第8話 日の出
大変お待たせしました。
1942年6月5日0140時 空母赤城
日の出まで1時間となったミッドウェーより北西350キロ地点の海域において、白波を立てて進む空母の甲板では無数の人影が忙しく動いている。
鐘のようなブザー音が鳴るとエレベーターが艦載機を甲板へと押し上げ、人影は数人掛かりで甲板後部へと移動させていく。その繰り返しである。
艦橋の方を見れば人影が半円を描く様に一人を囲み、黒板に描かれた図を元に時には頷き、時には質問をしたりなど熱心な様子だ。
この光景はこの空母赤城に留まらず、南雲率いる第一機動艦隊第一機動群の空母4隻全てに該当する光景だった
夜明け前に予定海域に到着した第一機動艦隊は当初の予定を少し繰り上げ、艦載機の発艦準備を下令。格納庫作業員はてんやわんやの状況となった。
搭乗員は食事を済ませ、各所のラッタル(階段)を駆け上がり飛行甲板へ集合。各飛行隊長から作戦行動予定についての説明と各隊の攻撃目標が言い渡される。
第二機動群は四航戦が零戦が既に暖気運転を始め、第一機動群の発艦20分前に上空にて警戒する手筈となっている。
五航戦では対艦用の爆弾や魚雷の準備作業が始められ、第一機動群程では無いものの忙しくなっている。
「長官。警戒分隊の準備が整いました」
「うん、ありがとう。0200発艦、それまで待機」
報告の為艦橋に上がってきた警戒分隊長は命令を受けて敬礼。駆け足で戻って行った。
それと入れ替わるようにして源田が南雲の元へと報告を行う。
「第一次攻撃隊、全機所定の装備にて発艦準備整いました」
「うん、ご苦労様」
南雲は満足そうに頷くと一度外に出て甲板の様子を見に行く。
今回彰の助言にて策定された空襲計画はこれまでの様に全攻撃隊が上空にて集結してから目的地に向かうスタイルではなく、敢えて間隔を開けて攻撃を行う方法となったのは前日の会議の通りである。
そこにいくつかの進路変更等若干の修正を入れ、現在甲板上において飛行隊長より各搭乗員へ伝えられている。
この進路変更とは、彰、南雲、草鹿、源田、そして航海参謀と航空参謀の6名で協議を行い、なるべく自分らが発見される時間を稼ぐ事を念頭に計画されたものである。
各空母の航空隊はそれぞれ4方向からミッドウェーに進入し、同島の守備隊を混乱させる事を期待された。
その為時間調整の為に計画の見直しを行い、一航戦、二航戦毎に同時発艦となった。一航戦は東へ向かい、途中赤城隊が南下。加賀隊は更に20分東進してから南下。
二航戦は南下してから蒼龍隊が東進し、飛龍隊がミッドウェーの南西から北上する形での攻撃となる。
また、敵の偵察による発見を遅らせる為だけではなく、敵の航空機を少しでも偵察に割かせる措置でもある。
彰は持ちうる知識を持って出来る限りの対策をしたつもりではいたのだが、初めての戦場であり、戦場とは生き物である。いつ不測の事態が起きるか分かるものでは無い。だが彰は自分でも驚く程に冷静でいる。
「大丈夫。少なくとも今は私が君の安全を守り、責任を取る。君は自分が決めた覚悟を疑わずに全力で取り掛かれ」
朝起きて艦橋に上がった彰に南雲は気を使い、緊張を少しでもほぐそうと声をかけたのだ。南雲は初めて戦地に出た頃を思い出し、重圧に押し潰されそうになった事がある。彰は特殊な事情がある為に気を使ったのだ。
だが彰からすると姿形は違えど南雲忠一という人物から激励をもらい、自分に集中しろと言われた事は非常に大きいものである。これまでのしかかってた不安や緊張は驚く程に無く、むしろやってやるぞという戦意がふつふつと湧き上がっている。
「長官。艦隊後方より四航戦の警戒隊が到着しました」
報告を受けた南雲は双眼鏡を手にまだ薄暗い空へと向ける。航空灯を点滅させながら2個小隊、18機の零戦が向かってくるのが確認出来た。
また、タイミングよく甲板に並んでいる警戒分隊の隊長機が甲板をゆっくりと走り始めており、いよいよ合戦の時期近しという空気が彰にも実感出来ていた。
「大山君。焦る事は無いよ。私達も君の意見に賛同してこうして戦を始めるんだ。立案したのは主に君だが、それを補助し、最終的に採択したのは私。余計な事は考えず、目先の戦いに集中せよ」
隣にやってきた彰にそう話す。彰も声には出さないが、力強く頷いた。
「そうだ、発艦始めの号令君が出してみるかい?この攻撃計画は主に君が考えたものだし」
「え!?」
突拍子の無いことを言われた彰は大いに驚くのも無理はない。普通ならば南雲が命令し、参謀がそれを伝達しに行くのが当たり前である。だが南雲はその号令を彰にやらせようとしているのだ。
「大山君、まずは戦場の空気に慣れろ。覚悟を決めたのはいい事だが、命令ひとつで戦が始まり、何人もの兵隊が命を落とす。その重責を今ここで感じておくんだ。今の君にはまだ荷が重いかもしれないが、今後戦っていくならば必要な事だ」
彰少し考える。自分の命令でこれから起こるであろう悲劇を迎えるかもしれない。不安が頭を過ぎったが、後戻りも出来ないなと踏ん切りをつける。
「分かりました。大役担わせて頂きます」
南雲もまた微笑んで頷き返す。目の前の飛行甲板を、小隊最後の零戦が走り去った時だった。
彰がその零戦の後ろを見ると、そこには攻撃に参加する各艦載機が出撃はまだかと言わんばかりに並んでおり、全機が暖機運転の為プロペラを回している。
「現在時刻」
「0220」
「日の出まで10分ーーー!」
艦橋もまた慌ただしくなる。日の出と共にまず警戒しなければならないのは上空の敵機である。通常では可能性は低いが、万が一南雲艦隊の位置が米軍に知られていたら日の出と同時に攻撃してくる可能性がある。
だが薄暗い上空を目玉が飛び出る程に監視員が睨むが、それらしい姿は見えない。0230時。敵機らしきもの見ずの報告を受け遂に南雲は決断を下す。
「大山君。制空権は確保されているものとします。あとはお願い」
そう促すと彰が両手を口に添えると大声をあげる。
「攻撃隊発艦ーーーっ!発艦始めーーっ!」
叫ぶやいなや、マストに発艦始めを知らせる信号旗がスルスルと上げられ、手空きの甲板作業員らは帽ふれをする。
先頭の零戦がゆっくりと発進する。搭乗員は艦橋に向けて敬礼し、彰達もまた答礼する。甲板の脇に退避している兵達は「やってやれー!」「頑張れよー!」等声援を飛ばし、激しく帽子を振る。
やがて甲板からふわりと離れる。少し離れてからランディングギアの格納を始めた。
彰はその光景を見て、不安や緊張よりも目の前で零戦が発艦し、ギアを格納しているという動作に感激していた。
現代世界において飛行可能な零戦はたった1機、しかも保有先はアメリカと滅多にお目にかかれない代物である。それが空母から発艦しているのが目の前で見れるのだ。彰は最早周りの喧騒も聞こえず食い入るように見ている。
「珍しいか?」
隣にいた草鹿が面白げに声をかける。
「少なくとも僕のいた時代では見られなくなった光景です。こうして見られるのは光栄ですよ」
「勿論だとも。我が海軍が誇る機動艦隊の精鋭中の精鋭たる一航戦だからな。見る者全てを魅了出来なくては名折れよ」
満足気に頷いてみせる。これだけの機数が揃って空母から発艦するのは普通では見られない。かつて動画サイトで見た事あるのは米海軍の原子力空母からカタパルトを利用して発艦していくジェット機なのだから、スピーディーさよりも貴重な体験としての意味合いで彰は光栄に感じていた。
この時ばかりは、これからの戦いを少しばかり忘れられていた彰であった。
第一次攻撃隊として各空母から発艦した攻撃隊は合計108機。やや少なく感じるが、第一次攻撃隊は対空設備と格納庫を目標としている為、艦爆と零戦のみで編制される。
※〜番は爆弾重量の頭の数字を示す。25番なら250キロ爆弾となる。
【第一次攻撃隊】指揮官・淵田美津雄中佐
赤城隊・零戦9、艦爆15(陸用25番装備)
加賀隊・零戦9、艦爆15
蒼龍隊・零戦9、艦爆15
飛龍隊・零戦9、艦爆15
龍驤、瑞鳳より零戦3機ずつ。
また、編制の決まっている第二次攻撃隊。そして対艦攻撃隊の編制も記す。
【第二次攻撃隊】指揮官・友永丈市大尉
赤城隊・零戦9、艦爆6(陸用25番装備)、艦攻18(陸用80番装備)
加賀隊・零戦9、艦爆6、艦攻24
蒼龍隊・零戦9、艦爆6、艦攻18
飛龍隊・零戦9、艦爆6、艦攻18
龍驤、瑞鳳より零戦3機ずつ。
合計144機
【警戒攻撃隊】指揮官・高橋赫一大尉
翔鶴隊・零戦12、艦爆12(対艦25番装備)、艦攻12(魚雷装備)
瑞鶴隊・零戦12、艦爆12、艦攻12
合計72機
以上のようになっているが、四航戦から零戦隊が1個小隊ずつ派遣されているのは最終打ち合わせで現地の制空権確保には各空母の零戦(合計36機)では足りない事、1個分隊は直掩機として残すべき等の意見が挙がり、彰もまた細かい調整が必要と前々から思っていた事もあり、最終的に上記の通りに落ち着いた経緯がある。
よって、第一次攻撃隊発艦時の直掩機は各空母の警戒分隊12機に四航戦18機の30機と豪勢な数が揃う事になった。
また、今回の第一機動艦隊の目標は米空母一点と定め、その牽制の為のミッドウェー攻撃であると結論が出され、攻撃は2回のみともなされた。
作戦開始の直前まで紆余曲折あったものの、万全を期し準備を整えた日本艦隊は、遂に攻撃の矢をミッドウェーへと放ったのであった。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
0350時、ミッドウェー島
日本軍による攻撃の目標とされたここミッドウェー島では海兵らが慌ただしく動いていた。
それもそのはず。今回の作戦においては同島の救援は行われず、機動部隊と基地航空隊による迎撃を中心に作戦が行われると命令が入ったのである。
その中で、可能な限り抵抗を行わなければならなくなったミッドウェー島では対空設備周辺に簡易的な壕を掘り、そこに弾薬を集積させ迅速な装填作業が行えるようにする等様々な対策が行われていたのだ。
だがそう簡単に終わる話ではなく、対空砲、機銃はそう多くは無いものの少し話して壕を複数掘りそこに弾薬を運ぶのは大変苦労する作業であり、日の出を迎えてもまだ動く人影は多かった。
そして海兵らだけではない。なんとここミッドウェーには専門の航空機の整備士がおらず、搭乗員自らが整備や補給を行わなければならない。航空機も寄せ集めであり、特に足りない弾薬は地上配備の物を流用したりと搭乗員からすると酷いものである。
ただ、足りない弾薬はあくまで後部銃座の弾薬が中心で、戦闘機に搭載される50口径弾は豊富にある事が救いであっただろう。
ただでさえ戦闘機の数が足りるのかどうか、現地の兵らは不安に駆られている中で弾薬も少ないとなると士気は上げようにも上がらない。
それでも各々は自分の使命を果たさんと眠気も吹き飛ばす勢いで手足を動かし続けた。
「レーダーに反応あり!」
ミッドウェー島の指揮官であるシマード大佐が急ぎレーダースコープを覗き込む。そこにはなんと20程の光点しか映ってないではないか。
「これはジャップのなのか? ハワイからの航空機の増援の間違いじゃないのか?」
シマードの考えも時期的に考えて有り得ないが判断を下すのを迷った。というのも彼は未だに増援が来るかもしれないという希望を抱き続けていたのである。
もしかしたらこれはジャップではなく味方かも.......そんな迷いがあった。
「味方の可能性も有り得る。直ぐに海兵隊から戦闘機を1個小隊(4機)で向かわせてくれ。あぁそれと、北西の北と東に念の為偵察機を飛ばしてくれ」
伝令兵が駆け足で司令部を出ていく。レーダースコープに映る光点は北西から接近しており、まだまだ到着には時間がかかりそうである。
「大佐! 北からも光点、同数が接近中!」
「北だと!?」
慌てて別のレーダースコープを覗く。確かに来たからも光点が接近しており、これで二方向からの接近が確認された。
「ジャップ共は北にいるな.......よし、北を中心に偵察機を出そう! それから、光点はもう近くまで来てる、迎撃機の準備も急げ!」
「はっ!」
シマード大佐に急かされ別の伝令兵が急ぎ格納庫へと向かう。シマードはそれを見て一瞬背筋が凍るような感覚に襲われた。
(何だ.......? 嫌な予感がするが、私は何か間違いを犯したのか.......?)
得体の知れない悪寒に一瞬思考を止めるが、直ぐに気持ちを切り替え目の前の敵に集中する事にした。少なくとも北方から約60機が接近中である日本軍に対し、海兵隊の戦闘機2個小隊(8機)を向かわせる事とし、残りは暖気状態で待機させる事にした。
更には艦爆部隊にも爆装を行わせ、いつでも反撃に移れるように指示も出す。
また、対空戦闘員も配置に着かせいつでも迎撃出来る手筈も整える。
シマード大佐は戦闘ヘルメットを片手に、司令部の屋上へと向かう。昂る鼓動を落ち着かせながら、自分に気合を入れた。
休みをくれ by作者
お待たせ致しました。言い訳になりますが仕事が忙しい上に風邪を引いてダウン.......年末だと言うのにのんびり出来ないものです。
さてさて、今年ももうすぐ終わってしまいます。皆さんは今年は如何でしたでしょうか。と言ってもコロナだ何だで大変でしたね.......今年はコミケも無くなったし.......ヽ(`Д´)ノウワァァァァァン!!
作品の方ですが、これから5千〜6千目安にしようと思います。1万は大変!身にしみた!
諦めきれないのは本心ですが、無理するのも良くない。趣味の範疇で楽しく書いていきたいと思います。
〜おまけ〜
設定公開1
【海軍航空隊編制】
分隊・3機
小隊・3個分隊9機
中隊・3個小隊27機
航空隊・2個中隊54機
現在決めている航空隊はこちらになります。
空母航空隊については3機種を運用している都合上どう振り分けるか試行錯誤中です。また私は奇数編制よりも偶数編制の方が馴染みが深いので、作品の中で後々彰君によって改編されます。何時になるのか、ご期待下さい。
彰「いきなり連れて来た挙句丸投げって酷くない?」
私「大丈夫大丈夫、私がフォローするから」
彰「ブラックじゃない?休み頂戴よ?」
私「ブラック務めの私がブラックになってた.......これが連鎖と言うやつか.......トホホ」