第17話 航海
お待たせしました
0830時、米艦隊より西20キロ
五航戦より発艦した第一次攻撃隊(艦戦18、艦爆32、艦攻16)はスプルーアンス率いる第17任務部隊に接近しつつあった。
米艦隊は2群の輪形陣を組み航行しており、30キロ程の間隔をあけていた。
しかも日本側にとっては非常に幸運なタイミングでの会敵となった。
現在米艦隊では偵察に出していたSBDを収容しており、まだ上空には数機のSBDが旋回待機中であり甲板上には機影が認められた。
「好機だぞ! 各隊攻撃態勢!」
高橋率いる瑞鶴艦爆隊1個小隊8機は必殺の命中弾を繰り出す為に何時もよりも幾分か高度を上げた。高度を下げてしまうとその分照準に費やす距離が少なくなってしまう他、回避行動を取られたらそれに合わせて修正する時間も取れなくなってしまう。
対空砲や機銃の命中率が幾分か上がってしまうのを承知の上で高度3000まで上昇。ゆっくりと狙う空母を見定める。
ふと、これは高橋の搭乗員としての勘ではあるが1隻の空母から異様な雰囲気を感じた。
果たしてそれが偶然なのかたまたまなのかは分からない。だが高橋はこいつをやると決め、距離が良い所で急降下を始める。
既にその空母……エンタープライズからは5インチ(127ミリ)砲と28ミリ機銃が撃ちあげてきているものの、この時のヨークタウン級空母は大戦末期のような弾幕が形成出来ているわけでは無く、エンタープライズでもその兵装は5インチ単装砲8門、28ミリ4連装機銃4基と日本空母よりも貧弱なものであった。
それを埋め合わせるようにして護衛艦らも撃ちあげてはいるもののこの時の米軍艦艇は等しく対空兵装は貧弱で、高橋含め殆どの搭乗員は脅威として捉えていなかった。
エンタープライズを狙う事にした高橋はエアブレーキを展開、急降下を始める。
「隊長! 上空に敵機、離脱時を狙われるかも知れません!」
高橋は照準と操縦に集中していた為確認のしようが無かったが、この時スプルーアンスの任務部隊上空には警戒しつつも日本機とすれ違い、舞い戻って来たのと第16任務部隊の上空警戒で上がっていたF4Fが20機程、零戦と空戦をしつつも艦爆の離脱時を狙っていた。
高橋は報告を頭にしまいつつ目の前の木張りの甲板を睨めつける。
高度計が忙しげにグルグル回り続ける。高度は1000を切った。
「800……700……テーーッ!!」
高度600で投下コックを引くと同時に一瞬浮き上がった機首を合図に折るような力で操縦桿を引く。
凄まじいGが襲い掛かり意識が遠のくような感覚に陥るが耐え抜く。エンタープライズを追い越してそのまま全速水平飛行にて退避する。
エンタープライズに高橋から投下された爆弾は見事甲板を貫通、爆発する。
「隊長、やりました! 船腹からも爆発が確認出来ます、大破です!」
「よし! 離脱する、抜かるなよ!」
敵機動部隊との初めての大規模海戦で初の命中弾。逸る興奮と確認したい欲を抑え込み離脱に専念し始めた。
この時命中弾を受けたエンタープライズは確かに甲板を貫通して格納庫内で爆発した。のだが、米空母に見られる設計がそのエネルギーを受け流した。
ヨークタウン級は建造当初格納庫から戦闘機を直接カタパルトで発艦させようと試みており、実用的では無いとされ撤去されたものの格納庫は開放式になっている。
開放式格納庫はその構造上一層のみの格納庫となり、余裕のあるスペースと引き換えに搭載数が犠牲になる。
しかし米海軍は格納庫はあくまで整備区画であり露天駐機が基本とし問題として認識しなかった。むしろ、後々の話になるが折り畳み主翼の採用によりより搭載数を増す事になる。
この時艦隊が搭載していたTBFは折り畳み主翼であったが、数が少なくその隠れた特性を生かせなかったのは何とも残念な話である。
ともあれ、その開放式格納庫において舷側隔壁は重要部分を除いて吹き飛ばされやすい様になっており、それらが作用して爆発と共に吹き飛び、殆どのエネルギーが逃げたこととなる。
高橋のペアが見た爆発というのはこれであり、爆煙は確かに派手であった為に誤認するのも無理無い。
エンタープライズは被弾しつつも損害軽微で依然として回避行動を取り続けた。
また、この時特に集中攻撃を受けていたのはヨークタウンであった。
何と1個中隊16級もの艦爆が4機小隊ずつ急降下爆撃を行ったが、その方向はいずれもバラバラでヨークタウンはこれの対応に対応しきれず、2個小隊が攻撃を終えた時には既に2発の爆弾を受けていた。
1発はエンタープライズと同じ様に格納庫内で爆発しそのエネルギーは外部へと逃げてしまったが、もう1発の爆弾がヨークタウンに不幸をもたらしていた。
偶然か腕が良いのか、その爆弾はヨークタウン艦橋に直撃し爆発。艦長以下幕僚らが戦死するという事態に陥った。
腕を負傷しながらも難を逃れた航海長が臨時に指揮をとるものの、不慣れな事もあってその対応は後手に回ってしまう。
こうしてる間にも格納庫では艦載機を巻き込む火災が広がりつつある。ヨークタウンは戦闘能力を失いつつある。
火災が広がりつつあるヨークタウンには更に残りの8機の艦爆が爆撃をしかけ、抵抗弱しと見たのか大胆にも高度400で爆弾を投下。
高度400での投下はほぼ必中距離であり、ヨークタウンは立て続けに6発もの爆弾を受けてしまう。
これで8発の爆弾を受けた事になるヨークタウンは最早火災によって対空戦闘もままならず、遂に航海長は攻撃に晒される事を覚悟の上で機関停止を命令。消火活動に専念する事にした。
しかしこの命令がヨークタウンにとっては幸運をもたらしたとも言える。この時見張りの負傷や報告が届かなかった事があって艦攻4機が接近中であったのを見落としていた。
艦攻は必中の距離で魚雷を投下し戦果を確認したかったが一向に水柱が立たない。
機関停止による速度低下のお陰でヨークタウンはこの時投下された4本の魚雷を知らず知らずに回避していたのだ。
ヨークタウンは完全に停止したものの立ち上る黒煙によって海域の視界は悪くなっていった。
被弾しつつも未だ全速で戦闘中のエンタープライズはヨークタウンと通信が取れない事を旗艦ホーネットへと伝えた。
スプルーアンスは日本軍による鹵獲を避ける為、火災鎮火の目処が立たなければ魚雷処分するように命令。
エンタープライズは発光信号にて伝えた。
だがエンタープライズにも危機が迫る。
高橋の命令で既に被弾しているエンタープライズに確実な損傷若しくは撃沈を優先させるべく残っている艦攻12機をエンタープライズへと差し向けたのだ。
これを援護すべく瑞鶴の艦爆隊8機も援護攻撃に入る。少し遡り米攻撃隊が日本艦隊に仕掛けた爆雷同時攻撃を日本も行っていたのだ。
だが流石の日本軍。艦攻の突入のタイミングを見逃さず艦爆も急降下を始めている。エンタープライズ艦長はどちらに舵を取れば良いか判断に迷った。
「面舵そのまま! 全速で突っ切れ!!」
エンタープライズは面舵30ノットで回避していたもののこれでは間に合わないと悟り、舵はそのままで速度を上げて少しでも被弾数を少なくする方を選択した。
だが20機もの攻撃を全て回避するのは余程の奇跡が起きな限り不可能な事であり、エンタープライズは必死の回避するも適わず魚雷を2本、爆弾2発を受けて大破炎上してしまう。
しかしエンタープライズは魚雷が命中した右舷とは反対の左舷に素早く注水。28ノット以上の速度を維持する事に成功し、優速?を以て戦闘を継続していく。
やがて爆弾も魚雷も投下した日本攻撃隊はしつこく追いすがるF4Fに煮え湯を飲まされながら帰還して行った。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
米艦隊に日本軍の第二次攻撃隊が到着したのは第一次攻撃隊が去ってから30分後であった。
この攻撃隊は五航戦から続けて発艦した艦戦12、艦爆24、艦攻24の60機からなる編隊である。
ここでは第一次攻撃とは違い最初から艦隊上空に張り付いていた戦闘機20機の迎撃を受け零戦が対応するも数が足りず、初撃で艦爆3機、艦攻2機が被弾。艦爆2機が爆弾を投棄して反転離脱して行く。
この時編隊が発見したのはスプルーアンスの第17任務部隊から東に15キロ離れたフレッチャーの第16任務部隊。無傷の空母が2隻いる事に指揮官は戦意を震わせた。
「翔鶴隊は右の空母、俺達は左のをやるぞ!」
相変わらず雑音が多く精度の悪い無線機に命令を飛ばすが、何とか聞き取れたのか各編隊が攻撃態勢を取り始める。
指揮官はサラトガの甲板を眺め始める。巨大な煙突が目立ち、頭でっかちの様な印象だ。だが飛行甲板は広く大きく、着艦する時には安心感がありそうである。
翔鶴型に劣らない大きさといかにも頑丈な空母だなと思いつつ、指揮下の11の艦爆を引き連れ急降下を始めた。
高度2400からの急降下でゆっくりと狙いを定める。敵は焦ったのだろうか既に取舵にて回避を始めている。2000を切っているが十分に修正出来る範囲だ。
こちらもやはり対空攻撃は非常に薄く、時々真横を掠める機銃弾に衝撃を感じながらも注意しつつゆっくりと調整する。
高度600に到達した所で投下する。機体から離れていく爆弾を体感で確認した後操縦桿を引こうとした時だった。
突如として眼前においてとてつもない衝撃を受ける。風防は割れ風が流入し、黒煙も入ってくる。指揮官は何が起こったのかを把握する間もなく、切り揉みしながら落ちていく機体の中で意識を失った。
指揮官が投下した爆弾は煙突に命中。爆発により飛散した破片は煙突の根元付近に設置されていた銃座に降りかかり多くの兵員を殺傷。1基に関しては大きい破片が直撃して使い物にならなくなってしまう。
更に命中した爆弾は左舷前方の砲座近くに命中。2基の5インチ砲を兵員と共に吹き飛ばした。
煙突に命中した影響により吐き出される煙は不規則に流れ出し、右舷後部砲座の視界を塞いでしまい、砲撃が困難になってしまう損傷となってしまったレキシントンは火力をほぼ半減させながらも果敢に反撃を続行し、迫り来る艦攻を2機返り討ちにするも、味方のとは比べ物にならない速度と度胸ある高度、距離から投下された魚雷を全て避けきる事は出来ず、5本は避けたものの3本の魚雷が命中。
4万5千トンの巨艦は衝撃でガクガク震えながら集中的に受けた艦首方向に海水を飲み込みながら沈み始める。
既に応急班が駆け付け何とか艦内への浸水を食い止めようと奮闘するものの勢いには勝てず十数名の兵員を残して区域を閉鎖する苦渋の決断で浸水を食い止めた。
しかし舷側水密区画には未だに海水が流れ込んでいるのか艦首は下がり続け、艦橋には悲痛な空気が流れていた時だった。
「ガソリンが漏れた!」
五航戦第一次攻撃隊が遠方に味方艦隊を見つけた時、誰もが立ち上る煙に驚きを隠せなかった。
特に燃え上がっている旗艦赤城は遂に完全消火は無理と判断したのか近くに駆逐艦が2隻接近し兵員らを収容していた。
少し離れた所には二航戦が黒煙を吹き出しつつも動き続け、飛龍に至ってはその煙は徐々にだが灰色に変わりつつある。
加賀は依然として燃え続けているが、速度は落ちているもののまだ諦めている様子では無い。
「一群はやられたなぁ……」
「司令部から来たと言う特別顧問殿のお陰ですなぁ……もしここに五航戦もいたらと考えたら」
「よせよせ縁起悪い。一群は攻撃隊の発艦には成功しているんだろう? まだまだこれからだ」
一群からは全機発艦は間に合わなかったものの、合計で艦戦36、艦爆32、艦攻24の92機が発艦に成功している。間に合わないと判断した艦載機は格納庫に収容され、燃料弾薬の引き抜き作業の途中で攻撃を受けた事を高橋らは知らない。
数を見るならば十分に米艦隊を叩ける数ではあるのだが、高橋は恐らく収容は五航戦に集中するだろうと考えた。
その隙に二群もやられたら……と嫌な未来を想像したが、今は一群の無事を祈るばかりである。
1920年起工、軍縮条約の制限を受け紆余曲折ありながらも1927年に空母として竣工した空母赤城は、4発の1000ポンド爆弾をその身に受け激しく炎上。
前部に移動させていた艦載機にも燃え移り誘爆。火災は勢いが衰える事は無く、遂に南雲は赤城の魚雷処分を決定し、艦長も総員退艦命令を出した。
横付けされた駆逐艦には多くの兵員が詰め寄り、余力のある者は泳いでくる味方を引き上げている。
彰含め司令部はカッターに身を寄せあい、燃え盛る赤城を呆然と眺めている。
真珠湾攻撃を始めとした約半年間の激戦を駆け巡り、南雲機動部隊ここにありと世界に知らしめた旗艦は、その最期を惜しむかのように燃え続けながらも浮かび続けた。
やがて駆逐艦から魚雷が放たれる。魚雷は3本が命中し、まだ戦えるとでも言いたげに中々沈みはしなかった。
魚雷命中から20分後。ゴロリと右に傾くと爆発を起こす事無くゆっくりと沈み始めた。
南雲らは共に戦い続けた赤城に涙を流しながら、敬意と感謝を込めて一同直立の敬礼。
彰もまた、歴史に名を残した軍艦に経緯を払い敬礼をした。
ゆっくりと、赤城は海底に向けて最後の航海を始めた。
設定公開2 空母航空隊の編制について
空母艦載機についての編成ですが、基地航空隊とは違いこちらはロッテ式を中心としています。艦爆、艦攻の数を増やし、敵戦闘機に対する弾幕効果をあげる為として1938年に山本によって考案、採用されました。
よって、各空母は4機の艦爆ないし艦攻を小隊とし、3個で中隊としております。
尚、艦戦ついては史実同様ケッテ式としております。これは相互援護を重視した戦闘よりも攻撃では敵戦闘機を減らし、防衛では敵攻撃機を減らす為にと考えられています。
艦戦
3機1個小隊
3個小隊で9機1個中隊
艦爆、艦攻
4機1個小隊
3個小隊で12機1個中隊
これに加えて指揮編隊が加わりますが、各空母によって搭載数は異なる為、4機丸々加わる事もあれば2機だけの場合もあります。
その場合は予備機を加えて数を合わせたりと、史実と違い臨機応変かつ大胆な運用となっております。