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転移太平洋戦記  作者: 松茸
第一章 波乱の太平洋
22/26

第21話 夕焼けの五航戦

ミッドウェー近海、1540


艦隊から出撃してからもうすぐで1時間が経とうとしている頃、未だに日本艦隊を発見出来ていない米攻撃隊は2度目の針路変更をする所である。


「大尉、本当にジャップの艦隊がまだ生き残ってると思いますか?」


そんな疑問に答えるのはサラトガ攻撃隊指揮官のグレード大尉。


「俺はまだ残っていると思うぞ。ジャップの空母を叩いたが、その後(五航戦の攻撃隊)あれだけの数を出てきたじゃないか。まだどこかに潜んでる筈だ」


「しかし、その生き残りの位置も分からないのに攻撃隊を出すなんて司令部は何を考えてるんですかね」


そう愚痴をこぼすのはペアのキール曹長。キール曹長は何かと愚痴をこぼすので鬱陶しさを感じていたが、いざ戦闘となると真っ先に敵を見つけ、銃座の腕も大したもの故にグレード大尉は絶大な信頼を彼に寄せていた。


「そうだなぁ……艦隊も索敵機を出しているような余裕は無かっただろうししょうが無いとは言え、敵が分からないんじゃ攻撃のしようが無いよなぁ……」


グレード大尉もまた同じように愚痴をこぼす。このまま敵を見つけられず帰投するのも気が引けるし、何より味方の空母が損害を受けているという事は母艦も含めて後退する可能性もある。このまま飛行を続けていれば帰りの燃料も心配になってくる。


「もう少し探してみよう。ジャップが来た方向に行けば恐らく警戒の戦闘機くらいは見つけられるはずだ」


「そうだと良いんですがねぇ」


グレード大尉もそうであって欲しいと願った。味方は苦戦しているようにも見えるが、こっちも相当の打撃を与えたはず。そう考えていると、キール曹長がやけに静になった。


「キール、何か見えたか?」


「大尉、あれもしかしてジャップの戦闘機じゃないですか?」


まさか! と思いつつもキールの指し示すおよそ西南西の方角を目を凝らして見つめる。

するとどうだろうか、警戒小隊か、零戦が高度4千で編隊を組んで飛行しているではないか。


「でかした曹長! 全機、こちらウィングリーダー。ジャップのゼロファイターを見つけた、高度を4千に下げて奴らの後ろを尾ける。遅れるなよ!」


激しくなる鼓動を落ち着かせようと深呼吸しながら高度を下げる。同高度で追跡を試みようとしたが、発見される恐れがあった事から一番見にくいであろう3500と若干下めにとり追跡する。やっと巡ってきた幸運に感謝しながら30分程飛行すると、いるわいるわ無傷の空母が。


「タリホー!! ジャップの艦隊だ。制空隊はゼロファイターに注意、艦爆隊は高度を上げろ、雷撃隊は俺に続け!」


命令が飛ぶやいなや4500まで艦爆隊は高度を上げ、雷撃隊は高度を1000まで落とす。

制空隊は周囲に零戦がいないかを最善の注意を払って目を凝らす。


数分経って流石の日本艦隊直掩機が気付いたのか、攻撃隊に殺到するも同等の数を揃える米制空隊とおもちゃ箱をひっくり返したような大規模な格闘戦へと発展。攻撃隊への攻撃をかけられないでいた。

それでも数機は攻撃を仕掛け、いくつかの艦爆、雷撃機が黒煙の尾を引きながら無念にも落下していく。


「キール! そっちは大丈夫か!?」


「はい大尉! 戦闘機隊がファイトを仕掛けているおかげで攻撃隊に攻撃を仕掛ける敵が少なく見えます!」


「よし! ならばもうすぐ降下に入る、踏ん張れよ!」


「はい!」


グレードは外していた酸素マスクを装着し、攻撃に備える。日本艦隊からは高角砲の爆煙が周囲を彩り、機銃の曳光弾によって更にデコレーションされている。

時折砲弾の爆発で機体が揺さぶられるがその度に手汗が酷くなっていく。既に手は何とも言えない気持ち悪さを感じ、手袋が手汗で滑りそうになる。


グレードは目標を定めると機体を翻し急降下を始める。狙うは艦尾に『シ』と描かれている空母だ。その空母からはひっきりなしに曳光弾が飛んで来るが、不思議と自分の機体には当たらないという自信が湧いてくる。

エアブレーキを展開し、速度を抑えながら徐々に狙いを修正して行く。既に目標は回避行動を始めており、ゆっくりと旋回を始めている。


(2500……)


まだ高度は高い。命中率を上げるならば800、いや600は欲しいところである。


制空隊は大丈夫だろうか? 雷撃隊は無事だろうか? 攻撃隊指揮官として様々な心配事が頭を駆け巡るが、目の前の空母を前に霧のように薄く消えていく。

高度1000。グレードは投下レバーに手を乗せタイミングを待つ。


照準器には目標が撃ちあげる曳光弾の発射元が見え、それに張り付く兵士が慌てている様な動きをしている。


「600!」

「投下!」


機体から重量物が離れると機首がフワッと持ち上がるとそれを合図に操縦桿を折らんばかりに引き寄せる。頭から足へと血が流れ始め目の前が真っ暗になり気を失いそうになるのを踏ん張って耐え続ける。新兵は後部座席に乗り込んで訓練をこなし、ある程度慣れていくものだが時には耐えられず気絶し事故死する事も珍しくない。


これだけでも大変なのだが、艦爆乗り、雷撃機乗りが特に気を使うのは離脱時であるのには間違い無い。空母に攻撃を仕掛けた後は護衛艦からの弾幕を避けながら敵艦隊を離脱する必要があるからだ。

運が悪いとここで撃墜される事もある。艦隊の対空砲火から逃げられてもその先に敵戦闘機がいれば更に面倒だ。


グレードは海面まで20メートルの所で機体を水平に戻すと全速で離脱を始める。シャワーのような水柱が海面に立ち並び、グレードの行く手を阻もうとする。


「ヒュー!! 大尉、やりました! 命中です!」


キールは嬉しそうに報告するが、言い終わるやいなや凄まじい衝撃が機体を襲い、何があったのかを感じる間もなく海面へと激突。

グレードは自らが命中させた空母を見る事もなく沈みゆく機体の中で意識を失った。




▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




「敵機接近! およそ70!」


見張りの悲鳴に近い報告を聞くと原は双眼鏡を覗き込む。


「見つかったか……」


偵察機と接触したというような報告は無かった為恐らく索敵しながらの飛行だったのであろう。


「長官。私は対空戦闘指揮所に上がります」


「うん。君の艦だ、好きにやってくれ」


「はっ。では、お気を付けて」


原と艦長は互いに敬礼を交わすと艦長は指揮所に上がっていく。

外周の駆逐艦は主砲を、戦艦、巡洋艦は高角砲を撃ち始めている。数は70機程だろうか、その群衆が互いに高度を分散させていく。


攻撃態勢を取りつつある敵編隊に雲の合間から味方の制空隊が攻撃をかけようとしているのが見えたが、直後に飛行機雲が入り乱れる大空戦へと発展していく。

どうやら米軍も味方と同数の戦闘機を繰り出したようだ。


「敵艦爆投下、狙いは本艦の模様!」

「軸線は!」

「……あってまーーーす!!」


すぐ様伝声管にて艦長の取り舵一杯の命令がかかるが翔鶴の3万トンの巨体では舵が効くのに時間がかかる。やっと船体を傾けながら左に艦首を向けた時には艦爆は高度1200まで迫っていた。


「ダメだ間に合わない!」

「各員衝撃に備えーーーっ」


原も近くの構造物に身体を保持し、その衝撃がいつ来るのかと恐ろしい数秒を過ごす。


グレード大尉の放った執念の一発は翔鶴飛行甲板中央部を貫通し第一格納庫で炸裂。幸い補用機を動員しての出撃を行っている為格納庫内で誘爆等の被害は発生しなかったが、面倒な事に中央エレベーターシャフトが近く、シャフトを通って第二格納庫にまで被害が及んだ。

爆発の衝撃で中央エレベーターは破壊され大穴が開き、そこから黒煙が煙突のように吹き出している。


「応急班対応急げ!」


艦長の命令が飛ぶのと同じタイミングで格納庫内で応急班が忙しげに動き始める。翔鶴型には従来の液化炭酸ガス噴射設備に加えて粉末式消火設備を備えていた為これを有効活用出来るようにと原中将の意見の元訓練を重ねてきた。

しかし応急班による消火活動は激しい火災によって延々として進まなかった。


というのも、翔鶴型は格納庫内で爆弾が爆発した際、飛行甲板への被害を抑える為に爆風を舷側へ逃がせるよう側壁は簡易なものにされていたのだが、この時その機能は働かなかった。

史実においても、珊瑚海海戦でその機能が働かなかったとある。

加えて爆発の影響で中央エレベーターシャフト付近の炭酸ガス噴射設備が破壊され機能しなくなり、延焼を防ぐどころか熱と炎によって付近の噴射設備までをも破壊している状況だ。

これが影響して熱が応急班の最大の敵となっており、中々火災を食い止められないでいた。


唯一の救いは熱と戦いながら懸命に放水を続ける応急班の活躍により、延焼を何とか食い止められている事だった。


グレード大尉の放った爆弾を受けてからも米艦爆隊による猛攻撃は続いた。艦爆隊は小隊毎に攻撃を仕掛けており、一度に3、4発の爆弾が翔鶴に降り注いだ事になる。

懸命に回避を続ける翔鶴だがその願いは叶わず、16機の艦爆より投下された爆弾は4発が命中。飛行甲板はズタズタに破壊され、最早空母としての能力を完全に削がれてしまった。


艦爆隊だけでなく、雷撃隊もまた果敢に攻撃を仕掛けた。最新のTBF雷撃機は4機のみで残りは旧式のTBDではあるが、戦闘機隊の奮闘により脅威は日本艦隊からの対空機銃のみという好条件。

決して楽では無く、攻撃態勢の間に複数のTBDが撃墜されて行く。

中には運悪く高角砲弾の直撃を受け粉微塵に粉砕される機もあった。

雷撃隊に狙われ始めた翔鶴は34ノットという快速でもってこれの回避を始める。


「雷撃機接近、距離2000、4機!」

「魚雷投下しました!!」


見張りの報告を頼りに艦長は舵取りの命令を出す。操舵手が忙しげに舵輪を回し、やや遅れて3万トンが大きく動き出す。


「魚雷はどうか!?」

「……見えません! 外れました!」

「次の雷撃機、1500、3機!」

「取舵このまま!!」


高速航行下においての旋回はかなりの遠心力が働き、翔鶴は右に大きく傾きながら海面に円を描いていく。

原は環境の構造物に掴まり魚雷の行く末を見守る。


投下された魚雷3本は2本が艦尾をスレスレで通過してしまったが1本は艦尾より中央部へ30メートル行ったところで命中、炸裂した。

巨大な水柱が滝のように銃座へ流れ込み、飛行甲板の瓦礫や銃座の薬莢を海へと引きずり込むように洗い流す。

翔鶴は右舷に8メートルはあろうか大穴を空け、そこから大量の海水が流れ込む。

しかし流れ込んだ海水は翔鶴型から強化された水中防御力によって浸水は止まり始める。


「左舷注水」


艦長は艦の水平を戻す為に静かに左舷への注水を命令。これによって速度は落ちてしまうが、浸水量はそこまで多くなくまだまだ31ノットを発揮出来る程度で済んだ。


「瑞鶴が攻撃されています! 本艦への新たな攻撃は見えず!」

「敵攻撃機本艦を通過して行きます!」


「敵さん、翔鶴だけでなく瑞鶴も狙うか……」


翔鶴は爆弾4発、魚雷1本を受け大破となった。翔鶴への攻撃は止まり後は火災等への対応が忙しくなるだろうが、まだ戦闘は終わっていない。

今度は横を離れて並ぶように航行していた瑞鶴が狙われ始めたのだった。


瑞鶴は史実において幸運に恵まれた軍艦であったが、その幸運はこの世界においても発揮された。

艦爆15機が瑞鶴目掛けて次々に急降下。爆弾の雨を降らせたのだが、瑞鶴はこれを尽く回避せしめた。

しかしただ1発のみは命中といっても差し支えないような至近弾となり、艦首に亀裂を発生させここから海水が浸水。

これの影響で瑞鶴は34ノットから29ノットへと減速しなければならなくなった。


艦爆隊の後に続けて攻撃を仕掛けてきた雷撃隊だが、見張りによる正確な報告と艦長の早め早めの判断によりこれを奇跡的に全て回避した。




こうして第一機動艦隊第二群に対する攻撃は終わり、翔鶴大破、瑞鶴損害軽微という結果で終わった。

対する米軍は戦闘機7機、艦爆11機、雷撃機6機を失い母艦へと引き返して行った。

8月3日の更新はお休みです

次話は8月10日になります

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