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疑念 ~ぎねん~

半年ぶりの再開です。

お待たせして申し訳ありませんでした。

ルイーズ様の死後まもなく、ローライはベアトリーチェを王妃として迎え入れた。


すっかり憔悴しきっていたローライを説得するのに骨は折れたが、結果としてベアトリーチェに誰よりも懐き、彼女の傍をひと時も離れようとしなかった王女クローディア様の後押しが、頑なだったローライの心を溶かしたようだった。



ベアトリーチェは王妃としての務めを日々粛々とこなしていった。

時にローライの右腕となり、妻として義母として三人の子どもたちの教育にも力を注いだ。

当初彼女の輿入れを反対していた前王妃派の貴族たちも、次第に口をつぐむようになった。日々は穏やかに、だが確実に過ぎてゆく。



3年後。

その日は唐突に訪れた。





「パイロン。あなたですか?お母さまをころしたのは」

「……」



虚を突かれ、一瞬言葉に詰まった。



アレクシス=ラングフォード第一王子。



この国の王位継承権第一位であり、次期国王となる王太子殿下だ。


「いかがなされましたか?殿下」


努めて冷静さを装う。いつも通りの穏やかな口調で答えたつもりだったが、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。


「とくに意味はありません。そういったうわさを耳にしたので、みなに聞いています」

「皆に…?」


三人の子どもたちの中でも、このアレクシス殿下は特別な子供だった。

宝石のような緑柱石の瞳にブロンドの髪色。誰もが認める王の器を持ってこの世に生を受けた彼を、誰もが祝福した。魔法力もその才能も桁外れで3歳の頃には既に魔法力のコントロールを身につけていた。ルイーズ様譲りの聡明さと愛らしさ、ローライに似た気品と優しさで多くの人々を魅了する、そんな王子だった。


「そんな噂が出回っているとは存じ上げませんでした。殿下のお耳に入れるような話ではないというのに…私の監督が至らず大変申し訳ありませんでした」


深々と頭を下げる。この話はこれで終わる…そう思っていた僕に、


「べに……」


彼がそう呟いた。

ほんの一瞬体が硬直した。動揺を隠しゆっくりと体を起こす。


「紅…でございますか?」


知らぬふりで問い返す。


「はは上が…()()をさしている所って見たことありますか?引き出しの中にはたくさんのべにがあるのに、どれもへっていないんです。もうじきたんじょう日だからプレゼントしようかと思ったんだけどどう思いますか?色はベージュか……」


殿下は一旦言葉を切って、子供らしい仕草で少し考えるように唇に人差し指を押し付けた。


体が冷えていく。つま先から手の先から、一気に熱が奪われていく。


(殿下が知っているはずがない。サラはとっくに始末した。ベアトリーチェだって殿下にそんな話はしないだろう。でも……)


「ピンク…はないね。はは上のイメージじゃない」


椅子に腰かけ、足をパタパタと揺らしながらかわいらしく腕を組む。


当時、僕が侍女頭だったサラに渡した紅はオレンジ。それはローライが好んだ色だった。だから彼女(ルイーズ様)もそれを好んでさしていた。だからこそ僕もそれを選んだのだ。


「そうだ!」


殿下がパチンと両手を打ち鳴らした。その音に一気に現実に引き戻される。


「オレンジがいい!!」

「……!」

「どう思いますか?パイロン」


真っすぐな瞳に見つめられ、鼓動が激しくなった。鼻から抜ける呼吸がせわしないのが自分でもわかる。動揺するなと脳が命令する。


(焦るな。きっと殿下にそんな意図はない……)


「よろしいのではありませんか?王妃はきっと、殿下のくださるものならなんだってお喜びになると思います」

「そうかな?」


殿下は嬉しそうに椅子から飛び降りると僕に向かって笑顔を向けた。


「ありがとうございます、パイロン。それからへんな事を聞いてごめんなさい」

「いえ。お役に立てたのなら何よりです」

「うん。それじゃ」


深々と頭を下げ王子を見送る。さきほどまでの動揺は消え、その後ろ姿を冷静に見つめる。



始末すべきか…。



答えはもちろん「肯」、だ。



その日のうちに駒となる人間を呼び寄せた。


ディケンズ=ダンフォード。


地方からのし上がってきた文官で『欲』に(まみ)れた男。実力ではなく横領や賄賂を駆使して小さな手柄を重ねてきたいわば小者だが、使い捨てるのは最も都合の良い人種。いつかは使えると以前から目をつけ男爵の位を授け、子飼いにしてきた男だ。

使うなら今だろう。伯爵の位と領地をちらつかせたところ、二つ返事で頷いた。もし失敗したら…その時は切り捨てればいいだけの話だ。



書類をまとめ、執務室を後にする。

回廊に長く差し込む日差しが思いのほか眩しい。冬の深まりと共に高度を下げる太陽もこれ以上傾く事はないだろう。あと二月もすれば雪解けを迎え、春が訪れる。


(マールムのリンゴは無事だろうか…)


日々広がりつつある「アルテイシアの呪い」は、想定をはるかに超えるスピードで浸食を続けている。月例報告によれば、瘴気の森は拡大を続け、近隣の村々を徐々に飲み込みつつあるという。


(このままなんの策も講じなければマールム領全体を飲み込むのも時間の問題だろう。魔法で抑え込む以外方策はない…が、今はその術がない…)


彼の地を抑え込む最も効果的な方法は『土魔法』の力のみ。だがそれを使えるのはアドラムの直系に限られている。()()()()()の僕にはそれらを抑え込むだけの力がない。


(相変わらずなんの役にも立たないな、僕は)


無能な自分に心底腹が立つ。第一王子のような才や力を持って生まれてくれば、少しは彼女の役に立てたかもしれないのに…。


正面で輝く太陽を遮るように手で庇を作る。雲一つない青空を見上げ小さく息を吐いた。そこへ、ふいに耳に届いた懐かしい笑い声。


「……?」


声のした方に顔を向けると中庭の東屋にベアトリーチェの姿を見つけた。彼女の胸には今年生まれたばかりの彼女とローライの息子、カイル第三王子が抱かれている。そしてその隣には見知らぬ幼子が一人。


(…誰だ?)


アレクシス殿下よりは幼く、エリオット殿下と同じくらい…いや少し大きいだろうか。髪色からしても両殿下のそれとは違う、見覚えのない銀髪の幼子…。



それが自分の子であると気付くのに、相当な時間を要した。



バーナード=アドラム。



三大公爵家の一つ、アドラム家の唯一の嫡男。銀の髪に黄金の瞳を持つ、たった一人の僕の息子…。


(なぜ、やつがベアトリーチェと一緒にいるんだ?)


二人は並んで腰を下ろし、彼女の腕に抱かれた赤子を見つめている。その穏やかな様はまるで本当の親子のようにも見える。



胸の奥にドロドロと黒いものが広がる。



僕の妻でありバーナードの母親でもあったアリシアは、彼を産んだ一年後、自ら命を絶った。結婚から4年、一度も関係を持たなかった僕たちが初めてその行為に及んだのは、ベアトリーチェがローライの妻となったその日。後にも先にも、たった一度だけの営みだった。


後継を残すという目的のため、愛のない行為がもたらしたのは、亡き父ベルゲンが切望し、僕が虐げられる要因となった生粋のアドラムそのもの。


待望の後継ぎを産み落としたアリシアは歓喜した。務めを果たし、周囲の冷ややかな目からも解放され、ようやくアドラム家の一員として認められるだろう…と。


「あなたの子ですよ、パイロン…っ。どうか抱いてあげて下さい…っ!!」


産後のやつれ切った顔で微笑むアリシアの顔に、僕は嫌悪しか抱けなかった。

差し出された赤子に触れる事なく、僕は彼女に背を向けた。胸の中にくすぶる黒い感情が表に出ないよう、必死に拳を握りしめ無言で部屋を後にする。その途端、背の扉越しに聞こえてきたのは悲鳴にも似た彼女の咆哮だった。


「どうして…っ!!どうしてなの……っどうして……っ」


叫び声が嗚咽に変わる。そんな彼女を目の当たりにしても、僕は最後まで彼女に罪悪感すら抱くことはできなかった。



これ以降、僕が彼女に会う事はなく、この腕に息子を抱くこともなかった。

彼らの存在すら忘れ、屋敷に戻らなくなって一年ほど過ぎた頃だろうか。アリシアが自分の首を突き自死したと連絡が入った。息子の誕生と共に徐々に心と体を病んでいった彼女。僕などの元に嫁がず、彼女を愛してくれる男と結ばれていれば、きっと今頃幸せな人生を歩んでいたに違いない。


彼女の葬儀を終え、僕は一年ぶりに屋敷に戻った。以前からあまり雰囲気のよくなかった屋敷内は僕を非難する目であふれていた。そうして僕はこの居心地の悪い屋敷から執事一人を残し、全員に暇を出した。新しく雇った使用人は、事情を知らない地方の人間を選んだ。これで少しは居心地がよくなるだろう。その後誰がバーナードの世話をしていたのか僕は知らない。




赤子の時に一度見ただけの息子が成長している姿は何とも不思議だった。そしてその息子がベアトリーチェと仲睦まじく過ごしている様に、妙な焦燥感を覚える。



そんな僕の頭に、ふとある考えが浮かんだ。


(数年後、彼はどれほどの魔法力を使えるようになるのだろうか)


執事の報告によると、彼の潜在力は既にアレクシス殿下を上回っていると聞く。


(少なくとも、足止めくらいにはなるだろうか…)


6年後、僕はたった一人の息子を辺境の地マールムに赴かせる事になる。

人として、親として、最低な事をしているのは十分承知している。

だが僕の心は、そんな当たり前の感情さえも抱けなくなっていた。


「早く楽になりたいな…」


終わりは常に胸中にあった。




「閣下…」


不意に声をかけられ、我に返った。


「なんだ」

「『白き乙女』の捜索状況についてのご報告です」

「聞こう」


ベアトリーチェに背を向け僕は歩き出した。宰相の証であるローブが風をはらんで翻る。


(まだ、終われない…)


全ては彼女のために。





それから数日後、ロクシエーヌ王国第一王子、アレクシス=ラングフォード殿下は王宮から姿を消した。




本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

本作は不定期連載とさせて頂きます。

あと、2~3話で完結予定ですが年度内には何とか終わらせたいと思います。

今しばらくお付き合いくださいませ。

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