1.主人公の兄
頬を熱風が焦がした。
眼底に恐怖が刻まれた。
目の前で、家族のように笑った村人が黒く腐って死んでいた。
突如として村を黒い影が包み込む――影の軍勢の来襲だった。
村は黒い業火に焼かれ、黒い腕が人々を瓦礫の影に引きずりこむ。
このとき、俺はただ知った。
――強くなければ死ぬ。
目の前で黒く燃えていく村を見て、この事実が、強く心に焼き付いた。
呆然と、ただ立ち尽くす。
恐怖と混乱で、何をすればいいのか、わからなかった。
だって、さっきまで俺は普通にゲームをしていただけのはずだから。
断末魔の悲鳴が、近いのに遠くで響く。
――その中で、かすかな震え声が背後から届いた。
「にいちゃん……」
振り返れば、煤まじりの汚れた涙を流す幼い顔があった。
紺色の髪は煤でところどころ焦げ、紺色の瞳が俺を探している。
子どもの小さな手が俺の手をぎゅっと締め付けた。
ドクン、と心臓が跳ねる。
「……レオ?」
それは、レオナルド。
ゲーム『ワールドリング』の主人公。さっきまで遊んでいた――いや、突然俺の頭に流れ込んできたゲームの中の、主人公だ。
そうだ、レオは俺の弟だ。
俺はレオの兄だ。
――でも、ゲームに俺はいなかった。
レオの隣に、俺はいなかった。
だとしたら、俺が辿る結末はただ一つ。
――――死だ。
「行こう、レオ。逃げないと」
弟を抱きしめると、胸の奥で真逆の声が響いた。
「にいちゃん! みんなを助けようよ!」
暴れ、烈火の中へ飛び込もうとするレオナルド。
でもその手は、その足は、震えている。
死ぬほど怖いくせに、人々のために影に立ち向かおうとするのか。
こんな人間が、世界中の人々を何千何万と救うのだろう。
俺には助けるなんて選択肢は、微塵も浮かばなかった。
俺にできることは、ただ逃げるだけ。
逃げた先ですら、俺の生は脅かされる。
「やめろレオ。俺たちは弱い。戦いに行っても死ぬだけだ」
「で、でもにいちゃんと2人なら!」
「……ごめんなぁ」
泣きじゃくる弟を抱きあげる。
「待って! にいちゃん、待って!」
焦げた大地を蹴って走り出す。
その足に、弟のわずかな抵抗が絡みつく。
レオは叫び、燃え盛る村に手を伸ばし続けた。
俺はずっと、燃える村に背を向けていた。
―――これはゲーム「ワールドリング」主人公レオナルドの弱冠10歳の頃の出来事だ。
そして、主人公の兄――――俺の名はライル。
死ぬべき定めの、名も与えられなかった弱き兄だ。
俺は、ここで死ぬべき影だった。
……だがただの影にもまだかすかな光が残っていた――
【ワールドリング】――
脅威に満ちた世界で、レオナルドは人を信じていた。
心が持つ可能性、ゆるがない強さを。
ゆえに彼は諦めない。
これは信じることこそが最強の武器となる物語。