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117.扉越しの未来

 

 ライルの病室前。


「……あいつ、絶対本物だぜ」


 廊下の壁に寄りかかり、しんみりした声でつぶやいたのは、ケネスだった。

 同じように扉の前にいたイレイナは物憂げな表情を浮かべる。


「知ってるわよ、そんなこと。……でも……本物って、すごいわね」

「……全然、見てる世界が違うんだね」


 同意するようにディアークが天井を仰ぎ見る。


「実は僕、魔法や聖典の研究も剣も嫌いじゃないから、どうせなら聖騎士になろうっていう曖昧な理由だったんだ。この世界がどれだけ危険かなんて、実感することはあまりなかった」


 静かに、朴訥にディアークは言った。

 ケネスもかすかに笑い、続く。


「俺も似たようなもんだ。親に言われて、子供のころからそう教えてこられたから聖騎士になった。この世界の危機なんか、報告や資料で聞くだけだ」

「あなたたち、案外意識低いのね。……まあ、私も人のことは言えないけど」


 イレイナのいつもの棘のある言葉もこのときばかりはおとなしかった。


「強くならなきゃ生きられない。この国には弱い人なんていくらでもいるのに、あいつがそう思うのは、目の前で何人も亡くしているからでしょう。……戦う意味も義務も私は理解してるつもりだったけど、まだ数字と文字でしか知らない」


 意を決したように、イレイナ王女は振り返り、ディアークとケネスを見る。


「決めたわ。……私は私の騎士を持つ。そこにロイ・アルトリウスが欲しい。あなたたちも加わりなさい」


 本気の眼差しに、二人は姿勢を正す。


「友のために戦うことに異論はない」

「この命は弱き全ての民のために」

「「我らの剣をあなたに捧げる」」


 膝をつき、忠誠を誓う。

 まさしくそれは、立派な騎士のものだった。


「これより、あなたたちの命は私が預かる。王族の誇りにかけ、その剣で正しく未来を切り開こう」


 胸に手を当て、厳かに告げる。

 イレイナが言葉を終えると、二人は立ち上がった。

 少し恥ずかしそうに笑っていた。


「略式とはいえ、なんか変な気持ちだ」

「今から慣れておくしかないな」


 イレイナはフッと笑うと、扉に背を向けた。

 今から入る、そう思っていたケネスとディアークは顔を見合わせた。


「入らないのか?」


 イレイナは困ったように、肩をすくめた。


「二人の邪魔なんてするもんじゃないから、適当に時間潰すわ」

「なんだ、てっきり今の話をしに行くのかと」

「野暮な話はあとよ。あいつに最初に言う言葉なんて、決まってるし」

「というと?」


 彼女はかすかに、でも確かに笑った。


「【おめでとう】って、いってあげるのよ」


 三人は笑って、扉から離れていった。

 呼ばれたらすぐに行けるように、隣の部屋へ。


 ……3人が廊下から姿を消した後には、また別の人物が、ロイの部屋を訪れようとしていた。




 ◆




 リリィアとたわいもない雑談をしていると、部屋がノックされた。


「はい、どうぞ」


 リリィアが勝手に返事した。

 俺の部屋だぞここ。


「し、失礼します……」


 おっかなびっくり入ってきたのは、テレサだった。


「その……お話、したくて」


 顔色を窺うように、自信なさげな彼女に、できるだけ安心させるように微笑んだ。


「もちろん。俺もテレサとゆっくり話がしたいよ」


 言うと、わざとらしくリリィアが笑った。


「おやもぉ、ロイくんってば女好きなんだから。それじゃああたしは一端イレイナさま呼んでくるから、それまでごゆっくり~」


 からかい上手なリリィアは、顔を赤くするテレサの横を通り過ぎて、部屋を出た。

 扉を出る直前、手を振ってきた。

 戸惑いつつ、振り返す。

 扉がしまり、テレサと2人きりになった。


「あ、あの……」

「ん?」


 テレサはもじもじと、絶妙に遠い距離で一歩進んで一歩戻りを繰り返している。

 さっきの場所に行きたいけど、行っていいのか迷っているのだろうか。


「何か聞きたいことがあるの?」


 促しつつ、さっきテレサが座っていた場所を指さす。

 彼女は安心したように、小走りでやってきて座った。

 ……変わらず椅子ではなくベッドに。


「そ、その、さっき、ボクを呪った人がいるって言いましたよね……」

「うん、そうだね」

「……心当たりが、あるんですか?」


 ……難しい質問だ。

 あると言ってあげたいけれど、正確なことはわからない。


「誰が、とは言えないよ。でもテレサの殺戮衝動に近い衝動を持っている存在はいる」

「そ、それは?」


 それは、この世界の脅威。

 全人類の敵。


「影の軍勢」


 あの異形の化け物。

 テレサの衝動は、奴らの行動理念そのものだ。


「影の軍勢?」

「影の軍勢って、やたら黒い粒子を撒き散らすんだ。影の因子って言ってね。接触した相手を侵食して、肉体ごと精神を作り変えて自分たちの手先にしちゃうんだよ」


 俗に【影化】と呼ばれ、影化した人間を【魔人】と呼ぶ。

 魔人は元の人間性を失い、飽くなき欲求を満たすために、ひたすら破壊を繰り返す。


「テレサの衝動はそれに似てる。全部憶測だけど、テレサに呪いをかけたのは――」


 告げようとしたそのとき。

 ――扉が乱暴にノックされた。

 音を鳴らすというより、ドアを殴るような、そんなノック。


「ロイ・アルトリウスはいるか」


 扉越しに高圧的な声がした。

 一瞬、ムッとしつつ応える。


「いますが」

「入るぞ」


 入っていいとは言っていないのに、勝手に入ってくる。

 やってきたのは、見覚えのない親子だった。

 壮年で長い黒髪の男と、猫背気味だが体格のいい無造作髪の青年だ。

 二人は俺のベッドの前にやってくると、一緒にいたテレサを一瞥した。


「ロイ・アルトリウス。ん? 殺人鬼まで一緒だったか。人殺しとよくそれほど近くにいれるな」


 父親だろうか、長髪の男がテレサを見て侮蔑するように鼻を鳴らした。


「あ、す、すみません……」


 テレサは反射的に謝り、立ち去ろうとする。

 彼女の腕をとっさに掴んだ。


「えっ?」


 腰を浮かしかけた状態で驚き、止まる。

 俺はテレサにかまわず、やってきた男に堂々と言う。


「テレサは殺人鬼ではありません。彼女は俺の友人です。いきなりやってきて失礼ではありませんか?」

「友人? その殺人鬼が? 試合でも思ったが、貴様は正気とは思えんな」


 テレサに向けていた嘲りの視線は俺にうつった。


「招いた覚えもないあなたのような礼儀知らずに言われたくありません。人を馬鹿にしにきたのなら、どうぞおかえりください」

「貴様、私が誰だかわかっているのか?」

「わかっていようがいまいが、俺の態度は変わりません」


 挑発すると、今度は隣にいた少年が唾を飛ばして言葉を吐き散らかしてきた。


「テメェみてぇなクズが調子に乗んな! 貴族に舐めた口聞く意味が分かってねぇようだから教えてやる! 俺たちに舐めたこと言ったやつはなぁ、全員泣き叫んで命乞いしながら死刑になるんだよ!」


 少年は懐から鈍く光るナイフを取り出し、今にもとびかかろうと踏み出してきた。

 とっさに俺とテレサが身構える。

 だがその前に、壮年の男が少年の肩を掴んで止めた。


「そこまでだファトラ。お前は少し余裕を持て。間違ったことは言っていないのだから、堂々としていろ」

「……わかりました。父上」


 ファトラと呼ばれた少年は、俺を見て舌打ちしながらしぶしぶ引き下がった。

 父である男は、なおもこちらを見下したように睨んでくる。


「ファトラのいう通り、貴族に無礼を働いたこと、我が家門を知らないこと、これらは王国法に抵触する。支配者たる貴族の家紋を知らないなど、貴族を軽んじていると言ってるようなものだ。明確な侮辱に値するその態度、本来なら万死に値すると知った方がいい。学園では身分を振りかざさないと言われているが、私はここに貴族としてきているのだ」


 さも自分は寛大であるといいたげに言ってくる貴族様。

 確かにこの男のいう通り、平民が貴族に無礼な態度をとるということは不敬罪に当たる。


「まあよい、筆頭騎士になったのだ。今回は不問に処す。感謝するといい」


 感謝するといいって、なににだよ。

 誰目線だよ、と突っ込みたくなる気持ちをぐっとこらえる。


「私がここに来たのは他でもない。貴様が持っているあの短剣をもらいに来たのだ」

「……はい?」


 俺が持っている短剣?

 ロゥレイの脇差しのことか?

 それをもらう? なぜ? 誰が? 

 まるで決まったことかのように言ってくる突拍子もない話に、呆けてしまった。

 その隙に、ファトラがベッドの隣にあるラックに立てかけていた俺の愛刀たちを取りにやってきた。


「これだな。へっ、これさえありゃあの王女だって俺のものだ」


 我が物顔で俺の武器を手にとった。

 ……俺の、ロゥレイの武器を――


「触るな。穢れるだろ」


 ファトラの手首をつかみ、止める。

 ギロリと、ファトラが血走った目で俺を睨んだ。


「下等な野郎がオレに触んじゃねぇ」

「お前が俺のものから手を離したら離してやるよ。とっとと離せ」

「離せだぁ?」


 歯をむき出しにして、ファトラは鞘ごと刀を振りかぶる。


「これはもうオレのもんなんだよ!! 黙っていうこと聞いてろや!!」

「ッ!」


 頭を狙って、容赦なく刀が振り下ろされた。

 寸前で首を傾けてかわす。

 空いている腕で、ファトラの顔を掴んで、壁に叩きつけた。


「がぁっ!?」

「お前のもんじゃない。俺のもんだ。その手首切り落とすぞ」


 潰すつもりで思い切り壁にたたきつけたが、思いのほかファトラは頑丈だった。

 意識が飛ぶのを、歯を食いしばって耐えている。

 そのうえ、しぶとくこいつは俺の刀を握りしめている。

 ……今度は手加減なしで潰してやる。

 再び腕に力を入れようとしたとき、


「そこまでだ」


 ――俺の首元に、剣がつきつけられた。

 ファトラの父が、俺に剣を向けていたのだ。


「二度目はないと言った。この場で貴様を処刑する」


 両手はファトラを抑えるのに使っている。

 このままじゃ、あっけなく首を斬られる――


「それは、ダメです……」


 俺に剣を向けた男の首に、さらに剣がつきつけられる。


 ――突きつけたのは、テレサだった。

 自分の喉元に向けられた剣を見て、男は目を細めた。


「人を殺すしか能のない女が、まさか男にでも目覚めたのか? バケモノが人間になれると本気で思っているのか?」

「……たしかにボクは、バケモノかもしれません。でも、そんなボクを、そ、その人は友人って呼んでくれたんです」

「くだらない。友人ごっこに興じたければ、他所でやりたまえ。私たちはここに貴族として話をしに来ているのだ」


 ……少し意外だった。

 テレサは衝動が起きない限りは引っ込み思案だと思っていたから、かばってくれるとは思いもしなかった。

 とはいえ、それなりに偉いのだろう男の言葉にすぐに言い返せるほど、気丈になったわけでもない。


「貴族ならば貴族らしい立ち振る舞いをしていただけますか? 怪我人の物を奪おうとする人間を、人は強盗といいます」

「ジェスター家を強盗扱いとは、無礼極まるぞ貴様。金なら払うとも。貴様ごときでは一生かけても手に入れられない大金でも宝でも何でもな」


 男が剣を降ろす。

 するとテレサも剣を降ろしたので、俺もずっと抑えつけていたファトラから手を離す。


「テメェ……覚えてろよ」


 ファトラは血走った目で俺を睨みつける。

 そのまま、父親の隣に戻ろうとした。

 ――ちゃっかりと俺の刀を持ったまま。

 とっさにひったくるように取り返す。


「テメェ! 返せ!」

「こっちの台詞だ。脳みそつめてから出直してこい」


 ファトラが唾を飛ばし、また腕を伸ばしてきた。

 つかみかかってくるファトラを取っ組み合う。

 怪我上がりとはいえ、このくらい――ッ!?

 簡単に抑え込めると思ったが、逆に俺の態勢が崩されかける。

 ――こいつ、力が強い!

 単純な筋力に負けそうになる。

 とっさに受け流し、態勢を取り直す。

 再びつかみかかろうとしてくるファトラ。

 しかし――


「ファトラ、落ち着け。こちらに来い」


 父に止められた。


「……チッ」


 ファトラはすごすごと引き返す。

 だがずっと俺のことは睨んだままだった。

 ファトラと未だに名乗りもしない父親が並ぶ。

 反対に、俺の隣にはテレサがやってきた。

 再び話は俺の刀に戻る。


「貴様のその刀、言い値で買ってやる。いくらだ?」


 至極めんどくさそうになげやりに聞いてくる男。

 それに俺は笑顔で答えた。


「売りません。おかえりください」

「……その剣よりもよほどいい剣もつけてやる。国宝級でも他国の宝剣でも望むものをやろう」

「いりません。おかえりください」

「……売る気があるのか、貴様」

「ありません。おかえりください」


 終始笑顔の俺に対し、男は青筋を浮かべて苛立っていた。


「私はここに交渉に来たのだよ。その意味がわかるか? 話もできない獣ではないだろう?」

「そうですね、交渉したうえで私の満足のいく取引はできそうにないので、頷くことはありません。どうぞおかえりください」

「馬鹿にしているのか貴様」

「馬鹿にしているのはどっちですか?」


 ……いい加減、このくだらない問答にもうんざりだ。


「金なんて世界中にいくらでもある物なんかより、世界に一つしかないこの剣の方がよっぽど大事です。なので、何を積まれても何を持ってこられても、俺がこれを売ることはありません」

「その剣よりも優れた剣などいくらでもある」

「そう思うのであれば、そちらを取引でも何でもして手に入れればいいでしょう。ここでいくら駄々をこねても益のない時間が続くだけです」


 徐々に顔を怒りで紅潮させていく。

 男がさらに口を開こうとしたとき――


「失礼、大きな音がしましたが、何かありましたか?」


 扉の向こうから、女性の声がした。

 その声に、苛立っていた男は反射的に怒鳴った。


「今は取り込み中だ! 後にしろ!」


 ここは俺の部屋だということも忘れて偉そうに言う男。

 ここがもし男の屋敷だったなら、さっきの声で十分だったろう。


 ――でもここは俺の部屋、しいてはミケラ騎士学校だ。


「……ロイ・アルトリウス。随分と偉そうですね?」


 扉が開く。

 そこにいたのは、うっとりするほどきれいな金髪碧眼の美女――イレイナ。

 その彼女が憤怒の形相で、なぜか俺を睨んでいた。


 ……え、なんで俺が睨まれてんの?




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