表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

聖女 ~せいじょ~

お久しぶりです。

ようやく更新しました。

内容的には本編の171・172話辺りとリンクしてます。

宜しければそちらと合わせてご覧ください(多少内容に齟齬有)

乙女が逃亡したという知らせを受けた僕は屋敷へと戻った。

カイル殿下の命は風前の灯。いつ亡くなってもおかしくはない状況だ。早急に乙女を覚醒させ、殿下を救う必要がある。


(今彼女を逃す訳にはいかない。たとえどんな手を使ってでも彼女には覚醒してもらう)



「閣下、こちらです」



兵士に導かれるまま中庭へと向かった僕はその光景に目を瞠った。



見上げた先、矢狭間から空に身を躍らせた小さな体躯。ドレスと髪がふわりと風をはらみ、引き戻そうと伸ばされた小子爵の腕を振り切る。今まさに乙女が飛び降りた瞬間だった。


「何を……っ!」


飛び出た先は本邸のテラス。おそらくそこに飛び移るつもりなのだろう。思わず大きな声が出る。

風に煽られた少女がバランスを崩した。あと一歩のところで手が届かず、そのまま地面に向かって落下する。


「……っ」


だめだ…そう思った瞬間、テラスから伸びた手が彼女の腕をつかんだ。金髪の青年。その姿にはなぜか見覚えがあった。


「急いで下に!!受け止めろ!!」


急ぎ指示を出し、自身も向かう。二人の体は地面に引き寄せられるように徐々にずり下がる。共に落ちるのも時間の問題……。


刹那、二人の手が離れた。

いや、彼女が手を振り切ったようにも見えた。あっという間に地面に向かって少女が落下する。


(終わる…のか…?こんな形で…こんなに呆気なく…?)


この十数年の記憶が走馬灯のように心を駆ける。心を殺し、すべてを捨て、最愛の人に恨まれながらも恥を忍んで生きてきた日々。それが彼女への贖罪となるなら、どんな非道な事をもためらう事はなかったこれまでの日々。


(僕はまた……)



ガクガクと震える手で顔を覆う。絶望が心を支配し強く目を閉じる。


「おい…見ろ…っ!」


兵士の声にはじかれるように顔を上げた。信じられない光景に僕は息を飲む。


少女の体から放たれる眩いばかりの白い光。青年の胸に抱かれ、柔らかな風の渦に包まれながらゆっくり、ゆっくりと地面に触れる。



覚醒したのだと思った。

崩れそうになる膝に喝を入れ、二人の元に駆け寄る。



(…まだだ…っ!まだ終わっていない。僕はベアトリーチェを救える……っ!)



二人を囲むように兵士たちが距離をとる。そのあまりの神々しさに臆したのか、誰一人その場を動けずにいた。

徐々に消える白光と風の渦。やがて浮かびあがった若い二人の姿に周囲が固唾を飲む。

互いに縋りつくように抱き合い涙を流す二人の男女。青年の口からは絶えず謝罪の言葉が繰り返される。少女が頷き、そして首を振る。


僕はようやく気付いた。



(生きていたのか……)



金糸の髪から垣間見える緑柱石(エメラルド)の瞳。

9年前、僕が排斥し亡き者にした当時の王太子殿下。アレクシス=ラングフォード第一王子。



点と点であった事象が線で繋がる。


ダンフォードの報告にあった王子失踪の現場はヴェルナー領と隣国の境だった事、ヴェルナー家の令嬢であるステラはその地域のスラム出身である事。そして緋色の髪の彼女の従者…。


これまでの自分なら容易に気づいたであろう事に気づけなかった自分に対し、自嘲する。


「覚醒したようですね、ステラ嬢。いや白き乙女」


呼吸をを整え、これまで通りの自分を演じる。より強く、威圧的に。

殿下がするりと剣を抜き、少女を背に庇う。


「まさかあなたが生きていらっしゃったとは。ダンフォードの陞爵は過ぎた褒美だったようですね」

「パイロン…っ!」


鋭い視線が僕を貫く。


「あなたがここに現れたのは想定外でしたが、私が用があるのはそちらのご令嬢です。ステラ嬢、おとなしく従って頂けますね?」


剣の切っ先が喉元に触れる。少しでも動いたら一瞬で首と胴体が泣き別れになるだろう。


「私にはどうしても彼女の力が必要なのです。大人しく渡しては頂けませんか?決して害する事はないとお約束します」

「カイルの病状は…そんなに深刻なのか?」

「……」


想定外の返答に、思わず冷静さを欠いた。狼狽えた自分を立て直そうとする間も与えず殿下が続ける。

バーナードの事、呪いの事、そして僕とベアトリーチェの過去、犯した罪…。


「今更…そんな事を言ってどうなると言うんでしょう…。私は私の正義を貫くのみ…」


顔を上げる事が出来なかった。

これまでの綱渡りのような日々。誰に相談することもできず、いつの頃からか自分の判断にさえ自信が持てなくなっていった。自分を偽り、虚勢を張り…でももう引き返すことは叶わない…。



その時、




「ちょーっと待ったぁっっっ!!!」




これまで聞いたことのない女性の、地を這うような大声が響いた。



「さっきから二人して深刻なお話をしてるみたいですが、ちゃんと私にもわかるように説明してください!!」


乙女だ。


白き乙女が、中庭に響き渡るほどの大声で一気にまくしたてる。


「カイル様ってもしかして王子殿下のカイル様ですか?!具合が悪いんですか?!なんできちんと説明してくれないんですか?!相談してくれたら私だって逃げたり暴れたりしなかったのに!!わざわざ怖がらせるようなことばっかりして!!」


乙女が直もまくしたてる。


「だいたいやり方が間違ってます!そんな死んだ魚みたいな目になるまで自分を追い詰める必要ってありますか?!誰かいなかったんですか?!あなたの相談にのってくれて真剣に叱ってくれる人がっ!!!」

「死んだ魚…」


生まれて初めて言われた暴言。


(これは…悪口というやつか)


呆気に取られている僕の隣で、ブッ…っと吹きだしたのは殿下だった。


「この状況で説教とか…っ!心臓強すぎっ!さすがに……ふっ!はははっ!!」

「な…なによっ」


文字通り腹を抱えて笑う殿下と、真っ赤になりながらワタワタと慌てる乙女。

こんな状況下にもかかわらず、笑顔で言い合いをする二人。そんな二人を眺めているうち不意に肩の力が抜けていくのを感じた。


「はは……っ」


笑ったはずの声が震えた。


「こんな風に…誰かに叱られたのは何年ぶりだろうと、少し懐かしくなりました。友人はとうの昔に捨ててしまったから」


心を許し信頼していた友には裏切られ、心を砕いてくれた友人には取り返しのつかない事をしてしまった。


「パイロン様…」


乙女が真剣な眼差しで僕を見上げる。


「話していただけますか?私は、あなたのために何かできる事がありますか?」


その言葉に、自分の顔から鉄の仮面が剥がれ落ちるのを感じた。

気がつけば涙が一筋、静かに頬を伝う。


「わ…私の…望みはただ一つ…」


震える声で絞り出したのは、これまで誰にも言えなかった一言。


「彼女が…ベアトリーチェが…これ以上苦しまないように…。彼女の笑顔が見たい。幸せになってもらいたい。だからどうか…カイル殿下を救って頂きたい…。あなたの力で…」


地面に頭をこすりつけるように彼女に願った。

そんな私の肩に、乙女がそっと手を触れた。






次話更新は本日14時前後に更新予定です。

あと2話で完結予定です。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ