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転移太平洋戦記  作者: 松茸
第一章 波乱の太平洋
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第7話 2つの任務部隊

お待たせ致しました。

5月29日ハワイ真珠湾1200時


まだ日本軍による攻撃の爪痕が残る真珠湾に、ニミッツが首を長くして待ったエンタープライズがドックからタグボートによって引っ張りだされた。


魚雷と爆弾による損傷を三交代制による突貫工事で何とか戦闘可能な状態にまで復活したエンタープライズはまだ爪痕をあちこちに残している。

だが不可能と考えられていたエンタープライズの復活は米海軍、はたまたハワイにいた将兵らの心を震わせ、彼女がいれば負けないという想いを持つ。

士気は上々である。

更には同じタイミングで機関異常によって緊急修理が行われていたレキシントンもドックから引き出され、艦載機の積み込みが行われていた。艦載機も搭乗員も不足気味である現状、海兵隊からも技量優秀な者を引き出し間に合わせている程である。

だが海兵隊員も士気は引けを取らず、むしろ絶好のチャンスだと息が荒い。


ここ真珠湾には総力とも言える5隻の空母が今か今かと待ち構えるように停泊している。

この時の米軍が保有する空母の殆どがここ真珠湾には集結した事が果たしてあっただろうか。それは真珠湾周辺の施設で勤務している民間人や兵士に大きな感動と湧き上がる熱意をもたらし、彼らは空母に向かって手を振ったり、声援を送る。


これは空母側も同じだった。これまで分散運用が当たり前だった米海軍では珍しく主力空母が5隻も並んで停泊しているのである。

艦内勤務の者以外は殆どが飛行甲板に上がり隣同士の空母に手を振り、声をかけ、互いを励まし合う。

ふと、真ん中にいたヨークタウンが汽笛を鳴らす。これに他の4隻が倣い汽笛のコンサートを披露した。

終わるやいなやあちこちから大きな拍手が空気を震わし、声援も大きくなる。


この光景をエンタープライズから見ていた人物がいる。


190センチと高身長で体型はスリム。スラリと伸びる足に制服はピッタリで現代に住む我々が見たらモデルと勘違いするであろう姿だ。

形の整った腹部に豊かな胸部、だがそれにも引けを取らない珍しい青と金のオッドアイ。そして肩下20センチ程まで伸ばした燃え上がりそうな真っ赤な髪。

米海軍でもかなり目立つ彼女の名前はレイモンド・スプルーアンス少将。

猛将ハルゼーの後任として旗艦エンタープライズへと乗艦した指揮官である。


「ふっ、どうやら戦意は十分だな」


頼もしい部下達を眺めながら、満足気に彼女は頷いた。




「レイモンド・スプルーアンス、ただ今到着致しました」


「歓迎しようスプルーアンス少将。レイと呼んでも?」


大丈夫とスプルーアンスは答えながら2人は握手を交わす。


「フランク・フレッチャーです。宜しく」


ニミッツの横にいるフレッチャーもまたスプルーアンスを歓迎し握手を済ませる。

フレッチャーもまたスプルーアンスに劣らぬ180後半という高身長であり、対照的に髪はなるべく短く纏められ、ショートテールが印象的である。

手短に挨拶を済ませた3人は現状について会議を始める。


ここで米軍の戦力を整理しよう。


真珠湾攻撃において太平洋艦隊の主力戦艦らは壊滅したが、空母含め巡洋艦、駆逐艦には無傷なものが多く、すぐ様重要ではない地域を除いてハワイ防衛の為にそれらがかき集められた。

しかし状況が変わり、日本軍によるミッドウェー攻撃が明らかとなると一部は船団護衛に戻され、残りは空母護衛と任務部隊構成の為にニミッツの指揮下へと入れられた。

これによりかき集められたのは重巡7隻、軽巡2隻、駆逐艦24隻。

軽巡自体は米海軍内では数が少ない事、損傷の為の修理やそもそも喪失した事もあり、なるべくかき集められた数としては上々とされた。駆逐艦はそれなりに集められた方だ。

ニミッツはこれらを二つの任務部隊に振り分けた。


第17任務部隊を構成するのはヨークタウン級3隻を中心とし、重巡4隻、軽巡1隻、駆逐艦12隻。司令官はスプルーアンス少将。

第16任務部隊はレキシントン級2隻、重巡3隻、軽巡1隻、駆逐艦12隻。司令官はフレッチャー少将。

フレッチャーは開戦以来ヒット&アウェイ戦法において活躍した指揮官であり、この時の機動部隊指揮官としては実戦経験豊富な人物である。

ハルゼーが入院中の今、初めて機動部隊を率いる事になるスプルーアンスを指揮下に組み込み、サポートする事となっている。


数としては最大限かき集められるだけの戦力の為申し分無しとされたが、問題なのは艦載機であった。というのも、数多くの作戦行動によって艦載機の損失分の補充が間に合わず、ワスプの航空隊までもを移している程には足りていない。

無論、本土では増産体制に入ってはいるものの今回の作戦に間に合うはずもなく、日本軍、そして彰の想定とは裏腹に航空戦力は不十分な状態に陥っている。

海兵隊の航空機を搭載しているにもかかわらず5隻分の艦載機を満足な数揃えるには足らず、ニミッツに限らずフレッチャー、スプルーアンスもその報告を受けて頭を悩ませた。


この時の艦載機の内訳は次の通りになる。




ヨークタウン

F4F艦戦14、SBD艦爆26、TBF雷撃9


エンタープライズ

F4F艦戦11、SBD艦爆28、TBF雷撃11


ホーネット

F4F艦戦16、SBD艦爆29、TBD雷撃10


レキシントン

F4F艦戦18、SBD艦爆21、TBD雷撃13


サラトガ

F4F艦戦15、SBD艦爆23、TBD雷撃16




更に、ミッドウェーに配備されている航空機は戦闘機27、爆撃機各種合計48、雷撃機6、飛行艇31という戦力。

これらを合計すると372機という、日本軍と比べるとなんとも貧弱な航空戦力しか残されていなかった。艦爆の数が多いのには、この頃の米海軍では艦爆隊が偵察任務も兼任するという用兵思想があり、その分多く搭載されていたのである。

とはいえ艦爆だけで撃沈出来る訳でもなく、空母や戦艦クラスにもなると余程の箇所に命中させない限りはそこまで持っていくのは非常に困難である。


では肝心の雷撃隊はと言うとこちらはもっと悲惨である。

雷撃隊の主力はTBDデヴァステーター雷撃機であったが、実戦配備された時期こそ最優秀クラスの性能を持ち、アメリカ軍初の艦載単葉金属機として大いに期待されていたのだが、太平洋戦争が勃発した頃には既に旧式化が否めず、日本軍の主力戦闘機相手では苦戦は必至と見積もられていた。

それは現実のものとなり、ヒット&アウェイ戦法において迎撃に参加した零戦によって数多くのTBDが撃墜されてしまい、ハワイや本土に掛け合って、更にはワスプから引っ張ってきた数を足して何とか集まったのが上記の通りの数になる。

つまり、雷撃機に関しては最早これ以上の余裕は無く、集めたとしても間に合わないのが現状だ。


追い打ちをかけるようにして、後継機たるTBFアベンジャー雷撃機もこれまた生産が始まったばかりであり、その数は非常に少ない。

せめてもの対策として、ニミッツは制服組のトップである海軍作戦部長のアーネスト・キングに許可を得た上でミッドウェーの海兵隊航空群より雷撃機を引き抜けないかと現地指揮官に打診したが、何とたったの6機しかないとの事。

ニミッツは雷撃隊は戦力にならないと思っていたが、皮肉にも現実的に数において戦力とは言い難い状況であった。


だがスプルーアンスやフレッチャーはそれでも一群を形成出来るほどには数があるとポジティブに考え、何とかこれらを有効的に活用して打撃を与えたいと考えていた。


「航空戦力は厳しいですね.......」


スプルーアンスが説明を聞き終えるとそう呟いた。


「かなりまずい状況にある。日本軍の空母は6隻、80機と見積もっても480機で空母部隊だけなら倍はいる。ミッドウェーに航空隊がいなかったらと考えるとゾッとするよ」


ニミッツはそう言って大袈裟に肩を竦めてみせる。


「ウィルならそれでも攻撃せよ!とか言って鼻息荒くしそうだね」


フレッチャーがそう言うとスプルーアンスは思い出したように笑う。彼女はいつもそうだなとニミッツも笑っている。


「日本軍の進行ルートさえ分かれば効果的な待ち伏せが出来そうなのですが、何ともですか?」


スプルーアンスが確認するがニミッツは黙って首を振る。


「残念ながらミッドウェーが標的であるような暗号を解読して以来コードを変更したのか分からなくなってしまってね。こちらから予測を立ててその近海で待機するしかない」


そう言うとタイミングよく水兵がコーヒーを運んで来た。ニミッツは自らそれを受け取ると、2人へ渡す。


「かなり厳しい戦いになるだろうが、奮闘を期待している。頼んだよ」


フレッチャーとスプルーアンスはカップを上げる。ニミッツは2人の戦意を感じ取ると、コーヒーをゆっくりと飲み始める。


「あち」


ふとした誰かの発言に驚きながらニミッツがその出処を探すと、スプルーアンスがカップの中身に息をふきかけている姿があった。


「レイ、もしかして君は猫舌ってやつかい?」


フレッチャーもそれに気付いたのかからかい気味で尋ねる。


「ええ。昔からそうでして、暑いのと苦いのは苦手なんです.......」


そういうとカップの中身を見せる。ニミッツの残りと比べると確かに殆ど飲んでいないのではと思うくらいには残っている。


「ほほーん、ウィルの後任は猫舌と.......」


イタズラげにニヤニヤしながらフレッチャーが不穏気な事を言うと、スプルーアンスが慌て始めた。


「いや、時間をかけて冷ませば何とか飲めますよ.......」


「レイ、まずは私に遠慮しないところから始めよう。君とは是非友人になりたいからね」


優しく声をかけると、少し困りながらも微笑んで返した。


「さて、もうすぐ出航だ。2人共頼んだぞ」


早くもコーヒーを飲み干したニミッツはカップを置くと敬礼する。2人は慌ててカップを置くと答礼するが、やはりスプルーアンスのカップにはコーヒーは残されていた。




少し時間が経ち、真珠湾から周囲警戒の為に駆逐艦が出航していく。後続に軽巡が続き、重巡、そして空母と並ぶ様に出撃していく。

今回の作戦で旗艦に選ばれたのはレキシントン。元レキシントン級巡洋戦艦のネームシップであったが、ワシントン海軍軍縮条約において姉妹艦サラトガと共に空母へと改装された。


巡洋戦艦故のスマートな船体に空母に必要な申し分の無い速力。搭載数は補用機を含めると凡そ100機を数える。

また、レキシントン級は先見性のある設計で有名である。特に見分けがしやすいのはエンクローズド・バウであろう。

これは飛行甲板と艦首が一体化している種類であり、凌波性を高める効果がある。特に太平洋は南方では天候が荒れやすい(北方は特に)為、後の話になるがこれが活かされる時が来るだろう。


そして最大の特徴と言えばレキシントン級の機関に採用されたターボ・エレクトリック方式であろう。これは蒸気タービンで発電を行い電動機を駆動させ、それによってスクリューを回すと言うものである。

これの利点は減速歯車が無い為蒸気タービンを効率のいい高速回転で常時運転出来る他、回転数制御はギアボックスではなく簡易な配電盤で行える。

だが欠点もあり、推進機関は冗長な構成になり、搭載する艦艇の動力部が大きくなりがちである。

だが日本軍の殆どで採用されている蒸気タービンがタービン、減速機、プロペラシャフトがほぼ直線でならなければならない事を考えるならば、副次的な効果として機関停止の状態になりにくいと考えれば利点の方が大きいと考えるのが妥当だろう。


そしてレキシントン級と言えば一際目立つ右舷側にそびえ立つ煙突。後ろに続くサラトガと共に威圧されるような風貌である。


サラトガの後ろにはヨークタウンが続く。ヨークタウン級はレキシントン級と比べると一回りか二回りも小さく、レキシントン級が親ならばヨークタウン級は子といった感じである。

だがその性能は決してレキシントン級に遅れを取ら無いもので、速力はほぼ同等の33ノット。排水量は1万トン近く違うものの搭載機は100機近くと艦載機さえ揃っていれば日本軍にとって脅威となる性能である。

ヨークタウンの後ろにはホーネット。先月半ばまではフレッチャーの第17任務部隊をヨークタウンと共に形成し、エンタープライズ基幹のハルゼーの第16任務部隊に負けない戦果を叩き出した歴戦の空母である。


そして最後尾にはエンタープライズ。誰もがその損傷を知りつつ、最早復活は無理だと一時は諦められていた彼女が今こうして甲板に載せられるだけの航空機を並べていざ行かんとホーネットに続いている。

しかしニミッツの後方支援もありドック作業員らはやり遂げたのだ。傷跡は残すものの戦闘行動に支障無しまでに仕上げられたエンタープライズは誰もがその復活に歓喜し、今回の反撃のシンボルとして名声を得ている。


艦隊旗艦レキシントンに座乗するフレッチャーの元に通信兵がメモを手渡す。そこにはニミッツからの激励が書かれていた。


『吉報を待つ』


短くシンプル。だが彼女に負けるかもという想定は無く、まさしく背水の陣の心構えでかかっているという意志を感じさせる内容である。


「さて諸君。ジャップを返り討ちにしてやろう」


フレッチャーもまた、気合を入れる。


ミッドウェーで激突する5日前である。

お疲れ様でございます、松茸です。


今回はエンタープライズ復活という事で簡単ではありますが、5千文字程で締めさせて頂きました。次話からいよいよ時間は戻り激突の日となります。

最近女性指揮官はどのような見た目にしようかとか、性格はどうしようかと考えると時間があっという間に経ってしまいまして、考えるとそちらばかり気を取られる悪い癖は直っていないようです。まだまだですね。

ではでは、また次話もお楽しみに。


〜おまけ〜

ス「あち」

ニ「あち.......?」

フ「なんだ今の可愛い声は」

ス「可愛いだなんてそんな.......!クネクネ」


ニ・フ「可愛い.......」

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