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転移太平洋戦記  作者: 松茸
第一章 波乱の太平洋
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第2話 奇襲

時は1942年4月3日、ビルマ。


日本軍は初戦こそバターン半島等一部頑強な抵抗を受けたものの、作戦通りの順調な進み具合に概ね満足していた。だがその後にポートモレスビー攻略を目的としたMO作戦が阻止され、作戦中止となってからは足踏み状態ではある。

しかし、概ね順調な計画とは裏腹に、特にビルマにおいては非常に微妙な状況になっており、未だ進展は無い。


というのも、当初の予定ではビルマを制圧する計画は南方軍には無く、精々山下中将率いる第二十五軍によるマレー半島攻略の側面支援という位置づけで、マレー半島西岸に位置するイギリス軍の飛行場を制圧するという計画しか無かったのである。

しかし、順調に進む南方作戦を背景に大本営はビルマ全土を制圧し、複数あった援蒋ルートの内のビルマルートを遮断したいという考えを持ち出した。


この援蒋ルートは大陸戦線において英米による対中支援物資を輸送するルートであり、月に1万トン程が運ばれている。

これはドイツ型装甲師団1個を養うのがやっとの量ではあるが、中国の編制や食糧事情(時給自足)を考慮すると4個軍を編制する事が出来る物資量であった。(日本式歩兵師団1個分)

ビルマルートは現時点で残されている援蒋ルートでは最後の陸路となっており、史実ではここが遮断されたあとハンプ空路、事故などからアメリカ主導で建設したインドからのレドルートがある。


3月半ば。大本営は遂に重たい腰を上げ、この援蒋ルート遮断を目的としたビルマ攻略を命令する。

飯田中将率いる第十五軍は当初歩兵第三十三、第五十五師団を基幹とした他と比べたら小規模な軍であったが、マレー作戦が順調に進んでいる事から大本営は第十八、第五十六師団を増派。第十五軍はこれを受領した。

第十五軍は第十八、第五十六師団を首都ラングーン付近の海岸に上陸させ、開戦時より第五十五師団と小競り合いを続け、強靭な抵抗を続けていた第17インド師団を蹴散らしこれを遂に占領した。


そこから北上を開始。途中第16インド、第2ビルマ旅団と撤退し再編を終えたばかりの第17インド旅団と衝突。激しい戦闘が繰り広げられた。

最早壊走したものと思われていた英印軍がここまで激しい抵抗を行う事に第十五軍首脳部は驚いたが、直ぐに体勢を立て直し、第十八師団を主力として突破を試みた。

しかしここでまさかの英軍第7機甲旅団2個大隊が増援として到着。配備されていたM3リー中戦車を中心とした機械化部隊が脆弱な日本軍歩兵に襲いかかり、これでもかと言わんばかりに銃弾と砲弾の雨を降らせる。

この時期の日本軍は勿論対戦車砲は保有していたが口径は37ミリ、分解搬送か手押しで時間がかかる為この機械化部隊との遭遇時では手元に無かった。現地指揮官の見通しの悪さとも言えよう悪いタイミングである。


しかし遭遇してしまった以上は日本兵は奮戦する。所有していた破甲爆雷を抱えて車体下部に滑り込み上手くキャタピラを破壊出来れば良い方で、殆どの場合兵が車載機銃に撃たれるか戦車を火炎瓶で派手に燃やすだけで大した損傷も与える事は無かった。

それでも運の悪いM3戦車は2両程が炎上大破したが、それでも擱座含め撃破数はたった4両であり、この機械化部隊と遭遇した第十八師団第五十五連隊第一大隊は300名もの被害を出して半壊。戦力回復に相当の時間を要する事になる。


後日、この機械化部隊に第十八師団の対戦車部隊を含めた1個連隊が攻撃を仕掛けたが撃破にはならず、600名の損害を出して撤退。以降、進展は無く膠着状態となる。




1942年4月18日 大本営会議室


「.......でありまして、英海軍東洋艦隊の主力が未だ発見されず、懸念事項である米軍機動部隊の動向に対応する為にもこれ以上のインド洋での作戦は効果無しと判断致しましたので海軍としては一旦インド洋での作戦の中止を決定しました。ただ、ビルマに派遣されている部隊への補給船団の護衛はこれまで通り行う事になります」


山本の報告に陸軍側は幾分か不服そうに目を瞑る。

今日この会議室には陸海軍の錚々たる人物が揃っている。

陸軍からは参謀総長杉山元大将、次長の田辺盛武中将、作戦課長の服部卓四郎大佐。

海軍からは軍令部総長永野修身大将、次長伊藤整一中将、そして連合艦隊司令長官の山本五十六である。

ビルマ戦線における進展の無い原因は増強著しい英印軍による増援によるものと判断し、陸軍は海軍へインドの連合軍への輸送船団、もしくはそれらを護衛する艦隊の撃破を目的としてインド洋における作戦を要請。

また海軍としても蘭印に対する英艦隊の攻撃を兼ねてより懸念していた事もありこれを了承。先月末から10日まで南雲機動部隊によるインド洋作戦を行っていた。


結果としてはインド洋における英軍の最大拠点となるセイロン島におけるコロンボ、トリンコマリーを存分に叩き、同島に停泊していた空母ハーミーズ、重巡2隻他多数を撃沈したものの肝心の主力と船団らしき姿は発見出来ずで終わったのである。


英軍はこの時極東方面において最大規模を誇る東洋艦隊が壊滅に陥った場合、日本海軍を止める術は無くアフリカに進出、そして現在北アフリカで戦闘を続けている枢軸軍にスエズ運河を占領されたら.......と考え、艦隊をマダガスカル島まで撤退させていたのだ。

ただ、後日談にはなるが戦況が芳しくない大西洋へ主力が引き抜かれる事になる。


「英印軍の戦力は着々と増しており、インドでの現地徴用は勿論の事、海上輸送をもって現役の部隊が合流しつつあるのが現状問題として残ってしまいます。海軍にはそれらを承知頂いた上でより一層の活躍を期待します」


これもまた素を装いながらも若干申し訳なさそうに陸軍作戦課の服部大佐が頭を下げ報告を終える。


(英海軍は少なくともマダガスカルまで逃げただろうな.......そうなると陸路しか無いが、何時もの面子とやらだろう.......作戦課も参謀本部もいつまでつまらん意地の張り合いをしとるんだ)


山本はそう思いながらも了解したと意を込めて軽く頭を下げる。


この時服部含めた陸軍作戦課では英印軍は現地での徴兵及び訓練によって前線に派遣されていたのを陸軍参謀部第六課(対支那情報部)、第七課(対欧米情報部)より報告を受けていたが、参謀本部は確証性薄い情報であるとしてこれを受け付けなかった経緯がある。

この世界線においては服部の受け取った情報.......事実英軍はインド本土で徴兵を行い、現地で予備師団として後方にいた英軍2個師団及び3個旅団から突貫で訓練を受けて前線へと送っていたのだが、参謀本部はこれを無視したのである。


「続きまして次期作戦についてですが、陸軍としては停滞している大陸戦線にて大規模攻勢を計画中でありまして、現状は長沙〜香港間の接続を目的としています」


これは服部の大陸戦線を何とかしたいとの思いから発案された作戦計画であり、後の長沙攻勢、拡大された作戦名が大陸打通作戦として歴史に名を残す。

この時の大陸戦線は東部海岸線を占領出来ていたものの所謂華南と呼ばれる大陸南部は占領に到らず、香港など一部の港湾地区を占領出来ているのみである。

これを開通し、更には西に歩を進めてインドシナに到達出来ればビルマへの補給線の確保は副次的なものの、連合軍による本土への長距離爆撃等に使われるであろう海岸に近い地域の航空基地が使えなくなるとの見通しが出ていた。


服部が作戦について細かい説明を行おうとした時、突如として外から警報が鳴り響く。会議室にいた面々は驚き、窓から外を覗くと丁度高射砲が撃ち始めたのか上空に黒煙をいくつか作っていた。

ほぼ同時に会議室のドアが勢いよく開かれ、入って来た兵は慌てて服装を整え荒息を何とか押さえ込もうとしながら敬礼する。


「何事か!」


伊藤中将が問いただす。


「空襲です.......」


その場にいた全員が唖然とした。




遡る事7時間ほど前。

太平洋上で哨戒任務についていた第二十三日東丸は3メートルにも及ぶ波浪に呑まれ沈没。流石の天候からこれ以上の哨戒任務は困難と判断し本土より400キロの海域までラインを後退させていた。

しかしこれが仇となり、3時間後に日本本土から480キロ離れた地点でハルゼー率いる第16任務部隊(ホーネットの第18任務部隊を吸収)のホーネットからドーリットル中佐率いるB-25爆撃機16機が荒天の中無事に発艦。

約3時間ほどかけて本土に到達したという訳である。


「よーし、真珠湾での借りを返すぞ。爆撃進路につけ!」


爆弾槽が開き、機体がガクンと揺れる。爆撃手が照準器を覗き投下目標を見定める。


「チョイ右ーー、そのまま.......行け! GOーGOー!!」


「少しではあるがこれでジャップ共に泡をふかせられるぞ.......」


ドーリットルはニヤリとしながら爆弾がゴマ粒ほどになるまで行く末を見守った。


東京上空に侵入した8機のB-25は合計32発の500ポンド爆弾を投下した。時折対空砲火で機体が不気味に揺れる事があるが、散漫としていて特に脅威では無く、荷物を投下して軽くなった機体は速度を上げて離脱していく。

当初爆撃目標は東京第一、第二陸軍造兵廠であったが晴れではあったものの高度も高かったせいで風が強く、殆どの爆弾が流されてしまい関係無い空き地や住宅地に落下してしまった。


30分ほど遅れて残りの8機は横須賀上空へと侵入、横須賀海軍工廠に同じく32発の500ポンド爆弾を投下した。

これも風が強く流されてしまったものが多かったが、13番機の投下した4発の内1発が空母へ改装中だった潜水母艦大鯨(後の龍鳳)に命中。運悪く甲板中央部で炸裂、まだ脆い甲板をこじ開けるように吹き飛ばし4メートル程の大穴を開けた。

更に1発はさほど離れていなかった横須賀鎮守府の2階部分に直撃。二部屋ほど纏めて中にいた職員諸共吹き飛ばした。


東京、横須賀に投下された爆弾は殆どが住宅地が畑に落下。横須賀は一部の住宅と畑が燃えた程度で済んだが、東京は人口密集地であった事もあり家屋全壊・全焼が約240棟とかなり広範囲に被害が及んだ。

皮肉にも陸軍造兵廠が若干大きめの民家に爆撃手が誤認した為に民家への被害が大きくなってしまった点もある。

いずれにせよ、今日この日に行われた東京空襲.......後にドーリットル空襲と呼ばれる一連の作戦行動によって対空砲、迎撃体制の見直し、避難所や防空壕の増設等対策もとられた。


後日、荒天であったもののむざむざと機動部隊を近海に近寄らせ東京に爆撃された事に対して陸軍側から海軍は猛抗議を受ける事になった。

結果として海軍は軍令部総長の永野は辞任し予備役編入、後任として暫くの間伊藤中将が務める事となり次長のポストは空席となってしまう。

伊藤は直ぐ様連合艦隊による対応策を練るよう命令、2週間後に新たな作戦案として提出された。


「まさか東京まで空母に載せて来るとは思いませんでしたね」


これもまた、『彼女』はおっとりとしつつも当時の事を悔やむ。


「あの時は仕方ありませんでしょう。沖は時化ていて、漁船程度の哨戒艇では波に飲まれてしまいます。現に、第二十三日東丸は沈没が確認されましたし、新しい哨戒艇を計画するしかありません」


山本は綺麗に束ねられた後ろ髪を揺らしながら席に座る。その隣にはまた別の女性が座った。


「山本さん、そちらは.......」


「あぁ、紹介が遅れまして申し訳ありません。連合艦隊の首席参謀を務める黒島亀人と言います」


初顔合わせの伊藤はじっくりと『彼女』を眺める。

短髪に童顔でまだ幼さを感じさせるが、その眼には如何にも数多くの実績を立ててきたような風貌を醸し出している。


「ご紹介に与りました、黒島と言います。機会が無かったとはいえ、ご挨拶が遅れた事お詫びします」


少し堅い子かな? と思いながらも伊藤は微笑む。


「とんでもありません。首席参謀といえばかなりの多忙な職務、仕方ありませんわ」


伊藤ですと自己紹介をしながら黒島の謝罪を受け入れる。


「本日なのですが、黒島君と源田君が協力して策定してくれました『MI作戦』についてご報告をと思いまして馳せ参じた次第です」


「MI作戦.......」


伊藤はあの源田実が協力したという事に驚きを隠せなかった。


「源田さんは今お忙しいのでは?」


「えぇ、確かにその通りですが私が無理を言って来てもらいました。南雲君には少し怒られましたが草鹿君に説得してもらって何とかなりました」


悪戯をする子供のように笑いながら答える。


源田実は第一航空艦隊の航空参謀を務める航空作戦に精通した人物であり、参謀長の草鹿自身もよく源田と会議をしたり、源田から手解きを受けたりと現場からはかなり重要視されている。

その源田と、変わり者と陰口を言われながらも普通では考えられないような視点から物事を捉え、それを作戦に活かす才能を持つ黒島が策定したのがMI作戦である。


「最初はかなり紛糾したんですが、時間をかけたかいもあって上手く纏まりました。真珠湾では取り逃しましたが、今度こそ米機動部隊を叩けると確信しています。また更にはそのまま東へ進みハワイへ攻撃、これの占領も視野に入れております」


黒島は自信を込めながら、極秘と記された書類を伊藤へと渡す。


「これで決着を付けられますかね?」


伊藤の問いかけると、山本は先程とは一転して表情を曇らせる。


「こんな事を言うのもあれなんですが、自信はありません。双発爆撃機を空母に搭載して飛ばすような事をやってのける米軍です。自分達の知らないどこかで、また突拍子も無い事を企んでいるのかと思います」


「加えてハワイの占領は確かに米軍にとっては太平洋における一大拠点を失う大打撃となるのは間違い無い。しかし我が国にはこれを維持するだけの兵站能力は厳しいものがあると考えますね.......」


周囲からすると先行きを曇らせる、何とも心配な発言であるが伊藤は山本の気持ちに嘘をつかずはっきりと述べる姿勢を高く評価していた。


「ここ暫くは大きな戦いもありませんでしたし、米軍も打って出てくるでしょう。山本さん、黒島さん、頼みますよ」


真剣な表情で語りかけると、山本と黒島はゆっくりと頷いた。




ドーリットル空襲をきっかけに始まったミッドウェー攻略作戦。この時山本は知る由もなかったが、彰がこの世界に現れたのをきっかけに展開は大きく変わって行くことになる。

説明回はこれにて終わりとなり、次話より彰達の方に戻ります。


補足と致しまして、この世界ではMO作戦は3月始めの方に発動されこの時は貧弱な護衛しか付けていなかったために撤退したのは前回の通りですが、遠距離より制空任務を請け負っていた空母祥鳳がハルゼーの機動部隊に捕捉され一方的な攻撃を受け喪失しております。

これがこの世界では珊瑚海海戦とされており、双方共に主力空母は健在であります。

しかし開戦以来小規模とはいえ負けを知らない連合艦隊からしたらいきなりの敗北であり、動揺し作戦を一度全て停止させるという愚行を犯しています。

この間にハルゼー艦隊はハワイへと戻り、部隊の休養、補給を受ける事に成功しました。

また、ドーリットル空襲もなるべく広範囲よりも敵に動揺を与えたいという米軍上層部の考えから爆撃目標を東京と横須賀の2ヶ所となっております。


以上で補足とさせて頂きます。誤字脱字等ありましたら、ご報告頂けると幸いです。

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