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親心 〜おやごころ〜

お久しぶりの更新です。よろしくお願いします。

「どういう事ですか?!王妃っ」


人払いをした室内に珍しく荒らげた僕の声が響く。こちらには一切目を向けることなく、ただ無表情に窓外を見つめる彼女。頑ななその態度に心が沈むが今はそんな事態ではない。


「カリスタをジャハラードの修道院に送るなんて…正気ですか?!」


ドーソンに男爵令嬢の身辺を洗うよう指示を出した直後、思いもよらない報告を受けた。

それは、カリスタの処罰をベアトリーチェが独断で下したというものだった。


「あなたがかの国の修道院長と懇意にしていることは知っています。でもあんな辺境国の…しかも最も治安の悪いオースナーの修道院に彼女を送るなんて…っ。あまりにも彼女が不憫だ!」


ジャハラードはここから南へ、船で10日はかかる最果ての島国だ。

当代の女王ネイシスはこれまで鎖国状態だった自国を開き、国の発展に尽力しているが、まだまだ未知の国。発展しているのは王都の周辺地域のみだと聞く。まして修道院のある北部オースナーはいまだスラムの様相が色濃い地域だ。


「彼女の件は、王にも許可を得ています。あなたに口を挟まれる謂れはありません」


ベアトリーチェはそう冷たく言い放つ。


「もう一度よくお考えになるべきです。彼女の将来のためにも」

「あの子の将来を考えるなら尚のことその方がいいでしょう」

「もう二度と会うことが叶わないかもしれない!それでもいいのかっ!」

「それを、あなたが言うのですか?」

「……っ!」


ようやくこちらを振り返った彼女の冷ややかな視線に、僕は言葉を失う。


「もし会えないというのならそれも運命でしょう。私があの子にしてやれることなんてこれくらいしかな残されていないから…」


自嘲気味にほほ笑む彼女に、僕はようやくその意味を悟った。




カリスタが旅立ち、その事後処理のためエリオット殿下が動いたことで、これまで彼女に泣かされてきた令嬢たちの名誉は回復された。一番の被害者であったヴィクター公子とエレオノーラ嬢も良好な関係を築いているとのことだ。




親の愛とは、そもそも何なのだろう。



愛する子が苦労する姿など親なら誰も望んでいないはず。それゆえ自分の失敗を繰り返させないよう気を配り、先手を打ち、間違った道を歩まないようきちんとレールを用意する。平坦で安定した未来。それこそが一般的な親が望むものではないのか。


少なくとも僕の知っている者たちは皆そうだった。かわいい我が子に苦労を強いる者は誰一人としていなかった。


だが、ベアトリーチェは違った。自らが唯一腹を痛めて産んだ娘を、これまで何一つ苦労などしたことのない娘を異国に流した。おそらくカリスタは二度とこの地の戻ることはないだろう。



僕を憎んでいるのと同様に過ちを犯したカリスタを見限ったのか。



でもそれは違うと気づいた。おそらくあれが彼女なりの「愛情」なのだろうと。


出発の前日。ベアトリーチェは憔悴するカリスタの元を訪れた。赤子の時に分かれて以来、一度も対面したことのなかった二人。ドーソンによれば二言三言言葉を交わした後、小さな巾着を手渡しそのまま部屋を後にしたそうだ。そして翌日。城の城壁に立ち涙を流す彼女を見た。


彼女はカリスタを愛していた。


例え傍にいられずとも、一人の人間として恥ずかしくないよう生きて欲しい。それが彼女の願いだったのだ。ドーソンのようにただ欲しいものを与えるばかりが愛情ではなく、僕のように何をしても許される免罪符を与え続ける事もまた然りだと僕たちに伝えたかったのかもしれない。


「僕と出会わなければ、彼女はきっと幸せな人生を歩んでいたんだろうな」


愛する者と出会い、子を成しその成長を見守る。そんな当たり前の幸せを僕がすべて奪ってしまった。




引き出しのボトルを取り出し口をつける。飲み下すと喉の奥がチリチリと焼ける。口の端を指で拭い、僕は再び報告書に目を落とした。



『ステラ=ヴェルナーに関する報告』



ステラ=ヴェルナー男爵令嬢。


ヴェルナー男爵領のスラムにて住人ソフィアによって拾われ育てられる。出生の記録なし。両親不明。6歳の頃よりアレンという少年と共に暮らし始める。(赤髪・藍眼の少年・出自不明・年齢不明)10歳の時、ヴェルナー男爵家の馬車にはねられ重傷を負う。ヴェルナー家にて治療、回復まで身を寄せたのち、移動販売形態の事業開始。その後エイデン商会の後援を得ながらスラムにいくつかの工場、託児所、工房等の新規事業を開拓。ヴェルナー領のスラムを「街」として発展させる。13歳、ヴェルナー家の養子となる。養蜂業を開始。現在王国に流通している蜂蜜のほとんどがヴェルナー産となっている。16歳。王立学園に入学。現在に至る。



「何者だ?この少女は」



報告書に記載されている内容は信じられないようなものばかりだった。


「ワゴン販売の発案者が10歳の少女だと?しかも希少な蜂蜜を国外に輸出できるほどにした中心人物がこの娘…」


読めば読むほど信じられない内容ばかりが書き記されている。

しかし、


「これだけか?」


思った以上に「白き乙女」としての確証にはつながらない内容ばかりだ。


「あとは他愛もない噂や子供の妄言ばかりで信憑性のあるものは特に見当たらない」


ドーソンが紙を繰りながらそう答える。


「どんなものだ」

「例えば…何度人買いに攫われても半日もせずに帰ってくるとか、じゃんけんやくじ引きで負けたことがないとか?」

「他には?」

「病気にかかったところを見たことがない…」

「ほか」

「木から落ちてもかすり傷一つ負ったことがない」

「……」


随分と健康優良児なようだ。


「あとこんなのがある」

「なんだ」

「怪我の幹部に触れて『イタイノイタイノトンデケ』と唱えてもらったら痛みが消えた」

「……」


確証を得るにはどれも弱い材料でしかなかった。


「引き続き情報を集めろ。それから近くで監視できる人間を…ああ、あいつがいい」

「あいつ?」

「いただろう?ギャンブルにはまって身を崩した愚かな男が」

「クラレンスの嫡男か?」

「学園に潜入させろ。金次第でなんでもする男だ。情報次第で屋敷の一つもくれてやるといえばそれなりの働きをするだろう」

「わかった」


ステラ=ヴェルナー。これまでで最も「白き乙女」に近い少女。


(今度こそ……君の願いを叶えてやれるかもしれない。ベアトリーチェ)










遅筆で申し訳ありません。

お楽しみいただけたら幸いです。お読みいただきありがとうございました。

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