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02:≪攻略の書≫のスキルホルダー。

 全身血だらけの状態で他のハンターたちに見られると、気味悪がられたり、笑われたり、嘲笑されたりと散々だったが、無事にダンジョンから出ることはできた。


 ダンジョンを管理するハンターギルドの温情でシャワーを借りることができて、貴重品を入れていたギルド管理のロッカーから着替えとスマホを取り出して帰宅した。


 Fランクハンターは非常に懐がさみしいからボロアパートにしか暮らせない。アルバイトの時は実家暮らしで良かったが、地元にはいいダンジョンはないから仕方がないことだ。


「ふぅぅぅぅぅぅ……」


 血まみれの服が入った袋を無造作に置いて深く息を吐きながら座る。


 帰るまでに色々と考えてみたが、やっぱりあのゴリラみたいなモンスターに殺されて、どういうわけか生き返ったという方が納得できる。


 ダンジョンでその手のいたずらをするには少々危険なことだ。


 もし死んだとして、誰かに生き返らせてもらったのか? いや、俺にそんなに親しい仲の相手は、残念ながらいない。


 とてつもなくお人好しが通りすがりに助けてくれたとしても、ダンジョンで放置するだろうか。錬金術師が効果が分からないポーションを飲ませてくれて生き返ったとか考えた方がまだましだ。


「まさか……だがな……」


 一つの仮説が思い浮かび、まさかとは思いながらステータス画面を開いた。


『九条理央

 Lv:9

 HP:(250/250)

 MP:(250/250)

 STR:249

 VIT:252

 AGI:248

 INT:255

 RES:252

 DEX:254

 LUK:268

 EXP(1893/2700)

 ≪生者≫・≪魂の解放≫』


 えっ、めっさステータスが上がってるしレベルが上がってる……これ、俺のステータスだよな?


 俺のレベルは2が上限だったはずなのに9になってる。それに新しいスキルが出てる。


『≪魂の解放≫

 死から蘇ったものは一度壊された人の器は定まらず、枷から解き放たれる。

 レベル上限無限解放

 無制限スキル取得』


 ……やっぱり、死んだのか。


 それならこの意味の分からない≪生者≫というスキルは、生きているという状態を体現するスキルだったのか!


 だから死んだとしても生き返って、生きていることになっている。文字通り、生きている者というわけか。


 生きている状態を体現するということは、不死みたいなものか。いや、正確には一回死んでいるから不死ではないが、同じようなものか。


 それにこの手に入れた≪魂の解放≫、これも色々とやばそうだが……無制限スキル取得ってなんだ? そもそもスキルを獲得する仕組みも分かっていないからな……。


「うーむ……」


 喜ばしいことなのか。いや、レベル上限がなくなっているから喜ばしいことか。


 ただこれをどう扱っていいのか困る。別に言いふらすつもりはないし、言いふらす相手もいないにしても、狙われる可能性があるかもしれない。


「ん?」


 机の上に置いていた普段鳴ることがないスマホが鳴っている。


 心配する母親くらいしか思い浮かばないことが悲しくなりつつ、スマホ画面を見る。


清水(しみず)琴音(ことね)


 ……あぁ、コンビニでバイトしていた時の後輩か。マジで記憶が彼方へと飛んでいた。


 頻繁に連絡を取り合っていたのならともかく、急に連絡をよこしてきたら怪しさしかない。だけど少しだけ期待しながら電話に出ることにした。


「はい、九条」

『あっ、九条さん? 清水です。今大丈夫ですか?』

「あぁ、大丈夫。久しぶりだな」

『本当に久しぶりですね。一年ぶりくらいですか』


 コンビニで働いていた当時、主に夕勤だった俺は清水とよくシフトが被っていたから結構会話をしていた。それにアニメの話が弾んでいたこともあり、一番仲が良かったのは清水だった。


 まあ、連絡先を交換しても、女の子と連絡するなんて分からなかったからメールの一通も送らなかったけどね。


「そんなものか。それでどうしたんだ?」

『いえ、ようやく準備が整ったので連絡したんですよ』

「準備? 何かするのか?」

『はい、九条さんと一緒に最高のハンターになるための準備ですよ』

「……何を言ってんだ?」


 勝手に俺が清水と一緒に最高のハンターになるって言われたら、どういう反応をすれば正解なのだろうか。


『だって、九条さんはモンスターを押し付けられて一回死んで、レベル上限を解放しましたよね?』


 ……レベル上限の解放はさっき知ったばかりだ。それなのにどうして清水がそれを知っているんだ。そういうスキルを持っているのか? いや、それしか考えられない。


「……一回死んだ? レベル上限を解放? 何のことだ? 話が飛び過ぎて言葉が詰まったぞ」

『隠そうとしても無駄ですよ。私もエクストラスキル持ちで、九条さんがスキルを持つ前から九条さんが≪生者≫のスキルを持つことを分かっていましたから』


 ……これは、どうしたらいいんだ。


 清水の話を聞く? それとも断る? 色々と分からないことだらけで全く判断ができない。


『まだ整理がついていないと思うので、1から話しますね。九条さんの家で』

「は?」


 俺の家のインターホンが鳴った。


「悪い、来客だ。また連絡する」


 今はグチャグチャになっている頭の中を整理したいから、見知らぬ誰かに感謝してこの電話を切ろう。


『あっ、それ私ですから』

「……は?」

『だから、今九条さんの家のインターホンを鳴らしているのが私です。早く開けて入れてください』


 えっ、どうして清水が俺の家を知っているんだ?


 とりあえず本当かどうか確かめるために扉の前に立った。


「……はい」

『「九条さん、清水ですよ」』


 電話口と扉の向こうから同じ声がしてきたことで、観念して家の扉を開けた。


「こんにちは、一度死んだ感覚はどんなものですか?」


 黒い長髪を後ろで結んで眼鏡をかけている、美人寄りの普通の女性で地味な印象が少し強めな清水琴音が目の前にいた。


「さぁな、いつの間にか死んでたから実感がない」

「それは残念ですね。普通の人間なら一度しか経験できないのに、九条さんは何度も経験できるんですから」

「そんな何度も経験したくねぇよっておい」

「おじゃましまーす!」


 俺を押しのけて清水が家の中に入ってきた。


 ずかずかと遠慮もなく入ってきた清水を見て、彼女がこんな感じだったのかと再認識させられた。


 一緒に働いていた時は、こうもっと、どんな人にも懐かれているイメージがあったから、少しだけ距離を置きたくなる感じだった。


「九条さんの家には何もないと分かっているので私がジュースを買ってきましたよ。ついでにお菓子も」

「あ、あぁ……」


 清水は持っていたエコバックから炭酸飲料やお茶、ポテチやチョコを取り出した。何か女子会みたいなノリだな。


「ささ、汚いところですけど座ってください」

「俺の家だし汚くない」

「そうですかぁ? ここで毎晩寂しく自家発電を――」

「おい待て。それ以上清水の口からそれを言われたら恥ずかしくて生きていけなくなるかもしれないから勘弁してくれ」


 やべぇ奴を家にあげてしまったと思いながら、丸いテーブルを挟んで清水の前に座った。


「はいどうぞ」

「あぁ……ありがとう」


 清水から紙コップに注がれたお茶を受け取った。とりあえずこれを飲んで落ち着くことにしよう。


「ふぅ……それで、清水は一体何なんだ?」


 美味しそうにアールグレイティーを飲んでいる清水にそう問いかけた。


「何か、ですか。九条さんは何だと思いますか?」

「……得体の知れない奴を形容するのは難しいと思うが?」

「それでも答えてくださいよ~」

「……未来人か宇宙人か?」

「おっ、未来人というのは少しあっているかもしれませんね」

「は?」

「私のスキルについて解説しますね」


 清水が手を軽く前に出すと、そこに分厚い本が一瞬で現れた。


「スキルか?」

「はい、そうです。私のスキルはエクストラスキル、≪攻略の書≫です」

「……さっきも言ってたが、エクストラスキルって何だ? スキルはSからDランクまでしかないんじゃないのか? それがエクストラって……?」

「まあSとかそういう割り振り方が好きなら、エクストラスキルはSSS以上のスキルだと認識していればいいです。例外なく、九条さんの≪生者≫や私の≪攻略の書≫は過去現在未来において一人しか発現しませんから、Sランクなんか目じゃないですね」

「そうなのか……」


 俺の≪生者≫がエクストラスキルか……。考えてみればそうか、生き返ることができるスキルを何人も持っていていいわけがないか。そんなものゲームバランスが崩れる。


「話を戻しますね」

「あぁ、そうしてくれ。そっちのスキルの方が凄そうだ」

「パーツが揃わないとそうでもないのがこの≪攻略の書≫です」


 一人でできるのなら俺に接触したりしないか。


「私のスキル≪攻略の書≫はズバリ、問題を提示すると解を示してくれる本なんです。例えば、効率のいい経験値稼ぎ場はどこ? とか、誰にも見つかっていない宝箱はどこ? とか、この辺の童貞の数は? とかです」

「最後のは絶対にいらないだろ」

「じゃあ処女の数は知りたくないんですか?」

「……知りたくないことはない」

「そういうことです」

「なるほど」


 この問答で上手く丸め込まれそうな未来が見えた気がした。だけど処女の数が知りたいのは仕方がないことじゃないかっ!


「私一人だとできない問題でも、この≪攻略の書≫は解を出してくれます」

「……それで俺か」

「です。この本は一人で無理な問題が提示されれば、それができる人を見つけ出してそれをできるように仕向けることさえも解として出してくれます」


 ……それ、手のひらの上で動かされているということじゃないのか? 普通そんなことを言われて言いなりになるやつなんかいないだろ。


「九条さんには洗いざらい話した方がいいとこの本に書かれているので、こうして話しています。これを聞いてどうですか?」


 ……待て、つまり清水は俺が死んで新たにスキルを手に入れることも、仕組んだということか?


「……聞かせてくれ。俺が今日死ぬことはすべて清水の手のひらの上だということなのか?」

「はい、その通りです。そもそもモンスターを押し付けられたパーティーに私いましたよね?」

「えっ?」


 俺にモンスターを押し付けてきたパーティーは男二人に女三人の計五人で……あー、確かに清水がいたな。全く気が付かなかった。


「……そうだな」

「九条さんって人の顔を覚えるのが苦手ですよね」

「それも攻略の書か?」

「いえ、それはコンビニで働いていた時の会話からです」


 その通りだから何も言えない。人の顔を覚えるのが苦手だし、忘れたら思い出すのも苦手だ。


「あのパーティーを少し下に向かわせたり、今日は上層に下層のモンスターがイレギュラーで現れる日で、その日も九条さんが来るのは分かっていました。それに九条さんと出会ったのも計画の内ですから」


 そう言ってどや顔を決める清水に、俺は怒りや恐れが来ることはなく感服するしかなかった。


「どうです、失望しましたか?」

「……いや、素直に感心した」

「どうしてですか? 私の目的のために一回九条さんを死なせたんですよ?」

「その目的のために地道に準備をしてきたんだろう? 普通にすごいと思うし、根気があるとしか言いようがない。むしろそれだけ思い通りに動かせるのは称賛するしかないだろ」


 思った通りの言葉を並べたら、清水はぷふっと噴き出した。


「何かおかしかったか?」

「いえいえ、全然全くおかしくなかったですよ。ただこの本の通り、九条さんとなら楽しそうだと思っただけです」

「俺が清水と組むのは決定事項なのか?」

「そうじゃないんですか?」

「勝手に決められたら困る。俺と清水はバイト仲間だっただけで……そっちは俺のことを知っているかもしれないけど、俺は清水の目的すら知らないからな。信用できるかどうか分からない」


 清水の≪攻略の書≫は本当だと思う。だけど清水の利が俺の利になるとは限らない。


「そうですね、私の目的を話さないことには協力なんかできませんからね」

「あぁ、頼む」


 その目的のために清水が一人じゃできないから、≪生者≫のスキルを持った俺に満を持して接触してきた。


 何だ? その目的は。


「私の目的は億万長者になることです!」


 大層な目的かと思えば、何だその目的は。


「えーっと、それは俺が必要なのか?」

「もうそれは必要ですよ! 九条さんがいないと始まりませんから!」

「……その本があれば、簡単にダンジョンで宝物を見つけられるんじゃないのか?」

「それは私も考えましたけど、それだとただの社畜と変わりないんですよ! 私が目指すのは億万長者になってスローライフを送ることです!」

「……それなら、俺じゃなくて他のプロハンターと組めばいい話じゃないのか? そっちの方が楽だと思うが……」

「九条さん、人は際限なく欲望が溢れてくる生き物です。今この段階で私の要望を汲んでくれる相手は九条さんしかいません。ですから、九条さんを選んだんです。他にも理由はありますけどね」


 清水が言っていることは分かる。でも他にもいるような気もするが……攻略の書が解を出してくれたんだろ。九条理央を選べと。


「その口ぶりなら、俺がやりたいことを知っているのか?」

「まあ、はい、最初は冗談かと思いましたけど、本気なんですか?」

「それが答えになっているのか。半分くらい冗談で思っていることだけど、それ以外ないからそれになったんだろうな……」

「それにしてもまさか〝世界征服〟が目標だなんて、正気の沙汰じゃないですよ?」

「そうだろうな。だけど一度くらいはしてみたいと誰もが思っただろ? 自分が世界の中心だと思い込んでいた時のように、言葉通りこの世界の中心になりたいと」


 まあ、俺一人で決めた夢じゃなくて彼女と決めた夢で、未練がましいと自分で思える。


 俺の答えに清水はニヤリとしながら本に視線を落とす。


「えーっとなになに? 幼馴染で初恋の相手の一色(いっしき)汐里(しおり)と小さい頃にそんな約束をしたと。でもその一色汐里は九条さんとは真逆の陽キャで、近寄りがたい存在になって――」

「おいその本を燃やしてやる!」


 個人情報駄々洩れな本なんざあってはいけない。いやこの手で葬り去らねば気が済まぬ!


 だが俺がテーブル越しに奪いに来るのを見越していたかのように清水はすぐに本を消した。


「どうせ燃やしてもまた作り出せますから無駄ですよ」

「なら十回は燃やさないと気が済まないな」

「作り出すのも私の魔力が必要なんですからやめてください」


 ならこの怒りはどこに向ければいいんだぁ……!


「そんな怖い顔をしないでくださいよ。ほら、これを見ればきっと落ち着きますよ?」


 拳を握りしめて怒りを抑えていると、不意に清水が立ち上がってスカートをゆっくりとめくりあげていた。


 それを見せられたら、俺の怒りは消え去って驚きと興奮の感情が溢れてきた。


 その健康的な太ももとギリギリパンツが見えないくらいの太もものラインがたまらなくリビドーを刺激してくる。


「おぉ、さすが攻略の書。怖い顔がスケベな顔に早変わり」


 そうやってコントロールされている様は人から見れば無様だろうが、悪くない感じがしてますね、はい。


「私に協力、いえ、私と一緒にプロハンターになるのなら、いい思いができますよ?」


 その甘美な言葉は、まるで童貞たる俺が卒業できるのではないかと思える言葉に聞こえる。


 だがコンビニで働いていた時の後輩と関係を持つとか何か抵抗があるし、いい思いがそれかどうかも分からないから油断ならない。


「ちなみに、私も処女ですから今ここで処女じゃなくなるのもいいと思っていますよ? 今後長いお付き合いをすることになる九条さんには、それくらいの関係になってもいいと思います」

「えぇ……でもいい関係を築くために体を重ねるって……」


 俺の言葉に呆れたようなため息を吐く清水。


「これだから童貞は……いいんですよ。九条さんとは共通の趣味を持っていますし、九条さんだから関係を築きたいと思っているんです」


 我、大義名分を得たり!


 その後童貞丸出しの態度に少し笑われて恥ずかしかったが、無事に童貞は卒業できました。


 母さん、俺ようやく大人の階段をのぼれたよぉぉぉ!

最後まで見てくださってありがとうございます。誤字脱字あればご指摘お願いします。

評価・感想はいつでも待ってます。よければお願いします。

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