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12.ライル

 

【擬人竜】と戦士たちが交戦した夜は明けた。

 村人たちは残った戦士たちに守られながら、副都へ向けて避難を始めていた。

 日が明けて数刻が経ったころに、村人たちは副都からの応援の部隊と合流することができた。


「止まれ、お前たちは応援のあった村の者たちか?」


 副都から馬に乗ってきた一団の中で、隊長級の男が村長に声をかけた。

 村長は昨晩のことを詳細に説明した。


「ではまだ、戦いに行った戦士たちがいると」

「はい……魔物を引き留めてワシらの避難を支援してくれています」


 隊長は少しだけ考えてから、部下たちに指示を出す。


「3人ほど村人たちの護衛に残れ。残りは魔物討伐に向かう」


 動いている部隊のもとに村人の中から二人が飛び出した。


「戦士様!」

「これ、レオ! エレン!」


 村人の列から飛びだしたのは、手を繋いだレオとエレンだった。

 レオの目元には泣き腫らした痕があり、エレンの目元にはクマがあった。

 二人は隊長の前で膝をつき、手を合わせる。


「お願いします。戦士様。どうか、魔物と戦っている戦士たちをお助けください」

「俺のにいちゃんを助けてください!」

「……」


 懇願する二人に、隊長は馬から降りて二人と同じように膝をついて手を握る。


「全力を尽くす。だから君達もそんなひどい顔ではなく、もっと元気な姿を見せてやりなさい。彼らのおかげで無事でいられると、笑顔で迎えてあげなさい」

「は、はい!」

「お願いします!」


 隊長の言葉で元気を取り戻した二人は、村人の列に戻る。

 そして隊長は再び馬に乗り、部下と共に駆け出した。


「あの村人たちは夜明け前に村を出たといったな」

「はい。馬であればもう数刻ほどで件の山に到着するでしょう」

「そうだな。各員、気を引き締めよ!」

『ハッ!』


 気合の声とともに、副都の戦士たちはより一層馬を走らせる。

 やがて、戦士たちが村人たちの村に到着すると、ある一軒から炊煙があがっているのを見つけた。


「隊長、あの家に人がいるようです。訪ねてみますか?」


 部下の進言通りに隊長がその家をノックする。


「失礼、誰がいるか」

「……今開けます」


 ドアが開くと、いたのは煤け顔のヘイズルがいた。


「あんたたちは副都の?」

「ああ、身なりから察するに、あなたは魔物と戦った戦士とみるが」

「ああ……残念ながら負けて逃げてきた身だがな」


 ヘイズルが顎で入るよう隊長に促す。

 部屋の中には、簡素なベッドと暖炉があり、ベッドの上には右腕に大やけどを負ったヘンリクスがいた。


「これは……」

「魔物にやられたんです。こいつだけじゃねぇ、一緒に戦った十人以上の仲間があの化け物に凍らされたり燃やされました。……あんなの、どうやって勝てっつうんだよ」

「凍らされたり、燃やされたり? 敵は複数か?」

「いや、一体だ。たった一体の魔物に俺たちは全滅させられた」


 ヘイズルは頭を抱えて怯えるように体を震わせていた。

 隊長はひとまずまだ息のあるヘンリクスに本格的な手当てを施すために、同行していた僧侶に治療を指示する。

 その間に、隊長は詳細を尋ねた。


「氷と炎を使う魔物か。それだけでも対象は大きく絞られる。他に情報は?」

「山くらい馬鹿でかい、人の形した竜だ。氷と炎を宿した雷でほとんどの連中がやられた」

「人の形をした竜だと!?」


 隊長は驚き立ち上がる。

 部下たちもまた同様でざわめきだした。


「これは最低でもBランク、もしかすればAランクにも届くかもしれない」

「そんな……Bランクでも厳しいのに、Aランクなんて我々でも太刀打ちできませんよ!」

「下手すれば我々も全滅です!」


 部下たちの進言に隊長はひどく頭を悩ませる。


「一度、副都に戻ることを視野に入れるべきか……」


 隊長がこぼした一言は正しい判断に思えた。

 しかし、ヘイズルはその一言で顔をあげ、縋るように隊長の足元にしがみついた。


「帰るなんて言わないでください! あそこにはまだ、坊が……坊がいるんです!」

「坊? 一体だれのことだ?」

「ガキがまだ、いるんです……」


 ヘイズルは項垂れ、涙を流しだした。


「俺が……俺たちが残って足止めしなくちゃいけなかったのに……俺はびびって、あいつを残しちまった。頼りになってもまだ12のガキを残してきちまった」

「まて……まだ戦っているものがいるのか!?」


 隊長は顔を青ざめさせた。


「すぐに救援に向かう。治療が終わり次第すぐに出発だ!」

「ですが隊長、もう夜が明けています。その子はもう……」

「だとしても情報通りなら敵は昼間は活動できない。今ならまだ間に合うかもしれない!」


 隊長の指示に、そそくさと従う部下たち。

 隊長は地べたで座り込むヘイズルの肩に手を乗せる。


「道案内として、あなたにも同行願いたい。そちらのけが人はここで治療を続ける」

「……わかりました」


 項垂れつつもヘイズルは立ち上がり、隊長たちについていく。

 隊長の馬に相乗りする形でヘイズルは道案内をする。

 そして、村を出て一時間もしないうちに魔物と交戦した場所に辿り着いた。

 辿り着いた場所で、隊長を含めた全員が口を開いたまま唖然とした。


「なんだ、これは……」


【擬人竜】と交戦した場所は氷と焼け跡、そして血にまみれ、ひどい匂いが立ち込めていた。

 誰もが嗅げば息を止めたくなるような場所だったが、彼らは別の意味で息をするのも忘れていたのだ。

 その理由は、荒れ果てた場所の中央に鎮座する巨大な【擬人竜】の亡骸。

 仰々しい竜の鱗と巨人のごとき体躯は地に沈み、虚ろな瞳に突き刺さった剣とそこから垂れる赤い液体が川のように戦士たちの足元を流れていた。


「これは【擬人竜】?」

「それも特殊個体。おそらくAに限りなく近いバケモノだ」

「そんな化け物を、一体だれがどうやって……」


 副都の戦士たちが辺りを見回すが、それらしき人は誰もいない。すべて氷漬けになっているか、燃えている。

 ヘイズルは馬から降りて、亡霊のように辺りを見回す。


「坊は? ライル坊はどこだ!?」


 ヘイズルを追って隊長は声をかける。


「さっきも言っていたが、坊とは誰だ?」

「ライル坊……俺たちが見捨てて逃げちまった子だ。まだたった12の子どもなのに、俺たちは見捨てて逃げちまったんだ」


 辺りを見回しても生きた人影はどこにもいないことに、ヘイズルは膝をついて涙を流しだす。

 だがここで、【擬人竜】の遺体を調べていた一人の戦士が声をあげた。


「隊長! こっちにまだ息のあるものが!」

「なんだと!」

「っ! まさかライル坊!」


 隊長、ヘイズルを始めとした全員が【擬人竜】のうなじ部分に集まり、絶句した。

 そこには、血まみれになりながらも確かに息をしているライルが倒れていたのだ。


「あ、ぁあ、ライル坊、ライル坊!!」


 感激のあまりに泣き出したヘイズルがライルに駆け寄り、生きていることを確かめるように力強く抱きしめた。


「お前は本当にすごい奴だ! よく生きた! よく戦った!」


 号泣するヘイズル。

 一方で副都の戦士たちは困惑していた。


「ヘイズル殿。この黄金の斧は誰のかわかるか?」

「それはライル坊のです。きっと坊がこのバケモノをやったんです!」


 興奮したヘイズルの言葉に、戦士たちは度肝を抜かれた。

 隊長は半ば呆然と、【擬人竜】と周囲の惨状を見渡した。


「……これを、こんな子供がやったのか」


 戦士たちの視線は、未だ気を失ったライルに注がれ続けるのだった。




 ◆




 村を脅かした【擬人竜】は討伐され、村人たちはその日のうちに再び元の村に戻ることができた。

 気を失っていたライルもまたヘイズルの手によって手当てを受け、元の小さな家ではなく、副都の戦士たちが持ち込んだ簡易テントで休まされていた。

 ライルが気を失っている間、無事を聞いて感激したレオナルドやエレンが連日やってきていたが、傷に触るということで短い時間の面会時間となっていた。


 そして、【擬人竜】討伐から三日が経った頃、ようやくライルが目を覚ます。


「……ここは?」

「気が付いたか?」


 目を覚ましたライルが最初に見たのは、どこか見覚えのある銀と金の鎧と赤いマントに身を包んだ戦士だった。

 彼を見た瞬間に、ライルは目を見開いた。


「カイン……」

「ん? 私を知っているのか?」

「い、いえ! なんでもありません」


 ライルは頭を振って呆然とした意識を戻す。


(ネームドNPC、副都のカイン。堅牢な防御で強力なNPCがなんでここに?)


 ボーっとしていて、意識を失う直前の記憶が曖昧なライル。

 そんなライルにカインは優しく語り掛ける。


「気分はどうだ? 傷は痛むか?」

「……少し、頭がぼーっとします」

「長い間眠っていたからな。仕方ない。少し時間が経てば鮮明としてくるだろう。もし気分が悪くなければ、このまま話を聞いてもいいかな?」

「はい……」


 話をする前にライルは傍に酌んであった水を一口含む。

 彼が一息つくと、カインは満足げに頷いて話を始めた。


「君の名前はライル。【擬人竜】と戦っていたことは覚えてる?」

「ええ」

「では、どうやって倒したかは?」


 ライルは少し頭を悩ませ、少しずつ思い出していく。


「確か……つままれたから剣を投げて目を潰して、そのまま斧で頭を叩いた」

「……要領を得ないな。本当に君が倒したのか?」

「そう言われても……」


 頭が働いていないライルは、ぼんやりとした説明しかできなかった。

 カインはライルをいぶかしみ、ある提案をした。


「気分が良ければ、少し外に出て君の腕を見せて欲しい」

「……ご飯食べたい」

「ふっ」


 ライルの率直な願いにカインは少し笑った。


「では腹ごしらえをしてからでいい。その間に君の心配をしていた者たちに会ってくるといい」




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