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記憶 ~きおく~

高い塔(ベルクフリート)に作られた隠し部屋に横たわる一人の少女。

懐かしいこの部屋で僕は少女の記憶を探る。


「驚いたな……」


この魔法を使うのはこれが初めてだった。


代々、アドラム家にのみ受け継がれる特殊な力。

転移、もしくは転生者である『白き乙女』の能力を覚醒させる不思議な魔法力。アドラムがこれまで宰相の地位を歴任しているのはこの力があるからに他ならない。


「…興味深いな」


この世界とは全く異なる世界の情景。

夜にも関わらず、キラキラとまばゆい光の渦に恐ろしく高い建物。王宮の駿馬(しゅんめ)ですら足元にも及ばないであろう不思議な形の馬車…。


「これが彼女のいた世界…。白き乙女の転生前の世界か」


降誕祭のどさくさに紛れて連れ去った少女、ステラ=ヴェルナー。

現代に降誕した待望の『白き乙女』。


確信はあった。

アンダーソン家主催のバザーで見た白い光。池に落ち呼吸の止まった孤児院の少女に懸命に処置を施す彼女の周りを包んだ白い光はまさしく文献にあった白魔力だった。信じられない光景に僕の胸は高鳴った。


(間違いない…っ!ようやく見つけたぞ!ベアトリーチェ…っ)


それからはクラレンス家の嫡男を使って密かに見張らせた。学園に忍び込ませ、徐々に彼女の懐に入りこませた。そうしてようやくここに、彼女を手に入れた。


(この闇は…なんだ?)


記憶の深部、最も深い場所に固く閉ざされた闇がある。おそらくここに彼女の魔力覚醒へとつながる鍵が隠されている。


(壊すか…)


禁忌とされている行為。それが乙女にどんな影響を及ぼすのかはわからない。それでも覚醒に必要とあれば僕はためらわない。


「……」


自らの魔力を闇に注ぎ込む。


その時だった。


少女の体がビクンと震える。大きく見開いた瞳。ハアハアと荒い呼吸を繰り返しながらじっと天井を見つめている。


(目覚めてしまったか)


もう少し薬を多くすればよかったと後悔した。仕方なく彼女と距離をとる。手荒な真似は僕の得意とするところではない。


「…目が覚めましたか?」

「だ…だれ?」


悲鳴を上げることもおびえる事もなくただじっと見上げる眼差しに、歳の割に肝が据わった娘だと推し量る。


(スラム育ちといったか…。なるほどな)


「失礼しました。私はパイロン=アドラム。このロクシエーヌ王国で宰相を拝命するものです」

「パイロン…様…?」


少女は僕の名を聞いた途端勢いよく起き上がり、ベッドの端まで飛び退ると、思い切りこちらを睨みつけた。

その姿に思わず口元がほころぶ。


「何がおかしいんですか?!」

「いえ…猫のようだなと…。あなたを見ていたら少し昔を思い出しました。前にも同じような反応をした少女を知っていたので…」


出会った頃のベアトリーチェも、こんな風によく僕を威嚇していた。


「あなたが寝ている間に、少し記憶を探らせて頂きました。なにか…どうしても思い出したくない事がおありのようですね?どうやらそれが、あなたの覚醒を妨げているようだ」


そんなものはないと否定する少女だが、動揺する様子からは何か心当たりがあるようにも見える。


「私には時間がないのです。あなたの心を壊してでも乙女の力が必要なんだ」


数年前にマールムに送り込んだ息子バーナードもそろそろ限界だろう。領地の半分以上が呪いに侵され、領民の大半が死に、命あるものは逃げ出した。ベアトリーチェの父である領主も気が()れ城は血の海だったと報告を受けた。今はもう手の施しようもない廃領寸前の状態だろう。

それともう一つの懸念。

ベアトリーチェとローライの間にできた第三王子カイル殿下の存在。生まれつき体の弱かった彼の命は今風前の灯だ。いつ亡くなってもおかしくない状態の息子をベアトリーチェがつきっきりで看病している。


(なぜ、彼女ばかりがこんなにつらい思いをしなければならないのだろう)


彼女はただ一途にマールムを愛しただけ。ただそれだけの事がどうして許されないのか。


「あの…っ!他人事だと思って勝手な事ばっか言わないでくれませんかっ?!」


少女が僕を非難する。至極当たり前なその反論に僕の心が急激に冷えた。


(不公平じゃないのか)


この少女はこれまでどれだけの苦労を背負ってきたのだろう。親に捨てられ、でも心あるものに拾われた。貧しいながらもたくさんの愛情を受け、個の存在を認められ伸び伸びと生きてきた。周囲の大人に支えられやりたいことをやり、いくつもの事業をも成功させた。男爵家に受け入れられ学園にも通いたくさんの友人を作り、しかも白き乙女の力まで持っている。


ベアトリーチェに持たせてやりたかったすべてを彼女は持っている。

無性に腹が立った。父ベルゲンにも馬屋番の男にも感じなかった怒りが彼女に向かう。


少女の体がびくりと固まる。


(僕は今どんな顔をしてるのだろう)


彼女の顔が初めて怯えを見せた。


「…ええ、他人事ですから。ただ、あなたに申し訳ないと思っているのは本当ですよ。このタイミングで…私が宰相としてこの国を動かしているこの時代に、偶然転生してきてしまったあなたに心の底から同情します。でも私にはどうしてもあなたの協力が必要なんです」


「か…勝手な事ばっか言わないでください!!協力しろって言うんならちゃんと理由を説明してください!どうして私の覚醒した力が必要なんですか?時間がないって…いったんどういう事なんですか?!」



(理由……)



それを話したら何かが変わるのだろうか。同情も哀れみもいらない。これは僕にしか理解できないこと…。


それなのに…、


ほんの一瞬、心が締め付けられるように痛んだ。

愚かしくも何かを期待した自分がいた。この少女に…。




ドンドンドンッ



激しくドアが叩かれる。我に返り扉を開くと慌てた様子の兵士が小声で囁く。



「カイル殿下が危篤だそうです」

「……」


恐れていた時が間近に迫っている……。


憔悴しきったベアトリーチェの顔が脳裏をよぎった。


「少し……席を外します。すぐに戻りますから戻ったら続きをしましょう。心を壊されるのがお嫌なら、ご自分でその扉を開いてください」


そう言い残し、僕は部屋を後にした。


最後までお読みいただきありがとうございました。

あと2,3話で完結いたします。予定よりだいぶ時間がかかってしまいましたが

今しばらくお付き合いいただければと思います。

よろしくお願いいたします。

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