第15話 炎上
大変お待たせしました
空母赤城、0730時
利根6号機からもたらされた敵艦載機発艦中の報告が入った後、テテテ.......と敵機の攻撃を受けている事を意味する通信が連続して入った後に一切の通信が途絶えた赤城の艦橋では一瞬の沈黙が流れた。
「長官、具申を」
「何だ?」
「こうなってしまってはどうにもなりません。この天候では敵の索敵機にツキがあったのでしょう。それよりももうすぐで完了する攻撃隊の発艦を急がせなければなりません。一度纏めてから行っていた発艦をする余裕はありません。準備の整った部隊から大至急上げるべきです」
彰も焦りを感じていたが、敵に先手を打たれた以上は早急に浮かぶ弾薬庫となっている格納庫内の艦載機を一刻も早く上空へと上げる必要性が出てきた。迷っている間も敵の攻撃隊は接近し続ける。
「よし分かった。二航戦にも命令、部隊の準備整い次第逐次発艦、作業よりも艦載機の発艦を優先せよ」
早くも後部エレベーターから零戦がゆっくりと押し上げられ、エレベーターが甲板と同じ高さまで到達すると甲板作業員が速やかに艦首方向へ押し出す。エレベーターから零戦が離れるとエレベーターはそそくさと下へ降りていく。赤城だけでも30機近い艦載機を発艦させなければならないのでスピードが求められよう。
「長官、一度反転しましょう。幸いにも反転すれば向かい風になりますが、それよりも敵から少しでも距離を取らないと発艦が間に合いません」
「参謀長の意見を採用する。艦隊反転、発艦作業はそのまま継続。また各艦の艦長の判断で間に合わない艦載機は燃料を抜いておくように。全艦甲配備、見張りは対空警戒厳となせ」
敵の攻撃への対策も含めた命令が第一群に発令される。赤城では要領の良い格納庫指揮官の判断で間に合わない艦載機は早々に燃料弾薬の摘出作業が開始され、攻撃隊を編制するには十分な機体は急いで甲板に上げるべくエレベーター付近へ多少の無理をして機体を詰める。
続々と甲板へ上げられていく艦載機は、零戦から発艦を始める。零戦の航続距離は増槽を装備していれば3000キロ近くにもなるので早々に上げても問題は無い。心配なのは艦爆だ。
爆装状態での航続距離は片道約700キロと短く、準備の早い艦爆を優先させるか、準備こそ遅いが航続距離が片道約950キロ近い艦攻を出すか。
暫し紛糾したが、最終的には敵の逃げ足を少しでも削ぐ為にと艦攻が優先となる。
800キロもする魚雷を搭載するのは非常に時間を食う作業で、まだまだ時間はかかりそうだ。
「誘導機をまた指定しないといかんな.......近くにいるのは何号機だ?」
航海士が海図を見て少し計算すると、同じく利根の5号機であると伝えられた。
「5号機に敵艦隊の位置を伝達して味方攻撃隊を誘導するように命令してくれ」
そう伝えるとふと遠くから爆音が響き渡る。双眼鏡を手にその方向を見ると60機程の味方機が接近してきている。
「五航戦か、早いね」
「原長官の鍛え上げた五航戦ですからね。我々にも劣らぬ練度ですよ」
更に後方を見るとどうやら更に60機程が続いており、よく見ると艦爆が多いようだ。
「炎上を誘うのか.......まぁあの子らしいやり方だが、高橋君が気の毒だな」
南雲は開戦前猛訓練に励む五航戦の視察に赴いた際に高橋と会話する機会があった。その時、期待を掛けられるのは搭乗員冥利に尽きるが重圧にならないか心配だとボヤいている。
腕前と頭の回転は確かなのだが、どうも心配性な印象があったのを思い出す。
そんな時、通信兵が走って来たのか息を切らして艦橋に入る。
草鹿がメモを受け取り目を通すとその表情を険しくしていく。
「長官。5号機より敵艦隊から航空機多数発艦中との事です」
「敵はもう矢を放ってるのか。グズグズしてると先手を打たれるぞ、源田君、発艦作業急ぐように発破をかけてくれ」
まだまだ時間のかかる作業はもどかしく、お尻の下に爆薬が置いてある様で不安でならない。
中々進まない作業に苛立つ南雲を見て、最早時間は無いと彰は決断した。
「長官。先程申し上げたばかりではありますが、ここは回避に専念しましょう」
「敵が攻撃隊を発進させているのであれば艦隊に差し掛かるのに早く見積っても1時間半。艦爆に爆装させて甲板に上げて発艦となると間に合いません。今の内に燃料弾薬を抜いて、応急処理班を複数緊急で編成すべきです」
彰の知るミッドウェー海戦とは、陸用兵装から敵機動部隊発見するや対艦兵装へ転換させ、その隙を攻撃され空母3隻が被弾炎上。生き残った飛龍も反撃するが攻撃を受け全滅するというターニングポイントとなった戦いである。
流れこそ大差あるものの、現実として史実と同じ通りの流れになりつつある今無理に第二次攻撃を急ぐよりも出来る限りの可燃物を艦奥底にしまい込み処理班を組織させこれに対処させる事を選んだ。
近付いてくる史実でのターニングポイント。果たして同じ結果となるのか、それとも既に変わっている歴史の流れから新たなターニングポイントが生まれるのか、盲目的な未来に不安を募らせながら発艦作業を見守った。
やはり現実は時間がかかり、作業員らが必死になって作業しても取り扱うのは爆発物である。格納庫内では出撃しない機体から燃料弾薬が抜かれ、可燃物を出来る限り少なくしようと動き回る。
誰もがヤキモキしながら発艦作業を見守る中、遂に彰が避けたかった時がやってきた。
「敵機発見、距離60キロ!」
フレッチャー率いる第16任務部隊から発艦した60機の攻撃隊は遠方に航跡を確認する。
「ジャップの艦隊だ! 各隊攻撃態勢!」
第16任務部隊の攻撃隊を率いるスペル大尉は敵の艦隊をよくよく観察する。どうやら敵の空母は艦載機の発艦中であり、攻撃するには絶好のタイミングである。
それと同時に周囲にも目を配る。するとやはり、高度を取って敵の戦闘機部隊が待ち構えていた。
「戦闘機隊は攻撃隊を援護しろ! 各隊編隊を崩すなよ」
F4Fと零戦の空中戦が始まる。だが攻撃隊を守るF4Fは20機。それに対して艦隊上空に展開していた零戦は四航戦の一直と第一群の4個小隊の30機、数では間違い無く劣勢である。
しかしそれでも零戦は攻撃機に積極的に攻撃を仕掛けるのは難しかった。米軍機は密集した編隊を組んでおり、加えてF4Fと空戦している機を除けば攻撃機に攻撃を加えられる零戦は6〜9機と、数は少ない。
それに対して現在攻撃を仕掛けているSBDの後部機銃は7.62ミリが48挺と自然と弾幕射撃としては理想的な状況が発生している。
SBDの後部機銃が強力である事はこの世界ではあまり知られておらず(そもそも、SBDを攻撃するような機会が少なかった)、これに零戦は苦戦していた。
戦闘機同士の空戦はと言うと、こちらは零戦有利に進んでいる。零戦の強さの秘密は依然として知られておらず、日本軍戦闘機侮るべからずの空気が流れていても機体の性能差でどうしようも無いという考えが蔓延っており、戦意が低下しているのである。
それでも何とか攻撃機に日本空母への攻撃を成功してもらいたいという一心が零戦との空戦に拍車をかけ、犠牲を出しながらも見事に零戦の引き剥がしに成功する。
艦隊まで残り12キロまで迫った所で高角砲による爆煙がポツポツと空に彩りを添え始めている。密集編隊により効果的な弾幕射撃が出来ていたとはいえ緒戦における攻撃で5機のSBDが脱落している。
「ウィングリーダーよりブルー中隊、右手の小柄な空母を狙え! グリーン中隊は左手の大きめの空母を狙うぞ!」
スペル大尉は一航戦に中隊を導く。先程の零戦の攻撃で中隊からは3機脱落しているが、まだ9発の1000ポンド爆弾を抱えている。
(思ったよりもジャップの空母は母艦と同じくらいなんだな.......発艦中に爆撃したかったが、流石に無理だったか.......)
発艦中に敵機発見の報告が入った第一群では大至急格納庫内の攻撃機の武装解除が命令され、甲板にいた最後の艦攻は急いで上げさせている。
現に赤城と加賀の格納庫内では艦攻から魚雷は外し終わり、燃料の抜き取りが大急ぎで行われている最中である。
彰の知っていた海戦の流れとは大きなズレが生じているが為にこの事は予測しづらく、結果として史実と同じように可燃物がある状態での攻撃を受ける事になってしまったのである。
距離6千に接近した所で九六式25ミリ機銃が射撃を始める。多方向からの火線がSBDを囲い始め、高角砲の爆煙も正確になりつつある。
高度は5千。爆撃するには丁度良い高さである。
零戦は既に誤射を受けないように距離を取っている。
「全機爆撃態勢! そろそろ行くぞ!」
ガタガタと揺れる機体のご機嫌を取りながらゆっくりと狙いを定める。スペル大尉を含む9機のSBDは艦橋が左側にある空母(赤城)に狙いを定めた。
距離2500まで接近した所で降下を始める。急降下爆撃で最適とされる角度は50〜60度。それ以上になると搭乗員が浮き上がって機体の操縦が出来なくなるなどの弊害が出て危険とされる。
スペル大尉は良くも悪くもセオリーに拘る指揮官であった為日本側から見るとこの攻撃は何とも戦意の低い緩い爆撃で見えただろう。
赤城の機銃はこのSBDの集団に火力を集中させる。長機を先頭に一本棒になっての降下出会った為その火力の集中具合はまさに入れ食い状態であり、運の悪い2機は火を吹いて脱落していく。
(.......2千)
スペル大尉はまだ高いと思いながらも早くこの弾幕から抜け出したい衝動に駆られている時であった。突如として凄まじい衝撃が機内に響き渡り破片がガツンと何かにぶつかり暴れ回る音が聞こえていくる。
やがて、薄れる意識の中で先程の衝撃は自分の頭部に弾丸がぶつかった事を自覚するとゆっくりと目の前を真っ暗にしていく。後部に座っているペアの搭乗員に脱出しろと言おうとしたが力が入らず、燃え盛る機体の中で意識を失った。
未だに5機程のSBDが狙いをつけている赤城艦橋では司令部一同がその行く末を見守っている。
「お! 先頭を落としたぞ、恐らく長機かな.......」
落とせと願う者もいれば、既に覚悟を済ませているのか悠長にその行く末を見守る者等様々である。中でも彰は内心かなりの焦りで鼓動を早くしつつも対外的には落ち着いているように見せていた。
彰は現実主義者ではあるものの戦争に自分がいるなど未だに信じられないと言いたいくらいには焦っていた。
だが自分の周囲からは撃ちあげる機銃と高角砲の爆音が響き渡り、曳光弾の先では5機のSBDが赤城を狙っているのである。
高度1千!
見張りの報告と同時に爆弾投下という叫びも響く。赤城は既に取り舵旋回を行っており、回避すべく船体を大きく傾けながら海上を滑っていく。
投下された1000ポンド爆弾は2発までが海面に激突して大きな水柱を上げたが、3発目で捕まってしまった。
1発は甲板中央部を貫通して格納庫内で爆発した。流石に2層目までは到達出来ず、1層目で爆発した爆弾は運良く飛行甲板に向かってエネルギーを飛散させたのか2層目への被害は少なく、空っぽの格納庫と飛行甲板が使えなくなっただけに留まった。
2発目の爆弾は甲板前部を貫通して2層目の格納庫内で爆発した。ここにも艦載機は無く、彰の危惧していた被害は生じなかった。ただし赤城の発艦能力は完全に失われ、戦闘能力は失われた。
しかし赤城は雷撃隊も回避しなければならなくなった。SBDとTBDには速度差がある為若干時間差のある攻撃となったのが赤城にとって不幸中の幸いであっただろう。
SBDによって発艦能力が失われたとはいえ機関部は全くの無傷。30ノット近い速度で雷撃隊の攻撃を回避していく。
赤城を狙ったのは2個小隊8機。速度は遅く高度も何と100メートルという高さで接近してきた為機銃によって早々に撃退され、雷撃隊の戦果は無しとなった。
雷撃隊の残りの2個小隊は鈍足であろうと睨まれた加賀が狙われた。だが加賀は元戦艦とはいえこの時29ノットという速度を発揮。その大柄な船体に似合わない快速をもってこれを全弾回避に成功した。
赤城、加賀の一航戦はこうして攻撃を回避したが、まだ蒼龍、飛龍の二航戦にはSBDのグリーン中隊10機(2機脱落)が迫っていた。
長らくお待たせ致しました。久し振りの更新です。
活動報告でも述べましたが、仕事を辞め、実家に戻り片付け等をしていた為中々執筆に割く時間もなく、2週間も時間を開けてしまいました。大変申し訳無く思っております。
執筆欲と遅れを取り戻したいのがありますので、活動報告通り4月一杯は書き終わってものから15時に更新していきます。それで遅れを取り戻せたら良いなぁなんて思っております。暫く不規則更新になりますがお付き合い下さい。