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蜜月 ~みつげつ~

5/7までサブタイトル「中」でしたが二話に分割しました。三話目の「別離」は中の後編となります。

続話は5/8更新予定の「計略」にお進みください。


「……それじゃパイロン。あなたはその、白い魔力を持った少女が呪いを解いてくれるかもしれないと、そう考えているのね」


ベアトリーチェが考え込むように唇に指をあてた。その口元にサンドイッチのソースがついているのに気づき、そっと指先で拭う。


「うん。この3年、呪いについて記述のある文献は片っ端から読み漁った。アドラムの書庫はもちろんローライに頼んで王室の文書館の文献も全てね。その結果、僕は『白き乙女』の魔力には呪いを解く力があると…そう結論付けた。呪いを解く鍵は彼女たちが握っている、そう考えて間違いない」


「『白き乙女』…。そんな不思議な魔力を持った少女がこの世に存在するなんて…」





あの出会いから3年の月日が流れた。


ベアトリーチェは13歳になり、まもなく14歳の誕生日を迎える。当時より随分と身長も伸び、顔つきも大人の女性のそれへと変わりつつある。会うたびに美しくなる彼女を見る度、今まで感じた事のない焦燥感に襲われることが多くなった。


僕は拭ったソースのついた指先をそっと自分の口に近づけた。気づいたベアトリーチェが慌ててその手を押さえる。が、時すでに遅し。

パクっとくわえ微笑みかけると、途端に頬を赤く染める。


「…もう。やめてよ、パイロン」


「ふふ、ごちそうさま」


普段勝ち気な彼女だが、こんな時に見せる恥じらいの顔がたまらなくかわいらしい。


出会いの場でもあった中庭は、そのまま僕たちの逢瀬の場所となっていた。

大木の根元に並んで座り、彼女の用意した軽食を二人でつまむ。会話の内容は主に呪いの話だったけど、お互いの家族の話だったり、友人の話だったり、この領の民の話だったり、王都の流行(はやり)だったり…。

この頃の僕たちは時間を忘れ、とても穏やかで楽しい時間を過ごしていた。

三月に一度しか会えない寂しさに想いは募るが、彼女の願いを疎かにするわけにはいかず、自領にいる間はずっと呪いの調査に時間を割いていた。


「でも、そんな女の子ホントに存在するの…?古いだけが取り得のこの領でもそんな伝説、聞いた事ないけど」


ベアトリーチェが半信半疑の顔で僕を見る。


「それは、そうだろうね。この情報は国家機密だから。王家と直系の公爵家でしか共有していない」


「え…っ。それ、私が聞いてもいい話?」


紅茶をすすりながら僕がそう言うと、ベアトリーチェの表情が途端に硬くなる。


「良くはない。でも、君との間に秘密は作りたくないから」


そもそもこの伝説を秘匿にしているのは、良くも悪くも『人の欲』に利用されやすい彼女たちの命と尊厳を守るため。


過去、多くの乙女がこの『人の欲』に飲まれ若くして命を失ったという。

血統ではなく、いつどこに生まれ落ちるか全く予想のつかない存在。ある者は平民に、またある者は貴族の令嬢に…。彼女たちの多くは力の覚醒と共に、周囲の人間に利用されその力を搾取され続けたという。文献によれば20歳を迎えたものは皆無。それが彼女たちが『乙女』と呼ばれる所以(ゆえん)なのだ。


「残念ながら今現在、このロクシエーヌに『白き乙女』の存在は確認されてない。文献によると前回の誕生は約50年前。伯爵家の令嬢として生まれ、16歳でその生涯を終えたそうだよ。白い魔力は扱いが難しいらしいから仕方がないのかもしれない。僕たちの扱う魔法力とは根本的に力の源が違うようだから」


「どういう事?」


「手記によると、白き乙女の魔力の源は彼女たち自身の生命エネルギーらしいんだ。僕たちの魔法力は自然のエネルギーを魔力に変換しているだけだから体への負担は全くない。でも乙女は…魔力のコントロールができなければ黙っていても命が削られていく」


「そんな…」


今でこそ手記や文献を通し、彼女たちの力の秘密をある程度は理解することができる。しかし王家が管理する以前の彼女たちは、本人ですら自分の体に何が起きているのか理解することもできず、ただ不安をかかえながら短い命を散らしていったに違いない。


僕の説明に、ベアトリーチェが思いつめたように下を向く。


「かわいそうね。そんな力望んで手にしたわけではないだろうに…」


そして膝の上で両手を強く握りしめた。


「私も…結局はその人たちと同じね。私の『欲』で彼女たちの力を利用しようとしてるんだから…」


僕はそんな彼女の手を包み込むように握った。


「それは違うよ、ベアトリーチェ。僕たちの望みは呪いを払う事、決して私欲なんかじゃない。それに、もし乙女が見つかったとしても協力を願うだけ。絶対に無理なんかさせないよ。乙女の命と尊厳は僕が責任をもって必ず守る。だから君がそんな風に気に病む必要はないんだ」


僕はベアトリーチェを引き寄せ優しく抱きしめた。


「君はなんの心配もしなくていい。今ドーソンに頼んで乙女の捜索を始めてる。各地に人を送ったから何か情報が入ればすぐに僕の耳に入るようになってる」


ドーソンと言うのは僕の学生時代からの友人でベレスフォード侯爵家の嫡男だ。強面のくせに気のいいやつで、卒業後もずっと付き合いが続いている。


「あいつは口が堅いし頼りになるんだ。すぐには無理かもしれないけどきっといい情報を持ってきてくれるはずだよ」


僕のその言葉にベアトリーチェが静かに微笑んだ。


「ありがとう、パイロン。今まで私の話をまともに聞いてくれる人なんて一人もいなかった…。あなただけよ…あなただけが、真剣に私の言葉に耳を傾けてくれた。本当に感謝してる」


「言ったろう、君のためなら何でもするって。それで…なんだけどね……ベアトリーチェ」


急に改まった僕に、ベアトリーチェが「ん?」と首をを傾げる。


「もし君さえよかったら…その…、僕と婚約…してくれない、かな?」


「え……?」


突然の申し出に彼女の体がピクッと跳ねる。


「もちろん…すぐじゃなくていいんだ。君はまだ13だし…急にはそんな事考えられないだろうから…。だから15になるまで待つよ。その時に、返事を聞かせてもらえばいい。だから…少し考えてみてもらえないかな?」


生まれて初めての精いっぱいの告白。

おそらくこの時の僕の顔はおもしろいくらい真っ赤に染まっていたに違いない。

ベアトリーチェはそんな僕の顔を見て驚き、そして嬉しそうな、でも少し悲しそうな顔で微笑んだ。


「ありがとう、パイロン…。あなたの気持ちすごく嬉しい。そうね、15になったら…きっとお返事させてもらう」


「うん…。愛してるよ、ベアトリーチェ…」







王都に帰った僕は再び『白き乙女』の情報集めと捜索に心血を注いだ。


父に呼びだされたのはそんな時だった。


「パイロン…。お前、最近ずっと書庫に籠っているそうじゃないか。一体何をこそこそやっているんだ?」


普段父は僕にあまり関心を示さない。こんな薄い色の瞳で生まれてきた一人息子に、期待などしていない事はとうの昔にわかっていた。そんな父が黄金に輝く瞳で鋭く僕を見据えるのには何か理由があるに違いない。


「特に何をと言うわけではありません。折角の蔵書もホコリを被ったまま放置していては勿体ないですから。少し整理をしていたんです」


呪いの解術に対し消極的な父に、これまでの自分の成果を正直に話す気にはなれなかった。


「そんな事をお前がやる必要はない。それよりも、お前にはもっと他にやらなければならないことがあるだろう」


ため息交じりに父がこめかみを抑える。


「仕事なら遅滞(ちたい)なく処理しています。特に問題はないと思いますが」


アドラムの後継としてやるべき実務はきちんとこなしている。文句を言われるような失態は何一つない。


「そうではない。お前、ヘイズ家のアリシア嬢とはうまくやっているんだろうな?」


「……!」


突然その名を振られ、気が重くなった。


(その件か…)


顔には出さず、胸の奥で深いため息を漏らす。


「先日彼女の父から、お前がアリシア嬢にちっとも会いに来ないと小言を言われた。お前も今年で21になる。そろそろ身を固めてもよいのではないか?」


アドラムの傍系にあたる公爵家の三女アリシア嬢は、政略的に結ばれた僕の婚約者だった。とはいえ僕にその気は全くなく遠回しにずっと断り続けていた縁でもある。


「…父上。その話は何度もお断りしてきたはずです。僕は彼女と結婚するつもりはありません」


「なぜそう頑なに拒む。家柄も容姿も問題なかろう。彼女になんの不満があるんだ?」


この頃の僕はまだ、純粋で真っ直ぐで…そして愚かなただの子供だった。世間の醜さも知らず、大人の汚さなど微塵も疑わない年だけを重ねた只の子供…。この時の選択を、僕は死ぬまで後悔することになる…。


「父上…。いい機会です。その件についてお話ししたいことがあります」


僕はベアトリーチェへの想いを包み隠さず父に告げた。自分がどれだけ彼女を愛し、将来を共にしたいと願っているか。彼女が15歳になったら婚約を結びたい旨と、彼女以外の女性を愛することはできない事を切々と訴えかけた。普段関心を示さずとも、一人しかいない大切な跡取りだ。少しでもその幸せを願う気持ちがあれば、親として望みの一つくらい叶えてくれるだろうと…、その時の僕はそう信じていた。


父は黙って、僕の話を聞いていた。そして小さく「そうか」と呟いた。

否定するでも怒鳴りつけるでもなく、額を押さえはぁぁ、と長く息を吐いた父は「ヘイズ家には私から旨く言っておこう」とそう答えた。

その言葉に僕の目の前は急に日が射したように明るくなった。

まさか父の口からそんな言葉が聞けるとは夢にも思わなかったからだ。

予想外の反応に、初めて父に親としての情を抱いた。僕は父の恩情に報いるためこれまで以上に執務に真摯に取り組んだ。




それから一年が経ち季節は夏を迎えた。

真夏の暑い日差しを避け、早朝に出発した僕はいつものようにマールムに向かう。三月に一度とはいえ、既に通いなれたいつもの往路。僕は胸元に忍ばせた小さな箱にそっと触れた。


三月に一度の視察日をその日にしたのにはちゃんとした理由がある。


その日はベアトリーチェの15歳の誕生日。そして彼女から大切な返事を貰い受ける日。



三月前の別れ際、僕は彼女に約束の答えを求めた。三月後のこの日に返事が欲しいと。彼女は恥じらうように俯くと、黙ってそっと頷いてくれた。



いつもの様に会食を終え、いつものように中庭に向かう。

最初の祝いの言葉はきっともう誰かに取られてしまっただろう。悔しいがこればっかりはどうしようもない。けれど彼女の誕生を祝う気持ちは誰にも負けていないのだと一刻も早く伝えたかった。



到着した中庭に彼女の姿はなかった。



普段なら笑顔で迎えてくれるはずの彼女がいない事を不思議に思った。でも誕生日だし、支度に手間取っているのかと思い直し、僕は大木の根元に腰を下ろした。


沢山の葉を茂らせた大木が適度な木陰を作る。何度も巡る季節の過程でこの木がオークである事を知った。風が吹く度、枝葉がこすれ合いさわさわと音を立てる。僕は胸元に忍ばせた小箱をそっと取り出すと蓋を開けた。


そこには今日の為に用意した細身の指輪が一つ、キラキラと輝いている。

繊細な細工を施した白銀(プラチナ)の地金に、中央に輝く黒色の石。宝石商によるとそれはブラックスピネルと言うのだそうだ。今思えばもっと高価な石でもよかったのかもしれない。でも彼女の瞳によく似たこれを、僕はどうしても彼女に送りたかった。


(喜んでもらえるだろうか…)


彼女の笑顔を思い浮かべるだけで僕の胸はいっぱいになった。



どのくらいの時間が経ったのだろうか。

真上に輝いていた太陽が徐々に西に移動し、オークの影が東に長く伸びる。


いつまで待っても現れない彼女に、僕の胸に不安がよぎる。僕は急いで屋敷に戻ると近くにいたメイドに声をかけた。


「すまない。ベアトリーチェの姿が見えないのだが、何かあったのか?まさか病で伏せているのでは…?」


そう尋ねるとメイドは不思議そうに首を傾げた。


「ご存じありませんか?ベアトリーチェ様なら先日、嫁がれましたよ」



本日も最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。



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