114.試練と襲来
カエサルは迷っていた。
(……この少年は、いったいなんだ?)
目の前にいる紺色の髪と目をした少年。
娘であるイレイナも同年代の中では大人びている。
だがこのロイ・アルトリウスはイレイナですら子供に見えるほどに、達観して見えた。
一平民が、王である自分を前に平然としている。
剣を振る意味を、その剣が向く先を、明確に持っている。
背負っているものの価値を、重さを、骨の髄まで知っている。
一体どうすれば、このような子供が育つのか。
カエサルは、内心気が気ではなかった。
(本音を言えば、認めてしまいたい)
目の前にいる少年が、本物のアルトリウスだと。
カエサルの勘が、ロイが本物だと告げている。
「ロイ・アルトリウス。君の覚悟も志も立派だ。聖騎士と名乗るには十分すぎる腕前もある。アルトリウスと名乗っても、違和感はないかもしれん」
「では――」
「だが」
ぴしゃりと、言葉を遮った。
有無を言わさぬ、強い口調。
「君をアルトリウスと認めるわけにはいかない」
「ッ」
わずかにロイは身じろぎした。
はためには、ほとんど気づかないわずかな動き。
それにカエサルは気付いた。
――それだけ、ロイがアルトリウスという名に執着している証拠である。
生半可な覚悟で、名乗っているわけではない。
カエサルとて、それは理解している。
面白半分で認めないわけではない。
「私が君をアルトリウスと認めるためには5つの要素が必要だ」
「5つ、ですか」
そう、とカエサルは頷いた。
「一つは技術的な証明。君の剣はアルトリウスの剣ではないということ。二つ目は出自。君に名乗りを許した人間を私は知らないということ」
「ですが、それは――」
「最後まで聞きたまえ」
気が競っているロイを嗜める。
ロイは毛布を握りしめ、気を落ち着かせる。
硬くなった拳を見ながら、カエサルは続ける。
「三つめは君の体質。神の加護を拒絶する人間を、神を信じる人間は受け入れられない。四つ目、君が剣を振る理由。人を救う剣は立派だが、それは一般的に【大物狩り】ではない。五つ目、アルトリウスであるという公的な証明と民意を君は持っていない」
「……」
ロイは歯噛みした。
自然と視線が下がってしまった。
今の五つの要素全てを、ロイは持っていない。
カエサルは本物かどうかを見極めるのに、実力など考える気などなかった。
なぜなら、過去にもアルトリウスの中には、弱者と呼ばれる人間がいたから。
弱者でありながら強者に挑む。
それこそが大物狩りなのだ。
……強さしかないロイ・アルトリウスを王であるカエサルは認められない。
「認めて欲しくば証明してみせよ。ロイ・アルトリウス」
――あくまで今は。
「え……?」
下っていた視線があがる。
ロイと目が合うと、カエサルは笑った。
「先ほどの5つの条件を証明したならば、私は君をアルトリウスと認めよう。……やるか?」
試すようにロイの目を覗き込む。
彼はまっすぐカエサルを見た。
「やります」
そして、即答する。
満足そうに、嬉しそうに、カエサルは頷いた。
「よかろう。では君に試練を与える。1つ、君の剣が竜に届くこと。二つ、君の名が行為によって刻まれること。三つ、神無き君が聖騎士たりえること。四つ、その剣が人を救うこと。五つ、民が君をアルトリウスと呼ぶこと」
すべての条件を刻むように、拳を握りしめた。
――この剣を竜に届かせる。
――この名を国に刻ませる。
――この剣で、悪を討つ。
――この剣で、人を救う。
――この国全ての人間に、アルトリウスであると認めさせる。
――この名を、この剣を、誰にも否定させない。
彼の目は決意に燃えていた。
カエサルはフッと笑う。
「さて、君の名の話は終わりだ。……君にはもう一つ、気になっていることがあるだろう?」
ロイは眉をひそめた。
「気になってることですか?」
「なんだ、もう忘れたのか。なんのためにそこで横になっている?」
「あ……」
筆頭騎士選抜試験。
その結果がまだ告げられていない。
ロイはカエサルを、そしてその傍にいるテレサを見た。
そしてカエサルは、二人の間に立ち――告げる。
「今年の筆頭騎士は君だ。――ロイ・アルトリウス。この結果はだれも疑うことはない」
一瞬の静寂。
すぐにロイの心は歓喜に沸いた。
「ッシ!」
毛布の下でこぶしを握る。
聖王たるカエサル直々の宣告。
――ロイ・アルトリウスの名はこの日、多くの人に知られることになる。
だが、これからが本番だ。
ロイがその名を証明するには、筆頭騎士になるだけでは足りないのだから。
カエサルは、ロイに一つ、伝えようと口を開く。
――そのときだった。
「陛下ッ!」
廊下の外から叫び声がした。
少し遅れて、乱暴にドアを叩く音。
耳障りな低音が響くと、カエサルは露骨に顔をしかめた。
「騒々しい。怪我人がいるのだぞ」
「申し訳ありません! ですが、緊急事態です!」
「……なに?」
入れ、とカエサルは入室を促した。
叫んでやってきたのは、聖騎士の1人。
彼の顔は真っ青だった。
汗まみれで、息は荒い。
目の焦点も合っておらず、パニック一歩手前。
「何事だ」
ただならぬ様子。
カエサルは一気に気を引き締めた。
騎士は気休め程度に息を整え――告げた。
「陛下、至急王城へ。……Sランクの魔物が現れました」
――それは、かつてない凶報。
カエサルは目を剥いた。
「なんだと!? Sランクだと!? 一体何が現れたというのだ!」
「それは……」
騎士はちらりと、横に視線を移した。
――その視線の先は、ロイ・アルトリウス。
逡巡ためらったあと、騎士は言う。
「かの英雄たちを滅ぼした……大古竜マグナオプスです。奴が、帝国との国境付近に現れたのです」
「マグナオプス……だと?」
カエサルもまた、ロイを見た。
――そして、息をのむ。
「……なぜ、笑っている?」
ロイ・アルトリウスがこれ以上ないほどの笑みを浮かべていたから。
「え?」
言われてようやく、ロイは自分が笑っていることに気づいた。
あわてて口に手を当てて隠す。
だが口元は愚か、目が明らかに笑っていた。
「なぜ笑う? 君は何か知っているのか?」
「いえ、人並にしか知りません。……ですが、随分とタイミングがいいですね? 陛下に証明しろと言われたこのタイミングで、まさかの大古竜が現れるなんて」
ロイの言葉に、カエサルは驚愕する。
「まさか、挑もうというのか? 馬鹿をいうな。君よりも強いアルトリウスが束になっても勝てなかった相手だぞ。君1人が戦ったところで勝てるわけがない」
「ですが、陛下はさきほど――」
「君がアルトリウスであることを証明する舞台は私が準備する。だから、決して馬鹿な考えを起こすな。アルトリウスである前に聖騎士であるならば、手柄よりも民の心配をしたまえ」
「……はい」
ロイは静かに頷いた。
もう笑みもない。
カエサルは少しの間ロイを見つめていたが、やがて彼から視線を切った。
「私は王城に戻る。ラインベルト卿、リフレット卿とダーウェル卿に声をかけ、すぐに騎士団を参集させよ。総力を挙げて、奴がこの国に迫る前に討ち取るぞ」
「ハッ!!」
ラインベルトは即座に敬礼をする。
そして、カエサルに付き従い、迅速に部屋を後にした。
バタン、と勢いよく扉が閉まる。
騒がしかった部屋は、嘘のように静まり返る。
その静けさは嵐の前である証。
――聖王国に波乱が訪れようとしていた。