14.君は強いから
「なるほど、氷と炎を宿した雷を操る【擬人竜】か。どちらか片方なら聞いたことはあるが、両方使う【擬人竜】は珍しい。たとえ片方にしても普通ならギルドが総力を挙げて倒すような敵だ」
実地でのライルの証言をもとにカインが調書をまとめる。
一通り聞いたカインは満足げに頷いた。
「やはりこの個体は少々特殊だな。【擬人竜】はダンジョンの最奥に住み、最低でもBランクに類する魔物だ。だが話を聞くにこの個体はおそらくAランク一歩手前だ。よく倒せたね」
「運がよかったんですよ」
ライルの言葉に、カインはくつくつと笑う。
笑われたライルは不機嫌になった。
「なにか?」
「いや、運がいいか。Dランクになりたての少年がBランクの魔物を運だけで倒せるなら、ここで亡くなった者はただ運がなかったということになるな」
「あ……」
ライルは謙遜の仕方を間違えたとバツの悪そうな顔をするが、カインは気にするなとライルの頭を撫でた。
「おっと、失礼。いや、ただ君にはちゃんと実力があるといいたかったんだ」
「実力ですか?」
「そうとも。見た感じ、君は年齢に見合わない落ち着きと賢明さを持っている。戦士にとってその二つは明確に戦いを左右する要素であり、それを兼ね備えた君が生き残ったことは、決して運だけではないと言いたかったんだ」
「……どうも、ありがとうございます」
ライルは俯きながらも、カインの言葉を噛み締めた。
どこか元気のないライルに、カインはある提案をする。
「こんなところにいては気分が晴れないだろう。ここは馬にでも乗って散策でもしようじゃないか」
ライルは少し悩んだが、すぐに頷いた。
◆
副都の戦士ギルドの隊長カインは、『ワールドリング』において主人公レオナルドの仲間となるキャラクターだ。
今はギルドの隊長だが、原作の開始時点である5年後ではギルド役員に昇進している。ただカインは役員よりも現場で剣を振れる隊長時代がよかったと感じていて、それをレオナルドに誘われる形でレオナルドが結成する義勇団に参加する。
そのため、ここでの出会いはライルにとっても予想外であった。
「ライル君はどうして戦士になったんだい?」
カインが操る馬の後ろに乗りながら、二人は会話していた。
「僕にはほかに選択肢がなかっただけです」
「選択肢がない?」
「はい。……この世界は強くならなきゃ死ぬ世界です。だから強くなりたかった。そのためには戦士になって戦い方を知るしかなかった」
カインは馬を走らせる手を少しだけ緩め、声がよく聞こえるようにした。
「ライル君はいくつだったかな?」
「12です」
「そうか、その歳でもうそんな考えに至るとは、苦労しているんだな。今まで何があったんだい?」
「面白い話じゃないですよ。たいしたこともないですし」
かまわないさ、とカインは先を促した。
「僕と弟のレオナルドは、元は別の村にいたんです。でも一年前、突如現れた影の軍勢に皆殺しにされました。なすすべもなく皆殺しです。僕たちは見てることしかできませんでした」
「……辛かったね」
「そうですね。だから、強くなろうと決めたんです。強くなきゃ今死んでもおかしくないから」
カインは背中に感じる小さな重さに胸を掴まれる気分になった。
(この子は一体……どんな経験をしたらこんな覚悟に至るんだ?)
普通なら、恐怖で安全な場所に行こうとするか運が悪かったと現実逃避するかの二択だ。
大人でもその選択しか取れないことが多いのに、こんな小さな子供が強くなきゃ死ぬなんて考えに至り、あまつさえ実践し、村ごと守りぬいていた。
それはすごいことだ、とカインは思う。
だが同時に悲しいことだとも。
このままいけば、きっとこの子は戦うことしかできなくなる。
「ライル君、強くなるというのは、必ずしも戦闘力だけを指す言葉ではないよ」
「人とのつながりとか、そういうのですか?」
「それもその一つだね。そのほかにも、もし君の言う死なないことが強さなら、戦う以外で戦う者のサポートをすることもまた立派な強さの一つなんだよ」
「例えば?」
食いついてくれたか、とカインは内心ほっとした。
「例えば戦士の武具を作る職人とか、食料を届けてくれる商人とかだね。他にも戦場で美味しい食事を作ってくれる料理人や食べ物を届けてくれる農家の人もだ。そういう人達の日頃の戦いこそが私たち戦士の戦う力となっている。遠そうに見えても、必ず誰もが戦うための力を持っているんだ」
「そうかも、しれないですね」
言葉とは裏腹にライルはため息を吐いた。
カインは何かまずいことを言ったのかと、いぶかしむ。
「納得できなかったかい?」
「いえ、カインさんの言うこともわかります。確かにそうだとも思います。でもその人たちはある日突然襲われても、何もできないじゃないですか」
「そういうときのために、その人たちに支えてもらった戦士がいるんだよ」
「そうなんでしょうけど、そうじゃないんです」
ライルは縋るようにカインのマントを握りしめる。
「僕は戦士です。美味しい料理なんて作れませんし、凄い武器も作れません。だからそういうのを作ってくれる人は凄いと思います。……でも死ぬとなったら、その辺の雑草でも食べて、石でも使って戦います」
「ライル君……」
「僕が戦士になったのは、死ぬのが怖いからです。そんな簡単に人に命を預けられないんです。だってその人が死んだら、僕らも一蓮托生で死ぬわけじゃないですか」
恐怖を吐き出すような、今にも泣いてしまいそうなか細い声。
「自分の命は自分で守るしかないんです。誰かに預けたら、自分の命を手放したのと同じです」
そしてライルは口にする。
根本を否定する言葉を。
「『絆の力』なんて、信じられないんです」
それはこの世界の最も大きな力を否定する言葉だった。
その言葉の真意を理解できないカインだったが、それでも彼は戦慄した。
ライルの現実を直視し、合理的に判断する力に。
まだたかが12歳とは思えない思考力に、カインはうすら寒い何かを感じずにはいられなかった。
そして今度は、ライルからカインへ聞く番だった。
「カインさん。大儀と自分の命、それと家族の縁だったらどれを取りますか?」
「なんだって?」
カインは驚き、馬を止める。
「ライル君、それはどういうことだ? まだ君は何かを抱えているのかい?」
「たいしたことじゃないですよ。僕自身の問題です」
「自身といっても、家族と自分の命、大義を比べるなんて普通じゃない。何かあったんだろう」
カインはライルと一緒に馬から降りて、座って視線を合わせた。
「教えて欲しい。何があった?」
「……例えばの話です。世界を救うためには自分が死ななくちゃいけない。自分が死んだことで誰かが強くなって世界を救うことができる。それしか世界を救う方法がないとしたら……カインさんはどうしますか?」
「君は……一体何を?」
カインはライルの目を見つめるが、ライルの目はずっと虚ろなままだった。
カインがなにも言わないのを見て、ライルは力無く笑って首を横に振った。
「いえ、ただの絵本のお話でした。忘れてください。僕には何も関係ないお話です」
さあ、もう帰りましょう、といって馬に乗ろうとするライル。
カインはしばらく呆然としていたが、気を取り直してライルを馬に乗せてから自分の馬に乗る。
その後は、お互いなにも会話を交わすことなく村へと戻った。
「ここまででいいです。ありがとうございました」
家の前でライルは降ろされ、一礼してからカインに背を向けた。
その小さな背中にカインは声をかけた。
「ライル君」
ゆっくりとライルは振り返る。
「ライル君、君がなにを考えているのかはわからない。だからひとまず先の質問の私なりの答えを言おう。……私はかならず大義を取る。私の願いは人々を守ることであり、それに殉じるならば本望だ。私の家族もきっと、願いのために戦うことをわかってくれる。自分の命だけ気にして隠れて生きるより、人々のために堂々と戦うことの方が、よほど生きると言えると思うから」
背筋を伸ばし、右手を胸に当てた誓いのように堂々としたカインの言葉に、ライルは一瞬驚いた顔をした。
そして、ようやくいつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。カインさん。おかげで胸のつかえがとれました」
「そうか、それはよかった。どうか君の人生に幸多からんことを」
慇懃に礼をするカインを見習って、ライルもまた礼をする。
笑顔で家に戻っていくライルを見送ったカインは、ほっと胸をなでおろした。
「どうか、あの賢明すぎる少年に救いがあらんことを」
カインはライルはもう大丈夫だと思い、安心してその場を後にした。
……だがすぐに、カインはこの日のことを後悔することになる。
この数日後にライルは死んだ。