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馴染 ~なじみ~

本日、2回投稿させて頂きます。

2回目は19時予定です。

山のように積まれた書類に一通り目を通し、サインを終えたところで(ペン)を置いた。目頭を軽く押さえ揉み解すと小さく息を吐く。

近くに置かれたカップを手に取り、口をつける。(ぬる)いを通り越し冷たくなった紅茶は若干の渋みが増す。それを一気に飲み干すと大きく息を吐き、ドサリと背もたれに体を預けた。


父に代わり宰相の地位に就き二年が過ぎた。


(これだけの業務を顔色一つ変えず(こな)していたとは…。さすが我が父、バケモノだな)


宰相職というものがいかに大変かという事を身をもって知った。日々途切れることなく届く嘆願書、各領の財政状況や税に関する報告書の査閲(さえつ)に政策会議、外交…。本来であれば他者に任せて問題のないような案件までこちらに回ってくるのは父の行ってきた独裁が要因なのだろう。


(死んでなお僕を苦しめるとは……どれだけ僕が疎ましいんですか…)


つい口端に皮肉の笑みが浮かぶ。




開け放たれた窓から気持ちの良いそよ風が流れ込む。その風に乗って聞こえる楽し気な笑い声に惹かれ、引き寄せられるように席を立った。

中庭に面した窓辺に立つと家族で仲睦まじく過ごす国王ローライの姿が見えた。母であるルイーズ王妃の手を引き、はしゃいでいるのは第一王子アレクシス様。ローライに抱かれながら、母がいいと懸命に腕を伸ばす第一王女クローディア様。そして侍女の腕に抱かれスヤスヤと眠るまだ生まれて間もない第二王子のエリオット様。幸せな家族の団欒。その光景に思わず目を細めた。


ルイーズ様が侍女に何かを話しかけた。すると侍女は慌てたように首を横に振る。その様子を見ていたアレクシス様が近くの椅子を引きずるように運び始めた。すかさずローライが手を貸し二人で一緒に椅子を運ぶと侍女にそれをすすめた。恐縮するように後ずさる彼女だったが、やがてあきらめたようにその椅子に腰を下ろした。皆が彼女を囲むようにエリオット様を眺めている。


「……」




侍女の名はベアトリーチェ=ホールデンという。一年ほど前からルイーズ様付きの侍女になった侯爵家の令嬢だ。幼い頃から隣国に留学していたという彼女は、とある事情でこの国に帰郷した。優秀であった彼女は王宮侍従長の目に留まり王妃ルイーズ様の侍女として宰相である自分の元に推薦書が回ってきた。数十人はいたであろう候補者の中からふるいにかけられ、王妃の侍女頭のお眼鏡に叶ったのが彼女、ベアトリーチェという()()()だ。


彼女の仕事ぶりは多方面からひっきりなしに耳に入った。よく働く、気が利く、他の侍女たちのように噂話をする事もなければ耳をそばだてる事もない。そして美しい…。


美しい、は聞き捨てならないが彼女の評判は概ね良好のようだった。今目の前の光景を見ても彼女が王夫妻に気に入られているのは一目瞭然だろう。







「ベアトリーチェはいいな」


先日、久々にローライと飲む機会があった。


「ルイーズが、とても彼女を気に入ってるんだ。それに子どもたちも彼女の言う事には耳を傾ける。お前もたまにはいい仕事をするんだな」


「いつも、の間違いだろう」


ローライの軽口に僕も調子を合わせる。生まれて間もない頃からの付き合いでもあり、プライベートではお互いの立場を忘れて語り合う事も少なくなかった。


「娘を隣国に留学とは、ホールデン卿がそんなに教育に熱心だったとは知らなかった」


「…そうだな」


実際には賭博と横領に手を染め没落寸前だった事実を彼は知らない。


「外になど出さず手元に置いておけばよかったものを…」


ローライが含みのある言い方で酒に口をつける。


「なぜ?」


その言い方が少し気になった。


(まさか、ベアトリーチェの事を……?)


それは、まさに自分が望んだ未来だった。それなのに、心に(にじ)焦燥(しょうそう)を押さえる事ができない。


「そうすれば……お前の細君に推薦してやれたのに」


「……っ!」


一瞬、彼女と僕の関係を知られてしまったのかと心臓が跳ねた。毛穴が開き鳥肌が立つ。しかしそれは全くの杞憂だとすぐに分かった。


「彼女のような女性の方が、お前には相応しかったんじゃないかと思ってな。好きだろ?ああいう女性(タイプ)。聡明で無口、そして美しい。それに何と言っても気が強い」


ローライがフフッと楽しそうに笑った。


「彼女な、叱るんだよ俺の事。そのようにお子さまたちを構い過ぎてはなりませんっ!って。甘やかされて育った子どもはろくな大人になりませんってさ。おかしいだろ。仮にも俺はこの国の王なのに。彼女そんな事全く気にしないんだ。みんなが俺の顔色を窺がってハラハラしてるのが更におかしくてさ…っ」


クックッと笑い転げるローライの姿に呆気にとられる。


「ルイーズも彼女のそういう所が気に入ったんだろうな。最近じゃ二人して俺を追いつめるんだ。ひどいだろ?全く…女は怖いよ」


そう言いながらも楽しそうなローライがひどく羨ましく思えた。


「だから…ベアトリーチェがお前の細君だったらと、夢を描いた。彼女だったらお前の笑顔を引き出してくれるんじゃないかと思ったんだ。昔みたいに…」


ローライが真面目な顔で僕を見た。


「お前、夫人とうまくいっていないだろう?」


「……」


心配そうな彼の顔。


「俺がお前の私生活に口を挟むべきではない事は十分承知している。だがお前も結婚して3年以上が経つ。このままでいいとは思っていないだろう?」


色々な噂が出回っている事は僕も承知している。その中にはローライの耳に届いているものも少なくはないだろう。ローライの言わんとすべきこと…それはつまり後継について、だ。


「どんな噂を耳にしたかは知らないが、僕たちはそれなりにうまくいってる。後継についてもちゃんと考えてはいるさ。ただ今はまだ、父の後を継いだばかりで余裕がないだけだ。時期が来たらいずれ…。アリシアも理解してくれている」


全くのウソだったが、そう言うしかなかった。ローライは僕の顔をじっと見つめていたがやがて静かに息を吐いた。


「そうか…。いや余計な事を言ってすまなかった」


「いや、僕の方こそ心配をかけた。王にこれだけ心を砕いてもらえる僕は、幸せだな」


「はははっ、そうだろう。お前には、国と俺のためにもっと働いてもらわないといけないからな。お前の代わりはいないんだから。信頼してるぞ、パイロン」



そう言うとローライはヒラヒラと手を振りながら部屋を後にした。


ドアが閉まると同時にろうそくの炎が大きく揺れた。僕はグラスのステムを掴むと炎に透かして中を眺めた。中に残った琥珀色の酒が怪しく光る。僕はそれを一気に煽ると静かにテーブルに置いた。



「……そろそろ、頃合いだな」









本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

推敲が間に合わなかったので予定の半分を更新させて頂きました。

続きは本日19時にUPさせて頂きます。

よろしくお願いします。



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