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転移太平洋戦記  作者: 松茸
第一章 波乱の太平洋
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第24話 勧誘

お待たせ致しました。

1942年6月12日、横須賀


タグボートで岸壁へと誘導された金剛は横須賀の海に錨を降ろし、疲れた後に眠るかのように静かに波にその身を任せ始める。

同様にに接岸した駆逐艦や軽巡は甲板一杯に救助した将兵らが久方振りの陸地に安堵の表情を見せ、余裕のある者は負傷者に手を貸しゆっくりと下船させて行く。


「ようこそ横須賀へ。お帰りと言うべきか?」


金剛の甲板に降り、将兵らを眺めていた彰に草鹿は話しかけるが、彰の心ここに在らずといった様子にそれ以上話しかける事は止めた。


「三笠公園、無いんだな……」


1942年。里帰りをするには、余りにも遠い場所だった。




南雲らに連れられ連合艦隊司令部がある戦艦大和へとやって来た彰は、世界最大とも謳われる大和を眺める暇もなく司令部へと通される。

道中参謀にしてはやけに若いと水兵らにじろじろ見られた彰はそれだけで神経をすり減らし、少々ぐったりとした様子で案内された席に座り込む。


「こちらの世界では私達のような女性指揮官と一緒に現場で通用するまでの指導役としてベテランの参謀が充てられるのだけど、ここ最近は大陸戦線であったり南方への進出であったりとそちらに人手が割かれていてね、人手が足りてないんだ。上層部も現場も女性指揮官の割合が高い原因になってる」


南雲はそう言いながらお茶を啜る。


「大陸の方でも海軍が?」


「南方もね。主に港湾施設の根拠地隊や航空隊指揮の為にだよ。後は複数個陸戦隊が派遣されてるからその指揮の為に駆り出されてる。海軍と違って陸軍はその任務上女性指揮官は少ないしあまり推奨されてないんだ」


南雲の少し含みの入った説明で何となく察する。陸軍では女性指揮官はあまり歓迎されていないらしい。

ひとつは体格上の問題だろう。どう足掻いても女性が男性に力や部隊の指揮をとる上で勝るにはかなりの訓練と経験が必要になる。戦時ならばともかく平時では厳しい実態があるのだろう。

もうひとつは生理現象。どうにもならない問題だが、戦場が万が一ジャングルなどになれば水や生理用品の確保は厳しい。それらも理由にあるのは間違い無いのだが、南雲が言うには別の問題もあるようだ。


「陸軍は頭が堅いからねぇ……女共に戦の何がわかるって息巻いてるのが現状だよ」


同じ男である彰としては気持ちは分からなくもないというのが本心である。しかし現実としては自衛隊も、アメリカ軍も女性の活躍は徐々に広がっており、海上自衛隊では史上初の艦長に女性が就任し、航空自衛隊ではF-15のパイロットに女性が初めて誕生したのは記憶に新しいニュースだ。


こちらの世界では男も女も立場に関して垣根はかなり低いのではないかと推察する。そう考えれば彼女達が艦隊を率いて戦うのも納得がいく。

史実世界と比べたら大違いだ。だがそれでも一定数は女はどうのと言う者がいる。仕方の無い事だ。


「それで、お話を変えるようで申し訳ないのですが何故僕は司令部に連れてこられたんでしょう? やはり調査とかそういうのですか?」


南雲達からすれば彰はスパイ容疑がかけられている人物である。こうして普通に接してもらってはいるが、今の自分は不審者である。

時代を考えれば、特高(特別高等警察)に突き出されてないだけマシか……。


「結論から言うとそうなる。ただ私としては貴方は利用価値がある。海軍に引入れるかどうかは兎も角、未来から来た人間であるのに間違いは無いと思ってる。けれど信用に足る人物かどうかは私では決められない」


そこまで前置きをするとまるで事前に打ち合わせていたかのようなタイミングで扉が開く。そこに立っていたのはこれまた南雲に劣らない程の美人である。

和風美人と言うのだろうか。主張しすぎない程の大きさの胸は小刻みに揺れ、艶のある綺麗な黒髪は後ろできっちりと纏められ、まるで操られているかのように動作に合わせてゆったりと揺れる。

流石の彰も自制の効く高校生であるとはいえ初恋をしたかのようにその光景に目を奪われた。


「ふふ、とても熱い視線だね」


彰の対面に座った女性は微笑む。


「あ、すみません。つい……」


「構わないよ。女として冥利に尽きる。それほどの視線を向けられたのは久し振りだよ」


彼女は笑いながらそう話すと、水兵から差し出されたお茶を静かに飲み始める。


「さて、色々と聞きたい事はあるのだがまずは自己紹介といこう。私は山本五十六、生名は六花りっか。連合艦隊司令長官を拝命しています」


先程と彰は打って変わった。目の前にいる女性は自分の庇護者では無く、生かすも殺すも好きに出来る巨大な敵であると。

いや、敵では無いのかもしれない。しかし自分の態度、話す内容の次第によっては自分は遠からず人生の振り返りが必要な時間が出来上がってしまうと直感する。


「……大山彰です。歳は17になります、埼玉県出身です」


こんなもので良いのだろうか? 他に思いつかないが緊張の中で絞り出せる自己紹介だ。


「ふむ、かなり緊張しているようだね」


「それは勿論、自分は今こそまだ普通に接してもらっていますが本来は不審者。何ならスパイ容疑で特高に突き出されても文句は言えない立場です」


流石に特高は勘弁してもらいたい。元の世界では興味本位で調べた事があるが拷問は嫌だなと思った事がある。

緊張をほぐす意味も込めておどけて言ってみたが山本は微笑んでいる。好印象かな?


「なら話をスムーズに進める為に君の緊張を少しでも和らげる提案……いや、確定事項を先に提示しよう。私山本五十六は如何なる条件に置かれても君を特高に突き出すような真似はしないと約束する」


有難いお言葉だ。それを聞いただけで土下座で感謝を示したくなる。


……何故?


「大山君。ある程度の事は草鹿君経由で報告を受けている。戦闘に関する助言で、主力空母が全滅するかもしれなかった状況を回避した事も聞いている」


やっぱり報告はされていたようだ。それもそうだよな。


「君が未来から来たという事を一旦真実と受け止め提案がある。海軍で働く気は無いかな?」


思考が止まる。まるで周囲の時間が止まったかのような空気が流れていく。

海軍で働かないかという提案は彰の脳内で緊急事態として駆け巡っている。何故? 何のために自分を海軍にスカウトするのか? 目的は?

考えれば考えようとする程分からなくなっていく。彼女達の目的と、自分の将来。


故郷に帰れないのか?


「順を追って話そう」


山本は先程とは変わり、真剣な眼差しで彰を見据える。


「その前に南雲中将、草鹿少将。今から話すことは私個人の客観的な分析であって連合艦隊の総意ではない。決して口外しないように」


「ご安心を長官、いつもの事です」


南雲はいつもの事だと言うように頷く。


「ありがとう。本題だが、大山君には私の意見役をお願いしたい」


「意見役?」


てっきりその知識を全部教えろとか、敵の動きを教えろとか言われるもんだと思っていた彰は拍子抜けする。


「そう、意見役。君の表情から察するに持っている知識を全部よこせと言われると思っていたようだけどそれは違う。君は君の世界、私達は私達の世界を生きている。先に待ち構える歴史を盗み見して生きていける程世の中甘くない」


「だが積み重なった歴史から得られる知恵はそうじゃないと思う。具体的には私達の立てる作戦に対して修正すべき点や派遣する戦力、予想される敵戦力を教えて貰いたい」


それは知識なのか? と思ったが敢えて言わない事にする。しかし何故自分はここまで期待されているのだろう?


「嬉しい限りですが自分では役不足を感じます。あくまで私が住んでいた世界での歴史であって、こちらの世界と一致するかどうか疑問に感じます」


「それもそうだろう。しかし先の海戦においては空母を二群に分け敵の攻撃によって全滅に近い損害を避けた。素人の浅知恵と評するには勿体ない素質だと思う。それに……」


そこまで話すと山本は意地悪そうな笑顔を浮かべて続ける。


「その格好で歩けば所属を問われる。答えられなければスパイとして結局捕まるけれど、安定した生活はあった方が良いんじゃないかな?」


安定した生活という今の彰にとってかなり魅力的なワードが飛び出てくる。参加すると言ったものの葛藤はあったし何より生活に対する不安もあった。海軍側から提案されたのには驚いたがなりふり構っていられない彰はそれに承諾する事になる。


山本は堅苦しい話は終わりにしてと言うと水兵にあれを持って来てくれと頼む。何だろうと彰が気になったところで山本が口を開く。


「さて大山中佐、君を迎え入れた以上は私が君の身元を保証する。だが私は君の事を知らないから君について色々教えて欲しい」


「教えて欲しいと言いますと、どこから話せば良いですか?」


そこから数時間かけ彰の世界と山本らの世界の相違点について詳しく話し合いを始める。彰の知っている戦前の知識はかなり限定的ではあったが大きな出来事については大まかに知っている歴史通りである事が確認出来た。

しかし開戦してからの歴史には大きくなくとも細かいところで差異を感じられた。


彰がまず驚いたのは船団護衛に関する意識の高さであった。今はまだ頼りないと感じるのは山本と同じであったが、船団を組んで物資を運ぶというのはこの時期の日本にとってはかなりの余裕を生み出すきっかけとなっていた。


この時期南方より潤沢に届けられるボーキサイト、燃料、ゴムは航空機生産や新編飛行隊の訓練に役立ち、満州よりもたらされる鉄鋼は新造艦を順調に増やしつつある。その量がどれ程の物なのかは彰はまだ知る由もないが、この時海軍は大和型四番艦となる『紀伊』が着工している事からその潤沢具合が伺えよう。


更には現在編制されている海上護衛艦隊……これは後に海上護衛軍に昇格するのだが、なんとその全容を構造を簡易的なものにし量産性を高めた駆逐艦8隻、対潜水艦制圧力を高めた海防艦8隻を一隊とする護衛戦隊を少なくとも八隊整備するという野心的な計画も出ている程である。


更に彰が驚いたのはインド洋での対英軍作戦が史実よりも本格的に行われている点である。山本が言うにビルマ戦線は膠着状態であり、これの原因として英印軍及び英軍の増援が海上輸送によって後方に送り込まれている事と陸軍は捉えている。

事実インド洋の東西海域を掌握していない日本軍にとって目の上のたんこぶ状態であり、これをどうにかしない限り敵は増え続けていく事になってしまう。


「君が自分とは違う世界の歴史に干渉して良いのかという葛藤は十分に理解出来る。私でも躊躇するだろう。君の葛藤は恐らく君のいた日本が歩んできた歴史を知っているからこその葛藤、すなわちこれから起こるであろう戦いの流れを変える事によってこの世界の歴史が変わるのではないかという懸念だろう」


彰が息を呑むのを見届けてから山本は続ける。


「我々の行く末を君一人が変えていく……それはすなわちこの国の運命を君が握る事も同然だ。そんな事をすれば必ず反発を招き君を排除しようとする者も現れるだろう。しかし提案や助言という形ならば? 海軍には優秀な参謀がいるという形に置き換えれば、君の葛藤も少しは和らぎ、大手を振って君の為すべき事が続けられるのではないか?」


暗に何をしたいのか? と問われている様に聞こえる。それに上手く答えられず押し黙る彰を気長に待つよと言わんばかりに山本はお茶を飲み始める。

察したかのように南雲と草鹿も気を張っていた肩を解す。部屋の空気が和らぐのを感じていると不意にあの時の事を思い出した。


あぁ、懐かしいなぁ……。


彰が敬愛していた祖母が幼かった頃の話だ。まだ小学校に入る前に聞いた話。当時はまだ何も分かっていなかったが、授業を受け、自分で調べ、祖母の話を聞きどれだけの出来事かを理解した事がある。

日本人ならば誰もが知っている広島への原爆投下。祖母は離れた所に住んでいたものの巨大な雲を目撃している。祖母は経験者なのだ。


その事を、話すか悩んだ。

大変長らくお待たせ致しました。本日より再開していきます。


言い訳になってしまいますが、コロナで人が減ったり云々ありまして中々執筆に割く時間も無く、気付けば半年以上も間が空いてしまいました。この場をお借りしてお詫び致します。


また週1目指して頑張りますので、お付き合い頂ければ幸いです。

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