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転移太平洋戦記  作者: 松茸
第一章 波乱の太平洋
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第4話 歓迎

6月3日1700時 空母赤城


南雲へ彰から聞いた話を説明していた草鹿は凄まじい剣幕の南雲から叱責を受けていた。


「いい加減にしなさい! 参謀長たる貴女が、あの様な男一人にとやかく言われて作戦の修正を行うなど恥を知りなさい!」


「しかし長官も不安な箇所はありましょう! 私は参謀長として職務を全うしているだけです。確かに奴の意見には現実味があると判断はしましたが、このままでは奇襲を受けた場合大変な事になります」


応酬、とまでは行かないものの南雲と草鹿の意見のぶつかり合いは艦橋内の将兵らを混乱させた。栄えある第一機動艦隊の司令長官たる南雲忠一と、それを支え続けてきた参謀長の草鹿龍之介が声を張り上げて自分らの目の前で論争を繰り広げているのである。


南雲は勇猛果敢な指揮官という訳ではなく、常に不安が頭を駆け巡りどのように判断すれば良いのだろうかと悩んでいる。おかげで大事な場面でも好機を取り逃したり等、どちらかと言えば受けた命令を忠実に実行する部類であった。

真珠湾攻撃では不十分と報告された基地設備へ打撃を与えるべく第三次攻撃の必要ありと幼馴染みで一つ歳下の女性指揮官山口多聞少将の意見具申を却下したのは海軍内では有名な話で、鈍感な娘を縮めてドカ娘と陰口を叩かれる始末である。


しかしその反面部下の安全や気配りは厚く、真珠湾攻撃の出撃前に艦隊合流の為に停泊していた択捉島・単冠湾にて無礼講の宴会があり、搭乗員達が南雲の下へ「お嬢! 飲みましょう!」と押し掛けてきたのを笑顔で迎え入れたのはこれもまた有名な話である。

部下達を迎え、大抵の事は許してやったり目を瞑ったり、怪我をすれば自ら見舞いに行く。時には飛行隊長らから厳しく教えを受けたりと、その姿をよく知る赤城の乗員からはお嬢と呼ばれる程である。


そして今、赤城の乗員ならば誰もがお嬢と呼び慕う南雲が声を荒らげているのだ。


「その為の警戒隊として五航戦、艦隊直掩として四航戦を指名している筈です。それに陸用装備のままで対艦攻撃に向かわせるなど効果は認められません」


南雲はこう発言するも草鹿は反論する。


「陸用爆弾はあくまで対地攻撃にてその威力を発揮する為に炸薬の量を増やしただけで、甲板に当たりさえすれば少なくとも数時間は敵の航空発着艦能力は削ぐ事は可能です。敵は無傷の空母を出せるだけ出す可能性があると言っているのです、空母を沈める沈めないはこの際関係ありません! 対応する空母を増やすべきです!」


草鹿は南雲に対して彰からの話を全て話した上で、このままでは味方不利になってしまうと判断していた。

例えば、敵が4隻の空母を出してきた場合その搭載機は約400機。これにミッドウェーに配備されている航空隊を含めると約500機になる。

対する日本空母は主力6隻で約480機、支援空母2隻で60機。合計540機とほぼ互角の戦力となる。

断りを入れるが、大兵力なのは日本軍である。


今回の作戦において、前話でも記した通り一航戦と二航戦がミッドウェーを攻撃、五航戦が来襲したる敵機動部隊に備えて警戒、四航戦が艦隊の直掩と任務を分割していた。

しかし五航戦の搭載機は約140機。例え当初の推測通り敵が3隻の空母を繰り出したとしても控えめに見ても250機程になるだろう。そうなってしまうと数において劣勢になってしまう。


攻撃隊の神がかりな腕前に不安を抱いている訳ではない無いが、気にしているのは戦闘機の数である。当たり前であるが、敵の空母へ攻撃を仕掛ける為にはまず敵戦闘機による迎撃を突破しなければならない。

制空隊による活躍を期待したいが、敵の搭載機が多ければその分搭載出来る戦闘機の数は勿論増える。そうなると道中で迎撃して来るであろう戦闘機が増えるのは当たり前の話である。


更に攻撃隊はその腕前は確かなものの百発百中という訳にはいかない。自分が狙うのは全長250メートル、全幅25メートル、速力30ノット以上で動き回る空母である。

また、自らも急降下で接近する為、命中させるのはそう簡単にはいかないものだ。


そこで草鹿は少なくとも飛龍もこの警戒隊に参加させるべきだと具申したのだ。ミッドウェー攻撃ならば一航戦と蒼龍の合計260機程で事足りる他、警戒隊に飛龍を加えれば220機とある程度互角まで持って行けるという目論見だ。


草鹿は南雲の顔色を伺いながらも、開戦時のある出来事を思い出していた。開戦と同時に攻略が開始されたウェーク島での戦いである。


ウェーク島はアメリカ本土、グアム、フィリピンを結ぶ中部太平洋における重要な拠点であり、日本からしたら本土とマーシャル諸島の間に位置する何とも邪魔な米軍拠点であった。

これを排除すべく、基地航空隊を主力とした攻略が開始されたが、同島に展開していた海兵隊の航空隊は偶然飛行していた4機のF4Fを除いて日本軍による第一次空襲にて破壊されてしまった。

負傷を免れた整備士がいない程の被害を受けたウェーク島だったが、残された4機のF4Fは凄まじく粘り強い抵抗を行い、遂には赤城等の主力を日本が呼ぶ羽目になるほどの損害を与えたのだ。


この事から基地航空隊の強さは空母よりも上である事を示したのである。

空母はその甲板に爆弾を受ければ当たり所が悪いと戦闘能力を喪失してしまうが、陸上基地の滑走路は乱暴な話埋め立ててしまえば再度使えるようになる不沈空母である。


これに対する攻撃は通常炸薬量を増やした陸用爆弾で行われる。炸薬量増やした方が単純に与えるダメージは大きくなり破壊力が増す他、破片による制圧力も上がってくる。

この破片、決して軽視してはならない代物であり第二次世界大戦における死傷者の殆どはこの破片によるものが原因とも言われる程だ。

ちなみに対艦爆弾は分厚い装甲板を貫通させる為に弾殼を厚く丈夫に仕立てたもので、陸用爆弾と比べて炸薬量は10キロほど減量されている。

南雲は陸用爆弾は対艦攻撃には無意味と考えていたが、草鹿はダメージを与えて甲板を使用不能にする事は出来ると主張したのだ。


「命令は命令です。軍令部も司令部(連合艦隊)もミッドウェー攻略の支援を第一にするようにとしています。私達はそれを遂行するだけ、敵機動部隊はハワイにいるとの情報もありますし、五航戦だけでも事足ります」


南雲が何故司令部周辺の将兵からドカ娘と呼ばれているのかはもう一つ理由があり、それは頭が固いという事だ。

受けた命令を忠実に実行するのは軍人として申し分無く大変よろしいとされるのだが、それに固執して柔軟な判断を出せないとなるとそれは時として危険な状況に陥る事も意味する。


「.......ならばせめて四航戦からどちらかを五航戦の直掩機として回して下さい。航空戦力は数が勝負です、途中で敵の戦闘機に邪魔されるのは我慢なりません」


草鹿は半ば諦めつつもせめてもの思いで進言するが結果として却下され、当初の予定通りことを進める事になった。

そうこうしている内に日の入りが近くなり、艦隊は夜間警戒態勢を取りつつミッドウェーを目指し進み続けた。




運ばれてきた夕食をのんびりと腹に流し込みながら、彰は今日一日の出来事に思い馳せる。

寝て起きたら赤城の甲板の上。いきなり取り押さえられ、指揮官の南雲忠一は女性ときた。参謀長である草鹿も、後々にその名をとどろかせる源田実も女性。

所謂初心である彰は多少の息苦しさを感じている。有名な指揮官が女性であったのは少しばかり気が楽で、もし史実通り男性ならば立場は余計に悪かったかもしれない。


作戦中に不審者なんて、囚われて当然だからな.......


そう思いながら握り飯を頬張ると同時に、バン! と勢いよく扉が開かれ盛大に咽る。


「おぉ、食事中だったのか。これはすまない事をしたなぁ」


扉を開けた張本人の草鹿がケラケラと笑っている。喉に引っかかる米を懸命に流し込もうとしながらチラリと開かれた扉を見る。

相変わらず笑い続けている草鹿と、その後ろに咽る彰に申し訳なさそうな視線を向けながら南雲が立っていた。


「いえ、大丈夫です.......お二人が来たと言うことは、僕の処遇について何か決まったのですか?」


緊張しながら問いかける。


「いや、特に決まった訳では無い。作戦中は無線封鎖を徹底しなければならないから、長官に報告しようにも報告が出来ない。我々で判断するべきなんだが如何せんどうしたものか.......」


「要するにだ。君の処遇を考える為にも、君の話を聞きながら食事をするのも悪くないと思ったんだよ」


草鹿の歯切れの悪い言い方に南雲が少々投げやりながらもフォローを出す。


着席し食事を始める二人だが、その様子が気になった彰が話を始める。


「何か、あったんですか?」


「いやぁ、恥ずかしい限りだが先程軽い口論をしてしまって.......」


草鹿は経緯を説明する。


「なるほど.......失礼を承知で言いますが、僕が南雲さんの立場であったら同じような反応をすると思います」


彰は敢えて南雲の反応を肯定した。


「今は重要な作戦の途中です。それを僕のような人物から話を聞いただけで作戦の一部変更を進言するのは良くないと思います。利用してみてはとか、僕の利用価値を示してみてはどうでしょう?」


ここまで話をして彰はハッと気づく。


二人は豆鉄砲を食らったように眼をぱちくりと開いて彰を見つめ、特に南雲は何かを言いたげに苦笑している。


「.......なるほど、草鹿君が言う通りだな.......」


何か意味ありげに南雲がボヤく。


「いや、艦橋で草鹿君と少しやりあってね。君の話を聞いて作戦を一部変更しろと言ってきたんだ。流石にこれには私も指揮系統に混乱を来すし、何より命令違反になりかねん。だが、一度じっくりと草鹿君の話を聞いてみたんだが、私もそうだが山本長官からも助言を受けていた通りの内容で驚いたんだ」


説教を受けるのかと内心身構えた彰だが、南雲は優しく諭すように話す。


「君は元々一般人、ましてや学生だったと言うではないか。それなのにこの世界に何故かやって来て混乱するだろうに、何を胸の内に秘めているのかは分からないが君は自らこの戦いに足を踏み入れようとしている。その覚悟が君にはあるのか?」


ゲーム、映画や創作物。現代日本人にとって戦争はその程度であり、何時からか話題に上がった大規模なテロ組織による地域紛争のニュースも米軍はどう動くんだ?と興味本位で調べていた事もある。

だが今、ミッドウェー海戦を目前に控えている現実の戦争。ゲームでも映画でもない、人と人が殺し合うのだ。


南雲は時間をかけて重責を担う為の教育や訓練、学術を身に付けてきたが、彰はそうでは無い。


「正直、まだ現実味がありません。覚悟と言われてもピンと来ません。例え皆さんの世界に足を踏み入れたとしても、自分が自分で居られるかどうかも考えられません。

それでも、どうしても避けたい未来があります。何としてでも、避けたい出来事です。その件については時間がある時必ず話しますが、兎に角今は目の前に迫る知っている未来を、どうにか変えたいです。それが歴史を狂わせようとも.......」


ここまで気持ちを話して再び口を閉じる。暫し部屋には沈黙が訪れ、重い空気が流れていく。


「.......やります、やらせて下さい。例え信用が無くとも、出来る事を今、やらせて下さい!」


意を決した彰はそう言うなり立ち上がり頭を下げる。それを覚悟と見た南雲も草鹿も立ち上がる。


「私の責任において、貴方を特別顧問として正式に受け入れます」


「私は、立会人としてこれを認めます」


南雲と草鹿は彰の覚悟を受け入れた。彰はお礼を言い深く頭を下げた。


「では改めて.......連合艦隊第一機動艦隊司令長官中将、南雲忠一。生名は忠華(なおか)


「同じく参謀長少将、草鹿龍之介。生名は辰子」


二人の自己紹介に疑問を抱きつつも彰も名乗る。


「大山彰です。埼玉県出身、学生で今年17になります」


少し恥ずかしかったが、ようやく受け入れて貰えたような感じがして嬉しい。


照れくさそうに頬を掻きながら、質問する。


「生名というのは、何なのですか?」


そう言えば知らないよなと言いつつ南雲が説明を始める。


「まず、この世界の歴史について簡単に説明するべきだね.......」




西暦800年程の時代、島国を除いたほぼ全ての世界を征服したクロドアという国が存在した。元は現在のモンゴル平原を起源とするクロドアという遊牧民族で、周囲にあった他の遊牧民族から特に侵略や迫害を受けていた民族でもあった。

ある年に侵略から逃れる為に大移動をしていたクロドア族は途中出くわした他の民族と合戦になり、率いていた族長が流れ矢で命を落とす。


族長には15になる若い娘がいたが、誰もがその若さや能力から後継にする事に反対した。このままでは同胞同士での戦いが始まってしまうと悟った娘は80の勇敢な少女達を引き連れて夜間に昼間襲って来た約200の敵民族へ襲撃に向かった。

翌朝娘達がいないと大騒ぎになっていた仮の集落に娘含めた30の少女達が戻り、襲って来た民族の族長の首を高々と上げて言い放つ。


「私達は戦った! 戦力こそ互角なれど、力において我々に優る奴らに勝ったのだ! だがお前達は私を捜してオロオロするだけ、女と馬鹿にしていた私にこれだけの戦功を示されて考えを改めないのならその場で首を落とせ!!」


この世界における文献の中で、最も最古とされる女性指揮官の誕生であった。

その後娘は同胞を従え敵を討ち滅ぼし、同じ境遇の国の人々を助け、癒し、仲間として受け入れ、そしてとうとう娘は一代にして世界を征服する事に成功したのである。


ここから、男も女も関係無い。戦う時は手を取り合い、助け合い、支え合って行くというある意味男女平等の先駆けとも言える時代が始まったのである。

しかしそれでも純粋な力では劣ってしまう彼女達は沸き上がる内乱を抑え切れず、200年の時を経て国は亡び200年前の国の形へと戻って行った。

しかし女性は立ち上がり戦う事が出来ると200年もの間示した実績は記憶から消される事は無く、女性も等しく人を従える地位に座る事が出来るようになったのだ。


時代が進んだここ100年程で世襲制から実力制へとシフトしていき、戦争や政治、経済等幅広い分野で実力を示せばトップに上り詰められる世の中へとなった。

だがそれでも古来より女性軽視の風潮は拭えず、ある特権が日本で江戸初期より認められるようになった。それが生名である。


世に出て活躍する為に効率を重視して男性名を名乗るが、生まれ持った名前が本名であるというしきたりである。即ち南雲忠一なら活躍する上での名前で、本名は忠華という事になる。

そしてその特権とは自己の判断、病気や自己都合等でその世界から身を引く時、生名を『やっと』本名として名乗る事が許されるというものである。


現代日本に住む我々からしたらよく分からないと思う読者もいるだろう。だがそれ程までにこの世界では女性軽視とは程遠い、軽蔑感が存在しているのだ。


彰はそれを聞いて少しばかり苛立ちを覚える。


「いつの時代にも、しょうもない事を言う人はいるんですね.......」


しょうもない。そう言ってのけた彰を気に入ったのか南雲は笑い出す。


「そう言ってくれた人は父以外では君だけだよ。けれども、これは時間が解決してくれる事だけを祈るしかないんだ」


丁度食事を終え、水兵に片付けを頼むと彰に向き直る。


「一日中部屋にいて少し窮屈だろう。今の時間なら人の目も少ない、甲板で空気を吸いに行こう」


優しく微笑むと、少し緊張していた彰の気も解れ、身体が新鮮な空気を求めるのに応えるように部屋を出た。




飛行甲板に出ると、艦内のどこか鉄臭い空気が肺から押し出され、代わりに心地よい潮風が満たし始める。

思えばずっと動いておらず、少し腰に痛みを感じる。上半身を左右に捻りながら深呼吸する。


昼間出ていた霧はすっかり晴れていて、空は貸切のプラネタリウムよりも絶景である。だがまともな光と言えば少量のライト位で、その程度では甲板を照らす事は出来ない。

まぁ作戦中だしと思いながら甲板を歩き始める。


まさか生きている内に、有り得ないことではあるものの本物の空母赤城を目の前にする事が出来ると思わず、じっくりと観察を始める。

一度プラモデルを作った事があるが、思ったよりも艦橋は小さく、プラモデルのように簡単に折れてしまいそうな程だ。


少し甲板の端に寄って機銃を覗いてみる。

九六式25ミリ連装機銃が何時でも対応出来ると言わんばかりに空に向けて銃口を向けており、尾部にある穴のようなものは装填口なのかなと考える。

しかしと思いながら座る。まさか翌々日にこの甲板に1000ポンド(454キロ)爆弾を叩き付けられ、格納庫内で兵装転換作業中の爆弾やら魚雷やらが誘爆し大炎上するとは、把握はしているものの想像は出来なかった。


心地よい風に吹かれながら数分、艦首がかき分けるような海の音を聞きながら、心と頭を休ませる。


こんな平和なのに戦争をする必要はあるのかな.......


呑気に考えていた。


「大山君、小腹は空いてないか?」


声をかけられ振り返ると南雲が手に何かの包みを持って隣に座って来た。


「羊羹ですか! 久しく食べてませんね」


「そうか、お気に召したようで何よりだ」


彰に小包を一つ渡し南雲も羊羹を頬張り始める。

彰も小学生の頃以来となる羊羹を久々に堪能し始めた。


「今日は色々と有難う御座いました。作戦中にも拘わらず面倒を見て頂いて.......」


「構わんさ。草鹿君はともかく、私に関してはただのお節介だ」


照れ隠しなのか少しぶっきらぼうに答える。


「むしろ、君こそこれからが大変だろう。自身が覚悟を決めたとはいえいきなり戦争の時代に、君次第だが軍人として生きていくんだ。ストレスとか重責を抱える事になる。本当に大丈夫か? もしあれなら私の責任の範囲で君を養う事くらいは出来るが.......」


「いえそんな、とんでもありません。自分で決めた事です、厚かましいですが助けをお借りしながらでもやり遂げます」


彰はそう言うと話を始める。


「昔話なんですが、広島に母方の祖父が住んでいました。小学生の頃に病気で死んだんですけど、祖父は長い間その病気に苦しんでいました。その原因は原爆.......原子爆弾です」


米軍が開発した兵器なんだなと、少し流し気味で聞いていた南雲だが、何故彰が転移したばかりの時にここでは話せないと言っていたのかがその理由が分かる事になる。


「米軍が開発した史上初の破壊兵器で、核分裂を起こし起爆させる平気です。この爆弾の威力は凄まじく、投下された広島市は壊滅。今ミッドウェーに向かっているこの艦隊なら一発で壊滅させられるような代物です」


「この爆弾の恐ろしい点はその威力ではなく、その後に残される放射能です。これは体内の正常な細胞を破壊し、病気を引き起こしやすくなる他、その人が生きている限りずっと体内に残るんです。被害にあった広島市民は戦後、長い時間苦しめられました。祖父もその一人です」


南雲は口に運びかけていた羊羹を止め、どういう事なんだと思考を廻らせる。陣形を組んでいるこの第一機動艦隊を壊滅させるという威力にも驚いたがそれ以上に、その一発の爆弾によって多くの国民が被害にあったのも信じられない事である。

しかし隣に座る彰の淡々とした喋り方からは嘘偽りは感じられなかった。現実に起こった出来事として、その脳裏に刻まれているのであろう。


「広島だけじゃありません。当時日本は完全に追い詰められていて、爆撃機による被害で国土の大半は荒廃していたんです。連合軍は無条件降伏を勧告するポツダム宣言を日本に突きつけましたが日本はこれを無視、長崎に二発目を投下され、ついに日本は降伏する事になります。残ったのは遠い戦地に残された兵士と荒廃した本土でした.......」


少なくとも、悲惨な戦争が繰り広げられ、本土は焼け野原。この世界と同じ様に各地で戦闘を行なっているのならばその引き揚げは相当なものだろう。

だが南雲は更に驚くような事を耳に入れる事になる。


「満州に配置されていた日本人は特に悲惨でしょう.......どさくさに紛れて突如侵攻を開始したソ連軍に頑強に抵抗するものの戦力差は圧倒的。援助があったとはいえ陸軍大国と言わしめたドイツ軍の信仰を正面から受け、そして正面から弾き返したソ連軍です。欧州戦線で戦った歴戦の部隊が投入されたのに邦人を逃がす為に現地に残り、終戦後も捕らえられ長い間抑留される事になりました」


ソ連の侵攻。日ソ中立条約があり後ろは心配無い、むしろ長い時間をかけて準備をしてきた要塞線を突破される事は無いと陸軍は豪語していたが、話によると簡単に突破されたようだ。

原爆といい、ソ連参戦といい、彼の知識が本物ならば、それは我が国でも起こらないという保証は無い。確かに、これは私では荷が重すぎるし何よりお門違いだ。


一口サイズに残った羊羹を頬張ると、暫し考えにふける。彰が話している事は全て彰の世界で起こった出来事であり、南雲が生きるこの世界では起こらない事柄もあるだろうし何より起こらなかった事が起こりうる可能性もある。

だがそれでもと彰は覚悟を決めてこの戦争に自らの足で入り込んだのだ。その覚悟を無下にする程の器を南雲は持ち合わせていなかった。


南雲もまた一つ覚悟を決めると彰に向き直る。


「大山君。ひとまずこの作戦中貴方の身柄は私が保証致します。同時に、貴方は自ら入り込んだこの戦争を生き抜く為持ちうる知識全てを活用して我々に協力しなさい。宜しいですか?」


「分かりました。祖父が『言う事やる事責任を持て』とよく言っていました。当たり前の事ですが案外難しい事です、やれるだけやってみせます」


満足そうに南雲は頷く。


「そういえば大山君の家族は?」


一瞬だが、彰が表情を曇らせる。


「両親と兄、2年前に病死した妹が」


これはすまないと南雲が謝るが、彰は大丈夫と返した。


「無知ですまないが、先程の原爆? からでる放射能とは遺伝するものなのか?」


「いえ、遺伝はしません。ただ元々免疫が低い病気でしてただの風邪でも悪化したら命に関わるような大変なものです。妹は頑張りましたが、僕が15になった誕生日に息を引き取りました」


そう言うと彰は暫し口を閉じ、南雲は黙祷する。


「.......何だかごめんね、辛い事思い出させたみたいで」


南雲もまた、部下を大切にする想いから死を嘆く気持ちが人一倍強かった。だがその気持ちを露にする事は立場上慎むようにしている。

だが目の前の彰は原因もわからず平和な時代から戦争の時代へと一人で来て、家族も元の世界に残っている。同情せざるをえないだろう。


「さて、そろそろ休もう。大山君は今日は寝てくれ、明日は打ち合わせから準備と色々ある。宜しく頼むよ大山大佐」


悪戯っぽく微笑む南雲だったが、彰は何故自分が大佐と呼ばれたのか全く分からなかった。

それを見た南雲はやれやれという風にため息をついた。


「まず君は上下関係を表す階級章から覚えないとだな。君の着ている制服のその階級章は『大佐』だよ」


「え?」


大佐。それは海軍ならば一隻の艦長たる階級で、士官学校を出ていれば参謀クラスにまで在籍出来る。彰はせめて階級を下げてくれと頼もうと口を開いたが、南雲のその笑みの意味に気付くと口を閉じた。


謀られたかな.......。


観念したのか諦めたのか、彰はそれ以上何も言わなかった。

主人公彰の年齢が最初と前話で違っていたので、早めに修正します!失礼しました

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