04:ブラックラット。
俺たちは国内で最大級のSランクダンジョンである第五ダンジョンへと来ていた。
Sランクダンジョンと言っても、ダンジョンの基準はそのダンジョンの下層のモンスターを基準に設定されているから、上層はEランクモンスターしかいない。
昨日もここに来ていたし、大きいダンジョンということはそれだけロマンが溢れる場所で稼ぎやすく、俺のように上京する人は多いと聞く。
「やっぱりこのダンジョンを活動の拠点にするのか?」
「そうですね。大きなダンジョンは隠し要素や限定出現要素が多いのでここに来ることは多くなるかと。ですがここにこだわるつもりはありません」
昨日、というよりもいつもろくな装備を身に付けることがない俺とは違い、清水はバッチリとハンター衣装を決めていた。
俺が持っていた短剣よりも高そうな短剣に、胸当てに籠手とすね当てをつけている。
一式揃えるだけでかなりの値がするから俺は買わなかった。幸い、俺のステータスは一層から三層までは安全に進めるくらいだったから大けがをすることはなかった。
俺たちは一層から二層に移動して、人の気配が全くないところまで移動した。
「時間にはまだ余裕があるので、『わたしのかんがえたさいきょうのくじょうりお』計画を始めましょうか」
「なにそれ、全く聞いていないんだが。それに急に頭が悪くなったな」
「今、理央さんは≪生者≫と≪魂の解放≫のスキルを持っている状態ですよね?」
「あぁ、そうだな」
「≪魂の解放≫の説明文を読みましたか?」
「まあ、一応。確か一つはレベル上限無限解放で、もう一つは無制限スキル取得だったな」
「前者は実感していると思いますが、後者もかなり重要になってきます」
「……もしかして、スキルを取得できる方法が?」
「分かりますよ」
「おぉ!」
俺だけじゃ分からなかったことが、清水と組み合わさったことで無制限スキル取得の真価を発揮すると考えたら頬が緩んでしまう。
「理央さんの要望はありますか?」
「まあこういうもののテンプレはアイテムボックスとか鑑定か。鑑定はともかく、アイテムボックスは便利そうでほしいなぁ……」
「それは最初から手に入れてもらおうと思ってましたから問題ありません」
「やっぱり必須だよな」
「えぇ。レアドロップアイテムを隠すためにも必要ですし、買い物で荷物持ちをしてもらうためにも必要ですから」
「前者はともかく、後者は……喜んでお受けしますけど!」
「そういうところが素敵ですよ!」
「それはよかった!」
女の子と買い物とか荷物持ちであろうとも喜んで引き受けてしまうサガは悪い感じはしませんね、はい。
「じゃあこれを使ってください」
「うん……ただの巾着袋だよな?」
清水から渡されたのは何も入っていない巾着袋だった。
「この巾着袋が特殊なのか?」
「いいえ、ただの巾着袋です」
「これで何を?」
「何でもいいんですけど……このポケットに入っているパンツで」
「ちょっと待て。何でパンツがポケットに入っているんだよ。しかもそれ昨日清水が履いてたパンツだろ」
「そう言いながら受け取る理央さんの方が突っ込まれるべきですよ」
「で? これをどうすればいいんだ?」
「それを巾着袋に入れてください」
「あぁ」
言われた通りにパンツを巾着袋に入れる。
「パンツを出してください」
「あぁ」
言われた通りにパンツを巾着袋から出す。
「それで?」
「それをあと999回続けてください」
「えっ?」
「だから、あと999回――」
「いやそれは聞こえているから。物を千回出し入れするのがアイテムボックスのスキルを手に入れるための条件なのか?」
「はい、そうです。だから目的のモンスターが出てくる四十七分後までに頑張ってください!」
「あぁ、そうかよ。頑張るよ」
答える前にすでにパンツの出し入れを開始した。
「あっ、ちゃんと入れないとカウントされませんよ?」
「そんなに厳しいのか……」
どうやら俺のカウントは清水の本で分かっているようだから頭を空っぽにして作業を続ける。
ただその沈黙が少しだけ気まずくなるから、清水に問いかけることにした。
「スキルって、ダンジョンに初めて入ったら特定の人は手に入れられるだろ?」
「はい」
「それは何か条件を満たしていたから、スキルが手に入ったのか?」
「いえ、それは違うみたいですよ。手に入る人もランダムで、手に入るスキルもガチャみたいですよ」
「へぇ……つまり俺と清水は運が超絶いいってことだな」
「そうですね。しかも私と理央さんが≪攻略の書≫と≪生者≫を持って出会ったことは奇跡です」
「運命の出会いってか」
運命の出会いとか言うとは思わなかったが、ここまで噛み合ったら運命の出会いって言うしかないだろ。
「それは私も思いましたけど、口に出されるとは思いませんでした」
「言うな。恥ずかしい」
「でも実際ガチャでエクストラスキルの二人が出会えたのは奇跡ですから運命の出会いと言っても仕方がありませんね」
「そりゃよかった。で、あと何回?」
「あと897回です」
「はぁぁぁぁ……楽して手に入れられないってことか」
「頑張れ頑張れ!」
地味に頑張れを二回続けられるのは好きですね、はい。やる気出ました。
「てか、俺は無制限スキル取得っていうスキル効果を持ってるけど、普通の人でもアイテムボックスとか同じことをやればスキルが手に入る人はいるのか?」
「あー、はい。います。でもこの世界でそのスキルが手に入れることができるのは理央さんを除けば二人だけです」
「……そんなに低いのか?」
「大体の人が一つや二つくらいスキルを手に入れることができるくらいで、しかもアイテムボックスはAランクのスキルなので取得できる人はいません」
「ほぉーん……Aランクスキルをこんなことで手に入るんだな」
「それだけ理央さんの≪魂の解放≫が異常ということです。スキル取得はSランク以外はそれほど難しくはありませんから」
「全種コンプのスキルコレクターにでもなるか?」
「そんなことをしてもスキルの効果が打ち消し合うだけですよ」
「へぇ、そういうことになるのか……」
まあ使わないスキルを手に入れても無駄なだけだな。
「この時間を使って今後の予定について話しましょうか」
「あぁ、話してくれ。今から出てくるモンスターの話を全く聞いてないぞ?」
「それは出てきた時に話しますね」
「それで大丈夫なのか?」
「はい、この本を信じてください!」
「そこは清水を入れてほしかったが、分かった」
ここで信頼できないようでこれから先信頼関係を築くことはできないよなぁ。だから俺は清水を信じることにした。
「アイテムボックス、Sランクのトンファーを手に入れることができたら、スキル獲得をしていきましょう」
「どんなスキルだ?」
「隠密スキルに索敵スキル、魔法スキルに技術スキルが今必要としているスキル系統ですね」
「隠密に索敵か……いいな。魔法も使ってみたかったんだよな」
「理央さんにはこれから一人でどんなこともできる人になってもらわないといけませんから、覚悟してくださいね」
「世界征服するくらいなんだからそれくらい通過しないとな」
清水の話を聞いただけでワクワクしてしまう。
どうやら俺は非常にノリやすい性格だからワクワクしているだけで非常にパンツの出し入れが素早く行うことができた。
『≪アイテムボックス≫を獲得しました』
「おっ、出た」
「予定よりも速くて何よりです」
パンツを出し入れしていたから清水のお気に入りのパンツについて語っていると三十分ほどでスキルを手に入れることができた。
「それじゃあ早速使ってみましょうか」
「あぁ……アイテムボックス」
言葉に連動して、ステータスプレートのような透明な板が現れた。ただステータスのように文字が書かれているわけではなく、正方形の枠が横に十個、縦に五個の計五十個規則的に並んでいる。
「試しにその巾着袋を入れてみましょうか」
「はいよ」
アイテムボックスのプレートに巾着袋を持った手を突っ込んでみると手と巾着袋がプレートの中に入り、巾着袋を放して手を抜くと巾着袋は消えていた。
その代わり、アイテムボックスの一番左上の正方形の枠に巾着袋の絵があった。もう一度手を入れて巾着袋を思い浮かべてつかむと、巾着袋の感触がして引き抜く。
「使い方はバッチリだな」
「ですね」
引き抜いた手には巾着袋が握られていた。パンツが入った巾着袋は清水に返した。
「パンツはいらないんですか?」
「……大丈夫だ」
「葛藤があったようですけど、大丈夫なら返してもらいますね」
何だよその言葉。いるんだったら別に構わないと言わんばかりな……!
「もう時間ですから移動しましょう」
「……あぁ」
少し残念に思いながら、清水の横に並んで歩き始める。
「そのモンスターが出るのは二層なのか?」
「はい。今日のすぐあとに私たち以外誰も来ない場所に出ます」
「その本がなければ誰もそのモンスターと接触しなかったわけか」
「このダンジョン、というより他のダンジョンでも結構こういうイベントが起こっているみたいです。でもそれに遭遇するには宝くじを当てるくらいの確率なので全く知られていないみたいですね」
「この第五ダンジョンなら広くてその確率も低そうだなぁ……」
清水がエクストラスキルの攻略の書を手に入れた時点で、宝くじみたいな確率が百%になるわけか。俺の生者よりもよっぽど価値がありそうだ。
「ここです。あと十秒後ですね」
「えっ、急すぎないか」
「ほら、前に出てください。じゃないと死ぬかもしれませんよ、私が」
「もうちょっと心の準備くらいさせてくれよ……」
ちょうど俺が前に出た時、俺の視線の先の地面に変化が起きた。
地面が盛り上がり、そこからモンスターが出てくるのはダンジョンを知っている人なら誰もが知っている現象だ。
赤い瞳に黒い毛並み、鋭い前歯が出ている巨大なネズミが俺の前に現れた。
「こいつを倒せばいいのか?」
「はい。お願いします」
大きなモンスターというものは非常に迫力がある。そしてそれが何を考えているのかわからない目で見ているのは身震いしてしまいそうだ。
ただこのダンジョンに入るようになってからそういう恐怖心があれば死ぬと感じたことがあったから今はそんな恐怖はなくなっている。
とりあえず、俺が今できることは殴る蹴るだけだから、一気に距離をつめてとっとと魔石に変えてやろう。
「っ!?」
思いっきり踏み出しただけで、俺はネズミの横を通りすぎて壁に激突してしまった。だが、すごい勢いで壁にぶつかったのに全く痛くなかった。
「わざと言い忘れてましたけど、ステータスが爆上がりしているので気を付けてくださいねー!」
「わざとってなんだよ……」
「身をもって知った方が理央さんも分かってくれますよね?」
「それはそうだ」
これは想像以上にコントロールするのが辛そうだ。だけどたぶんすぐに慣れる気がする。
「チュー!」
「理央さーん! 私がピンチですよー!」
「それならもっとピンチそうな声音で言えよ……っと」
大きなネズミが清水のところに向かおうとしたから、今度は通りすぎないように調節して清水の前に走って来ることができた。
「おぉ、すごく早いですね」
「ステータスのおかげだ」
目の前の大きなネズミが覆い被さろうとしてきたから、思いっきり殴って吹き飛ばそうとした。
「あっ、そのステータスで思いっきり殴ったらブラックラットがぐちゃぐちゃになって血だらけになりますよ
?」
「そういうことは早く言ってくれねぇかなぁ~?」
清水の言葉を聞いたが、すでに拳を引くには困難で威力を少し弱くするだけで精々だった。
そのおかげか、ぐちゃぐちゃになることがなくネズミは壁に激突して動かなくなった。そしてネズミは何かを残して黒い煙となって消えた。
「ふぅ……」
「ナイスです。ほら見てください、落ちてますよ」
清水とネズミが消えた場所に行くと、見るからに大きな魔石と二つで一セットの金色のトンファーが落ちていた。
「これがSランクのトンファー、『金剛旋根』です」
「へぇ……今さらなんだけど、これ俺が装備できるのか?」
ダンジョン産や鍛冶屋が作った武器や防具はレベルやステータス値の条件が課されている。だから身の丈にあったものしか装備できない。
俺の持っているこれはSランクだ。どれだけの条件があるのか想像もできない。
「装備してみればわかりますよ」
「なにその含みのある言葉は?」
清水がニコニコとしながら俺を見てくるだけだったから、仕方なく金剛旋根を装備することにした。
条件がクリアできない武具を装備しようとした場合、非常に重くなったり弾き飛んだりするだけで武具が壊れたり怪我をしたりする心配はないからそこは安心して装備する。
「……装備、できてるよな?」
「はい、バッチリ決まってますよ」
これまでトンファーというものを装備したことがなかったからうまく持てているかも分からない。というか武器というものは短剣しか持ったことがないからなぁ。
「一応説明文はこんな感じですね」
「……見ていいのか?」
「はい。理央さんなら大丈夫ですよ」
「てっきり清水しか見られないとかそういうことかと思ってた」
「そういうわけではないですよ」
清水の横に立って攻略の書を覗き見る。
『金剛旋根
ランク:S
攻防どちらも優れ、決して壊れることのない旋根。装備したものに鉄壁の守りと相手に攻撃の隙を与えない乱撃を与える。
STR×10
VIT×10
AGI×10
オートガード
オートカウンター
装備条件:ステータスオール500オーバー』
なんだ、このバカげた能力は。STRとVITとAGIがすべて十倍になって、さらにガードとカウンターがついている。
「さすがはSランクといったところか……」
「このトンファーがあれば、おそらく日本で理央さんに勝てる人はいませんよ」
「おぉ、いきなり最強になったか」
「でもそれは一対一で単純な武力のみでの戦いならの話です。複数人や搦め手を使われたら勝つことは難しくなります」
「それを補うためのスキル獲得、というわけか」
「実際問題、私たちの敵はダンジョンのモンスターだけじゃありません。私たちの力を狙ってくる人は地上にいますからまずは人間たちの頂点に立つことが第一目的です」
確かに、これが知られたらかなり不味いことになるのは明白か。
「第一ということは、第二目的はなんだ?」
「あー……もう言っちゃいましょうか。第二目的は仲間を集めてハンターギルドを作ることです」
「仲間?」
「はい。私たちだけだとどうしても手が回らなくなるので仲間は必要です。それに仲間については種をまいている途中なのでお楽しみに!」
正直、知らない人と上手く話せるのか心配だから、聞いただけでドキドキしてしまっている俺でした。
最後まで見てくださってありがとうございます。誤字脱字あればご指摘お願いします。
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