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第58話 出発

俺は部屋に備え付けられた浴室で湯船に背伸びをしながら浸かり天井を見ていた。

浴室と言っても1人で使用するにはかなりの広さで大浴場と言った言葉が相応しい。

それが各部屋に備え付けられているのだ、さすがはあの王女といったところか。


落ち着いた灰色の重厚な大理石で作られた湯船の辺りには、心地よい陽だまりの草原をイメージさせる香りが漂っていて、その元と思われる袋が湯船に浮いている。

袋には一般的な緑色から見たことのない赤や紫といった色とりどりの薬草が入っていて、ゆっくりと揺らぎながらそれぞれの色が染み出していた。

その香りと雰囲気だけで何時間でもいられそうな場所であった。


あれからグラスは意気揚々と街へ繰り出したが、俺はこうして休息を取っている。

今後奪取者のような相手との戦闘を考えると今は疲労を取ることが最優先だろう、それに100年前のここでの行動が未来にもたらす影響を考えるとそうもいかなかった。


そう思いつつも俺の視界には大量の取得ログが表示され続けていて、絶賛過去改変中だった。

ものひろいによって本来拾われるはずだったアイテムが消え、行われるはずだった人の行動が変わるということは容易に想像できる。

徐々に、ものひろいの欠点とも言える能力の切り替えが出来ないことに不満を感じていた。


知己に持ち物の変化があれば通知するように依頼したが今の所は元の時代のアイテムに変化はない、つまりは影響が無いらしいが・・・・。

「過去の物を収集して平気なのか・・・。」


「今の所、変化はありませんが影響は未知数です。」


「そうか・・・。」


「システム圏外なので性能が著しく低下しています。」


「100年前だから当然か・・・」


100年前には当然アカネも、彼女の所有している数多の人工衛星とそれに付随しているアカシックレコードは存在していない。

アカシックレコードで事象の改変をある程度検知し修正出来るとは言え、ものひろいの影響は計り知れないだろう。

最悪システムが破壊されるか、アカネや俺自身の存在が抹消される未来になるかも知れないのだ。

逆に俺の存在が抹消された場合、ものひろいも消滅し与えるはずだった影響も存在しない、つまり影響がない可能性もある。


「神のみぞ知るといったところか・・・・。そう考えると外出しても良かったのかもな・・・。」


これ以上は知る由もないだろう。


俺は気にせずに、日課の魔法の練習を初めた。

湯船のお湯を手ですくい魔法をイメージするとお湯が手から空中に浮かび上がった。


「電磁力で此処まで出来るとはやっぱり魔法は便利だな。」


浮かび上がった水を遠くの浴室の壁の模様をマトにして正確に当てる。

それは普段からやっている磁力制御の練習だった。


剣などの固体を飛ばすならまだしも、液体の磁力制御は難しく結構な魔力と集中力が必要だった。

今行っている液体を球体にすることでさえ当初から数えて数ヶ月の時間を要している。

飛ばすことに関しても同様の時間を消費したが、今では下手な水魔法よりも強力となり岩を砕くほどには上達していた。


「王城の壁を壊すわけにも行かないしな・・・。」


次に俺は持ち物から金属製の剣や盾といったアイテムを複数取り出すとそれらを円を描くように浮かび上がらせた。

数にして8つ、それらをメリーゴーランドのようなイメージをして回転させていく。

これも見た目は単純だが魔法を同時展開しているので案外難しい、個別に操作して戦闘を行うのはまだまだ先の話になりそうだ。


「魔法の才能までお有りとはすごいですね・・・」


背後から聞き覚えのある声がしたので少年は振り向く。

そこにはタオルで体を巻いた王女の姿があった。


「王女様!?」


「はい・・・。」


「なぜそんな格好で・・・というか、此処は貸し切り状態のはず・・・。」


「なにか問題でも?」


「いや、問題だろ・・・。あんたにはマイルさんがいるだろ?」


ゆっくりと王女が隣に座った。

「ふふっ、賢明ですこと・・。彼は私の弟です。」


王女様がタオル越しに抱きついてくる。

「そうだったのか・・・。当たってるんだが・・・。」


「この状態でも魔法が解除されないなんてすごいですね。少し残念ですけど。」


「まぁこの状況になれてるからな。」


「まぁ!モニカさんかしら?」


そもそもこの状況を見ているはずの仲間が出てこない事がおかしい。

屋敷でのあの件を思い出した俺は、その人物たちの名前を呼んだ。

「あぁ。ロモ!モニカ!」


「その方達は今頃、熟睡中のはずです。」


「何!?」


「ライバルを出し抜くのは当然だと思いますが・・・。」


「ライバルって・・・やっぱり天才だな・・・・」


その言葉を聞いた王女はご機嫌になる。

「ふふっ、よく言われます。それとフィオナとお呼びください。」


「はい。その・・・フィオナ姫・・・・。」


「ふふっ、もう少し親しみを込めて呼んでもらうにはパーティーに入れば良いのかしら?」


「はぁ・・・そういった人物はすでにいるから勘弁してほしいんだが・・・。」


「残念ですね・・。」


「そもそも、王女のあんたにしか出来ない特別な事があるんじゃないのか?」


「えぇ、少しからかってみただけです。」


「はぁ・・・。」


王女は小声で何かを言った。

「まぁ・・・少し本気だった部分もあるかと思いますが・・・。」


「いま、なんて?」


「いいえ、ただ貴方のいた世界に興味があるのは事実です。」


「あぁ。ここから上がったら話すよ。」


「約束ですからね。」


・・・


翌日、俺は部屋で出発の準備をしていた。

そこへ王女が部屋に入ってくる。

「おはようございます。コウ様。」


「おはようございます。フィオナ姫。」


「昨日は異世界の事を知れてよかったです。おかげで楽しめました。」


「あぁ、こっちも刺激があってよかったよ。」


「えぇ。ちょっと失礼しますね。」


王女はこちらに香水のようなもの振りかけてきた。

「これは?」


「特注の香水です。殿方として、こういった事もしないと逃げてしまわれますよ?」


「そうか・・・って余計なお世話だ!」

王女が耳元で呟く。

「ふふっ。私は逃げませんよ、いつでもお待ちしております・・・」


「はぁ・・・。」


その後、王城前で俺達は出発の準備をしていた。

獣人はこちらに鼻を近づけて匂いを隈なく嗅いでいる。

「おはようにゃ・・・。コウ、昨日は何もなかったみたいにゃねぇ・・・。」


「当たり前だろ・・・。」


その様子を王女は微笑ましく見ている。

「ロモ様心配しすぎですよ?彼とはあくまで信頼できる関係ですから。」


「ならいいにゃ。」


「はい。」


王女はこちらにアイコンタクトをしてくる。

そこで王女が今朝、俺に対して香水を振りかけた理由が分かった。

彼女の前では、テウリアの一流の忍びであるロモですら手のひらの上で猫のように転がされてしまうようだ。


「というかロモ、昨日何してたんだ?」


「にゃ?ベッドに入ったら心地よすぎて寝てしまったにゃ・・・。」

「私もです!」


「さすが一流ですね・・・。」


「そう言ってもらえて光栄です・・。」


そこへ純白のきらびやかな鎧を着た王国の騎士マイルが堂々とした立ち振舞で歩いてくる。

その姿を見たリンが両手を合わせて目を輝かせながら感動していた。

「あれこそ、私の目指す騎士ですよ!コウさん!」


「かっこいいな。」


「はい!コウさんも私と一緒に騎士を目指しませんか!」


「俺は外の世界を見て回りたいからなぁ・・・。」


「そうですか・・・。であれば私も騎士としてお供いたします!」


「あぁ、頼りにしてる。」


「はい!」


努力の才に恵まれ、挫けずに日々の鍛錬をこなし、今や特典アイテム以上の魔法を行使できる彼女もまた天才と呼べるだろう。

少女は満面の笑みでこちらの手を握ってきた。

その天真爛漫な姿にあの姉の幻影を見てしまった少年は、彼女に相応しい男になろうと思った。


「おはようございます。皆様。」


「おはようございます。マイルさん、本日はよろしくお願いします。」


「こちらこそよろしくお願いします。コウ殿。」


「グラスさんは何処に・・・。」


「あそこでロモさんと一緒に話しているみたいですよ。」


あの変わった少女モニカが野蛮だと認めたグラスは、以外にも先に此処に来ており馬の様子を見ていた。

性格はアレな彼も、戦いに関しては王女の予想通り一流な様だった。

馬の繋ぎ場ではロモとグラスが話し合っているようで先にもあった通り、どうやら2人は長い付き合いらしい。


「グラスおはようにゃ。相変わらずだにゃね。」


「おはようございます、姉御。」


「朝早くから、感心にゃ。」


「えぇ。勝敗は、戦う前に決まっている・・・あの言葉がずっと残ってるんですよ」


「アイツが残してくれたものはでかいにゃ。」


「はい・・・。あの人は・・・。」


「アイツは・・・死んだにゃ。」


「そうか、墓参りの一つでもと思ったが此処じゃぁ無理そうだな・・・。」


「戻ったらお前の分までしておいてやるにゃ。」


「ありがとう御座います、姉御。」


王城の門の前に続々と騎馬の乗った騎士達が集まりだしていた。

俺が用意された馬車に乗り込もうとすると王女が手を握ってきた。


「ここから見える山脈を越えて3日ほど行ったところが戦闘場所になります。十分にご注意を。」


「あぁ、行ってきます。王女様。」


「はい、お気をつけて。」


布で覆われた荷馬車に備え付けられた椅子から外を覗いていた。

見えなくなるまで王女は手を振りながら心配そうな顔をしていた。

その様子を真剣にみていた少年に対して男は見かねたように話す。


「ガキ、そんなに心配なら王女様と仲良く城で待ってろってんだ。」


「いや、そういうわけじゃない・・・。」

俺は王女の表情に、別の何かが引っかかっていた。


「まぁ、こいつなら行ったことのある場所へ一瞬で戻ってこれるにゃ。」


「は?転移出来んのかよ!早く言えってんだ。損したぜ。」


「みんなで行ったほうが良いと思いますけど・・・。」


「モニカ嬢ちゃん・・・。まぁそうだな。」


しばらくして訪れた凱旋門を抜けた先の城郭都市はお祭り騒ぎだった。

彼方此方で祝砲が上がり、人々が道を型どりながら集まっていた。


「すごい人だな・・・。」

「そうですね・・・・。」


腕組みをして頷くように男はその様子を俯瞰していた。

「どいつもこいつも浮かれてやがるな。まぁ、戦いの前は何処もこんなもんだ。」


「時代が違えば俺達もこれに巻き込まれていたんだよな?」


「あぁ、そうさ。人生っていうのは運が全てだからな。」


男と話し合っている内に、気がつけば王国の外へと俺達は出てきていた。

みるみる内に王国が遠のいていく。


「まぁその運を掴むために準備するに越したことはねえよ。ガキども今の内に寝ておくんだな。」


「どういう事だ?」


「道中は騎士様に任せておけってこった。必要ねえとは思うが、俺らの仕事はその後だろうからな。」


「相変わらずにゃね。まぁこいつの言うことを信じておけばいいにゃ。」


「あぁ。」


・・・


「うぅっ・・・。」


西日の暑さで俺は目覚めた。

「お、起きたかガキ。たっぷり寝たようだな。」


どうやら俺とモニカは抱き合うように同じ毛布を共有しており、目の前には見慣れた少女の寝顔があった。

いつもは事あるごとにグイグイ来る少女であったが先祖様のおかげでそれらは抑制されているようだ。

中身とは違う純白の癖っ毛に包まれたおとなしそうな寝顔はよく見ると可愛い。

まともであればおそらくリンと同様に惚れていただろう。


「あぁ・・・。モニカ・・・・」


少女が目を覚ますと笑顔でこちらをみてくる。

「うぅ・・・あっ!おはようございます。コウさん!」


少女も周りの状況がつかめてきたのか徐々に目を輝かせながら鼻息を荒くしていた。

その様子を見たグラスはニヤケ顔で腹の底から笑っていた。

「こりゃ、次の世代を拝む日も近いな!ハッハッハ!」


「うぅ・・・ちょっと恥ずかしいのでやめてもらえますか?そういうのは自分でやるので・・・。」


「おい・・・・。」


「わざわざ、嬢ちゃんの位置を調節してやったんだぜ?」


「うぅ・・・。」


「それに子孫の幸せを願うのが先祖の仕事だろ?あとな、俺以上に不幸になってほしくねえんだよ。」


「あんた良いやつだな・・・。」

グラスは腕を組みながらそっぽを向く。

「けっ、ガキの感謝なんざいらねえよ!それにこの邂逅かいこうもあと数日ぐらいで終わるだろうしな。」


「グラスさん・・・。」


「無事、日の入りを拝めそうだが、お前さんの転移ってやつを使うんだろ?」


「あぁ。王国に戻って休息したほうが良いからな。」


「はぁ・・・。お前・・・どうせ王女様に言ってないんだろ?」


「そういえば、言っていなかったな・・・。」


「謝っておけよ。ありゃお前さんに相当惚れてるからな。」


「そうなのか?」


「けっ、モニカ嬢ちゃんといい可愛そうだぜ。」


そういうと、男は無言で荷台から降りた。

少年は少女の顔を見ながら謝罪をした。


「モニカ、すまない・・・。」


「私はコウさんが近くにいるだけで幸せですから。」


「そうか・・。おれもだ。」

いつもの調子を取り戻したのか、少女は顔を赤くして、もじもじしながらこちらを見てくる。

「なんならここで作っちゃいます?」


「おい!」


「ふふっ。」


少年の顔を見ながら無邪気な顔で少女は笑った。

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