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大罪 ~たいざい~

本日2度目の更新です。

ルイーズ様が倒れたと聞き、僕は王宮を訪れた。


広い寝室にはベッドに横たわる王妃と数人の侍女が静かに控えている。

国王であるローライはひと月ほど前から外交のため国を空けている。その間に、王妃はみるみる体調を崩していったのだ。


「容体は?」


僕は枕元に座るベアトリーチェに声をかけた。


「…あまり良くはありません」


苦し気に浅い呼吸を繰り返すルイーズ様にこれまでの面影はない。頬はこけ青白い顔色に艶のない髪。

おそらく、あの日中庭で見た輝くような笑顔はもう二度と見る事は叶わないだろう。


「医師はなんと?」


僕の問いにベアトリーチェが静かに首を振る。


「こんなに急激に衰える病など聞いた事がないと。中毒の可能性も考え食事を調べましたが異常はございませんでした」


ベアトリーチェの代わりに侍女頭のサラがそう答えた。


「そうか」


「ごめんなさい…パイロン。せっかく来てくれたのにこんな姿で…」


ようやく絞り出したような小さな声でルイーズ様が詫びる。僕は彼女の顔を覗き込むと安心させるように微笑んで見せた。


「今、国内外を問わず優秀な医師を手配しております。ルイーズ様はご心配なさらず安静になさってください。まもなくローライも帰ってきますから」


そうは言ったものの、今回の視察は海の向こうだ。三月の日程で組まれた予定をそう簡単に繰り上げる事は不可能だろう。一応書簡で知らせは出したが、すぐに引き返したとしてもひと月はかかる。それまで彼女の命がもつとは到底思えない。


(まあ、そうなるように仕組んだのは僕なんだけど)


「…お仕事のお邪魔になってはいけません。ローライには知らせないで…」


ルイーズ様の苦し気な笑顔を直視できず、僕はそっと目を逸らした。



今後の方針について相談するという名目で、僕は侍女頭を伴い寝室を後にした。

人払いをした執務室で彼女の報告を聞く。


「すべては順調です」


「そのようだな」


僕は机の上に肘を乗せ手を組むと彼女をじっと見据えた。


「抽出した植物の毒を(リップ)に混ぜました。少量ずつ摂取させましたので多少時間がかかりましたが、かえって疑いを招かずにすみました。今後はいかがいたしましょう?」


「これ以上の手出しは無用だ。放っておいても彼女は長くないだろう。お前は怪しまれないよう細心の注意を払え。紅の処分も忘れるな」


「承知いたしました」


侍女頭はそう言って部屋を後にした。







ルイーズ様に恨みはない。

それどころか、敬意を払い、一生をかけてでもお仕えしたいと思えるほど聡明で気品あふれる王妃だった。


「会いになど行かなければよかったか…」


罪悪感。


これまでに何人もの人間をこの手にかけてきて初めて味わう感情だった。

僕は机の引き出しから琥珀色の蒸留酒を取り出すと、並々とグラスに注ぎ、その半分ほどを一気に煽った。

喉を通る時の焼けるような感覚に思わず顔をしかめる。元々酒に強い方ではない。が、ここ最近一気に飲む量が増えたのは間違いなかった。飲んだからといって何かが変わるわけではないが、都度訪れる酩酊感が、一瞬でも何かを忘れられる気がしてやめるにやめられない。



そして、ベアトリーチェの悲しげな顔。

いつになっても、彼女にあんな顔しかさせられない自分が心底嫌になる。

彼女の笑顔など今後二度とみられないのではないかと、残りの酒も一気に煽った。





それから2週間後、ルイーズ様は静かに息を引き取った。死因は不明。表向きは病死として公表された。


ローライが彼女の死に目に会う事は叶わなかった。憔悴しきった彼を慰める術を僕は知らない。今の彼はおそらく、僕がベアトリーチェを失った時の数百倍の悲しみを味わっているに違いないだろう。

ルイーズ様の棺に顔を埋め、忍び泣くローライから目を背け、僕は部屋を後にした。


と同時に、突然何者かに腕を掴まれた。

そのまま腕を引かれ近くの部屋に引きずり込まれた。突き飛ばされ、もつれた足がたたらを踏みそのまま前に倒れ込む。起き上がろうと体勢を整えたところで馬乗りになった()()に胸倉を掴まれた。


「パイロンっ!!!あなた何て事を…っ!!」


涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせずベアトリーチェが憎々し気に僕を睨みつける。


「ベアトリーチェ…どうして……」


彼女の様子からしておそらく真実を知ったのだろう。侍女頭が口を割らない限りこの事実は永遠に闇に葬られるはずだったのに、なぜ…。


「紅が…無くなってたの…っ!先月サラ様(侍女頭)が持ってきたばかりの紅がっ!!思えばあれを差し始めてからルイーズ様の体調が悪くなっていった!もっと早く気づいていれば…っ!!そうしたらルイーズ様は…っ」


彼女の勘の鋭さには舌を巻く。処分の指示を出したことが裏目に出たと後悔した。


ベアトリーチェが悔し気に唇を噛みしめる。強く噛みしめた唇に血が滲む。その唇にそっと差し出した手を思い切り振り払われた。


「サラ様を問いつめたわ!!彼女は何も言わなかったっ!でもあなたでしょう!!全部あなたの指示だったんでしょう!!パイロン…あなた…自分が何したかわかってる…?取り返しのつかない事をしたのよ。許されない事を…」


ベアトリーチェが両手で顔を覆った。声を殺して泣く彼女の細い肩を、つい抱きしめたい衝動にかられた。


「それで…、君はどうするの?」


僕の問いに彼女が悲し気に顔を歪ませる。


「決まってるでしょう…。すべてをお話するわ。サラ様の事もあなたの事も。そしてすべての元凶が私であることも…」


それを聞いたローライはどうするのだろう。

僕の首を刎ねるだろうか…。彼女の胸に剣を突き立てるのだろうか…。


いっその事、そうしてもらった方がどんなに楽だったかと、(のち)に考えた事は一度ではなかった。

あの時ああしていれば、こうしていれば…僕の人生には常に後悔しかなかったような気がする。



「……真実を話したところでルイーズ様は戻らないよ…」


ついそんな言葉が口をついた。その瞬間、



パァンッッ



ものすごい音が響き、左頬に衝撃が走った。脳が揺れるような感覚に一瞬意識が飛ぶ。僕はかまわず続けた。


「君はこのまま何も成さず、ただ(ローライ)に首を差し出すの?そんなのは無駄死にだ。ここまで落ちた()()()だけど残された道は一つじゃない」


一蓮托生。巻き込まれたのはどちらだろう。でも今更後戻りなどできない。

親友の愛妻にまで手にかけた今、もう恐れるものなど何もない。


「君はローライの妻に…王妃になるんだ。そしてその手で、せいぜい王子たちを守ってやるといい」


「まさか……っ。あの子たちに何かするつもりなのっ?!」


ベアトリーチェの顔色が変わる。彼女をその気にさせるにはこのくらいの脅しが必要だろう。


「さあ…。それは…君次第だと思うよ。大丈夫。今はまだ何もしない。僕の願いは君が王妃になり、呪いを解く術を見つける事。それさえ叶えば僕の役目は終わる。僕の事は君の夢を叶えるための駒だと、そう考えてくれればいいんだ。そのために得た力だからね。君は僕を存分に利用するんだ。君にはその権利がある。だから…ね?ベアトリーチェ。余計な事は考えなくていい…いいね?」


「パイロン……」


ベアトリーチェの顔に絶望の色が浮かぶ。




「…私は……あなたを一生許さない…」


「……うん」


「王子たちは…絶対に殺させない。私がこの手で絶対に守る…」


「うん」


「私が王妃になったら…あなたを処刑台に送るわ…」


「うん…」


「……パイロン…ッ」


彼女の黒曜の瞳から涙が止めどなくあふれる。そんな彼女が愛おしくて僕は我知らず微笑んだ。

この時の彼女の心情に僕が少しでも気づいていたなら、後の僕たちの関係はもう少し違ったものになっていたかもしれない。

しかし殻に閉じこもった愚かな僕が彼女の心に気づく事など、未来永劫こなかった。




本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次回更新は6/5(土)予定です。


よろしくお願いします。



本日更新予定でしたが来週に変更させて頂きます。

申し訳ありません(2021.6.5)

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