1話 始まり
「囚人番号125番、時間だ。牢屋から出ろ」
ついに俺の人生が終わる……長いようで短かった。
刑務官に連れられてやって来た場所は、大罪人を捌く為の場所だった。俺はこれから死ぬのだ……32年間の人生、組織の暗殺者として幼少から育てられ、沢山の人間をこの手で殺めて来た。俺に取って殺人を犯す事は作業みたいな物だった。最初は人を殺すのに抵抗はあったが、それも数をこなせば次第に慣れて感情も薄れてゆく。
(ふふっ……もう、俺は疲れたよ)
今になって、やっと本当の自分の気持ちに気が付いた。最後の暗殺のターゲットの女性を前にして、暗器を振るう事がもう俺には出来なかった。限界だった……これ以上人を殺めたくない。だって、最後のターゲットだった女性の近くには、2人の少女が怯えながらターゲットの女性に抱き着いて居たのだ。恐らくターゲットの女性の子供だったのだろう。泣きながら肩を寄せあって居たよ。
(家族、かぁ……)
家族と言う単語は知っているが、俺には物心付いた時から施設で暗殺者として育てられて居たので、家族という物が分からない。
そして、俺はその後自首をして捕まった。これ以上、生に執着しようとは思わなかった。
「囚人番号125番、最後に言い残す事は無いか?」
「いいえ、ありません」
「ふむ、分かった。お前は沢山の人を殺めて来たんだから、反省してあの世へ行くと良い。【フーレンの死神】」
【フーレンの死神】、俺はそうえばそんな風に呼ばれて居たな。そんなクソみたいな異名何てどうでも良い。殺るなら早く殺してくれ。もう、俺にはこの世に未練何て無い。こんな腐敗した世の中何てクソ喰らえだ!
(いや、未練はあるか……少しばかり、普通の生活と言う物をして見たかった)
家族と言うのが分からないと言ったが、それは嘘でもあり真でもある。本当は独りが凄く寂しかった。その気持ちに気付いたのはいつ頃だったのだろうか……
大切な人……家族。喉から手が出る程に欲しかった。そんな俺の願いは、もう叶う事は無い。悪人の末路は決まっているのだ。
(もし来世があるとしたら、陰謀も争いも全て無い平和な世界へと……)
そして、【フーレンの死神】と呼ばれた伝説の暗殺者は、冷たい床の上で静かに息を引き取った。
――――――――――――
(風が心地良い……)
何だか体が少し軽くなったような気分だ。死ぬと言う感覚はこんな感じなのだろうか? だが、おかしいぞ?
(んんっ……)
五感が生きているのか? 何だか湿った草の上で横になっている感覚だ。全身を吹き抜ける涼しげな風。植物の固有の匂いに何だか小鳥の囀りのような音が聞こえる。視界は暗闇に閉ざされている。
(ここは……本当に地獄なのか? 死んだ後でも俺の意思は生きると言うのか?)
俺はこれからどうなると言うのだ!? くそ、動けんぞ……いや待てよ? もしかしたら、魂だけと言う状態なのか? そもそも魂と言う概念が存在するのか? くそっ! 何も分からん!
俺が考え込んで居るとガサガサと音を立てて、何者かがこちらに近付いて来た。
◆駆け出しの冒険者・マリア視点
「ふぅ……ヒール草これだけあれば、今日の晩御飯は何とかなるかな?」
私の名前はマリア。Fランク駆け出しのしがない冒険者です。現在アルメ二ア大森林と言う森で、ヒール草と言うポーションに使われる材料を採取しています。駆け出しの冒険者の仕事は、薬草採取や街の清掃などの下働きしかありません。報酬も安いので、毎日食べる物に困る程貧乏しています。
「そろそろ戻ろうかしらね、ここから先は危険な魔物の生息区域だし。F級の私が行ける場所じゃない」
そして、私が森から戻る道中に小さなもふもふとした物が落ちてる事に気が付き、何なのか確認しようと近付いて絶句してしまいました。
「か、可愛いっ♡ 魔物の赤ちゃんかな?」
綺麗な白いもふもふとした毛並み、まだ産まれたばかりなのか目が開いていない。小さな身体がプルプルと震えています。このまま放置したら死んじゃう……
「よしよし♪ お母さんやお父さんは居るのかな?」
「グルルッ……」
か細い声……お父さんやお母さんは居ないのかな? でも、近くに何か居るような気配は無さそうだし。私はこの子の境遇を考えて居たら1つの結論へと至った。
「そっか、君は捨てられちゃったのね……」
なんて言う種族の魔物の子供かは断定出来ませんが、恐らくホワイトウルフの赤ちゃんだと思う。成体だとD級の危険な魔物です。本来なら魔物の子供なんて見捨てるべき……と皆なら言うでしょう。
「とりあえず連れて帰る? このままだと死んじゃう……でも、どうやってこの子を連れて街へ入ろう……止められちゃうよね」
街に魔物を入れる何て、そんな危険な行為は愚者のする事だと怒られるかもしれない。それでも……
「よし、私の胸の中にこの子を挟んで帰ればバレないかも」
マリアの胸はメロン並かそれ以上の巨乳だ。小さな魔物赤ちゃんを服の中に隠して、マントをすれば問題無く街の門を通れると踏んだマリアは早速行動に移した。
―――――――――
(今度は何だ!? 誰かに抱かれている感覚……くそ、暗くて何も見えない!)
この時俺は、生まれて初めて恐怖と言う感情を味わった。今まで、様々な修羅場をくぐり抜けて来たこの俺が……何故怯えて居るのだ? しかも、女性らしき声が聞こえる。何を言ってるのか全く分からんが、恐らく年齢は15歳から20歳の間くらいだろう。幼さを少し残す美しい声……
(何と言う心地良い声だ……)
ついに俺の暗闇だった視界に一筋の光が差したように見えた。自分の目がゆっくりと開いて行く……
「―――――――――?」
「なっ!? だ、誰だ貴様!?」
俺は状況に付いて行けずに頭が一瞬でフリーズした。やっと視界が見えたかと思えば、金髪碧眼の美少女の顔が目の前にあったのだ! 女性は表情をキョトンとしていたと思えば、にっこにっこと擬音が聞こえそうなくらいに優しそうな笑みを浮かべていた。しかも、ここは俺の見た事の無い部屋である。
「は、離せ! 小娘がっ……!」
「――――――♪」
「お、おい! 聞いているのか!? こ、こら! スリスリするな!」
俺はまた驚愕する事になる。小娘に赤ちゃん抱っこされながら、自分の身体を見下ろすと白い艶のある綺麗な毛並みに小さな手足と尻尾が生えているのだ。明らかに人間の身体では無いのが一目で分かる。俺の思考は再びフリーズした。
「おい、小娘」
「――――――?」
「も、もしかして……言葉が通じてないのか?」
よし、とりあえず状況分析だ。今の俺の身体は子犬?らしき身体になっている。そして、俺を抱いている小娘を見ると……耳が長い!? 本で見た事あるエルフと言う種族に似ておる……でも、あれは御伽噺の世界のお話しだ。現実に居る筈が……でも、よく見るとこいつ……
「おまえ、可愛いな」
「――――――♪」
長い綺麗な金髪のストレートヘアー、まつ毛が長くパッチリとした目、綺麗な美しい白い肌、ピンク色の綺麗な唇、ここまで整った顔は生まれて初めて見るレベルだ。声は幼さを少し残すが、見た目は妖艶な美しい女性に見える。しかも、この小娘……胸がデカすぎる! 何を食べたらこんな大きくなるの!? 何と言うけしからん格好だ! しかも、白いミニスカートに黒ニーソだと!? そんな格好で出歩いたら男に襲って下さいと言ってるようなもんだぞ!? てか俺、男だぞ!
小娘の格好は扇情的でR-18禁並だった。上着は肩出しの黒のブラウスみたいな服に下半身は、白のミニスカートに黒のニーソックスを履いている。更に茶色のブーツを履いて見事な絶対領域がそこには展開されていた。
「お、おい。小娘……何だその哺乳瓶に入った白い液体は……まさか!?」
「―――――――――♪」
「や、やめろ! 俺は立派な大人、男だぞ!? 俺は赤ちゃんじゃなーい!」
俺の情けない悲鳴が部屋中に響き渡った。小娘は俺の口に哺乳瓶を突っ込んで、外では見せられない様なだらしない顔をしていた。
「くそ! 身体が言う事を聞かない! てか、このミルクめちゃくちゃうめぇよぉ……ごくごくっ」
お腹が空いてたのもあり、この白いミルクがめちゃくちゃ美味しく感じるのだ。ミルクって、こんなにも美味かったんだな。初めて知ったよ……
「な、何だ? 俺の顔に何か付いているのか? 何ニヤニヤしてるんだ?」
「―――――――――♡」
「こいつは……」
この小娘……薬でもヤッてるのか? 何でこんなにもニヤついてるのだ? はっ! ま、まさか毒が入ってるのか!?
「しまった……あまりの美味しさについ全部飲んでしまった……暗殺者が毒殺とか、笑えないよな」
俺は一体何をしてるんだ……はぁ。
◆マリア視点◆
無事にアルメニア大森林を抜け出して、アルカーナの街に戻って来ました。門番にもバレずに真っ先に帰宅し、この小さな魔物の赤ちゃんをベッドへ休ませて、私はギルドへ依頼を受けていたヒール草の納品と帰りに晩御飯とミルクを買って家に戻りました。
「ふぅ……とりあえず何とかなったね。あの子もお腹空いてるよね?」
私が寝室に入ると赤ちゃんの魔物がゴソゴソと動いておりました。まだ目が開き切って無いのか色々とおぼついてない様子です。もう……めちゃくちゃ可愛いです♡ もうこの子は私のペット確定です! 今日から私の家族です! 魔物でもギルドにテイマーとして登録すれば問題はありません。
「お名前も決めなくちゃ行けないね〜♪ その前にご飯食べましょうね〜よいしょっ」
私は小さな魔物の赤ちゃんを抱っこして、ベッドに腰掛けて座りました。哺乳瓶に入れた暖かいミルクを準備してあるので、それを飲ませようと思います。貧乏なので肉を買う余裕が私にはありません……ミルク買っちゃったから、今日の私の晩御飯は安価のお芋さんです。とほほ……ミルクも結構高いのですよ。
「あら? お目覚めでちゅか? おはよう♪」
「わふっ!?」
「あら♡ 可愛い鳴き声でちゅね〜♡ 今ミルク飲ませてあげるからね♪ あ、こらこら。暴れたらメッですよ?」
魔物の赤ちゃんの目がゆっくりと開きました。赤ちゃんは驚いたのか少し暴れましたが、お腹をわしゃわしゃと撫でてあげたら大人しくなりました。目がトロンとしてめっちゃくちゃ可愛いです♡ ここが気持ち良かったのかな?
触り心地が最高の上にもふもふ♪ お腹に顔を埋めたいけど、流石に警戒しちゃうだろうし、それはこの子が私に懐いてからするとしましょう。
「良い子良い子♪ 美味しい?」
「わふわふ……」
「あらあら、そんなに急いで飲まなくても誰も取りませんよ〜ゆっくり飲んでね♪」
今日の疲れが一気に吹き飛びますね♪ 余程お腹が空いていたのか凄い勢いでガブガブと飲んでいます。ミルクを飲んでる姿がとても愛らしいです♡ もう、語彙力失って可愛いと言う言葉しか出て来ないよ〜♪ 魔物の赤ちゃんって、こんなにも小さくて可愛いのですね♪
「君は……女の子なのかな? あそこ付いて無いし」
「ごくごくっ……」
「女の子かぁ〜よし、フランちゃんにしよう! 今日から貴方はフランちゃんよ! よろしくね♪」
美しいこの子の毛並みを見てたら、綺麗な名前が脳裏を過ぎったので、この子はフランちゃんです♪ 何だかあっさりと決まってしまいました。