていて、昨日あった村が無くなり、逆に昨日なかった村ができてるなんてことも普通にある。
もしかしたら、あの村は今だけのものな可能性がある。
俺は一度深呼吸して、村の方へ歩き出した。
もし、あの村が普通の村だったらどんなにいいか。
久しぶりの村、久しぶりの人。
退屈だった一人旅がようやく少しは楽しくなる。
心配と、そんな少しの期待を胸に抱いて進んでいく。
……だけど、その少しの期待は村に近付くにつれてあっけなく消えていった。
「なんだ、これ……」
徐々に見えてくる村は、正確には村ではなかった。
あっけなく期待が砕かれても、それでも足を止めることはできなかった。
その村は――
「こんな、こんなひどいことって……まさか、そんな」
焼け崩れ、黒く炭化した家屋。
百人単位くらいの小さな村は、人の営みをほとんど感じることができないほど徹底的に破壊されている。
村にちゃんと辿り着いたときには、陽は沈んで夜になっていた。
「ひどいな……。焼かれたばかりか?」
焦げ臭く、ツンと来るあの匂い。
この匂いは、一度嗅いだことがある。
この世界に来た瞬間に嗅いだ、大勢の人が燃える炭と血の匂いだ。
脳裏にフラッシュバックするあのトラウマと腹の底から沸き起こる吐き気をなんとか堪えながら、廃墟を進む。
すると、何かが足に引っかかった。
「うわっ!?」
受け身も取れずに、びちゃりと音を立てて倒れた。
地面はぬかるんでいて、転んだ拍子に口の中に何かが入った。
「ぶえっ! くっそ、なんだ?」
松明を掲げて、自分が何に躓いたのか見る。
「くっそ、なにがあ――……え?」
目に飛び込んできたのは、首のない焼死体だった。
「う、うわああッ!?」
おぞましい死体に悲鳴を上げて、腰を抜かしたまま後ずさる。
ふと自分の手を見ると、その手は赤かった。
泥だと思っていたものは、泥ではなくただ血に染まった土だ。
つまりさっき俺の口に入った何かは――
気付いた瞬間に、腹の底から吐き気が湧きだし、一気に吐き出した。
吐き出しても吐き出しても、腹の中から何もなくなっても気持ち悪さは無くならなかった。
俺は歯を食いしばって、魔法を使う。
「炎雷!!」
周囲に電撃を発生させて強引に焼き払う。
幾分かマシになった匂いと手触りに、俺は深呼吸をして気分を落ち着かせる。
落ち着いて周りを見渡せば、同じような死体がいくつも転がっていた。
「ひどすぎる……。一体だれがこんなことを」
これは、影の軍勢の仕業じゃない。
影の軍勢に襲われた人は、多少の差はあれど大概黒く腐り落ちる。
首を切るなんて綺麗なこと、あんな多腕の異形ができるはずない。
つまり、これは人間の仕業だ。
再び湧き出した嫌悪感を飲み込んで、俺は死体の前で両手を合わせて祈る。
「安らかにお眠りください。どうか、来世では健やかでいられますように」
自らが前世の記憶を持っているからか、来世では幸せになってほしいと心から願う。
「このままじゃダメだ。……埋葬しないと」
あまりの腐臭とおぞましさに顔をしかめながら、一つ一つ遺体を運んで集めていく。
家屋の数からしてかなりの被害だと覚悟していたが、思いのほか死体の数は少なかった。
被害者が少ないのは、不幸中の幸いだろう。
それでも百は優に超えていたが。
一通り集めて並べて、崩れ落ちた家からまだ燃えそうな木材を集めて薪組をする。
そして、もう一度手を合わせて祈る。
「あなたたちのことを僕は知りません。ですが忘れません。ここで生きた人がいたことを、ここで人として死ねた人がいたことを。あなたたちが生きたことをここに残します。だからどうか、安心してお眠りください」
ライルは天に手を掲げる。
「旅立ちに祝砲を。――炎雷」
星が瞬く夜空から、一筋の赤い雷光と轟音が降り注ぐ。
旅立つ人々の体に宿った雷は赤く燃え上がり、むごかった体を等しく灰へと変えていく。
「死体が燃えきるまで時間があるな。穴でも掘るか」
火葬している間に、埋めるための穴を掘ることにした。
手頃な場所で、穴を掘ろうとしたとき――
突如暗闇から、白銀の閃光が襲い掛かってきた。
【筋力】
その名の通り、筋肉の量。
HP、近接攻撃力、防御力、装備重量が増加する。
大剣や槌、斧など破壊力の高い装備に必要なステータス。
また一定の値に到達すると、強化スキルが開放される。
強者は必ず鍛えている。
強く雄々しく誇らしく。
力こそが正義であろう。