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116.ぼくらの子供

 


 一頻り泣いたテレサは、すぐ戻ります、と言って部屋を出た。

 静かになった部屋で、リリィアと2人きり。


「びっくりしちゃった……いろいろと」


 しみじみとリリィアが言った。

 彼女は終始、驚きっぱなしだった。


「自分でもめちゃくちゃやった自覚はあるよ。でもしょうがないじゃん」

「別にしょうがないのはわかるよ。怒ってるわけじゃないし。……でもさ」


 リリィアは、どこか不満そうに俺を見た。


「わからないの。……体質ってさ、意図的に操れるもんじゃないでしょ?」

「……」


 彼女の質問の意味がわからなくて、つい黙った。


「よくあるじゃん。ある食べ物にたいして拒否反応を起こす人。ああいうのを体質っていうけど、体質って本人にはどうしようもない体の性質でしょ?」

「そうだけど……」

「聞きたいのは、どうやってそのどうしようもない体質をあんな技にできたんだってこと」


 なんでそんなことが気になるのか。

 顔に出ていたのか、リリィアは目を伏せた。


「ロイくん、危ないことしてたでしょ」

「ッ」


 言葉に詰まった。

 その通りだったから。


「教えて。何をしたの?」


 陽気な普段とは違う、気圧されてしまいそうなリリィアの眼差し。

 俺は目を背けて言うしかなかった。


「あの【金の太陽(わざ)】は毒を飲んで身に付けた。毒を飲んで体が反応した瞬間に剣を振った」

「毒を、飲んだ? なんで?」

「条件付けできると思ったんだ」


 梅干を見たら唾液が出る条件反射のように。

 猛毒を飲むと、免疫のように強い拒絶の反応が起きた。

 その反応を使えるようにするために、反応と同時に脇差しを振る。

 何十何百と繰り返すうち、やがて俺は毒を飲まず、脇差しを振るだけで、状態異常を拒絶する力を発動させることができるようになった。


 ――それが【金の太陽】。

 毒を飲んで身に付けた俺の剣。


「なんで……」

「リリィア?」


 リリィアは俯いて、声を震わしていた。

 ――次の瞬間、


「馬鹿!!!」


 拳が顔にめり込んだ。

 視界が揺れた。


「馬鹿! 馬鹿! この馬鹿!」


 何度も何度も頭を殴られる。

 意味が分からない。

 今回ばかりは我慢ならなくて、リリィアの手を掴んだ。


「なにが馬鹿だよ! この――」


 ふざける彼女に言い返そうとした。

 けど――


「命を何で大事にしないの? そんなに強いって大事なの?」


 彼女は、泣いていた。


「え……」

「ロイくんは一番になりたいって言ってたけど、2番じゃダメなの? テレサと競って勝ったって、なにもいいことなんてないじゃん。戦いに駆り出されて、危険なところに行かされて、危ない敵と戦わされて。そんなのにどうしてみんななろうとするの? おかしいよ」


 リリィアは俯いた。

 彼女の白い小さな指が、慰め合うように撫で合っている。


「あたしはね、ロイくん。こんな学校になんて入りたくなかったんだよ」


 ……この病室には誰もいない。

 泣き崩れながら、嗚咽を交えながら。

 誰にも聞かせられないことを、話してくれた。


「ここには、教会の偉い人に行けって言われたから入ってきたんだよ。それまではミケラ聖騎士学校って、気持ち悪い場所だって思ってた。正直、今もそうだよ。剣とか槍とか斧とか、危ないものを喜んで振るう人たち。それを正義だって、英雄だって言って崇めて、そうやってまだ幼い子供たちを戦場に向かわせる。……ひどいよ、そんなの」


 ――リリィアのいうことは、間違っていない。

 実際に多くの国が戦士や騎士を称え、戦える若者を欲している。


「強いことがすごいことだってのは、あたしにもわかるよ? 男の子なら憧れるものなんだろうし、騎士様に助けてもらう女の子のお話はあたしも大好きだから。今日、ロイくんの戦いを見て、会場中のお客さんはすっごい喜んでた。……でもね、あたしは気が気じゃなかった。もしかしたら、1秒後には死んじゃって二度と話せなくなるんじゃないかって思って、すごく怖かったんだよ」


 さまよっていた指が固く握りしめられる。


「みんな強くなりたいってことは知ってる。でもこんな危ないことしてまで強くならなきゃいけないの? 弱いことってそんなに悪いことなのかな」


 消えてしまいそうな声だった。


「昔昔、大英雄たるミケラ様はさ、強くならなきゃいけない理由があったから強かったんでしょ? ミケラ様は強くならなきゃ生きられなかったんだって、かわいそうって思っちゃうの」


 聖女としておだてられ、教会にミケラについて叩き込まれ、神の威光を体現する存在とされたリリィア。

 でも彼女にはずっと、彼女だからこそ誰にも言えない想いがあった。


「一度強くなっちゃったら、いつだって誰かの代わりに戦わないといけない。必要だから強くなって、強くなったから戦って、ふとしたことで死んじゃって、そしてすぐに忘れられちゃう。生き残っても英雄になって崇められて、守りたかったはずの子供たちを戦場に連れていく言い訳にされちゃう」


 リリィアは顔を上げる。


「強いって……悲しいよ」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔。

 その彼女から、目が離せない。


 ――彼女の言葉は痛いほどに切実で、俺には衝撃だった。


 今まで強くなることを悲しいなんて思ったことは一度もない。

 だって、そうしないと生きられないから。

 弱いことがいいことなんてとても現実的とは思えない。

 だから俺は、自分がしたことを後悔なんてしていない。

 ――だけど、リリィアだって、何も知らない少女じゃない。


「ごめん……心配かけて」


 泣き出してしまった彼女は、きっと今まで、たくさんの子供が戦場に連れていかれるのを見てきたのだろう。

 それは決して無理やりではなく、子供たち自らが戦場を望んで出て行った。

 それは、まごうことなく異常だ。


 ――ミケラ聖騎士学校は、その最たる場所。

 数多くの有望な若者を死地に送るための場所。


 リリィアはずっとこの学校の講義に対して後ろ向きだった。

 楽な講義ばかり受けて、成績は必要最低限。

 その気になれば戦えるのに、この筆頭騎士選抜試験も辞退した。


 彼女はもとより、俺たちと見ている世界が違った。

 ――それは、世界中の人たちが弱いままでいられる世界。


 ……そんな世界、考えたこともなかった。

 強くならなきゃ死ぬ。弱いままでいたら、何もできずに死ぬ。

 だから必死で強くなった。何を犠牲にしてでも強くあろうとした。


 ――でももし、弱いままで生きられる世界、そんな世界が作れるのなら――


「リリィア。やっぱり君は聖女にふさわしいと思うよ。君はそのままでいて欲しい」


 彼女の想いで、胸の中に、今までとは違う熱が灯った気がした。


「え?」


 泣き崩れるリリィアを見て、思ったのだ。

 ……いつも笑っているこの子を、守りたい。

 ずっと笑っていられるようにしてあげたい。


「俺が強くなりたいと思ったのは、そうじゃないと生きられなかったから。この世界は理不尽で、強くならなきゃ生きられない」


 転生した直後の凄惨な光景は今でも時折夢に見る。

 影の軍勢に無残に殺され、黒く腐っていく人たちを。


「弱いことがいいことなんて、考えたことなかった。悲しいことが多すぎるから、強くなるしかなかった。でもリリィアのいう通りだ。……誰もが弱いままで生きられる世界があるなら、どんなに素晴らしいんだろうって思ったよ」


 リリィアの手に自分の手を重ねた。

 彼女の目をまっすぐに見て――


「だからこそ、俺はもう強くなるのを止められない」


 俺の魂にはもう、強さへの渇望が刻み込まれている。

 ……弱さを受け入れることは、俺にはもうできない。

 だからこそ、弱くてもいいと言える彼女を、死なせてはいけない。


「リリィアのような優しい人を一人でも多く守りたい。俺たちは守るために戦うよ。戦って、そしていつか、何百何千の子供たちが生まれてくるんだ。その子供たちがもう剣を持たなくてもいい世界が、リリィアが弱いままでもいいって、そう言ってあげられる世界が欲しいんだ」


 リリィアの頬に手を添えて、顔を上げさせる。

 明るい彼女に下を向くなんて似合わない。


「そんな未来が欲しいから、俺たちは強くなるのをやめられない。これから生まれる多くの子供たちが、ちゃんと生きられる未来、その子供たちを、俺たちの友達のリリィアが見守る未来。……ほら、想像してみて? それって、すごく素敵な未来だと思わない?」


 ケネスもディアークもイレイナもみんな覚悟している。

 いつか戦場で死ぬことを。

 そんな騎士にとって一番の幸せは、死んだ後にその守りたかったものを託せる人がいること。

 戦う騎士を想い、悼み、守る。

 間違いなく、リリィアは聖女の器だと思うから。


「俺はミケラに来てよかったよ。こうしてリリィアに会えたから」


 騎士にとって彼女こそ守るべき象徴なのだ。

 リリィアはいつの間にか泣き止んだ。

 目元は少し腫れて頬はぼーっと赤いけれど、暗い気持ちはとんでくれたかな。

 ――と、油断していたら。


「……バアカ!!」

「うげっ!?」


 思い切り腹を殴られた。


「ぉぉお……」

「なにかっこつけてるの! あたしはみんなが死んだら悲しいって話をしてるの! 強くなっても死んじゃったら意味ないって話をしてるの!」


 再びベッドでうずくまる俺にリリィアは怒鳴った。


「あたしはみんなに生きて欲しいんだから。それにロイくんはどうせ知らないんでしょ」


 頭に何かが触れた。

 リリィアの小さな手のひらだった。


「子供って面倒見るの大変なんだから。みんなが守ってくれる子供なんて多すぎて、一人じゃとても見切れない。……ロイくんも一緒じゃないとダメだから」


 子供をあやすような優しい手つき。

 最後の言葉は聞こえづらいほど小さくて、だから俺は聞こえないフリをした。





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