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転移太平洋戦記  作者: 松茸
第一章 波乱の太平洋
20/26

第19話 第三次攻撃隊

ミッドウェー近海、1455


幸運な事に日本艦隊が最も警戒していた敵攻撃隊による攻撃は無く、五航戦では南雲より受け取った命令通り可能な限り第一群の艦載機を収容し、五航戦、四航戦が持ちうる艦載機を全て動員しての全力攻撃を行う事となった。

補用機までをも持ち出しており、この一撃で決めるという覚悟と執念を感じさせる。


「発艦よろし!」


甲板作業員の合図で一番機がゆっくりと速度を上げていく。旗艦翔鶴は32ノットを出しつつ、向かい風は10ノット。発艦のコンディションとしては教本通りとも言える程良い。

甲板の端に到達するとガクンと項垂れるように機体が甲板よりも下に沈み込むが、軽い零戦は直ぐに上昇へと移行する。

これが250キロ爆弾を抱えた艦爆、800キロ魚雷を抱えた艦攻となるとその沈み込みはより深くなる。

彰も元の世界で動画サイトで見た時は墜落するんじゃないかと冷や冷やしたものだ。


甲板の機体が全て発艦すると続けて発艦する機体がエレベーターで次々に押し上げられていく。艦攻、艦爆、零戦の順で後ろへ下げられていく。

まるで総力戦のようである。

今回の第三次攻撃隊として発艦したのは以下の通りである。

尚、四航戦は本作戦においては制空、艦隊直掩が任務の為補用機は全て零戦が搭載されている。


五航戦

零戦50、艦爆56、艦攻56

四航戦

零戦40、艦攻12

第一群残存機

零戦12、艦爆8、艦攻8


これに艦隊直掩として零戦20機が待機する。

合計すると零戦102、艦爆64、艦攻76の242機と真珠湾攻撃の参加機数である353機に次ぐ大兵力である。

しかし第一群の艦載機が260機程あった事を考えるならば実に230機程が投棄あるいは戦闘による損失で失われた事になり、物的損耗としてはかなり痛い事に変わりは無い。機動部隊の再建にはかなりの時間を要するだろう。

だが唯一の救いとしては、搭乗員の大部分は第二群によって救われた事であり、その大半は士気旺盛であった事であろう。




一方の米艦隊、スプルーアンス率いる第17任務部隊はと言うとこちらもまたあまり宜しくない状況だった。


というのも2発目の被弾により指揮系統を喪失、その後立て続けに合計8発もの爆弾の命中弾ヨークタウンは救いの見込み無しとされ魚雷で処分。

爆弾3発、魚雷2本を受けたエンタープライズは火災こそ収まっているものの魚雷による浸水は痛く、速力は25ノットにまで低下してしまった。

エンタープライズは救えるとしてその艦載機をホーネットに移譲、海域から離脱させていた。

こちらも日本艦隊と同じく投棄しなければという話が出たのだが、幸か不幸か味方攻撃隊が戻ってきたと思いきや未帰還機が多く、エンタープライズ、ヨークタウンの機を合わせても、更にはホーネット自身の艦載機を合わせても全て収まってしまった。


一方、フレッチャーの第16任務部隊はもっと悲惨な状況であった。

レキシントンは爆弾2発、魚雷3本を受けており、損害的には日米含みどの艦と大差無いような数字ではあるものの、衝撃で燃料タンクに亀裂が走りガソリンが漏れ始める。

日本軍が去った後必死の換気が行われたものの亀裂は不幸にも直ぐに塞げる様な大きさではなく、懸命な作業が続けられたものの、運は残念ながらレキシントンには振り向かなかった。


原因は分からずだが、何かの拍子に発せられた火花によって気化したガソリンに着火。その爆発のエネルギーは瞬時に艦内に、台風をも吹き飛ばすかの様な猛烈な勢いで駆け巡り格納庫の隔壁のみならず甲板、艦橋や甲板側面の銃座もろとも轟音と共に吹き飛ばした。

次々に爆弾や魚雷に誘爆し小規模な爆発がレキシントンに更にダメージを与え、その度に小さく震える。やがて船体に蓄積したダメージが限界を迎え、何度目か分からなくなった誘爆を最後に船体中央部でボキリと折れそのまま沈んで行った。


まるで火山が噴火したかのような轟音に誰もが驚き、エンタープライズの応急班でさえその手を止めてレキシントンを見つめた。

1927年就役。レディ・レックスの愛称で親しまれ、海戦以来小規模な空襲に参加したものの目立った活躍の場面に出会えず、いよいよ日本軍に鉄槌を下せるという海戦で不運な最後を遂げてしまった。


これを見て米兵は誰しもが「自分達はやられている……」と感じ取っていたが、スプルーアンスはまだ諦めていなかった。


「まだ空母は2隻残っている。報告ではどんなに小さく見積っても日本の空母4隻にはダメージを与えたはず、ここで確実に沈めておかなければ我々に勝機は無い」


こう言いフレッチャーに攻撃隊の編成を打診したものの、フレッチャーは消極的であった。


「無傷の空母は2隻。対して日本空母4隻に打撃を与えていたとしても残りの2隻の行方が分からない現状攻撃隊を出すのは敵に凡その方角を知らせる原因になりうる」


この時の米軍は日本艦隊が二分された事を知らず、推定戦力6隻の内2隻(五航戦)の行方が掴めずにいたのだ。その2隻が健在かどうかも分からないままで攻撃隊を出すのは危険であるとフレッチャーはやんわりと拒否したのだ。

しかしスプルーアンスはここは損害・犠牲に目を瞑ってでも日本艦隊に打撃を与えるべきである事、戦略的観点から打撃を与えた方が日本軍の立ち直りは遅くなるとして説得。

フレッチャーは最終的にスプルーアンスの攻勢案を了承し、最後となる攻撃隊を纏めた。

F4F艦戦28、SBD艦爆31、TBD/TBF雷撃機17という、海戦当初と比べると何とも貧弱な航空戦力ではあるものの今出せる最大限の戦力としてスプルーアンスはこれに全てを賭けた。


画して、両軍にとって最後の攻撃隊が放たれたのだった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



最初に敵艦隊を発見したのは、第一機動艦隊第二群より放たれた攻撃隊であった。


「いたぞ! 敵艦隊だ!」


そう声を上げたのは第二次攻撃隊に引き続き隊長を務める高橋少尉。

遠目からよくよく観察してみると、無傷の空母が2隻。薄い煙を吐いているのが1隻(損傷したエンタープライズ)。

それならばと高橋は手合図で第一群の生き残り部隊にエンタープライズを攻撃するよう指示。翔鶴隊をサラトガ、瑞鶴隊をホーネットに差し向けるよう指示。


手合図が終わった途端に各隊が定められた目標に向けて進路を取り始める。高度3000から艦攻隊は下げ、逆に艦爆隊は上げていく。

高橋の乗る九九艦爆もゆっくりと高度を上げ始める。

九九艦爆は固定脚であり、速度はお世辞にも早いとは言えないがその見た目と頑丈さから乗り込んで以来お気に入りである。


距離2万に近付いた所で敵の対空砲が炸裂し始める。ボコボコと空中に黒煙が出来上がり、時折近くで炸裂すると機体をガクガク揺らしてくる。まるで朝に揺さぶられて起こされるような感覚だ。

ふと気付くと遠くで味方艦戦部隊が米戦闘機隊と空戦を繰り広げていた。よく見てみると味方の戦闘機は敵の3倍から4倍近い数で圧倒しており、どうりで気付かない訳だと納得する。


更に距離を縮めると正念場と言うべきか、機銃によるシャワーのような弾幕が撃ち上げられる。ふと、視界の片隅に黒煙と炎に包まれながら急降下していくのを見た。ちらりとではあるが、後部銃座の兵は意識が無いのかぐったりしていた。


(野郎やりやがったな……絶対にぶち当ててやる……)


迫り来る弾丸のシャワーを掻い潜りながら闘志を燃やす。


「藤井! 目標は無傷だ、絶対に命中させたい……400で行くぞ!」


「はい!」


「踏ん張れよ……行くぞ!」


そう言うと高橋機は機体を大きく傾けて急降下を始める。高度4000からのダイブだ。エアブレーキを展開し、速度が上がり過ぎないよう注意しながら照準器を覗き込む。

まだまだ狙うには高すぎるが、高橋は何としてもホーネットに爆弾を命中させたいが為に敵の回避行動に合わせて早め早めに修正する事にした。

機体に石をぶつけられたような衝撃が何度か走るものの目立った損傷は見られない。


(2500……2000……)


高度計の長針がグルグルと回り続け、ほんの数十秒の時間が1時間、2時間が経っているかのように長く感じられる。それでも照準器からは目を離さず、投下レバーに添える手は今か今かと手汗が滲む。

緊張の降下時間を終え、遂にその時がやってきた。


(1000……!)


「テッ!!」


高度400で投下レバーを引くと今度は根元から折らんばかりの力で操縦桿を引き続ける。強烈なGが高橋とペアの藤井に襲いかかり、目の前が真っ暗になりかけるが足に力を入れ続けて踏ん張る。

上がれと祈り続ける内に機体はやがて水平になり、身体にのしかかるGも幾分か和らいだ。


「隊長! やりました、命中です!」


高橋が放った250キロ爆弾は見事ホーネットの甲板中央部に命中。装甲の施されていない甲板を簡単に突き破った爆弾は第2甲板で炸裂。兵員室を数個吹き飛ばし、その破壊力で持って格納庫にも被害を出した。

しかも不幸な事に、損傷して修理されていた機体にも誘爆しその連鎖が止まることはなく、遂には側壁を解放してまだ誘爆に巻き込まれていない前後部の機体を投棄する事となった。


この機転によって誘爆による被害拡大は免れたものの、立ち上る黒煙によってホーネットの視界は酷くなる一方だった。




4番機として続く佐々井飛曹長は開戦前より加賀艦爆隊の一員として乗り込み、大陸戦線、開戦後の南方作戦支援等で経験を積んだベテランパイロットである。

その後瑞鶴へと異動となるが、本人は当初その命令に不満を持っていた。

一航戦は日本海軍における空母戦力の中枢であり、その乗組員、搭乗員は精鋭中の精鋭であるという証でもあった。


対して五航戦は言わば新参者であり、大きな戦力ではあるがやはり格という点では一航戦に劣る。加えて一航戦、二航戦程の華々しい戦闘も経験していない。

そんな五航戦へと転属なのだから、落ちぶれたもんだと落胆した日々だったが、高橋との出会いからその考えは消え去った。


ベテランであり経験豊富であるという自負があった佐々井だが、高橋との訓練ではそれこそ格の違いというものを見せつけられた。

佐々井の爆弾投下は時々外してしまう事もあった。しかしそれは誰しもが経験する事であり、運が悪い時もあれば外すだろうとポジティブに考えられる様な事である。

しかし高橋は訓練においては百発百中であり、むしろ外す事の方が余程である程に見られない現象であった。


それからは佐々井は高橋を親分と呼んで慕い、五航戦としての誇りを持ち始めた。

そんな五航戦の初めての大規模海戦。これに滾らない訳が無く、必ずや戦果を挙げんと体当たり覚悟での参戦である。

目の前には燃え盛る敵空母。ゆっくりと敵の機動に合わせて照準を動かしていく。

照準器一杯になった敵空母めがけて投下レバー引いた瞬間、いきなり飛び込んで来た20ミリ機銃弾は佐々井の頭部を真正面から粉々に吹き飛ばし、機体は糸が切れたように海面へと直行して行った。

佐々井が寸前に放った爆弾もまた、命中はせず至近弾となった。




艦爆が次々に急降下して行く中、瑞鶴艦攻隊も高度50まで下げてホーネットを狙っていた。これを率いるのは松田少尉。


「弾幕が厚すぎる! 小隊毎で突入しろ!」


感度の悪い無線に指示を飛ばすと艦攻は小隊毎に分散し弾幕を幾分か散らす。


「艦爆隊に合わせろよ! ビビったら外すからな!」


松田の艦爆隊に合わせるとは、敵艦が艦爆を避ける為に回避を始めた辺りに合わせて雷撃しろという事である。艦爆よりも早めに撃てばそれに合わせて回避され、命中率はぐんと下がる。

艦爆に合わせて敵艦が回避を始めれば、自ずとそのコースは決まってくる。それに合わせて魚雷を放った方が命中率は上がるものだ。


いくら機銃が分散されたとはいえその弾幕は空母だけではない。その空母を守る巡洋艦、駆逐艦からも飛んでくるのだ。

前から横からと遠慮無しに飛んでくる機銃のシャワーを掻い潜りながら更に高度を下げていく。遂には高度計は50以下を指さなくなり、プロペラが海面を叩くかのような低空へと下げている。

緊張の時間が流れていく。海面に縫い目のような小さな水柱が断続的に作り上げられ、機体にも何発かが通り魔のようにぶつかって行く。


ホーネットが艦爆を回避するために転舵を始めると、それに合わせて機体を少し横に滑らせる。

距離1500で投下レバーを引く。


重量物が無くなり、機首が持ち上がりそうになるのを押さえつけながらそのまま低空でホーネットの後ろを滑るようにして離脱を始める。

未だに護衛艦らからの機銃が止まらず、命中しないように祈りながら全速で退避を始めた。

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