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17.いくあてもなくただ南

 


 大人気ゲーム【ワールドリング】。

 それは、主人公レオナルドが世界を旅して、数えきれない仲間とともに世界を救う物語。

 レオナルドは幼少期を天涯孤独で過ごしたことで、痛みと辛さを理解する優しい心と勇気を併せ持ち、それゆえ世界を救おうと旅に出るのだ。

 しかし、本来天涯孤独だったはずのレオナルドの兄に俺――ライルは転生してしまった。

 原作では、俺は存在しないか、もしくはレオナルドの記憶も曖昧な時期に死んでいるはずの人間だった。

 だけど、俺はなぜか生きている。

 生きてしまっている。

 もし俺がこのままレオナルドの兄として生きてしまえば、原作通りの勇敢で正義感のあるレオナルドにはならずに、旅に出ることもなく、世界は救われることなく滅びの運命をたどるだろう。

 だから俺は、レオナルドが原作通りに旅に出るために、世界を救わせるために自分の死を偽装して、レオナルドと袂をわけた。

 レオナルドと共に過ごした村を出て、俺は1人寂しい街道を歩いていた。


「一人って、こんなに寂しいものだったんだな」


 高い秋の空を見上げてため息を吐く。

 ため息を吐いて、少しだけ頭が冴えた気がした。


「まず行き先を考えなきゃな」


 どこに行くべきか。

 それを決める前に、だいぶ薄れかかっているゲームの情報を整理しよう。

 まず抑えておかなければいけない大事なことは――


「【ワールドリング】の結末は一つじゃない」


 いわゆるマルチエンディング方式。

 エンディングはいままで主人公(レオナルド)が辿った道のりによって結末が変わる。

 といっても、バッドエンドといえるものはなく、戦いに負けても再び近くの町からやり直しができるから、そんなにひどいものはない。

 もっとも、現実となれば一度でも負けてしまえば即ゲームオーバーだ。

 もし、レオナルドが死んでしまったらどうなるか。

 ゲームにそんなエンディングはなかったから、世界が救われるのか、救われないのかもわからない。

 ある意味、世界が救われるのは確定していると取れなくもないが、そんな楽観的な予想は捨てるべきだろう。

 ただ一つ言えるのは、レオとは違い、俺は死んでしまえばそのあとのことなんて気にすることもできない。

 大事なのは、俺が死なないこと。

 そして、レオナルドがどういう結末を迎えるのか、そしてその結末に至るまでにどういったことが起きるのか、だ。


「レオは世界中を大勢の仲間と旅するから、下手なところにいたら見つかるかもしれない。イベントもダンジョンも何もない、レオが来ない場所を探さないといけない」


 死んだことになっている俺は、レオナルドと会ってはいけない。

 会った瞬間、レオは俺を迎えようとするか、糾弾するかして、大きくこじれて原作から離れてしまう。

 自意識過剰かもしれないが、世界の運命がかかっているのだから、少しの可能性も潰しておきたい。

 しかし、そうなると困ったことがある。


「原作のマップで、レオナルドが来ないだろう場所がない……」


 ゲームだからかもしれないが、人がいる街や村には各種イベントや仲間になるだろうキャラクターやアイテムがある。

 ゲームは娯楽であり商売だから、無駄なオブジェクトを設置するなんてことがなく、訪れたすべての場所に意味がある。

 大陸中を旅することができるレオナルドが行く可能性がない場所なんて、本当にないのだ。


「となると、レオの動きに合わせて住む場所を転々とするしかないか……定住できないのは、ちょっとしんどいな」


 レオに会ってはいけないだけでなく、レオに俺が生きているということを知られることもいけない。

 つまり、俺が生活していた痕を残すこともできない。

 人と一緒に生活することも、誰かと旅に出ることも。

 誰かの記憶に、俺という存在を残してはいけないのだ。

 ……そんなことができるのかはわからない。

 でもやらなければ、世界は滅びる。

 この世界には、脅威があふれすぎているのだから。


「……【影の軍勢】ッ!」


 歩いていると、首筋に冷や水を流し込まれたかのような悪寒が走った。

 咄嗟に近くの岩陰に身を潜める。

 すると岩の向こう側からいくつもの足音とうめき声が聞こえてきた。

 ゆっくりと、感づかれないように岩陰から顔を出す。

 岩の向こう側には、百を超える不気味な影の兵士たちが多腕の体を揺らすようにゆっくりとどこかに進軍していた。

 息を殺して、再び全身を岩陰に隠し、肌を這う不快感が過ぎるのを待つ。

 両手を見て、拳を握る。


「見つかったら殺される……誰に知られることもなく、殴り殺しだ」


 湧いてくる恐怖を噛み殺し、ただひたすらしのぶ。

 1時間ほどが過ぎて、ようやく影の軍勢が遠くに行った。


「ふぅ……歩くだけで大量の魔物に出くわすなんて、危なすぎるだろ」


 ほっと安堵の息を吐いて、再び俺は道を進む。

 ……この世界は、強くならなければ死ぬ世界だ。

 俺は影の兵士が数体程度なら、問題なく勝てるくらいには強くなった。

 でもそれ以上の魔物や大勢の敵に勝てるほどではない。

 今のままじゃ、俺は何かあればぽっくり死んでもおかしくない。

 だから、もっと強くならなきゃいけない。


「俺は、死にたくない。だから、強くなりたい」


 右手を見て、拳を握る。青い雷が迸る。

 この世界で強くなるには、レベルをあげなくてはいけない。

 でも残念ながら、この世界にはステータスオープンなんてできないから、自分がどれくらいのレベルなのかもわからないし、どういう方向のビルドになっているのかもわからない。

 筋肉ビルドか、技量ビルドか、魔法ビルドか、はたまた複合ビルドか。

 まあ、剣も魔法もある程度使えるのだから、そこまでレベルが低くはないと思う。

【擬人竜】討伐で、かなりの経験値が入ったおかげかもしれない。

 だけど――


「ゲームの中で一番大きな力である【絆の力】。あれが欲しい」


 手に入れ方もわからない力を思いだす。

【ワールドリング】のコンセプトでもある絆の力。

 それは、主人公レオナルドが世界を救うために必要な力でもあり、数多くの仲間と助け合うことで培える力だ。

 でもゲーム内で具体的な原理は明らかにされていない。

 ただ各地のイベントを進めるとシステム的に絆の力が手に入りました、とログが出てきて、攻撃力と防御力に大幅な補正がかかるようになるだけ。

 具体的にどういう原理なのかは、一切不明なのだ。


「残念ながら、一人で生きていくしかない俺には、無理な力だな」


 諦めを含んだ溜息を吐く。

 強くなりたいと願うなら、人が集まってくるレオナルドと一緒に行動するのが一番だ。

 でも、レオと一緒に戦うなんて絶対にごめんだ。

 俺は死にたくない。

 俺は本来レオにはいないはずの兄。

 俺とレオが一緒に行動すれば、いつレオが原作から外れた行動をとるかわからなくなる。

 レオを導きながらいくのが最善かもしれない。

 だけどいつ世界が異物である俺を殺しにくるかわからないのだ。

 この世界に修正力なんてものがあるのかはわからないが、例えなかったとしても常に死と隣り合わせの旅にでるなんて絶対にごめんだ。

 ……旅に出たら、本当にいつ死んでもおかしくない。


「……本当なら、レオにもそんな旅に出て欲しくない」


 自然と拳に力が入る。

 我ながら勝手なことを言っていると思う。

 自分から旅に出るように離れておきながら、旅に出るな、危ないことをするなと思っているのだ。

 たった一人の家族であるレオナルドを捨てて悲しい思いをさせたあげく、死ぬより辛いかもしれない戦いに実の弟を放り込むんだ。

 世界のためだからしかたない、と自分に言い訳をして。

 間違いなく、レオナルドは俺の弟なのに。


「最低の兄だったな」


 自嘲気味に笑う。

 考えるのはやめよう。

 どのみち、こうすると決めた時点で『レオナルドの兄』は死んだんだから。


「あれ、そういえば、マップの外っていけるのかな」


 ふと思い出した。

 レオナルドもとい、ワールドリングで行ける場所は大陸の地図に乗っている場所全てだ。

 では、そもそも大陸の地図に載ってない場所は?

 ふところから、一般的な地図を取り出して広げる。

 一般的な地図だけど、結構正確で各国の位置や山村などの地形が細かく描かれている。

 でもそれは、すべてじゃない。

 地図の下端で、大陸が切れている。


「大陸の南側がない……」


 確かにゲームで行けたのは、この地図の範囲だけ。

 でも、ここはゲームじゃない。現実だ。

 大陸はこの地図の外でもちゃんとつながっている。


「……行ってみるか」


 南に何があるのか、実はよく知らない。

 ただ、危険なことは知っている。

 このマップは聖王諸国の力が及ぶ範囲でもあり、このマップ外ということはすなわち、聖王諸国の力の及ばない無法地帯ということだ。


「一か八かだ。もしかしたら、俺にとってこれ以上ない安地になるかも」


 ――覚悟を決めよう。

 一度空を見上げて、太陽の位置を確認する。

 今はまだ朝で、体から伸びる影が西北西に長く伸びている。

 俺はその影に直行するように歩き出す。

 ――これからはただ生き残るために。強くなるために生きるのだ。



【HP】

生命力、体力とも呼ばれる。

筋力、技量に比例して増加し、物理耐性も増加する。

死にたくなくば肉体を鍛えよ。


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